【第二章 】第二話:犬と土
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「案外お暇なんですね」
新入部員のハルミ様は少し残念そうに呟かれた。
現在部室には総勢5人の部員がそろっているが、仕事という仕事はない。
「日によるって感じかな」
葉月は退屈そうに、文庫本を読むでもなくパラパラと捲っている。
「そうだな、顧問が面倒ごと運んでくることもあれば、今日みたいに何も起こりそうにない日もある」
部長は定位置の奥の席で黙々と教科書とノートを開いている。勉強お疲れ様です。
「……」
白羽部長は寝ているのだろうか。いつものように椅子にもたれて、ボリュームのある髪の上から無骨なヘッドフォンを着けている。
「でも学園祭前になったら大変だぞ。一年生は知らないだろうが、学園祭期間中は部のプラカード持って校内を練り歩くんだ。猫の手も借りたい人たちがいっぱいだからな」
「それはやりがいがありますね」
私は意気込んだ。
「そんなこと言っていられるのも今のうちだぞ」
「今のうちだぞー」
どうやら白羽先輩は起きているようだ。
「その時期だと私はまだギブスが外れていませんね。お役に立てなくて申し訳ないです」
「いえ、ハルミの分まで私が働きます。配下の功は主君の功績です」
「私がやりたいんですー」
ハルミ様はそのお体を左右に揺らされた。なんと愛らしい。
「ヒメちゃんは命令係だよ。ヒメちゃんが命令すればナイト君が10倍働くから」
不敬な。
「葉月。ハルミを傀儡に仕立て上げようとするな。お前が働け」
「言われなくても私結構頑張ってるよ。ねー? ルミちゃん先輩」
「みはるちゃんはがんばってるよー」
「ほら、ルミちゃん先輩も言ってる」
「白羽先輩はどなたにでもお優しいお方だ、甘えるな」
「ナイト君さー私にだけなんか冷たくない? あ、もしかしてアレ? 好きな子に意地悪しちゃう例のアレ?」
こいつはすぐにそういう方向に話を持っていく。
「葉月のことは一定の評価はしているがそれだけだ。むしろそういうくだらない言動が評価点を下げていることに気付いたらどうだ」
「あれー? もしかして図星突かれて照れちゃってる?」
「どこをどう判断したらそうなる。明るさも度を越したらただの馬鹿だ」
「ちょっとー。誰がバカなの? 私がバカならナイト君はバカ犬じゃんか」
「バカ犬とはなんだ説明しろ」
「ヒメちゃんが来てからキャンキャンキャンキャン犬みたいに走り回っておねだりしてバカ犬じゃん」
「前にも言ったが犬はエサを求めて主に仕えるものだ。私は見返りなど求めぬ、断じて犬などではない」
「でもヒメちゃんがお手って言ったらするんでしょ?」
「ハルミは今手に怪我なされている。お手などできるか」
「じゃあ手が治ったら? するの? しないの? ん?」
「ぐっ」
私は迷うことなくするだろう。だがそれを葉月の前で口にしたら、私の面目は大きく崩れ去る。
私が口ごもったのを見て葉月は勝ち誇ったような顔をした。
「ナイト君さあ、せっかくちょっといい奴なんだから、誤解されるような言動は慎みなよ」
「大衆に媚びようとは思わん」
「キシドーって奴?」
語尾を伸ばすな。だがまあ、そういうことだ。
「私いまいちナイト君の目指してるものがわかんないんだよね。主君がいてもいなくても、ナイト君は誰にでも親切じゃん。私には冷たいけど」
「騎士として当然だ。主君にふさわしい人間でなければならない」
「そういうもんかねー」
「そういうもんかねー」
白羽先輩が葉月に乗っかった。
「ねー」
「ねー」
と言い合っている。
「もしさー。私がナイト君の主君になってあげるって言ったら、私にも尽くしてくれるの?」
「くだらんIFだ。そんなもの犬に食わせてしまえ。それにお前は私に冷たいと言うが、私にそんなつもりはない。お前がぺちゃくちゃ喋るから言い返しているだけだ。お前の頼みなら全てとは言わんが聞いてやる」
「そういうこと言っちゃうのがナイト君だよね」
「パチパチパチ」
ハルミ様が、手を叩けないので、口で手拍子を送られた。
「お二人は本当に仲良しですね」
「いえ、それほどでも。教室ではあまり絡んできませんし」
「ナイトさん」
ハルミ様は私の方に体を向けられた。
「これは命令じゃないんですけど、お願いです。お願いがあるんです」
「ハッ。主君の願いとあらば」
「あー、もうそうじゃなくてですね。うーんと、私の望みです」
「はい。主君の望みは私の望みです。なんなりと」
「うーん」
ハルミ様は助けを求める目で葉月を見た。
葉月はお手上げのポーズを取った。
「これは私の独り言なんだけど―」
白羽先輩が助け舟を出した。
「独り言を言ってみたらいいんじゃないー?」
「そうですね!」
ハルミ様は手を叩きそうなるところを寸前で止めた。
「これは私の独り言なんですけど、ナイトさんと葉月さんが話しているのを聞くのはとても楽しいんです。私もあんな風に話してみたいです。だからナイトさんが葉月さんと話すのと同じように話してくれたらうれしいです」
「ハルミ様! それはあまりに不敬です。敬意のかけらもない」
「おい私をなんだと思ってるんだ」
葉月は私の椅子を蹴ってきた。少なくとも足癖が悪いとは思っている。
「でもさー。優秀な騎士は主君の独り言を聞いてしまったら、それを叶えてあげるものじゃないの?」
「葉月は黙っていろ」
「それです。そういう物言いをしてください」
「しかし、ハルミと呼ぶのも不躾なのに、そのうえタメ口とは……」
「それですよ。ハルミは呼び捨てなのに敬語なのは、とても違和感があるんです」
「ならば今後はハルミ様と」
「私はただの学生です。様は嫌です」
「うぐぐ」
「いーじゃんタメ口ぐらい。それともタメ口なんか聞いたら、ナイト君の忠誠心が減っちゃうの?」
まさか、私の忠誠心はそんなことでは揺るがない、だがしかし……。私は苦渋を飲んで決断した。
「……わかりましたハルミ様がそう望まれるなら、私はそれに従うのみです」
「はい!」
ハルミ様はうれしそうに頬を緩ませた。私はそれを見て胸が締め付けられるような気分だった。
「では、いまのをもう一度言ってみてください」
「わかり……わかった、ハルミがそう望むなら、私はそうしよう」
「はい、改めてよろしくお願いしますね」
「いやヒメちゃんはそのままなの?」
葉月が突っ込んだ。
「はい、私はこの話し方が好きなので、このままです!」
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「もおー。ヒメちゃんが暇とかいうからだよー」
ジャージ姿の葉月がそんな悲鳴を上げていた。
「おいハルミのせいにするな不敬だぞ。黙って仕事をしろ」
ことは瀬戸先生が突然部室のドアを開いたことに起因する。
瀬戸明日香。27歳。担当教科保健体育。そして我がボランティアサークル部の顧問である。
「おーう。暇してるかー? 仕事持ってきたぞー」
我が部の平穏は大体この一言で破られる。
「お、全員揃ってるね。新入りも。仕事もないのに感心感心。まあ仕事持ってきたんだけどな」
「今日は何ですか?」
部長が参考書から目を離して、彼女に尋ねた。
「おう、草むしりだ。学園祭の準備前にある程度やっておきたくてね。そういうことで全員ジャージに着替えてグラウンドに集合。軍手はこっちにあるから。あ、新入りさんは着替えなくていいからね」
そして、今に至る。
「これって、部活じゃなくて体罰じゃないの?」
葉月がブツブツ言いながら、短い草をプチプチと抜いている。ちゃんと根っこから抜かないとまたやる羽目になるぞ。
ハルミ様は草むしりなどできるわけがないので、せめてもと「頑張ってくださーい」と我々にエールを送ってくださっていた。私はそのお声だけで、校内すべての草木を引っこ抜けるほど力を授かったが、やがて迎えが来たので一足先に帰宅されてしまった。
しかし、それで私の士気が落ちることはない。瀬戸顧問が直々に命じてくださった仕事だ。命に殉じること、それが私にとって最も満たされた時間なのだ。
「ナイトくーんスコップ借りてきたよー」
その一帯の根の浅い草を引き抜き終え、大きな根の深い草に苦戦していると、白羽先輩が大きなスコップを持ってやってきた。
「私がザクッてやるから、ナイト君は引っこ抜いて―」
「良いアイデアです」
私は白羽先輩の言葉通り、彼女が土ごと掘り起こしてくれたしつこい草を次々と抜いていった。
「私さー。ナイト君の気持ち少しだけわかるんだー」
スコップを地中深く突き刺しながら、白羽先輩は相変わらず眠そうな声で言った。
「と、いいますと?」
私は両手で太い草の根を引っこ抜く。
「誰かに尽くしたいって気持ちー」
「お分かりになられますか?」
「うん。人に頼まれて何かしていると満たされるっていうかー」
「同意します。葉月は文句を垂れていますが、私は今幸福です」
「何も考えずに言うこと聞いているのは楽だよねー」
白羽先輩の言葉は、私の胸にチクリと刺さった。
「命令を聞くだけではありません。主君の意を事前に汲み取って、行動することも時には必要です」
「そうだねー。私もそう思うよ。でもそういうのがおせっかいだと思われちゃったら? 相手は命令だけ聞いていてほしいのかもしれない」
白羽先輩はいつもと雰囲気が違った。彼女はいつもマイペースで、物事を俯瞰し、穏やかな双眸で私たちのことを見守っている。
「何かおありになったのですか?」
「んー? 彼氏と別れちゃったんだー」
白羽先輩はスコップを突き刺す。次の草は彼女の背丈にも匹敵する大物だ。
「一週間も続かなかったけど―」
身近な人間の恋愛ごとを聞くというのは緊張が走る。葉月のするバカ話とはわけが違う。
「せっかく好きになってもらえて、嬉しいし、それに私は断るの苦手だから、でもお互い思ってたのと違うってなっちゃって、そんなのばっかりー」
梃子の原理で草が持ち上げられる。私はそれに合わせて両手に力を入れる。
「それは男がバカなだけです。白羽先輩のような慈悲深い方を逃されるほうがおかしいんです」
「私は結構重い女なのかもねー。言うことは何でも聞いてあげたいし、逆に私のお願いも全部聞いてほしい。だから半分だけナイト君の気持ちがわかるかもねー」
「どうして私にそんな話を?」
「ヒメちゃんが来てナイト君が幸せそうだからかなー」
話の繋がりが分からないが、親愛なる先輩の愚痴を聞けたのなら良しとしよう。
「だからナイト君も命令されるだけじゃなくて、ヒメちゃんに言うことは言わないとだめだよー? 喧嘩してもいいからさー。じゃないとすれ違っちゃう」
「ご忠告は感謝しますが、私は従うだけです」
「そっかー根が深いねー」
そう言って白羽先輩はスコップを地中深く突き刺した。




