【第七章 】第二話:勲功
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深夜0時。トレーニングに疲れ、早々に寝息を立てていた私はスマホの通知音で目を覚ました。ハルミからだった。アプリを開き、画面を見ると猫のキャラクターがクラッカーを鳴らしているスタンプが張ってあった。何かめでたいことが? ちなみに私の誕生日は12月だが。
『良いことでもあったのか?』
私は眠い目で返信した。すぐに既読が付き、ややあって返信があった。
『明日の放課後、ツバメの巣の下で会いたいです』
私は『わかった』とだけ返し布団にもぐった。頭の中の葉月が「返しの少ない男はモテないぞ」と騒ぎ立てたが、知ったことか。
夢を見た。
陶器のように白いハルミの手に、一羽のツバメが止まって、ジージーと鳴いている。ハルミはそれを愛おしそうに見つめていた。私が手を伸ばすとツバメは私の手に飛び移り、またジージーと鳴く。ハルミがそれをやさしく撫でる。
目を覚ますといつもより遅い時間だった。アラームは無視してしまったらしい。だが遅刻するほどではない。私はゆっくり朝食を取って、いつものように新聞紙を巻いた。のんびり新聞を読む時間はもう無い。
「遅いじゃん」
教室に着くと、入ってすぐのところで葉月と鉢合わせた。
「寝坊した。間に合っているから寝坊でもないがな」
「夜更かしでもした?」
「いや、昨夜ハルミからメッセージが来て、それに対応していた。放課後ツバメの巣の下で会いたいそうだ」
「ちょっ、あ、ええー!」
葉月はなぜか奇声を上げている。どうした思春期か?
「うわー、そうゆうこと私に言っちゃダメだって! うわーヒメちゃんまじかー」
「何をうろたえている」
「安心して! 覗いたりしないから安心して!」
「さっきからどうした? もう予鈴は鳴っている席についてもいいか?」
「うん。頑張れ。あと泣くな」
何を頑張っていいかもわからんし、私はハルミに泣かされるのか? まあ葉月の言うことだ気にしても仕方あるまい。
私は席について、無事出席を果たした。
放課後。私は部室に一度寄って、荷物を置いて出た。ハルミのバックパックはなかった。部室棟の赤さび臭い階段を降りて東口の入口へ行くと、ハルミがツバメの巣を見上げていた。
「ハルミ」
私は彼女に声をかけた。
「ナイトさん。ツバメもう巣立ちましたね」
彼女は巣を見上げたまま、寂し気に微笑んだ。
「ついこの間までは居たんですけどね」
「ツバメは6月から7月にかけてヒナの育成を終えて飛び立つ。長く居た方だ。8月にはもう南の島だ」
「詳しいんですね。ナイトさんまめに掃除もしていて、本当にツバメが好きなんですね」
「ああ、ツバメは好きだ。来年も来てほしい」
「そうですね」
私は小さく呟く。
「私は親子というものに弱いのかもしれない。親鳥は巣を作りヒナにエサを運ぶ。無償の奉仕だ。ヒナと言う絶対的な存在に仕えている。騎士と同じだ」
「ナイトさんはなにか大切なものを守りたいんですね」
「少し違うかもしれない。絶対的な存在に尽くすことで、自分の不安を消したいんだ。従ってさえいれば迷うことのない何かを探している。少し前まではそれはハルミだった。……迷惑を掛けたな」
ハルミは静かに首を振った。
「ナイトさんに迷惑を掛けられたことなんてありませんよ。私はあなた以上に純粋な人を知りません。あなたが迷うのはあなたが純粋で、色んなものを守ろうとするからです。あなたに命令するとき、いつも心が痛みました。本当にどんな命令でも喜んで聞いてくれそうだから……」
「喜んでいた。ハルミに命令されて幸せだった」
「私はそれが少しつらかったです。私の命令一つであなたの人生を変えてしまいそうで」
「そうだな。私は服従することで、選択することをハルミに投げていた。ハルミのギブスが取れたとき、それがわかった。私は騎士の渇望ばかりを見ていて、主君の苦悩から目を反らしていた」
「でもナイトさんは私以外の人も助けます。あなたは主君なんかいなくても、自分で弱ってる人を見つけ、助ける正真正銘の騎士です」
「もったいない言葉だ」
「ナイトさん、私はあなたに助けられました。階段から始まって、最初はもしかしたら罪悪感だったかもしれません。でも、いっぱい、いっぱい、私を助けてくれました。怪我でふさぎ込んでいた私をいっぱい笑顔にしてくれました。楽しかったんです。ギブスをしていた一か月間。何もできなくてつらい思いばかりしましたけど。とても楽しい一か月間でした。ナイトさんのおかげです。だから……私はもうナイトさんの主君じゃないですけど、これを贈ります」
ハルミは私の胸に飛び込んできた。
「動かないでください」
そう言ってハルミは私の胸元で何か細かい作業をし始めた。指を駆使しているのか、下に見える顔は苦悶に歪んでいる。
「……できました」
ハルミはすっと体を離した。
私の胸には、折り紙で折った勲章が、安全ピンで止められていた。
「ナイトさん。一か月間よく頑張りました。あなたの働きを表彰します」
私は目を閉じ、歯を食いしばった。涙が止めどなくあふれてくる。
そうか。
私は至極簡単なことに気付いた。
私は誰かに「頑張った」と褒めてもらいたかった、ただそれだけだったのだ。
「あ、ちょ、あ、う」
部室に戻ると葉月がまた奇声を上げていた。いったいどうした。
「あ、え、と、その~、お二人はどういったご関係であらせられおられるのでしょうか?」
葉月は妙な日本語でお伺いを立ててくる。いったい何だと言うのだ。
「関係? 主従関係は解消されている。ただの友人だ」
「はいナイトさんはただのお友達ですよ」
ハルミにそう言い切られると、なぜか心が寂しくなる、
「あっそうですか。お友達。お友達」
「はい。お友達として、これまで助けれいただいたことを表彰しました」
「よくできてるじゃん」
私の胸の勲章を見て、葉月はふと優しい顔になった。児童養護施設で子供たちを眺めていたときの顔だ。私は不意な葉月のその表情にドキリとしてしまった。
「しっかし、新聞紙の剣に、折り紙の勲章かあ。ホントおままごとだね」
「私はまだ子供だ。ままごとで十分だ」
「そうだね」
葉月は笑った。
「みはるちゃん良かったねー。まだ空いてるってー」
白羽先輩がニヤニヤしながら葉月にちょっかいを出す。
「うえ!? なに言ってるのルミちゃん先輩。そういうんじゃないです!」
「じゃあ、私が本気出しちゃおうかなー」
白羽先輩は小首をかしげて微笑んだ。
「ええ! ルミちゃん先輩ちょっと待って、待って」
何の話をしているか知らんが、今日の葉月はやたら元気だ。
「ふらふらするなって言っただろうに」
騒ぎをよそに、部長が参考書から目を離さずにぽつりとつぶやいた。
「おーい、邪魔するぞー」
そのとき、部室のドアが開かれ、瀬戸顧問が入ってきた。
私は直ちに向き直り、背筋を伸ばした。
「瀬戸顧問、依頼ですか?」
「はっはっは。ナイトお前は可愛いなー。今日は遊びに来ただけだぞ。テストの採点も終わったしな」
「左様ですか。お疲れ様です」
「お、なんだ胸のそれ、かっこいいな」
瀬戸顧問は私の胸元を指さした。
「はい、ハルミから表彰していただきました」
「そうか、お前はよく頑張ってたぞ。偉い偉い」
「はい、ナイトさんはよく頑張りました!」
「はい」
胸のうちのこそばゆいものを感じながら私は短く返事をした。
「明日香ちゃん先生暇なの?」
葉月が瀬戸顧問に尋ねた。こいつは誰にでもタメ口だ。だがそれを少しうらやましくも思う。
「暇じゃないよー。大人っていうのは無理やり暇を作る生き物なの」
瀬戸顧問はそう言ってパイプ椅子を開くと、ドスンとそこに座った。
「顧問。夏休みの予定はどうなってますか?」
部長が参考書から目線を上げて尋ねる。
「なんだー? 私の予定が気になるのか?」
へらへらしながら瀬戸顧問は尋ね返した。今日は本当にオフのようだ。
「聞かれたいんですか?」
部長も質問を質問で返す。この二人は付き合いが長いだけあって仲がいい。
「聞くんじゃねーよ。お前は可愛くないな。そういうお前はどうなんだ、相変わらず彼女とイチャイチャしてんのか? 学園祭でちらっと見かけたぞ」
「あ、私も聞きたーい」
「聞きたーい」
葉月と白羽先輩が乗っかった。ハルミも興味深そうに部長を見つめている。
「答えるようなことはないです」
部長は再びノートに目を移す。
「なんだよーつれねーなー。大人は定期的に若者の恋バナを摂取しないと死んじゃうんだぞ」
大人って大変だな。
「私も死にます」
葉月も死んでしまうのか。
「そうじゃなくて、夏休みの部の予定を聞きたいんですが?」
部長は強引に話を戻す。
「あーつまらんな。例年通り何度か児童養護施設に行ってもらうぞ。夏休みは学校がなくて大変だからな。それから夏休み中の部活動の手伝いも何件か入るだろう。あとは……よーく聞け、合宿をやるぞ」
「合宿!?」
葉月が立ち上がって声を上げた。
「ああ、名目は『海の環境美化活動』つまりゴミ拾いだ。っていうのはあくまで建前で思いっきり遊んでいいぞ」
「海! やったー!」
葉月が嬉しそうに飛び跳ねる。
「私、それまでに手を完治させます!」
ハルミにも新たな目標が出来たようだ。
「うちは部の予算とか全然使わないからな。そのぐらいいいだろ。あ、彼女連れて来ちゃダメだぞ」
「頼まれても連れて行きません」
「てゆうか、スマホの待ち受け見せろ、どうせツーショットだろ!」
「プライバシーの侵害です」
夏のはじめ、私はハルミと出会った。だが夏はまだこれからだ。私たちの長いようで短かった主従関係は終わりを迎え、新たな形を作ろうとしている。それが何なのかはまだわからない。何もかも変わっても変わらないものはある。私はその変わらないなにかを大切にしようと胸の勲章に誓った。




