【第七章 】第三話:ハルミナイト・プロトコル
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神が欲しい。いや、神を手中に収めたいなどといった物騒な意味ではない。
神のごとき存在が欲しい。
北極星のように確かに、我が頭上に存在する導きの星。
その言葉は、白を黒と言えば、黒となる。
疑いの余地のない絶対者。
私に命令を下す者。
ただ従い、そして、守りたい。
それだけが空虚な私の存在に意味を与える。
絶対の従属に値する、閃光の瞬きが如きその姿。
信仰無き生に私はさまよう。
現れてくれ。
ちっぽけでもいい。
ただ人生を賭しても仕えたいと思う『なにか』を私は渇望する。
――だが、神などいなくても人は生きていける。
他者に行く末を預け、それ従うのはあるいは簡単だろう。
神は己の心の中にある。
たとえ誰かに仕えたとしても、忠誠を誓う心そのものに神は宿る。
己の心だけが己を導く。
私は佐藤騎士 (ナイト)。騎士の名を持って生まれた。
私はこれからも騎士の道を行く。
誰の命令でもない。
私の心がそう囁くからだ。
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夏休み前、最後の日曜日。私は再び郊外のショッピングモールに足を運んでいた。夏の合宿に備え、女性陣が水着を新調したいと言うのだ。……それと私と何の関係がある? だが私も学校指定以外の自分の水着を持っていなかったので、仕方なく買い物に付き合うことにした。
私は女性用水着のコーナーには決して近づかず、そそくさと自分の水着を選んだ。今日は白羽先輩もいる。いじられるのはごめんだ。冬川部長が私の水着選びに付き合ってくれた。彼は私が競泳用の水着を選ぶのを止め、ハーフパンツを選ぶように忠告した。
「部長。見当たりません」
私は水着探しに根を上げて、部長に弱音を吐いた。
「どうした? 野郎の水着なんて適当でいいだろ。何かこだわりがあるのか?」
私は答えた。
「剣を差せる水着が見つかりません」
「……ゴム紐でも付けていけ」
部長は呆れ顔で吐き捨てた。
「みはるちゃんは夏休みどうするんですか?」
フードコートでポテトをつまみながら、ハルミは葉月に尋ねた。
「んー? チビ共の相手で忙しいかなー。バイトはちょっと多めに入れたけど」
「そうですね。夏休みですもんね」
「うん。だから夏のボランティアは本当に助かるよ。卒園した先輩たちが来てくれたりもするんだけどね」
葉月は誰に頼まれるわけではなく、自身の自由を犠牲にして子供たちの面倒を見ている。なかなかできることではない。だが、それを口に出すと葉月は嫌がるだろう。私は黙ってストローでコーラをすすった。
「ナイトくーん、どんな水着買ったか気になるー?」
隣の席から白羽先輩がしなだれ掛かってきた。
「当日の楽しみにしています」
私は毅然とした態度で答えた。
「つまらーんー」
白羽先輩は目の前のパフェに集中しはじめた。
女三人揃えばなんとやらで、私と部長はその後も長々と買い物に付き合わされた。
ようやく買い物を終え、バスに乗って駅前に戻った私たちは、白羽先輩のバイト先でラーメンを食べて解散した。期末テストのストレスは発散できた気がするが、また別のストレスを溜め込んだような気がする。私は家に帰るとベッドに直行し、横になった。スマホの通知か小刻みに鳴り、その日撮った写真が送られてくる。
今日はハルミの世話をあまりしなかったな。そんなことを考えながら、私はダンベルを手に取った。精神的にはともかく肉体的にはまだ余裕がある。足は疲れたが上半身には鍛えるだけの余力がまだ残っている。私はダンベルをゆっくり上下させた。部屋の壁の特等席には、ハルミのくれた勲章が透明なビニールに包まれ誇らしげに佇んでいた。
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「私今日バイトだから」
手を振り、足早に去っていく葉月を見送り、私も席を立った。
「佐藤君」
突然、背後から声を掛けられた。部室ではともかく、教室での私は葉月を除けば人に声を掛けられることなどほとんどない。何事かと振り返ると三人の女子生徒が少し怯えた様子で立っていた。
「あのね、今日調理実習でカップケーキ焼いて、沢山作ったから、みんなに配ってるんだけど……。これ佐藤君の分」
その女子生徒はそう言って、半ば無理やり私にラッピングされたケーキを握らせた。六限の数学はなかなかに強敵だったため、脳が糖分を欲していたところだ。私はありがたくそれを頂戴した。その場で、簡易なラッピングを開けて、かじると香ばしいキャラメルの香りが口いっぱいに広がった。
「うまい。感謝する」
腹が減っていたので、私はその場で全て平らげた。女子生徒は私が食べる様子を興味深そうに眺めていた。
「ご馳走になった」
「良かった。これから部活? 頑張ってね」
「ああ、仕事があればだが」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
彼女たちは手を振って教室の後ろの方へ歩いていった。
珍しいこともあるものだ。
私は空になったラッピングをポケットにねじ込み、教室を後にした。
廊下に出ると外は快晴だった。暑いのでもう少し遠慮してもらってもいい。もう放課後だと言うのに、太陽はまだ随分高い位置で輝いている。
ツバメたちは今頃南の国へ向かって飛んでいるのだろうか。あれから、私はツバメの巣を撤去し、糞害防止のビニールを撤去していた。一つの仕事を終えた実感があった。また来年も私にその雑用をさせてほしい。私はツバメたちの従者だった。
部室の戸を開けると、中には誰もいなかった。普段なら教室の近い白羽先輩が一番乗りしていることが多いが、今日はバイトだろうか。私は入り口近くの定位置に陣取って、スマホを眺めながら他の面々の到着を待った。
「遅くなりましたー」
軽やかな声と主に現れたのはハルミだった。彼女は重い部室の扉を自力で開けられるようになっていた。
「あれ? ナイトさんお一人ですか?」
ハルミは目を丸くして私に尋ねた。
「ああ、葉月はバイトと言っていた、白羽先輩もおそらくそうだろう。部長はわからんが」
「そうなんですね」
ハルミは少しだけ寂しそうに肩を落とした。
「急な依頼があるかもしれんが、いささか暇だ」
「じゃあ私とゲームをしましょう」
ハルミが提案した。彼女はバックパックからトランプの束を取り出した。
「自分で切れるんですよ」
ハルミは得意げに、だが少しぎこちなくトランプの束をシャッフルした。
「でも二人じゃ出来るゲームが限られますね」
「神経衰弱ならどうだ。二人でも出来る」
「そうですね!」
ハルミはトランプを持ったまま手をパチンと合わせた。
「私得意なんですよ」
「私も記憶力には自信がある」
「じゃあ勝負ですね。負けた方は何でもいうこと聞くこと」
「いいだろう」
ハルミはトランプを几帳面に並べ始めた。私はその作業をじっと眺めていた。山札から一枚のカードを抜き取る作業は指先の鍛錬だ。どれだけ時間がかかっても私はそれを見守る。
「はい、できました」
部室の長机には升目状にきれいにトランプが整列していた。
「じゃあ、先攻後攻じゃーんけーん」
ハルミは手をグーに握る。まだ最後まで握りきれず、指先がわずかに開いている。
「ポン」
ハルミはチョキを出した。彼女のことだ、最も難題のチョキを選ぶことはわかっていた。私はグーを出した。勝負は勝負だ。
私たちは交代でトランプをめくった。
図柄が一つ揃ってカードがゲームから除外されるたびに、この夏の思い出が浮かび上がり、そして消えていくようだった。
「はい! 私の勝ちです!」
カードの枚数を数えるまでもなかった。ハルミは本当に神経衰弱が得意だったようで、私は無残にも負けてしまった。
「まいった。負けた方はなんでも言うことを聞くだったな」
「はい!」
そして彼女は、いつものように背筋を伸ばし、その涼やかな声で私に命じた。
「命令です。今からオレンジジュース買ってこーい! 一分以内!」
第一部完。




