【第六章 】第一話:同胞
第六章:主君と、女神と、同胞と(全三話)
第六章
土曜日。我々は瀬戸顧問の運転するミニバンに乗り込んでいた。助手席には部長、後部座席には右から私、ハルミ様、白羽先輩の順に座っている。白羽先輩はギターを持参しトランクへ積み込んでいた。葉月はというと、現地集合とのことだった。
「さっと説明したと思うが、今日は児童養護施設のボランティアに行くぞ。やることは子供と遊んだり、話し相手になったり、勉強をみてやったりとかそんなとこだ。俺たちと同じくらいの歳の人もいるけど、主に小さい子供の面倒を見てやってくれ。それとスマホで写真撮ったりSNSに上げたりは厳禁な」
「分かりました」「承知しました」「了解ー」とそれぞれ声を上げる。
「高校生がこうゆう施設にボランティアってあんまりないんだよ。うちを信用してもらってお手伝いに行くんだから慎重にね」
瀬戸顧問が付け足した。
「ハルミ。小さい子供もいるそうだから、怪我のないように」
私は左にいらっしゃるハルミ様に進言する。この距離感は学園祭のフォトスポットを思い出させる。
「ナイトさん、私の怪我よりも子供たちに怪我をさせないことの方が大事です」
流石ハルミ様だ。常にご自分のことよりも他者のことに気を配られる。お怪我があっても自分を弱者の立場と甘んじられないのだ。
「おっしゃる通りです。ですがお気をつけて」
車はものの15分ほどで、その施設に到着した。
冷房の効いた車から降りると、むわっとした熱気が我々を包み込んだ。6月も終わる。この国に長い夏が訪れようとしている。
児童養護施設はカラフルで、どことなく幼稚園を思わせるデザインの建物だった。広い庭では年齢も体格もバラバラな子供たちが走り回っており、喧騒と穏やかさが奇妙なバランスで同居していた。
園長室で園長に挨拶をし、いくつかの注意事項を頂き、私たちは持ち場に着いた。体力のある私は外で走り回る子供たちを担当することになった。部長は中学生に勉強を見てやるそうで、白羽先輩とハルミ様は室内で遊ぶ子供を担当された。
「ナイト君ー子供泣かせたらだめだよー」
白羽先輩がふにゃりとした笑顔で私に釘を刺した。
いつもなら葉月が言ってきそうなことだ。しかし、一向に葉月の姿は見えない。遅刻だろうか。
「失礼する。ボランティアで参った佐藤騎士だ。良ければ一緒に遊んでくれ」
私は庭の子供たちに向かって誠心誠意挨拶をした。子供たちはぴたりと動きを止めて、私を警戒しているようだった。
しくじったか。そもそも私は子供の相手など向いていないのだ。
「あー、大丈夫だよー。あのお兄さんバカだから怖くないよ。私のお友達なの」
どこからともなく、聞きなじみの深い声がした。
大きな木の陰から出てきた葉月は、子供たちの肩にそっと触れた。子供たちが葉月を中心に集まっていく。随分懐かれているようだ。
「先に来ていたのか?」
私は尋ねた。
木々の木漏れ日のなか、葉月ははっきりとした口調で答えた。
「そうだね。でも違うよ、私ここに住んでるから」
私は鬼ごっこに精を出していた。
ある子供が私の剣を見て、これなあにと言うので、私は剣を抜き彼の頭を軽くたたいてやった。彼は大層喜び、自分にもやらせろとせがんだ。剣を渡すと今度は彼が私を叩いた。
そこから剣で叩かれた者が、今度は剣を持って追いかけると言う鬼ごっこに発展していた。どうでもいいが、剣を持った者が鬼と言う設定に若干の抵抗を覚える。新聞紙とはいえこれは我が精神の象徴。騎士の剣なのだぞ。
それにしても子供たちの体力には驚愕の一言だ。炎天下の中、赤く染めた頬に汗を光らせて走る彼らは、まるで永久機関を搭載したエンジンを積んでいるかの如く、一向に走るのを止めない。さぞかし今日の夕食はうまいだろう。
それに付き合う葉月も葉月だった。彼女は一見病弱に見えるほど細い手足をしており、色も白い。だが彼女は子供たちに後れを取ることなく走り続けている。私たちにとっての今日は学内ボランティアサークル部の活動の一環だが、彼女にとってこれは日常なのだ。
子供たちに後れを取ったわけでは断じてないが、適度な休息は必要だ。私は園庭の隅にある木陰のベンチに腰掛けた。日差しが強い。通気性に優れたトレーニング用のTシャツも、今や汗でベトベトだ。
「えへへ。疲れたでしょ?」
葉月が身軽な仕草で背もたれを飛び越え、私の隣に座った。
「葉月。お前は騎士だ」
私は彼女に最大級の賛辞を送った。
「うへ、多分褒められてるけど、絶妙に嬉しくない」
葉月は笑った。
葉月は本当によく笑う。それがすごいことなのだと不愛想な私は思う。笑うと言うことは鎧を脱ぐということだ。いつもくだらないことで武装してしまう私とは違う。彼女は自然だ。導きなど必要ない。完成された自我を持っている。過酷な現実の中で、導きなどなくとも自ら道を切り開き、自らの居場所を作り守る。あるいは私もそんな彼女の守るべきものの中のひとつなのかもしれない。孤独だった私を、彼女はいつだって明るく照らした。
「私が孤児だって知ってどう? 見る目変わった?」
葉月は庭園を走り回る子供たちをただその目に映しながら、ぽつりとこぼした。
「ただ驚いている。正直見方も少し変わるだろう」
「正直だね。いいね、そうゆうの」
葉月は小さく笑った。
「私ね、ずっと高校生になりたかったんだ。高校生ってキラキラしてるし、楽しそうだし、バイトもできてお金も使える。だからナイト君みたいに一人でつまらなそうにしてるやつ見ると腹が立つんだ。せっかく高校生なのにって。でも今のナイト君は違うね。ビフォアヒメちゃんとアフターヒメちゃんとで別人みたい」
「自分ではあまりわからん。だがかりそめとはいえ主君を得たことで私の人生は意味を持った気がする」
「ナイト君はナイト君だよ。ヒメちゃん風に言えばね。人との出会いって大事だね。私なんかいつも周りに人がいるから、いつも一人になりたくて仕方がなかったのに、外に出ると誰かとお喋りしたくなる。私、ここが好きなんだよ。だから同情だけはしないでね」
「無論だ。第一お前に同情できるほど私は人間が出来ていない」
「ナイト君って結構自己肯定感低いよね。いいんだよ、わがまま言っても。私たちまだ子供なんだから」
「子供か。私はさぞ可愛げのない子供なのだろうな」
「かもね」
強い日差しが私たちを刺していた。子供たちの騒ぎ声がどこか遠く聞こえる。私たちは彼らの方を向いたまま、ただ二人で肩を並べて座っていた。
■
私は休憩がてら、他のみんなの様子を見に行くことにした。施設のカラフルな建物に入ると、どこからともなくギターの音色が聞こえた。私の足は誘われるまま音のする方に向いた。
ホールでは白羽先輩がギターを抱えていた。彼女が奏でる『きらきら星』の旋律に乗せて、子供たちが歌っている。まるで女神が民を慈しむような、微笑ましい光景だった。以前エレキは趣味ではないと言っていたが、彼女には確かにこのアコースティックギターの暖かな音色が似合っている。
ラーメン屋での一件以来、私は毎日彼女を駅まで送っている。ハルミ様も同じ駅なのでいつも三人だ。警察の介入があのリュウと言う男を鎮静化させたのか、はたまた逆恨みと言う形で逆に活性化させたのか。その確証はない。三人での帰路は絶えず緊張感が走ったが、あれからリュウが白羽先輩に接触してきたという話は聞いていない。
このままなにもなく時が過ぎればいいが。私は騎士として、彼女の平穏がこのまま続くことを願い、なんとしても守ろうと思った。
ホールの隅では、ハルミ様が少女たちと風船遊びに興じておられた。彼女の手でも風船くらいなら叩けるだろう。私はこの頃、ハルミ様に対して過度な心配をしなくなった。骨が癒合を始め、ふとした痛みを顔を曇らせることも少なくなられた。12時を知らせる時計の針のように、回復は着実に進んでいるのだ。
「あ、ナイトさーん」
ハルミ様は無邪気に私に手を振った。痛む様子はない。私はずいぶんと汗をかいしまったので少し距離を取って、彼女の傍らに座った。
「ハルミ。おつかれ」
「ナイトさんもお疲れですね。ずっと走り回っていらっしゃったんですか?」
「その通りだ。少々鍛え直す必要性を感じた」
「ああ、何か違和感があると思ったら、新聞紙はどうしたんですか?」
ハルミ様は私の腰元に視線を向ける。
「子供に奪われた」
ハルミ様はふふふと微笑まれた。
「剣を奪われるなんて騎士失格ですね。クビにしちゃおうかしら」
「小さな騎士に託したのです」
「奪われたって言いませんでした?」
ハルミ様は笑った。あなたには子供がよく似合います。
「みはるちゃんのことは聞きました?」
風船を下から叩いて、ハルミ様は尋ねられた。
「はい、本人から」
「私は白羽先輩から。どう思いました?」
「驚いた。それだけだ」
「はい、何も変わりません。心配するだけ無駄でしたね」
私は心配すらしてなかった。ハルミ様が人を生まれで判断することなどありえない。見ず知らずの私に、残酷な自己犠牲の慈愛の手を差し伸べたお方だ。ハルミ様に仕えるようになってしばらく経ち、私の罪悪感は誇らしさへと変化を遂げていた。私は不覚にもこのお方に守られたが、私はそれを光栄に思う。このお方は紛れもなく私の主君に相応しい人間だ。
私は冬川部長のいるワークスペースを訪ねた。
「お疲れ様です」
大きな木製の机の前に座る部長に、私は声をかけた。数名の中学生が黙々とノートに向かっている。
「おおナイトどうした?」
「休憩がてら散策中です。みなそれぞれの持ち味を活かして活動していました」
「……そうか。……ナイト。お前三人のことどう思ってる?」
唐突に部長は尋ねた。
「どうとは? みな親愛なる方々です」
「そうか、あんまりふらふらするなよ」
「はい。そろそろ持ち場に戻ろうと思っていたところです」
「そうか。じゃあ持ち場に戻れ。個人的にはそれがいちばんしっくりくる」
「はあ……?」
部長との会話はどこかかみ合っていないようだった。白羽先輩のギターの音色が遠くからうっすらと聞こえていた。
夏の長い日が沈み切らぬうちに、我が『校内ボランティアサークル部』の活動は幕を閉じた。夕食を作る良い匂いが施設中に立ち込めていた。
葉月は私たちを見送った。
「また学校で」
「また学校で」
私たちはあっさりと別れた。特別なことなど何もない。今日が終わってまた明日が始まる。それだけだ。
私たちは瀬戸顧問のミニバンに乗り込んだ。あれから顧問は庭の追いかけっこに加わっていた。保健体育の教師らしく、彼女の体力もまた底なしだった。
「今年は一年が三人も入ったから、しばらく安泰だね」
瀬戸顧問はハンドルを握りながら上機嫌に言った。
「ちょーっと男手が足りないけど」
「私が何人分でも働きます」
「はっはっは。お前は可愛いなあ。でも一人じゃどうしようもないこともあるから騎士団でも結成してくれ」
私たちは車から降りた。空には茜色に染まったちぎれ雲が敷き詰められたいた。私は長く伸びる校舎の影を眺めて、ふと学園祭の帰りを思い出していた。
「女性でも騎士になれるんでしたっけ?」
ハルミ様がボソッとそんなことをつぶやいておられた。




