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【第五章 】第三話:剣に抱擁を



 翌日、私は朝一で生徒指導室に呼び出された。

 言い渡された処分は一日間の謹慎だ。暴力沙汰で警察の厄介になったのだ、温情な措置だと言っていいだろう。

 私は教室に鞄を取りに戻り、クラスメイト達の奇異な目を浴びながら、そのまま帰宅することになった。

 事情はどうあれ暴力は良くない。私は現代社会と、騎士道の両立について思考を巡らせながら、自転車を漕いで短い家路を行った。

 こうして私の皆勤賞は露と消え、暴力行為で謹慎という不名誉な称号を得ることになった。変人だけなら無害だが、暴力とあっては私のクラス内での地位は地に落ちただろう。まあ今更些末なことだ。問題は山積みだが、私は不思議と晴れやかな気分だった。


 両親には昨日、警察の介入した段階ですでに連絡が行っていた。結果として私の行動は罪に問われなかったが、我々が未成年である以上、家族や学校への通達は必然だろう。

 母は出勤直後の職場から、私が謹慎処分を受けたという連絡があったと、電話をしてきた。彼女は私への処分に憤慨していた。

「あなたは立派なことをしたのよ」

 電話越しで母は言った。いささか身内びいきではあるが、嬉しかった。

 私は教科書を開いた。そして、授業の時間割通りに勉強をした。私に後ろめたい気持ちはないが、謹慎は謹慎だ。それらしく過ごすべきだろう。

『元気―?』

 葉月からスタンプと共にメッセージが届いた。彼女なりの気づかいだろう。さて朝一で突然帰った私をクラスメイトはどう思っていることやら。謹慎のことは周知されているのだろうか。

 私は『元気だ』と返した。

『なんかあった?』

『明日話す』

 どうやら謹慎のことは伝えられなかったらしい。

『返事の短い男はモテないよ』

 私はそこでやり取りを打ち切った。


 昼過ぎ。キッチンで軽く何か作るかと考えているところに、またしても葉月からメッセージが届いた。

『なんかナイト君、暴力事件起こして謹慎って噂流れてるけど本当?』

 おおむね事実だが、少し尾びれが付き過ぎている。

『大した問題じゃない。明日には復帰する。明日話す』

 私は多弁な方ではないが、文章でのやり取りも得意ではない。時間を取ってじっくり話した方がより正確に伝わるだろう。

 すると突如としてスマホに着信があった。

 私は画面を見て、驚き、端末を床に落としてしまった。

 そこには『波瑠美光愛様』の六文字。

 早く出なければ失礼にあたる。しかし、心の準備が一向に整わない。

「佐藤騎士です」

 私は震える手でスマホを拾い上げて電話に出た。

「ナイトさん? 波瑠美光愛です」

 背筋が震え上がった。電話越しとはいえ、ハルミ様のどこまで涼やかなお声を耳元で聞くのは私には刺激が強い。強過ぎる。

「は、はいハルミ様。何のご用件でありましょうか??」

「電話越しでも様はやめてください。勘違いだといいのですけど、ナイトさんが謹慎処分を受けているという話を伺ったのですが、本当ですか?」

 ハルミ様のクラスにまで広がっているとは、噂と言うのは伝達が早い。

「はい事実です。ですが私はハルミ様に仕える身として何一つやましいことはしていません。詳しくは明日直接お話しさせてください」

「だから様はやめてくださいって。まあいいですけど、明日には出てこられるんですか?」

「はい。謹慎は今日一日です」

「どうしてずっと敬語になっちゃうんです?」

 あなたのお声があまりに近いからです。

「明日、話してくれるんですね?」

「はい、包み隠さず」

「じゃあそれを信じます」

「はい必ず」

「では、切りますね。それと昨日はありがとうございました。とても楽しかったです。また付き合ってくださいね」

「御意に」

 ストーンと音を立てて通話が切れる。

 刺激が強すぎる……。


   ■


 謹慎が明け、と言っても一日だがともかく謹慎が明け、登校し自分の席に座ると、クラスメイトの視線をあちこちから感じた。針のむしろだ。変人で通っている私が、暴力事件で謹慎。学生には刺激的な案件だろう。

「よ、お勤めご苦労。なにがあったの?」

 葉月が気を使って明るく話しかけてきた。

「些末なことだ。放課後に話す」

「あっそ」

 葉月は何とか私のイメージ向上のために言葉をつなげようとしたが、結局何も思いつかず自分の席へとぼとぼと戻って行った。

 予鈴が鳴る。

 HRに備えて席に着く者、まだ余裕ぶって立ち話をしている者、と様々だったが、遅刻をしてくる生徒以外は教室に揃っていた。

 そのときだった。

「あー! あー! あー! ナイト君! ナイト君! ナイトく~ん!」

 予鈴の余韻を吹き飛ばすような、大きくて甘ったるい声が入り口の方から教室中に響き渡った。

 おそらくクラスメイト全員がその方角を見た。無論私も。

 そこには白羽先輩が立っていた。

「ナイトく~ん!」

 彼女は教室に走って入ってくると、いきなり私の頭を抱きしめた。柔らかな感触に顔が埋まり、私は呼吸すらままならない。

「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう! 私をストーカーから守ってくれて!」

 それはいいですが、なぜこんな時間に教室まで来たんですか? そしてその、あなたから聞いたこともない甘ったるい喋り方は何ですか?

「私ストーカーにホント悩んでて、ストーカーが怖くて、でもナイト君に相談して良かった~! 私のお願いを聴いてくれて、送ってくれて、私に襲い掛かってくるストーカーを撃退してくれて、ホント、感謝してるんだよ~! ナイト君は本当にナイトなんだね! 学園祭の準備も陰で草むしりしたり、重い荷物を運んだり、後片付けしてくれたり、沢山働いてくれて助かったよ! ナイト君は誤解されやすいけど本当にいい人なんだね! いつも頼りにしてるよ! ありがとうナイト君!」

 白羽先輩はクラス中に聞こえる声で、大袈裟に私のこと宣伝した。

 鈍い私でもわかる。これは彼女なりの恩返しだ。謹慎の噂で私がクラスで孤立しないように、一芝居打ったのだ。私に豊かな胸を押し付け、物理的に余計な反論を言えないようにして一方的に。

 担任が入ってきて、彼女は注意を受けて教室から去った。

「また放課後にね!」

 いつもは眠たげな瞳を、大きく見開き、悪戯っぽく笑う彼女にゾクッとした。

 先ほどまで白羽先輩に向けられていた視線が、今度は一斉に私に向けられる。教室を渦巻く様々な感情が私に突き刺さる。いったいどんな目で見られているのやら。私は目を閉じ、腕を組んでそれに耐えた。どうしろと言うのだ。

 スマホが鳴る。

『このスケベ』

 葉月からだった。


   ■


「ナイトさん命令です。何があったのか全て話してください」

 全員集合した部室でハルミ様の命令が下った。私は時折白羽先輩の補足を挟みながら、一部始終を話した。

「ナイトさん私怒ってます。どうして話してくださらなかったんですか? 私がでしゃばると思ったんですか? 私は私に出来ることぐらい弁えています。見くびらないでください」

 ハルミ様は腕を組んでお怒りになられた。その瞳はまっすぐ私を射貫いている。

「ヒメちゃんごめんねー。ナイト君借りちゃったー」

 白羽先輩が感情の読めない平坦な声で言った。

「別にナイトさんは私のものではありません!」

「いえ、私はハルミ様のものです!」

 私は即座に忠誠を示した。白羽先輩がニヤニヤしながら私たちのことを見ていた。

「もお、様はやめてください」

「まあ、大したことないみたいで良かったじゃないか。白羽、俺も頼れよ」

 部長が場をなだめた。

「ありがとー。でも彼女持ちを頼るのは抵抗ありましたー」

「ナイトさん命令です。これからしばらく白羽先輩を駅まで送ってください。……ついでですけど私も」

「御意に」

 私は新聞紙の剣に手を添えた。本当にこれが剣として必要となる場面があるとは、正直なところ想定していなかった。鍛えた体を躍動させることや、携えた剣を振るうことは、あるいは騎士として名誉なことなのかもしれない。

 だが私は最近特に思う。それらを振るうことがないことこそが幸せなのだ。この陽だまりのような部室で、ぬるく平穏で、平均的な学生生活を送る。それこそが守るべきものなのだ。

 私はヒーローではない。ヒーローには相対するヴィランが存在する。今回の件に限ってはリュウと言う男がヴィランだった。だが本来ヴィランなどいてはいけないのだ。私はナイトだ。敵対者など無くとも、主君の平穏をお守りするのが騎士の務めだ。

 志さえあれば私にはナイフも、警棒も必要ない。

 この新聞紙の剣で十分だ。

 新聞紙の剣がお似合いだ。

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