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ヤマ、サーラメーヤと出会う

で、そのあとに現れたのがサーラメーヤだった。

昔も今も、あいつらをうまく説明するのが難しい。


……その時、初めて"終わる"って理解したんだよね。

ああ、俺はもう元いた場所へは戻れないのだと、思い知らされた瞬間だった。



こはくと二人だけで過ごした時間がどれほど流れたのか、当時の俺には知る術もなかった。


昼も夜もない世界。巡る季節もなく。

乾いた冷たい空気だけが肌を撫でる。


ただ深い静寂が満ちる冥府の中で、あいつは相変わらず俺の隣に寄り添い、興味が向けば触れ、満足すれば少し身を弾き、また思い出したら吸い寄せられるように戻ってくる。そんな終わりのない穏やかな日常を繰り返していた。


ある時、こはくがふと顔を上げた。

何かに気づいたかのように、ゆっくりと冥府の薄暗い奥へと視線を向ける。


俺もつられて振り返ると、静けさを切り裂くようにして、二つの足音が近づいてくるのが聞こえた。


規則正しく、澄んだ音だった。

やがて冷気が揺らぎ、闇の境界線を抜けて姿を現したのは、二頭の獣だった。


狼に似た骨格をしている。いや、犬だろうか。

しかし四肢の獣ではなかった。全身は毛に覆われているが人のように衣を纏い、二足歩行をしている。


白と黒の毛並みは美しい艶を帯び、しなやかな尾を滑らかに動かしている。その双眸に宿る鮮烈な金色と水色の左右で異なる光だけが、一直線にこちらを捉えていた。


二頭は俺のすぐ目の前まで辿り着くと、ぴたりと足取りを止めた。


そして——

何一つ迷いのない所作でその場へ粛々と膝を突いたのだった。獣の爪がざらりと地面と擦れる。


「最初の死者様」


右の獣が口を開く。


「お迎えに上がりました」


左の獣が、ごく自然にその言葉を繋いだ。

俺は思わず二頭を交互に見比べる。

双子なのだろうか、と真っ先に思った。


「……お前ら」


右の獣に視線を落とす。


「名前は?」


「サーラメーヤです」


左の獣が答える。


「冥府の境界を守る番」


右の獣が言葉を重ねた。


「……どっちが?」 


そう尋ねてみると、二頭は示し合わせたかのように同時に首を傾げた。

角度もタイミングも、寸分狂わぬ動きだった。


「どちらも」

「どちらでも」

「我々です」


「……は?」


理解が追いつかず、眉間に皺が寄る。

今度は右の獣が滑らかに話し始めた。


「感覚を」


左の獣が受ける。


「共有しております」


右。


「意識も」


左。


「一つです」


その会話のやり取りには、恐ろしいほど継ぎ目がなかった。

片方が言い終えたからもう片方が交代して話しているのではない。最初からたった一人の存在が紡いでいるひとつの文章を、たまたま二つの口に分けて発声しているだけのような、奇怪なほどの自然さがあった。


俺はしばらく無言のまま固まっていた。

右側へ回り込み、左側を見つめ、また右側へ視線を戻す。

二頭とも、同じ透明感を持った眼差しで俺を見返してきた。


確かに二つの身体があるはずなのに、目の前に鎮座している視線はただひとつしか存在しないような、不気味な錯覚に囚われる。人ならざるものの気配に、背筋に冷たいものが走る。


「……気味悪いな」


口から出たのは、偽らざる正直な感想だった。

だが二頭は害された様子もなく、淡々と受け止める。


「よく言われます」

「ですが問題ありません」


それすらも流れるように続いていく。

俺は小さく溜め息を吐き出した。


「で、そのサーラメーヤが何しに来た」 


俺の問いを受け、二頭は改めて背筋を正した。


「お伝えするためです」

「あなたに」

「ここが冥府であることを」

「あなたが最初の死者であることを」

「そして」

「これより先」

「人は終われば」

「ここへ辿り着くことを」 


静まり返った冥府の空間に、その言葉だけが朗々と響き渡った。

俺は言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。

終わる。


その単語だけが、胸の奥に妙に重く引っかかる。

今まで無意識に考えないよう覆い隠していたものへ、唐突に名前という烙印を押されたような感覚だった。


「……終わる」


掠れた声で、思わず呟いていた。


「はい」

「死です」


その一言は、あまりにも淡々としていて、あっけなかった。

憐れむでもなく、脅かすでもない。ただそこに在る厳然たる事実として告げられた声だった。

俺は己の足元へ視線を落とした。


死。

その『言葉』を知らなかっただけで、本当は薄々感づいていたのだ。

自分はもう戻れない。あの日々やあの場所へは決して帰れないのだと。ここはそういう途切れ果てた場所なのだと。


けれど、それが“死”という現象なのだと突きつけられた瞬間、不思議なほどすんなりと、胸の深層へその事実が落ちてきた。


「ああ」


自嘲混じりの声が漏れる。


「そういうことか」


二頭は静かに頭を下げ、理解を示した。

そのすぐ隣で、こはくは相変わらず何も言わず、ただ静寂の中で俺を見つめ続けていた。


こはくはきっと、最初からすべてを知っていたのだろう。

それでも俺に説明しなかった。できなかったのか、あるいは最初から説明する気などなかったのかは分からない。

俺は乾いた笑いを漏らした。


「お前、喋れないなら最初から誰か連れてこいよ」


こはくは返事の代わりに、かるく首を傾げてみせるだけだった。

その無垢な様子を見て、二頭のサーラメーヤの口元がほんのわずかに緩む。

そして彼らは再び、揃って深々と頭を垂れた。


「本日より」

「我々は」

「あなたの忠実な下僕として」

「その歩みを支えます」


その言葉に微かな迷いすら存在しなかった。

それは新たに誓う忠誠というよりは、世界の始まりから定められていた自らの役目を、当然のこととして確認しているかのような静かな響きだった。


その日、俺は初めて悟ったのだ。

こはくは世界の側に座す存在で。

サーラメーヤは世界の理を伝えるための存在であるのだと。


そして俺だけが、そのどちらの側にも属していない。

ただ人として最初に『終わり』へと辿り着いてしまった、世界でたった一人の存在なのだと。

 

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