↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/28

瓜二つのいたずら

地獄の大広間に、外界から訪れた神々が居並んでいた。


地上との境界を巡る定期の集会が開かれる日だ。普段は互いの神域に籠もりきりの者たちが、こうして一堂に会する機会は珍しい。厳かな衣を纏った神々が、それぞれの席で静かに言葉を交わしている。


その空気は、どこまでも張り詰めていた。

誰もが、広間の奥へと時折視線を走らせる。

そこには、こはくが座していた。


騒がしい会話の輪から一歩離れた場所で、ただ静かに佇んでいる。誰かが話しかけるでもなく、こはくが誰かに寄るでもない。


それでいて、広間全体の空気は、その一角を中心に緩やかに張り詰めているようだった。

近づく者はいない。


畏れ多いという以上に、そこにあるのはもっと本能的な忌避に近いものだった。迂闊に踏み込めば、そのまま呑まれてしまいそうな気配。誰もがそれを肌で理解していた。


だからこそ、視線だけが集まる。

ちらり、ちらりと。


まるで神聖な像でも拝むかのように、遠くから熱心に見つめる者たちがいる。中でも、部屋の隅に控えていた一柱の若い神格は、先ほどからずっとこはくの方角へと視線を送り続けていた。


閻魔は、そんな広間の様子を壁際からぼんやりと眺めていた。裁定の合間を縫って顔を出しただけの立場だったが、退屈しのぎには十分すぎる光景だった。


視線の先。

熱心にこはくを窺っては、目が合いそうになる度に慌てて逸らす神格の姿。

閻魔の口の端が、ゆっくりと持ち上がっていく。


「……あれ、面白そうじゃん」


誰に聞かせるでもなく呟くと、閻魔はするりと壁から背を離した。

歩き出したその輪郭が、揺らめくように滲む。

一瞬の後、そこに立っていたのは——漆黒の髪をした、十代半ばの姿だった。


閻魔は悪戯っぽく笑うと、迷いのない足取りで、その神格の元へとまっすぐに向かっていった。

  

「ほらほら、こはくだよぉ?」


その不可侵の静寂を一切の容赦なくぶち壊す。

パッと見の容姿だけで言えば、目の前にいる本物のこはくとほぼ瓜二つだ。


ただし、圧倒的に喋る。

面白がって、めちゃくちゃに喋り倒しているのだ。

しかもその口元には、酷く意地の悪いニヤニヤとした笑みが浮かべられていた。


「ほら、触っていいんだよ?」


閻魔はそう言いながら、身をすくませている目の前の神格へとずいっと顔を近づけた。

神格はその至近距離に完全に硬直している。


「……っ、い、いや、それは……!」


「えー?」


閻魔は心底楽しそうだ。

目の前の神格を玩具のようにして遊んでいる。


「普段は遠くからあんなに熱心に見つめてるじゃん。“あぁ、こはく様……”ってさぁ」


わざとらしく声を尖らせ、神格の真似をしてみせる。

神格の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。


「そ、それは……!」


「なに? 実物がこんなに近くにいるとダメなわけ?」


ぐいぐいと距離を詰めていく。

容赦がない。顔立ちの良さだけは本物で、しかもその造形はこはくに驚くほど似通っている。

神格の処理能力は完全に限界を迎えていた。

閻魔は容赦なく畳み掛ける。


「ほら見て、今ならちゃんと喋るよ? 触ったら反応も返すよ? すごくお得じゃない?」


最悪だった。

内面の性格がこれ以上なく悪質だ。

神格は耐えかねて後退ろうとするが、閻魔は逃がさない。

楽しそうに一歩詰める。


「ほらほら」


にこにこと無邪気な笑みを浮かべている。

顔立ちだけを見れば神々しいまでに整っているというのに、その中身があまりにも軽薄で酷すぎた。

神格はついに耐えかねて視線を逸らしてしまう。


「……っ、やめてください……」


「なんでさ?」


「心臓に悪すぎるので……!」


閻魔は大声をあげて吹き出した。


「なにそれ。いやでも分かるよ、俺だって相当顔が良いしね」


当たり前のように自分で言ってみせる。

神格は反論したくともできなかった。悔しいが、その顔立ちは圧倒的なまでに美麗なのだ。

しかもこはくの元であるため、その破壊力たるや尋常ではない。

閻魔はなおも楽しそうに言葉を重ねる。


「もっと近くで見ればいいのに〜。近い方が嬉しいでしょ? こはくはこんなに近くまで来てくれないんだからさ」


神格が完全に言葉を失った。

見事に図星だったのだ。

閻魔はその分かりやすすぎる反応を目にして、とうとう肩を大きく震わせて笑い始めた。


「やば、本当に照れてる。かわいー」


完全にクズの言動だった。

神格は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆い隠してしまう。


「……閻魔様……」


「なに?」


「お願いですから遊ばないでください……」


「えー、だって面白いじゃん」


即答。

その時だった。ふっと、周囲の空気が静かに落ちついた。

部屋の奥。本物のこはくが、静かな瞳でこちらを見つめていたのだ。

その気配に気づいた瞬間、閻魔の顔にパッと華やかな笑みが弾けた。


「あ、見てた?」


本当に嬉しそうな声音だった。

神格は反射的に背筋を正す。顔の赤さは増すばかりだ。本物のこはくが、そこに立っている。


閻魔はそんな神格の狼狽ぶりを横目で見やり、ニヤニヤと笑いながら本物のこはくの隣へと歩み寄った。


そして、さも当たり前のような顔をして、その華奢な肩へと腕を回してみせる。

神格の脳内処理が完全に停止した。

閻魔はちらりと神格の方を振り返る。


「ほら」


勝ち誇ったような、圧倒的な得意げな顔。


「俺は、これできる」


あまりの格差に、神格はその場で力なく崩れ落ちそうになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。