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エリサが天啓を読み上げた翌日、事態は一変した。
王宮内ではエリスとリディアの立場が完全に逆転し、与えられていた部屋や侍女、全ての待遇に明白な優劣が付いた。
彼女がこれまで身に付けていたドレスや洋服も全て没収され、与えられていた部屋も場所を移される。
リディアに与えられたのは、1人の侍女と最低限の荷物のみ。
与えられる食事もこれまでとは比べ物にならない程質素なものに変えられ、衰弱しているリディアの体を気遣う様子は少しもない。
それならばと自ら彼女の様子を見に行こうとしたが、事態が落ち着くまでの間は部屋から出るなと王命が出されてエリサとリディアへの接触を禁じられた。
これも恐らく聖女マリアンヌからの入れ知恵か、女神の仕業だろう。
───そして間も無くしてリディアとエリサは国王の御前に招集され、王太子や王女、聖女マリアンヌに加えて俺もその場に呼び出された。
国王の前に6人が並ぶと背後で扉が開く音がして振り返る。
扉から入ってきたのは、見知らぬ1人の貴族の男だった。
男は国王の前へやってくると、一礼してリディアの隣へ立つ。貴族の装いをしているその男は、一見物優しそうな顔をしているものの、漂うオーラにその柔らかさはない。
……何となく、嫌な予感がした。
国王は男がやってきたのを確認し、静かに口を開く。
「先刻の帝国祭において正式にエリサが聖女マリアンヌの後継者となった今、全ての理を正す時が来た」
そう話を切り出され、俺は静かに目を伏せた。
もう少し時間を稼げると思っていたのだが……エリサの登場と先日の帝国祭での出来事で大きく予定が狂っているせいで、予想よりも早くその時が来てしまったようだ。
グッと握った拳に力を込めて、先程やってきた男を横目に見遣る。
やはり、あの男は───
「1つ、聖女エリスと王太子デルテラの婚約。
2つ、大魔道士ゼウスと王女リベエラの婚約。
3つ、リディア・ベルティエラとセルバス・ロンバートの婚約。以上を王命として、この場で宣言する」
───リディアの伴侶となる男。
それを理解した途端、その男───セルバス・ロンバートに対する得体の知れない感情を抱いた。
結婚話を無視し続けていれば、いずれ王太子の結婚が決まると同時に、自身も王命を受けることになるだろうと予想はしていた。
そしてそれが王女からの指名だろうということも。
リディアの結婚までは予想していなかったが、聖女として選ばれなかった以上、王室としても彼女をどこか良家に嫁がせる他に選択肢が無いという事も理解していた。
こんな日が来ることなど、最初から分かっていたのに。
「異議のある者は名乗り出なさい」
国王の声が静かに響き渡る。
ロンバート家は王家に長年仕えてきた臣下の一つだ。養子として迎えている以上、それなりの貴族に嫁がせるとなると選べる選択肢は狭まる。
その中でもリディアとそう歳の変わらない息子を持つ家系が、このロンバート家だったということだろう。国王もそれなりに配慮したように見える。
しかし、高級貴族の長男ともなれば爵位を求めて多方面から婚約者候補が集まっていたはずだ。数えきれないほどの縁談が舞い込んでいたことくらい容易に想像ができる。
そんな男が婚約者も持たず、こんな短期間でリディアとの結婚を受け入れるなんて───何か裏があるようにしか思えなかった。
「国王の仰せの通りに」
思案する俺の横で、王太子や王女たちが声を合わせて返事をし、一礼をする。
隣に立つリディアも小さな声で同じように答えていたが、膝を折り目を伏せるその横顔には悲壮感が漂っていた。
「……っ、」
確かに彼女がこの王宮から解放される時を待ち続けていた。しかし、これがマリアンヌの言う通り全てがヘラの仕業だと言うのならば。
俺はあの女を許すことなど到底出来ないだろう。
今回の一件でリディアは外聞的に『偽者の聖女』となってしまった。
それが彼女の今後の生活───この先の未来にどれほどの影響を及ぼすことになるのか。少なくとも普通の幸せを味わうことは出来ないだろう。
この結婚がリディアにとって最良の道なのだろうか。
そうでなければ、王命を覆せるほどの理由を見つけなければならない。
彼女がまだここに居る間に───。
♦︎
しかし、王命が下ってから事の進みは早かった。
間も無くエリスと王太子の婚約発表が行われ、その1週間後には王女と俺の婚約も正式に発表された。世間はリディアの存在など忘れてしまったかのように祝祭ムードに包まれる。
半年後には正式に式を挙げて結婚する予定だと告げられ、その準備のために連日色んな場所へ連れ出された。
王女リベエラと共に馬車に揺られながら、ドレスの形はどれが良いだの色を合わせようだの…色んな話をされた気がするが、何と答えたか覚えていない。結婚する気など毛頭無かったから気にも留めていなかった。
時が来れば姿を消してこの国を去ろうと決めていた俺にとって、それが思ったよりも早まっただけだ。それによってこの国が混乱しようと俺を罪人として捕まえに来ようとどうでも良い。
ただ彼女の幸せさえ見届けられれば───俺がこの国に残っている理由はそれだけだった。
そして……セルバス・ロンバートの家系を探っても怪しい点はとうとう見つからなかった。
ごく一般的な貴族の家庭。両親共に健在で、借金や怪しい事業に手を出している素振りもない。セルバス本人にも至って怪しい噂や動きは何もなかった。
手は尽くしたように思えた。
俺が王宮に戻ると、宮の入り口には大勢の使用人が並んでいて帰ってきた俺たちを出迎える。そして王宮に入る手前で離宮の方からリディアがこちらへ向かってくるのが見えた。
大きな荷物を持って、侍女と共に。
俺は騎士に王女を先に王宮へ入らせるよう命じると、早足でこちらに向かってくる彼女の元へと足を進めた。
「リディア」
「!」
名を呼べば、こちらへ顔を上げる。
連日続いた外出によって通りすがりに会う事も少なくなってしまった彼女の顔を、今久しぶりに見下ろした。
美しい赤髪を風に靡かせながら、また少し痩せたように見える彼女の頬を無意識に撫でる。とうとうこの日が来たのだと、誰に言われるでもなく実感した。
───別れの時が、来てしまったのだ。
「……ゼウス」
「……お前が苦しむ姿をもう見なくて済むと思うと清々するな。これでやっと、お前は自由だ」
彼女の美しい赤髪を静かに掬い取る。
「今までありがとう。ゼウスがいてくれたから、私は今日まで頑張ってこれた。感謝してもしきれないくらいよ。それなのに……何も返せなくてごめんなさいね」
一言一言、噛み締めるようにそう告げるリディア。
これまで世話になった恩返しができないことを悔やんでいるのか、申し訳なさそうに俯いている。
“大したことではない、気にするな。”
そう告げたところで彼女は納得しないだろう。
苦しむお前の傍に居ながら、何の代わりにもなってやれなかった俺に、何をそんなに恩義を感じているのか。
こんな形で王宮の外に逃したかったわけでは無いのに。
「別に……そんなに恩返しがしたいなら、この先の人生はお前の好きなように生きろ」
それが俺への恩返しだと思え。
そう言って俺は自分の右手に付けていた1番小さい指輪を外し、彼女の右手を取る。
傍を離れる己の代わりとして。彼女にこれから沢山の幸福が訪れることを祈りながら、指輪を彼女の人差し指に嵌めた。
そして手を離せば、リディアは自身の右手を持ち上げて「っ、え……これは」と声を漏らす。そして慌てて顔を上げた。
「ゼウスがいつも付けていた大事な指輪じゃ、」
「生憎、他に渡せるものがなくてな。
選別と祝いを兼ねて、お前にやる」
そう答えると、リディアは驚いたように目を丸くして俺を見上げる。そして再度指輪に視線を落として、大事そうに撫でながら涙を浮かべた。
……最後の別れを惜しむように、何度も指輪を撫でる。
「また、私が貰っちゃったわね……」
「俺が勝手に渡しただけだ。
必要無ければ適当に捨てれば良い」
「もう、何言ってるのよ。
……絶対そんなことしないわ」
そう言って静かに涙を流すリディア。
それを指の腹で優しく拭ってやれば、ふふっと彼女が小さく笑って目を伏せた。
「素敵なプレゼント……ありがとう、ゼウス」
そして顔を上げて、柔らかに微笑む。
指輪を嵌めた手にギュッと力を込め、何かを決意したように一度目を閉じると、涙を拭って何でもなかったように笑顔を浮かべてこちらを見上げた。
「じゃあね、ゼウス。
今まで一緒にいてくれてありがとう」
「……あぁ。幸せにな」
通り過ぎていく彼女の後ろ姿を見つめながら俺は黙ってその場に立ち尽くす。そして彼女が馬車に乗り込んだのを確認して、間も無く走り出した馬車を見送った。
徐々に小さくなっていくその馬車の姿を静かに眺めながら、本当にこれで良かったのかと心の中で自問自答を繰り返す。
───彼女を送り出したことは、果たして正解だったのだろうか。いつかこの選択を悔やむ日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は踵を返して王宮へ戻る。
その答えが今すぐ出るものではないと知りながらも、何度も同じ質問を繰り返した。
……どんな形であっても、こんな王宮から出た方が絶対に幸せになれると、昔なら確信していたのに。
そう思って、静かに嘲笑を漏らした。
「……リディア」
かつて彼女が好んでよく来ていた庭園を眺めながら、その面影を思い浮かべて名前を呼ぶ。
ここで苦しんだ分だけ、いやそれ以上にお前には幸せになる権利がある。
だから、絶対に幸せになれ。
そう思いながら俺は彼女に託した自身の指輪に念じた。初めて出会った頃のように、無邪気に笑っていてほしいと願いを込めて。
───しかし、その願いが届くことは無かった。
リディアが王宮を発った1ヶ月後。
エリスと王太子の結婚式よりも先に静かに結婚式を挙げる予定だった彼女は、式を上げる直前に亡くなった。
殺したのは、彼女の伴侶となるはずだったセルバス・ロンバートだった。
純白のウェディングドレスに身を包み、小さな教会の誓え室で神に見守られながら、これから伴侶になるはずだった男の手によって命を奪われた。
騒ぎを聞き付けた王太子と共に控室に着いた頃には、すでに手遅れだった。
「…………リディア?」
晴天の光が窓から差し込み、力無く床へ倒れている彼女の体を優しく照らしている。
その姿を見た瞬間、初めてこの国に来た日の出来事が走馬灯のように蘇った。
───嗚呼、そうだ。
あの日も雲一つない晴天だった。
俺がグランティウム帝国に入国したあの日。
1ヶ月歩き続けて漸く見つけた国境。それを越えて歩き続けた先、辿り着いたのは賑やかな城下町だった。
元気に果物や野菜を売る陽気な夫婦、華やかな門構えの洋服屋にいる個性的な女主人、大きな荷物を軽々と運ぶ体格の良い男達…これまで過ごしてきた国と変わらない、日常の風景。
周囲は異邦人の自分になど目もくれず、自身の仕事に専念している。そんな人々が、ある1人の男の声によって様子を一変させた。
───聖女の後継者が産まれた、と。
その言葉を聞くや否や、町中の人間が自分の仕事を放り出して歓喜を上げる。側にいた誰かと抱き合い、喜びを共有し、その子供の誕生を祝福していた。町一体となって生まれたばかりの彼女を愛し、歓迎していた。
「……リディア」
俺はその光景を確かにこの瞳で見たのだ。
彼女が国中から祝福される瞬間を。
誰もが彼女の存在を望んだ瞬間を。
───あの日、彼女は世界で一番愛されていた。
あんなにも望まれて愛された人間を、
俺は彼女以外に知らない。
「………目を開けろ、ディア」
彼女の愛称を呼びながら。
その首元に浮かぶ手の跡を、光を映さない瞳を、薄く開かれた唇を見て………俺は茫然とした。
これは、悪夢だ。
きっとそうだ。
長く生き続けた代償に、悪い夢を見ているのだ。
そう頭の中で繰り返しても、体の震えは止まらない。
「………きっと、質の悪い悪戯なんだろう?」
彼女は女神の加護を持って生まれた特別な娘。
金髪に青い瞳という組み合わせが人口の殆どを占めるこの国で産まれた、赤髪に黄金の瞳を持つ娘。
俺がこの国の成り立ちや風習を学び、地位を固めて王宮に呼ばれる頃には、彼女はすでに誰もが『聖女の後継者』として疑わない程の才能を発揮していた。
いずれこの国を背負う国王の臣下として、そして国民を支える救世主として、リディアはそれに相応しい教養を学び王室の品格を確実に身につけた。
子供としての自由を捨てて。
不自由のない生活が約束されたこの王宮内。逃げ出すことも辞めることも出来ず、耐えて受け入れるしかなかったリディアの血が滲む程の努力と重い覚悟を、此処にいる全員が知っていた。
それでも笑っていた彼女の姿を、誰もが知っていたはずなのに。
使用人達は彼女に冷たく当たり、国王は簡単に彼女を捨てた。
そして迎えた結末が───これなのか?
そんなこと、許される筈が無い。
彼女はこの世界の誰よりも、幸せになる権利があるのだ。
「俺を驚かせようとしているのか?
それならもう十分驚いた。だから、もう目を覚ませ」
「……」
「……頼むから……ッ、お願いだから目を開けてくれ…」
お前が死ぬ筈が無いんだ。
神の加護を受けたお前が。
誰よりも愛されたお前が。
こんな、こんな最期を迎えて良い筈が無い───。
そう言って彼女の側に寄る。
しかし、リディアが返事を返すことはなかった。
その場に膝を突き、横たわる彼女の頬に手を当てる。
まだ僅かに温もりは残っているものの、脈はない。
震える手で治癒魔法を施しても、首元の痣が消えることはなかった。
───魔術は死人には効かない。
その事実を受け入れることが出来ず、震える手で何度も治療魔法を施した。
何度も、何度も、何度も。
俺のそんな姿を見て王女が「っ、もう止めるのです…!」と俺の手を掴む。
───ダメだ。今諦めたら、リディアが。
そう思い王女の手を振り払うと同時に、ふと近くで懐かしい声が耳に響いてきた。
『ゼウス?』
「───!」
顔を上げて、声のする方に視線を向ける。
部屋を照らす、大きな窓の下。
まだ幼い───出会った頃の人懐こい笑みを浮かべるリディアの幻影が、こちらを見て笑っていた。
『ねぇ、今日はあっちの果樹園に行きましょうよ!』
「………ディア」
『ふふっ、じゃあ競争ね?私が負けたら、明日はあなたのワガママに私が付き合ってあげる!』
そう言って太陽のような明るい笑顔を向けるリディア。
これは、実際に俺が彼女と交わしたやりとりだ。
───彼女の記憶なのだろうか。
リディアが生まれた日と同じような優しい日差しの下で、楽しそうな笑い声を上げて駆け出す彼女。
こちらが返事をするより先に走り出して、不公平だと言って追い掛けても止まる事なく走り続けて。
そうして差し込んだ光の中に溶けていくように、リディアの姿は小さくなっていった。
手を伸ばしても届かない場所へ、きらきらと輝く光の欠片となって、消えていく。
その彼女の幻影を追いかけようと、俺は手を伸ばした。
───そっちに行ってはダメだ、ディア。
「ディア、行くな」
俺を置いて、どこにも行くな。
引き止める俺に微笑みながら、彼女の幻影は光の中へ溶けていく。キラキラと輝く暖かい日差しの一部なり、そうして静かに消えてしまった。
彼女の魂が、この世から消えた合図だった。
生き絶えた彼女の小さな身体を優しく抱き上げて、震える手で彼女の手を握りしめる。
そして、その左手の薬指に光る蔦模様の指輪を目にして───涙が、震えが、止まらなかった。
選別として渡した指輪。
左手の薬指にその指輪を嵌める意味。
……分からない筈が無い。
あの日俺が嵌めたのは確かに右手だった。
彼女がそれを嵌め直したのだ。
それが意図する意味を、俺が、分からない筈ないだろう。
「ッ……ディア、目を開けてくれ、頼む、頼むから…っ」
本当は、初めて会った瞬間から分かっていた。
彼女こそが運命なのだと。
ヘラの思惑通りに事が進んでいる事実が気に入らず、未知の感情に動揺して、見て見ぬ振りをしていたのだ。
認めなく無かった。
知りたくなかった。
けれど、心はいつでも正直だった。
天啓が読めないという理由だけで彼女を疑い、蔑み、冷遇してきた宮内の召使い達や王室の人間共にいつも激しい憤りを覚えて。
彼女の身体に生傷が増える度に、彼女が病に倒れる度に、その姿を見ては胸が締め付けられて。
城内でふと彼女の姿を見つけるたびに、目で追ってしまう。
どうしようもなく───焦がれていた。
彼女に強く惹かれていた。
『素敵なプレゼント……ありがとう、ゼウス』
彼女が王宮を去った日。俺が渡した指輪を大事そうに、それでいてどこか悲しそうに見つめながらそう呟いたその姿が、声が、頭から離れない。
女神の呪いによって何百年もこの世に存在し、旅の目的も、人としての感情さえも忘れかけていた自分の心を、一瞬にして激しく掻き乱した存在。
初めて姿を見た瞬間から心を掴まれ、求めて、その反面どこか憎らしかった。
その感情が何なのか。
今なら迷いなく言えるのに。
やっと、認めることができたのに。
「ッ、あ゛ああああァぁアッッ!!!」
リディア。
ディア。
この世で最も愛しい人。
愛している。
愛している。
愛している。
こんなにもお前を、愛しているのに。
お前を失ったこの体で、この世界で、生きていくことなんて出来ないのに。お前が居ないと息を吸うことさえ苦しいのに。
それなのに、俺にはお前を追いかけて消えることも、死ぬことも出来ない。お前を1人で逝かせたまま、この世に留まり続けなければならないのだ。
この世界が朽ちるまで、永遠に。
終わらない闇の中を、耐え続けなければならない。
「…は、ははっ、アハハ!死んだ!死んだ!
その女が悪いんだ。偽者の癖に、偉そうに俺を見下したりするから…っ!」
その耐え難い悲しみに打ち拉がれていた時、すぐ側で男の声がした。
顔を上げて声の方向に視線を向ければ、セルバスが息絶えた彼女の姿を見下ろしながら感情を昂らせながら口を走らせている。憎しみと、恨みと、そして復讐を果たした歓喜と。
「ッ、その男を取り押さえろ!!地下牢に入れて拷問し、すぐにでも死刑にしてやる…っ!!」
「あはははっ、死んだ!死んだ!
偽者の魔女を殺してやった!俺は英雄なんだ!」
そう叫びながら狂った様に笑い続ける男。
彼女を偽者だと宣いながら。
その身を取り押さえられ、王太子の指示で牢獄へと連れて行かれようとしているその姿に、目の前が真っ暗になった。
地位や権力によってしか自分の価値を見出せない、親から引き継いだ爵位を自分の功績や力そのものだと勘違いして偉そうに他人を見下す、傲慢で醜い生き物。
俺は、こんな男の元へ送り出したのか。
彼女が、幸せになれると思い込んでいたのか。
こんな人間に、彼女を奪われたのか。
「『消えろ』」
憎しみを込めて漏らした声。
そう唱えた瞬間。
身柄を取り押さえられて暴れていた男の体が、突如内側から内臓ごと破裂した。
大量の血が溢れ出て、肉片が周囲に飛び散る。
「……は?」
一瞬の出来事だった。
突然の出来事に彼を拘束していた騎士や王太子から声が漏れる。そして、跡形もなく無惨に散乱するその血肉を見て、騎士や王女達は発狂し、その場が騒然とした。
部屋は破裂した男の血で赤く染まり、その血を浴びた騎士や王女、そして王太子も全員こちらを見て目を見開いて固まっている。身体を震わせ、怯えていた。まるで化け物でも見るような視線でこちらを見ながら悲鳴や叫び声を上げている。
醜い。
憎い。
穢らわしい。
「ッ、ゼウス!暴走するな!止まるんだ!」
「『この城の人間も、この国の人間も、』」
「ゼウス!!」
絶対に許さない。
全て。何もかも。
彼女を祝福し裏切ったこの国民衆も、彼女を見下した王宮の人間も、彼女を捨てた国王も、皇后も、王太子も王女も、能無しで悍ましいあの偽者も、彼女に関わった人間全てを、絶対に───。
何かも全て消して、全部、全部消して、全て消えて無くして、後悔させてやる。
「『全て消えろ』」
そう囁いた瞬間。
白い光が周囲を包み込み、グランティウム帝国全体を飲み込んだ。
そして大きな爆発音と共にその光の中にいた人、動物、建物、草木すべて───内側から焼き消えるようにして世界からその姿を消していく。
膨大な魔力の発動によって耐えきれなかった俺の体も、その光と中に溶けるように跡形もなく消えていった。
だが、肉体が消滅した後も魂としてこの世に留まり、これから永遠の時をこの世で過ごし、彷徨うことになるだろう。
……それで良い。
リディアを失ったこの世界で生活していく気力などもう無い。消えてしまった彼女の魂を想い続けながら、俺は静かに消滅する日を待つのだ。
…………そしていつか、生まれ変わることができたら。
次は間違えたりしない。
俺の全てを尽くして……お前を絶対幸せにしてみせる。
(……愛してる、リディア)
この身が朽ち果てようとも、永遠に彼女だけを愛し続ける。魂だけになった今も、消滅したその先も、ずっと。
『───もう、馬鹿な男ね』
そう誓っていた最中、呆れたように囁かれた聞き覚えのある声に意識が浮上する。
その声の主が誰なのか。それを確かめるより先に、かつてどこかで感じたことのある柔らかな温もりに包まれた。
『───だから言ったでしょう?後悔するって』
意識へ直接語りかけるようなその声。
遥か昔に体感したこの感覚を、忘れるわけがない。
そうだ、これは────。
『───貴方は意地っ張りね。まぁ良いわ。愛しい我が子の為に与える祝福を、特別に貴方にも分けてあげる』
声の主がそう言ったかと思えば、温もりに包まれていた俺の魂は強い何かに押し流されるようにどこかへ飛んでいく。
そして強い、強い、抗えない力に引き寄せられて──
『───本当にこれが最後よ』
やがて俺の意識は途絶えた。
次話から本編です。




