デートをしましょう、まーくん
短めですがマコトとヒロイン達の日常となります。
「まーくんの子供を孕みたいわぁ」
「ーーーー」
「あ、間違えたわ。まーくんと愛を育みたいんだけどぉ」
「今のを流すほど俺は優しくはねえよ!? え、何!? 大丈夫だよね、リリムさんがイワンからもらった薬草調合しての避妊薬互いに飲んでるよね!?」
「ふふっ」
「意味深な笑いで誤魔化さないで下さいよ! クレアさん!」
「マコトうるさい」
現在、魔王が逃げ出したことによって残された資料をリリムさんと一緒に纏めていたら、クレアさんが遊びに来た。
「あがっ!」
だがあまりに突拍子も無いことを言うので思わず立ち上がって叫べば、肩辺りから激痛が走り、変な声を出して机に突っ伏す。
「あら、まーくん。肩凝りかしら?」
「また来たか〜魔族になってから無茶しすぎたか?」
肩をぐるぐると回そうとすると予想以上に回らない。まだまだ若いのにこれは不味いだろ。
「単にマコトはこういう作業に慣れていないだけ。だから疲労が溜まってる。それにまだ大戦の体の負担は完全に抜けてないから、休みなさい」
署名をしながら、俺より早いスピードで片付けていくリリムさんはそうやって労ってくれるが………働いてる人を放って自分だけ休むのは………
「いやリリムさんだけに任せるのは……」
「なら、まーくん借りてもいいかしらぁ?」
淡々とハンコを押して資料を分けていくリリムさんに同調するようにクレアさんが俺の腕を掴む。
「いいけど、どこへ?」
「疲れた時こそお姉さんの国でしょ? 里帰りもしてタツ婆も安心させないといけないしねぇ」
「クレアさんクレアさん。俺の力じゃビクともしない位に腕を掴むのをやめてもらえませんか? 憤怒だけとはいえ、振りほどくのにここまで来るとあとは心武器を使うしか無いんですが」
リリムさんはそうやって四苦八苦する俺を魔眼でおそらく天眼で見抜くとクレアさんに対して頷いた。
「というわけで一名様ご案内〜ささっ、移動しましょう。まーくん?」
「いやでも……」
「これ以上、うだうだ言うなら……」
ふっ、この俺が脅し程度に屈しるなどと思うなよ。
「この間、イワン作の媚薬を間違えて飲んじゃったまーくんが私に夜這い仕掛けたこと、皆んなに話しちゃおうかなぁ」
「さあ行きましょうか!」
やはり脅しには勝てなかったよ。
ちなみに名誉のために行っておくが俺がクレアさんを選んだのは単に一番被害が出なさそうだったからだ。
体力無いロゼさんや普通並みの霞に仕掛けていたら彼女たちを泣かしてしまうほどイワンの薬はすごかっただけだ、他意はない。
*
さてとやって参りました、グラマソーサリー。軽く謁見を終えてガルディの兄であるブラッド殿下に苦労を労われていたら時は既に夕刻。
クレアさんが言うには既にタツ婆の料亭と温泉を使えるようになっているらしく、宿泊も用意してくれたのでそこへ向かう。
「見所は有ると思っていたがまさか世界を救うとはね! ほら、今日は代金はいらないよ! 好きなだけ食いな!」
料理は和食だった。茄子と獅子唐の煮浸しに、出汁で煮込んだトマト、冷奴にはオクラや胡瓜を乗せて醤油がかかっている。
主菜は魚、甘辛く煮込まれたカレイのような白身魚は鼻から食欲を刺激する。
ほかほかのご飯の傍らには香り立つ茶碗蒸しにそれからデザートに桃がある。典型的な日本の食事である。
些か品数は多いが、それよりも久しぶりの純和食に俺は今か今かとクレアさんが来るのを待っていた。
「お待たせ、まーくん。食べましょう?」
改造和服ではなく、黒地に椿の和服で髪をまとめたクレアさんが俺と向かいあって座る。
そして手を合わせて
「いただきます」
まずは出汁トマトだ。噛んだ瞬間、じゅわりと口内に旨味が広がる。かつおや昆布の出汁が、湯剥きされたトマトにたっぷりと染み込んでいる。
新鮮なトマト特有の青臭さや鋭い酸っぱさとは違う、丸みのある酸味が、仄かな甘味を強く感じさせ、出汁と美味しさを引き立てあっている。
美味しい。ただの冷やしトマトとは一線を画している。一手間かけた美味しさだ。
茄子と獅子唐の煮浸しに箸を伸ばす。くったりするまで煮込まれた茄子はやわらかい。
口に運ぶと、まず感じたのは仄かな油の香りだ。ゴマ油で炒めたのだろうか? そして、トマトの出汁とはまったく違う甘辛さ。
みりんと砂糖の甘さに、醤油の風味がとてもよい。少し冷まして味がしっかりと染み込ませてある。
さて、そろそろ主菜であるカレイのような煮付けに移ろう。おそらくこれもみりんや砂糖、醤油に後は酒だろうか?
甘い中にも柚子のような爽やかさが残り、これだけでご飯が何杯でもいける。白米を咀嚼しながら、味の濃いおかずを食べ、淡白な白米を食べる無限ループ。
「ふう」
味覚がありとあらゆるものを味わい、胃袋が満足しそうなところで、次は何を食べようかと検分すると冷や汁をすするクレアさんが目に入った。
大変幸福そうに、目を閉じて味わっている。
俺もを冷や汁の椀を取った。大葉のつんとした香りが、夏に負けそうな食欲を刺激する。
あつあつの味噌汁とは違い、冷や汁はさらりと体に馴染む。鯵の旨味がふんだんに生かされた文句の付けようがない汁物だ。
クレアさんも豪勢な和食に舌鼓を打つ。嬉しそうだ。箸を高速で動かし、若干目を細めて食事をしている。
「ご馳走さまでした!」
果実が熟した桃を食べ終わり、満腹のお腹を撫でていると食後の暖かいお茶とお茶受けのたくあんが出された。
「はぁー落ち着くぅ。日本人は畳に和食だよね〜」
帝国のご飯も不味いわけではない。むしろ美味い。シチューのような乳製品と海鮮物などを駆使した料理もすごく美味いのだがたまには和食を食べたい時もある。
「さてとまーくん、ちょっとお散歩しましょうか」
「何処へ?」
お茶をすする俺にクレアさんは楽しそうに笑って
「貴方の領地よ」
*
「はぁーい、まーくん。体、ちなみに体は洗ったかしら?」
「まだですが?」
「なら今からは癒されると思って……違うわね、今日はまーくんを徹底的に甘やかすからぁ。今日は性的なものは一切無いわよぉ。あ、でも欲しかったらお姉さんは答えるわぁ」
もうもうと立ち込める湯気の中で慣れた手つきで鏡の前に用意された檜椅子に座らされると頭からお湯がかけられた。
今、俺たちがいるのは褒美で与えられた宝石採掘場近くの岩に囲まれた温泉地。なんとここで働く俺の部下、トールとユミルが温泉を掘り当てたことから温泉地として利用しているらしい。
「ここはまーくん専用らしいわよぉ。意外と儲かってるらしくて、まーくんの資金はすごいことになってるわよぅ」
「俺、それ聞いてない」
「だってまーくんはその時には帝国にいたじゃない。みんな、連絡手段がないから困ってたわよぉ。幸い、私が連絡受け取ったから良かったけどねぇ」
暖かな温泉を毛先から流されていく。
あったかくて気持ちいい。
「やっぱりまーくんだいぶお疲れねぇ。今日は肩肘緩めてお姉さんに委ねなさい」
お湯の温かさと相まって撫でられるだけでも十分に心地よい。
髪を梳きつつ、髪の内部も万遍なくお湯で濡らされる。頭の内側までじんわりと熱がこもってゆき、俺は思わず目を閉じた。
まるで疲労が頭皮を通してお湯と一緒に流れていくような感覚だ。
「……非常に申し訳ない」
「いいのよぉ。まーくんは私の弱いところいっぱい見てるんだから」
「クレアさん」
「もちろん、ベッドの上でも私の弱いところ全部知られちゃってるから………」
「台無しだよ!」
ちょっとしんみりした空気が一気に吹き飛ぶがその鼻先に爽やかな香りと一緒に髪から泡が落ちる。
「これは? いつもの石鹸じゃないですよね?」
「ジゼルちゃんが薬草配合した薬品みたいよぉ。髪を綺麗にするっていうから使ってみたの」
「ああ、異世界版シャンプーか」
前頭部をぐりぐりとほぐすように洗われながら心地よさに身を委ねていたがちょっとした疑問が脳裏をよぎる。
「もしかして練習しました?」
「あら、どうして?」
「以前、ガルディさんの方がこういうのが得意だからって言ってたじゃないですか」
訓練にまだ慣れていない頃、筋肉疲労を抜くためにガルディさんからマッサージを受けていたのだ。その時はクレアさんはあまり得意ではないと思っていたのだが
「ええ、姫様から教わったわぁ」
「また何で急に?」
彼女の細い指が俺の耳の上あたりを押さえた時、息を吐くように彼女は静かに答えてくれた。
「好きな人を癒したいと思ったからじゃあ………駄目かしら?」
今すぐ後ろを振り向きたい衝動に駆られるがそれを止めるクレアさんの手。ツボ押し気味に力が入っているそれには逆らえず大人しくする。
しばらくは無言で洗われる時間が続き、頭からまたお湯をかけられる。
泡を流す間もクレアさんの手は俺の髪に触れてしゃかしゃかと梳かしてくれていた。先ほどよりもゆったりとした動きは優しく、お湯の温かさもあって最後までうっとりとさせられてしまう。
「はい、今度は肩もみに移りまーす」
後ろでパチリと電気が流れる音がしたがクレアさんだから安心して身を委ねた。
品定めするかのように軽く押しては離し、押しては離す。先ほどのこともあるので思わず全身に力が入ったが、血行がよくなったためであろう、そこまでの痛みはなかった。
「だいぶ凝ってるわぁ………今だけは重荷を下ろして楽になって」
最初は様子見で優しく指圧をしていたが、徐々にクレアさんの指は的確に筋肉の凝りの中心に向けて圧迫を始める。
僅かに流れる電流も心地いい。
「まーくんは頑張り屋さんだから。時には甘えることも重要よ?」
今まで規則的だった指の位置がランダムに変わり、首の根元付近から肩甲骨の近く、背骨近辺まで満遍なく広い範囲を指圧する。
気持ち良さのあまり自然にあぁ……と声が漏れてしまった。
「ロゼちゃんやリリムちゃん、ジゼルちゃんの前でかっこつけてもいいから。私の前ではぜーんぶ、吐き出しちゃいなさい」
なんだか頭がぼっーとしてきた。そういえば最近はまともに寝てなかったっけ。
「………俺、頑張ってたかな」
「うん、頑張ってたわよ」
「………気づいたら肩書きすごい増えててみんなが俺を憧れの目で見るんだ。正直ちょっと疲れる」
「お姉さんもあったわぁ。だからまーくんの気持ちも良くわかるの。誰かに弱音を吐きたくなるものねえ」
「………ちょっとくらい休んでもいいかなぁ」
「えぇ、私しかここにはいないから安心しておやすみなさい」
そして俺は意識を手放した。
*
「お疲れ様」
私はまーくんをユミル達が用意した温泉地最高の部屋まで運び入れ、並んだ布団に寝かせる。酷かった隈は少し薄れて、安心して眠れているようだ。
「リリムちゃんの言った通りね」
そばにいたリリムちゃんからマコトが無理をしすぎているという連絡が入った。次期魔王とか英雄とか周りからの目に疲れてしまったようだ。
私にも同じ経験があるからまーくんの気持ちは痛いほど良くわかる。だからこうやってパートナーみんなで彼をねぎらう事にしたのだ。
今日は私が担当で明日はジゼルちゃん、次にロゼちゃん、最後はリリムちゃんが担当する。ルナールに任せたら余計に疲れるし、気が緩まないだろうから。
穏やかな寝息をたてるまーくんの指先が私の指先に絡めてくる。私の手を握って安心してくれたならそれでいい。
「おやすみなさい」
そっと彼の額に口付けて私も布団の中に入る。
彼を私のように孤立させないために手を繋いだまま私は優しく彼の髪を撫でた。
「いい夢を」
私の大好きな人。




