デートをするぞ、マコト先輩
「おはよう、先輩。いい朝だな」
「おはよ、霞」
朝起きたらクレアさんと手を繋いでいた俺は恥ずかしさで死にそうになりながらもなんとか起きた。
体はだいぶスッキリしており、この調子ならリリムさんの仕事の手伝いも出来そうだ。
と今日の朝まで思っていたのだが
「残念だが先輩。今日は私の番だ。先輩はまだまだ帰ることは出来ないぞ?」
クレアさんに連れられて最近開いたWSグラマソーサリー店の扉を開ければそこにはモーニングセットを食べる霞の姿だった。
「………俺、何かしたっけ?」
「いや別に? 単に私たちのわがままだ。先輩も座るといい。クレア先輩もどうだ? 気分がいいから奢るぞ」
「あらありがとう」
朝日が差し込む窓辺の席でモーニングセットを食べながら談笑する。それと同時にこんなにゆったりと落ち着いた時間を過ごしたのは久しぶりだ。
大戦が終わってから、寝る間も惜しんで復興作業や魔王が残して逃げた書類、魔王の体の作成などに追われていたからだろう。
「さてとお姉さんはもう行くわぁ。後はよろしくねぇ」
「任された。さてと先輩、移動しようか。今度はヘクセレイだ」
「ヘクセレイ? あそこに何があるんだ?」
「まあいいから。いいから」
霞が急かすので俺は彼女を連れてヘクセレイと飛ぶ。
*
「で、何を俺にやらせる気だ? 霞」
「タイフネ周辺の森の散策だ。魔物がいれば狩ってほしいだと父さんは言ってた………という建前で私は先輩との森林浴デートがしたかったんだ!」
「いや本音言っていいの?」
「だって先輩はこうでもしないと最近忙しいから構ってくれないじゃないか! 私だってWS全国展開のおかげで会いにいけなかったんだ! 先輩の着替えたシャツとかパンツとかで先輩成分を補給するのだって限界があるんだ!」
「色々と聞き逃しちゃいけない事が今できたけど!? 後日2人っきりでおはなししようか!」
昼間だが少々薄暗い森を歩く俺たち。時折、霞は薬草などを回収しながら奥へと進んでいく。
「そうだ、先輩。今日の夕飯は何がいい? ふたりっきりだ。私が手料理を振る舞うからな」
「霞の愛情がこもった料理ならなんでもいいけど………そうだな、中華とかが食べたいかな」
「中華か………なら満漢全席作るからな! 腕によりをかけて! 」
「どこの大食いタレントだよ、俺は。普通に麻婆豆腐とか回鍋肉とかでいいんだよ」
「限界を超える先輩が見てみたい!」
「戦闘時だけにしてくれないかな!?」
ついこの間、限界を超えた戦いを終えたばかりだというのに無茶を言う。
そんな雑談を繰り返しながら進んだ先にたどり着いたのはかつて霞が暮らしていた教会だった。今は孤児院の時の家具や荷物はタイフネに出来た教会に運び込まれている。
「意外と綺麗だな」
「あまり人は来ないし、魔物も人喰の残り香のせいでここには来ないからな」
すると彼女は中から持ってきた椅子に座って、机の上に重箱をのせる。その重箱はいったいどこから取り出したのか、突っ込みたいが見なかったことにしよう。
「さて日差しが暖かい外でのお昼ご飯にしよう、先輩。先輩の大好物ばかりを詰め込んだから、存分に食べてくれ」
1段目の重箱を開けるとつやつやの卵焼き。味の染み込んでいそうな色をした鶏のから揚げ。たこの形をしたウインナーには可愛い旗が刺さっている。
2段目には茹でられたブロッコリーに、揚げたポテト、小さなミニオムレツに彩り用のプチトマト、カットしたオレンジが入っている。
3段目にはしゃけが混ぜられたご飯の上には海苔細工で文字やハートマークが書いてある。弁当箱いっぱいに詰められた俺への愛情をひしひしと感じる弁当だった。
「飲み物は冷たい緑茶だ。後、野菜は今朝作ったばかりのマヨネーズを使って食べてくれ」
「美味そうだな、食べてもいいか?」
「当たり前だ、先輩のために作ったんだからな」
では早速、唐揚げに手を伸ばす。
さくっと揚げられた丁度よい厚さの衣の中には、ジューシーな竜肉がジュワッと肉汁を溢れさせる。ハーブの香りとシンプルな塩の旨み。
卵焼きはダシが効いているものと砂糖の甘いものに分けられているようでどちらも柔らかく、美味い。
思わず、無言で1段目を片付けてしまい、2段目に入ろうとするとくぅ、と可愛らしい音が鳴った。
「霞?」
「どうやら近くに動物が」
くぅ、とまた鳴る。同時に顔を赤く染め上げる霞。それを見てだいぶ察した俺は1段目の重箱にチーズオムレツやオレンジ、ブロッコリーとハートマークの周りのご飯をのせる。
「ほら、口開けて」
「え!? まさか先輩、してくれるのか! 恋人同士としては原点にして王道、正道にして頂点の食べさせ合いっこを!」
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
「女たらし」
「本当にごめん」
ともかく彼女の口に入るようにオムレツを小さく切り分けて彼女へ差し出す。いつもは怖いくらいに積極的なくせに受けに回ると途端に弱い。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
おずおずと口を開けた彼女の口内にオムレツを入れる。黙々とこちらをちらちらと見つめながら食べる。
おそらく彼女はこんな甘々な雰囲気がほしくてこんな場所まで連れてきたのだろうと予測できる。そんな感情がしたり顔で出ていたのだろう、彼女は俺から箸をひったくるとポテトを摘んで笑った。
にやにやと底意地悪い顔だが今更照れるような俺ではない。彼女の手を掴み、それを食べて笑うと数瞬して耳まで真っ赤に染まった。
「主導権握れると思うなよ?」
「クレア先輩やリリム先輩には握られてる癖に」
「それは言わないお約束だ」
結局食べさせ合いながら弁当は空になり、なんだか少し眠くなってきた。
「眠いのか、先輩? 」
「ああ、昨日はよく眠れた筈だけどな」
「それだけ疲れていたということだろう? ほら先輩、寝るならここを使ってくれ」
彼女は長椅子を引っ張り出し、端っこに座ると膝をぽんぽんと叩く。ま、まさかの膝枕だと?
「ほら先輩専用の膝枕だ、先輩しか使えない特別製だぞ?」
特別、専用などの言葉に吸い込まれるように身体をふらふらとさせながら、倒れ込むようにして、ぼすっと膝枕に頭を置く。
「よしよしいい子だな、先輩」
「………子供扱いをしないでほしい」
「分かった分かった」
絶対に分かっていないだろう笑顔を浮かべているが柔らかく肉つきのいい太ももにそんな思考も溶けていく。
「ーー大丈夫、先輩を脅かすものはいないから安心して眠ってくれ」
彼女がマコトの両目を片手で押さえるとすぐに穏やかな寝息をたて始めた。安心しきったような寝顔に彼女の頬も緩む。
優しく吹き抜ける風が心地よい。もうすぐ秋だろうか。秋は食欲の秋だ、先輩には何を食べさせてあげよう。
彼女はそこまで考えて、思考を止める。膝の上には最愛のパートナー、それを見て抑えきれない気持ちを彼女は口にした。
「私はーー先輩の役に立てているだろうか」
*
霧崎霞は他の転生者達とは違い、何かを守ることだけに成長を続けた。強さを求めず、居場所をなくした子供達を守り、初恋を守り、そして彼の居場所を守ろうとした。
だからこそ彼女は大戦では彼の隣で戦えなかった。モルテに勝てず、彼女が出来たのは怪我人の治療と食料供給。
大きな目で見ればそれらも十分すぎる功績だ。現にそれらを認められ、WS帝国店が出来るほど彼女達は受け入れられた。
だけど彼女本人はマコトの戦争での活躍を聞いて思ってしまったのだ。
このままだと彼は私の届かない場所に行ってしまうと。
霞は傷だらけの彼を治しながらそう考えた。
守ってほしいと願ったのは自分だった。だけど他の人達は守って、守られてくれた。
マコトの背中合わせに立つ彼女達を成長が止まった霞はただ手を伸ばすだけしか出来なかった。
だからこそ聞いてしまった。
自分は先輩のお荷物になっていないか、役立たずの私を優しい先輩が庇ってるだけじゃないのか。
ただ彼女はーー確かめたかった。
自分には先輩のそばにいられる価値があると。
「役に立つとかどうとかそんなことを言い出したら俺はただのクズだろうが」
だから予想外の言葉をかけられた時に霞は呆気に取られてしまった。
*
「人間は役に立つとか価値とかそんな言葉はいちばん嫌いなんだ。霞も知ってるはずだ、俺の過去を」
頭をあげて彼女をまっすぐ見据える。
価値がない、役立たず、そんな言葉で切り捨てることが出来るお前らは一体何様なんだと俺は問いたい。
「俺はお前がいてくれて助かってるよ。だからーーそんな言葉は言わないでくれ」
脳裏によぎるは邪悪な笑い声とそれを耐え忍ぶ母の姿。過去は捨てようとしても捨てられないことはわかってる。
「霞が俺の平穏を守ってくれてるから、俺は日常と非日常を行ったり来たり出来るんだ。自分を卑下しないでくれよ………」
それでも俺はこの身に流れる血がある限り、それは影のように付きまとうのだろう。
「わかってる、先輩。ちょっと不安になってしまっただけだ。すまない、先輩もそうだったことを忘れていた」
霞には以前話したことがあった。それを聞いて彼女に気を使わせてしまったなら申し訳ない。
「霞は俺の大事な1人だ。そんな悲しい事を言うのはやめてくれ、頼むから」
彼女を抱きしめて、そう言う。固まっていた霞もおずおずと背中に手を回す。しばらくの間、こうして2人の温度を共有するように抱きしめていた。
*
「よし湿っぽい話はもう終わりだ! 準備は出来たな、みんな! さあ食べるぞ!」
時刻は既に夜、WSを貸し切ってこの日のためだけに集まった霞の子供達が次々と料理を運び、宴会と化した。
あの後、霞は本当に満漢全席を作り上げて次々に子供達を連れてきたかと思うと俺と一緒に食後のデザートとなる胡麻団子を作った。
子供達は無邪気に白玉を丸めて行き、たまに握り方が強すぎて餡子が飛び出すことなどがあったがそれも踏まえて楽しかった。
油で揚げるのは俺がやったが1人暮らしだった高校生が揚げ物を作るわけもなく、何個か失敗して子供達を泣かせてしまい、慌てて霞にコツを聞いたりもした。
それらのかいあってなんとか作り上げた胡麻団子を皿に盛って完成、持っていった子供が転んで全部ぶちまけそうになったのを防いだりして無事に送り届けた。
そんなこんなで始まったパーティだったがーー非常に楽しかった。
最近では魔族の貴族に当たる人達との会話や他の国とのお偉いさんによる腹の探り合い、近寄ってくるよく分からない女性たち。
そんなパーティの何が楽しいのか、そんなものに比べたら小さな子供達の笑顔や可愛らしいわがまま、精霊騎士となった者達からせがまれる武勇伝などの方が億倍マシだ。
このパーティではほとんどが霞にお世話になった者達のため、俺の懐に入ることしか考えていない女性もいないし、腹の探り合いをする奴らもいない。
俺はただ、霞が作った料理に舌鼓を打ちつつ、精霊騎士たちに大戦の時の話を聞かせたりするだけでいいのだ。
これが楽しくないわけない。
「ああ〜会話楽しいな〜」
「いつもと比べて気が楽だろ。先輩」
霞手製の果実酒を飲みながら2人で話し合う。
「今日は世界中に散らばった子供達の同窓会のようなものなんだ。電話もないこの世界だとこうやって顔を合わせるのが何より効果的だからな」
「直接顔を合わせた方が思いが伝わるってやつだな」
「それに何よりこうやって多文化交流をすることでさまざまなものが生まれたりする。最近だと女性のためにリンスやらシャンプーやらを開発したらしい」
「世界を超えても女性の美意識は変わらないんだな」
男は基本的に石鹸で洗って終わりだが女性はそうはいかないとWSで稼いだお金とタイフネ周辺の薬剤を使って生み出したシャンプーはかなりの売り上げを伸ばしていようだ。
尚、俺のように霞のポケットマネーにもなるが半分はヘクセレイにある教会や旅立った子達の支援金としているらしい。
「本当に俺が関わらないと聖女様だよな」
「悪いが先輩が関わらないと私は私じゃなくなるからな」
チンとグラスを小さく鳴らし、霞が髪をかきあげる。その際に香るのは花のフローラルな香り。
「今は香水も作ってるんだ。元々香水はあったんだが匂いの強いものが多いからな、爽やかなものや匂いの柔らかいものを作ってるんだ」
「自分を磨くことに疑念がないな、霞は」
「いつだって最高に可愛い私を見ていて欲しいからな」
「何言ってるんだ、俺はいつだって最新のお前を好きになるよ」
「「………やめろよ、照れ臭い」」
酒が入ったせいで幾分か舌が回っているようだ。互いに互いが酒のせいではない顔の赤さを抱えつつ、誤魔化すように笑いあう。
「なぁ、先輩。先輩は私を助けてくれた」
「あれは助けと言えるか? たまたま俺が言葉をかけただけだ」
だからこそ酒が入った出来事として語りたくないものを語るのだ。深くまでは両者立ち入らないとしても、かつて話したそれが来る時のために。
「だからこそ今度は私が助ける番だ」
霞の言葉をに俺は口にする言葉を迷う。だってここから先はこの体の体質とそれによって引き起こされた悲劇を思わせるからだ。
巻き込みたくない、これは俺の業でしかないのだから。
「ありがとう、いつでも助けを求めるよ」
だから俺は嘘をついた。彼女の笑顔を曇らせることなど出来なかったから。
だが
「先輩、私はな………貴方の嘘くらいわかるつもりだよ」
隣で霞はそう呟く。目の前には彼女が作ったマコトの為の食事、マコトの事だけを考えたもの。彼のことだけを考え続けた彼女が気づかないわけがない。
「肯定してくれた、必要だと言ってくれた。だから私だって先輩の隣に立ちたいんだ! 1人でかかえないでくれ!」
霞は悲嘆めいた声で俺の胸に拳を立てる。柔らかくぽすりと埋まったそれは痛くはないはずなのに、ひどく重い。
「先輩が、遠いんだ………! このまま私達を置いてどこかに行ってしまいそうで怖いんだ! 嘘までついて私達を離して、消えてしまいそうで!」
霞は泣きながらぽすぽすと力なく、拳を突き立てる。それを見て、俺はそんな生半可な優しさが彼女を傷つけたのだと気づいた。
勘違いしていた、俺はいつからこんなに傲慢になった。大戦を終わらせたから、自分1人で全てを解決出来るとでも思ったのか?
そんな勘違いは調律 奏だけで十分だ。
俺は彼女の拳を止めて彼女の頬に手を添える。キラキラと反射する涙が俺の手を伝い、床に落ちた。
「行かないよ、俺は。みんなの側から離れないって」
「………本当だな? 信じていいんだな?」
「鴉間真 嘘つかない」
「さっきまでバリバリ嘘ついてたじゃないか」
周りからの目から泣き顔の彼女を隠すように胸に押し付ける。
一生墓場まで持っていくつもりだったが霞の涙を見て、ある踏ん切りがついた。
いつかはきっと話さなきゃいけない日が来るかもしれない。あいつがこちらに来ることはきっとないと思うがそれでも彼女たちには俺の事を知って貰おう。
きっと彼女達なら受け入れてくれるだろうから。
「ありがとう、霞」
彼女の柔らかな髪を撫でながら、俺は礼を言う。
こんな俺を支えてくれる彼女が役立たずなわけが無い。いるだけで勇気が出てくる存在なのだから。
次回は二週間後の月曜日になります




