空野星羅
3話連続最終投稿になります。
空野星羅は何処にでもいる普通の女の子だった。
父親から性的な暴力を受け、母親からはネグレクトを受けていることを除けば。
勿論、彼らは逮捕され、彼女は優しい親戚に預けられた。彼女はそこですくすくと育った。
ただし、その優しさの理由も親戚の父の弟、頭のおかしい狂人に実の娘が晒されないように、自らの肉体を捧げさせる為だった。
毎日毎日を地獄のような生活を過ごし、次第に役割を果たしても親戚は彼女に対して当たりを強くしていった。
中学校では大人からは両親の陰口を叩かれ、クラスからはイジメを受け、担任からはイジメなどないと見て見ぬ振りをされていた。
日々エスカレートする鬱屈した毎日に彼女は嫌気がさし、いじめの首謀者をはじめとしてクラスメイト達を仲違いさせる為に暗躍。
次第にたった1人の悪意ある行動で周りが自分の地位を失い、平穏な日常が壊れていく様に彼女はある結論に至った。
『ああ、繋がりなんてこんなもんか』と
歪んだ環境の中で周囲から踏みつけられるように育ち、その結果として自身も歪み他者の人間関係を破壊することに快感を覚えるようになった少女はその後も関係を壊し続けた。
だが自分は悪くない。
悪いのは自分にここまで歪んだ環境を与えた世界そのものであり、繋がり壊しに飽きたら最後は死のうと漠然と考えていた。
「お前、何してんの、こんなところで」
そんな時だった。土日休みとはいえ、朝から便器になりたくないからと逃げ出した先に男が現れた。
そいつは──鴉間真と言った。
*
「ほらほら! 愉快にケツ振って逃げてみろや! 男でも誘うようによ!」
手元に爆弾を作り出し、次々にリリムへ投げつけるサマエル。リリムはそれらを氷魔法で叩き落としながら、廻眼で捉えようとする。
「んなのはわかってんだよ!」
しかし、視界にとらえようとすればすぐさま閃光弾又はスモークグレネードを使われ、彼女の魔眼が機能しない内にダイナマイトが飛んでくる。
「さらに倍だ!」
対処しようと足を止めたリリムへロケット弾が一直線に飛来する。リリムは氷魔法でダイナマイトを撃ち落とし、魔眼でロケット弾を捻じ切る。
単純なヒットアンドアウェイだが今のリリムには効果的な戦法だった。
全ての爆弾を処理し、リリムはサマエルの姿を目で追おうとするものの爆弾によって巻き上がった砂煙に紛れて捉えきれない。
しかし、こちらへ飛来する爆弾が見えたためにそれを氷の礫で砕く。
「ッ! 何、これ!」
だがリリムの鼻孔を痛みを伴うほどの刺激臭が貫いた。呼吸してしまった顔をのけ反らせて、視界が明滅するほどの鋭い痛みに頭を振る。
見ればいつ足元に投げられたのか、瓶が割れており、そこから流れ出た液体によるものらしい。
「視覚を潰して嗅覚まで潰す? 匂われては不味いこと………そういう事!」
辺りに充満する砂煙の真の狙いに気づいた彼女はすぐさま晴らそうと風魔法の詠唱を始めるが
「遅えよ、バーカ」
それより先に弧を描くように落ちて来た爆弾が炸裂。そして、辺りに充満していたガスに引火し、たちまち巨大な爆発を引き起こすのだった。
*
どう見ても、同じ匂いしかしなかった。自分が環境で歪んだとしたら、こいつは生まれながらに歪んでいた人物だった。
「何で不真面目に生きてるんです?」
善人の振りをしているが、中身は今の私に近いものだった。私と変わらない悪人にしかなれないはずの存在だ。
自分をルールや周りの目で縛り、善人という枠に自らを嵌め込んで窮屈な生き方をしているこいつの枠を、皮を剥がし、自分と同じ位置にまで落としてやりたかった。
夏が過ぎ、秋が深まった頃には漸く鴉間は自分の本質を理解したようだった。
彼の中に眠る悪魔を目覚めさせた時は犯されていても笑いが止まらなかったくらいだ。
「聞けよ、鴉間。今日、私はさ………」
それ以来、家に帰るまでの時間が日に日伸びていった。以前の模範的な優等生の仮面をかぶっていた頃より、スムーズに話せるようになった。
だからって悪事ばかりではないように他者に狡猾に立ち回る為の頭を回転させて、なけなしの話題を振り絞たりもした。
たまには図書館で勉強もした。
たまには買い食いをした。
たまには映画を見に行った。
──悪くない。
そう思うようになったのはいつだったか。
自分の半身のような奴を得て、私の境遇に同情せずに自分の過去を出して、自虐的に笑うような。
そんな関係を、心地よい………と思ってしまった。
「もし………もし、私が死にかけていたら、貴方が私を殺してくれませんか?」
甘えるな、空野星羅。お前は今まで見てきただろうが。親愛も友愛も恋愛も、そんな甘っちよろい絆なんてもんはあるわけねえんだと。
だから言った。自分への殺害依頼を。
私と同じ相手なのだ。彼は喜んで聞いてくれる。
「断る。何で俺がお前を殺さなきゃならないんだ」
その信頼を彼は──裏切った。
*
「生きてたか」
「生き汚なさには定評がある」
髪を煤で汚し、真っ黒な焦げ跡が痛々しくもまだ彼女からは戦意が迸っている。
サマエルは少なくともアクション映画真っ青の爆破だったのにピンピンしてるリリムを見て
「正直引くわ〜ないわ〜」
「とりあえず魔力をもらえば喋れなくなるかしら」
吸眼で話している最中にも魔力を吸収して、自分の力に変えて行くリリム。そこで魔眼に気づいたサマエルは再び、フラッシュを焚く。
「逃げ回るのはやめてほしい」
「だって、私がアンタとまともに戦う理由なんてないもーん」
人をおちょくるような態度でリリムに付かず、離れず、しかしいやらしい位置に爆弾を置き、嘲笑うかのように傷を増やして行く。
「さあ! これでお終い! ざぁんねん! アンタの冒険はここで終わってしまった!」
虚飾全開で作られた質の劣る爆弾は植物が生えるように地中から生まれ、同時に鳴り響いたのは、鼓膜を破りかねないほどの衝撃を伴う爆音だった。
すさまじい震動が地を伝い、衝撃と爆風に巻かれて上体が揺らぐ。金属を強く打ったような耳鳴りが頭蓋に反響し、視界が明滅するほどだ。
「………あ?」
だからこそ、彼女は間違いなく死んだとそう考えた。
「"優雅に舞え、人魚達"」
あろうことか突如生み出された波にさらわれ、渦巻き状の水柱によって全ての爆弾が空に放り投げられたなど誰が思うか。
大瀑布のように残骸の雨が降る中で、冷笑を浮かべながら魔眼を光らせる彼女はサマエルより早く、彼女は世界を自分の物とした。
「"白銀世界でただ1人"」
そして世界は魔族の姫に屈服する。肌を刺すような冷気がサマエルを取り巻き、たちまち世界を白で埋め尽くす。
「舐めやがって!」
サマエルも赤い魔力を虚飾によって作り出し、火の魔法を持って雪を溶かして行くもののその差は歴然、彼女の火の魔力はロウソクのように風に揺られるばかりだ。
「私が貴方の故郷で戦うのはいささか不利だから、少し条件を整えさせてもらった」
「往生際の悪りぃ女だな。そこまでして、テメェを傷つけた世界を守る価値なんてあんのかよ!」
「ないわ」
余りにもあっさりと答えた彼女にサマエルは拍子抜けする。
「というか世界を壊すことには私はある意味賛成な立場だから」
「なら、何でそこまでやるんだ! テメェに理由がないだろ!」
サマエルは矛盾しているリリムの気持ちをつくように声を上げれば彼女は当たり前のように言葉を述べた。
「ーー守りたいものがあるから」
「は、はあ? テメェはそんなもんのために命をはるのか!? 馬鹿じゃねえのか! ただ思考停止してるだけだろうが!」
「貴方には守りたいと思ったものがないの? 私にはある。私を心配してくれた民、私を支えてくれた友人、私の孤独を埋めてくれた恋人。それら全てを差し置いて、私の都合を優先できない」
彼女は世界が大嫌いだ。だがそこで手に入れたものもある以上、全てをなかったことにするわけにはいかない。
「下らねえ! 本当に下らねえ!三文芝居なんざ見に来たわけじゃねえんだ! そんな綺麗事の繋がりなんざまっぴらなんだよ!」
リリムの言葉にサマエルは喚き散らす。目の前に立つ女はチャチな綺麗事の理想論で固めている事が心底気にくわない。
「テメェは絶対に殺す! アンタは知らねえだけだ! 世界の汚さを! 歪んだ日々に潰された歪な女をな!」
故にサマエルは負けられない。
幸せな世界など存在しない事を証明するために。
*
「ちきしょう………しくじった」
年末以降、私があの場所に足を運ぶ事はなくなった。
あの発言から、私は自分が勘違いをしていた事に気づいたからだ。
あの馬鹿は私と同じではあったが、進む道が、信念が正反対だった。
これ以上、側にいれば恐らくどちらかの考えに自分の信念が揺さぶられる。自分が自分ではなくなると理解した。
だから距離をとり、あの家でひたすらに地獄の日々を送っていたのだが、いよいよ脳内花畑のアレを止められなくなった。
私が学校から帰ってくる前に、帰ってきた親戚の実の娘を我慢できずに犯していた。
理性が飛ぶと、人間ってこうも醜くなるのかと考えた矢先に娘がナイフを叔父に振りかざしていた。
叔父を殺害し、完全に目が血走り、頭が逝った彼女は私の腹と胸にナイフを突き立てると、そのまま自分の首を裂いて死んだ。
残った私はそのナイフだけを握りしめて、朦朧とする意識の中で家から逃げ出した。あんな地獄で死にたくはなかった。
死に場所に向けて、足が勝手に動く。それも限界で倒れた矢先、そこがあの場所だという事が分かって、安堵した。
すぐさま連絡を入れて、彼を呼び出した。血まみれの私を見て、彼は狼狽えていたが、私は気にせずにナイフを落として、
「──私を、殺して」
私は笑顔で言った。震える手で押しつけたナイフを彼は握り、そのまま………
「──無理に決まってんだろ、空野」
ナイフを落として私を抱きしめてくれた。
その時点で彼は私とは違うと心底理解した。
絶対、私のように枷がない方がずっと幸せになれると思うのに。
私が与えたチャンスを彼は不意にして、自らを檻に閉じ込める選択をした。
なんだか眠い………けれど、酷く落ち着いている。
全く持って理不尽な世の中ではあった。次があればこんな世界を滅ぼしてやりたいくらいに。
だから──次は2人で一緒に。
*
「繋がりごとテメェをけしてやるよぉ!!」
サマエルは怒りに身を任せ、虚飾の力によって様々な兵器を生み出していく。
外見だけを取り繕ったそれはどういう原理で動いてるのか、理解できなくともリリムを消すためにうごきだす。
しかし、リリムはそれら全てを冷静に処理していく。飛んでくるミサイルを空間ごと捻り、生み出される爆弾を凍らせて、雪の刃でサマエルを攻撃していく。
サマエルは大小様々な傷口を抱えながらも異常な精神力を持って虚飾の物量戦で押し返していく。
だがその途中で右腕から感覚が消えたのを感じた。見れば左腕も徐々に動かなくなり始めている。
「何をしやがった! テメェ!」
「"忘れられた雪の城"。あなたの傷から入った冷気は体内から貴方を凍らせて、名もなき雪像へと変える」
サマエルは何とか逃げようとするものの体が言うことを利かず、顔面から雪に突っ込んでしまう。
唇を震わせ、呼吸を求めて喘ぐ。くっついてしまった上唇と下唇の皮が剥がれ、ちくりとした痛みがして血が滲む。
「まだ、動ける!」
「だけどこの魔法は避けられない」
廻眼を使わないように雪煙を上げたサマエルにリリムは予想していたと魔力を練り上げ、詠唱によって指向性を定める。
「私を守れ! 防壁!」
底知れぬ闇を思わせるその黒い魔力が空へと昇る。それらから身を守るために取り繕った壁を用意するサマエルへ、雪空の中から漆黒の光が集まっていく。
「闇夜の星に裁かれよ"夜空へ響け、我が愛よ"」
空から落ちる凄まじい影の存在は世界の異物に終わりを告げる。
*
私は別に過去にしでかした奴らを恨んじゃいない。私はたまたま運が悪かっただけの不幸な女で、これくらいの境遇なんて世の中にはいっぱいあんだろう。
しかし、鴉間は私がそんな過去を語れば同情と憐憫の目で私を見た。
何故、そんな目をする? 何故、お前らが泣く?
私は平気だ。これはなんて事ない不運だったんだからな。
まあだからといってこんな境遇ばかり味わった私が不幸な目に合い続けるのも気に食わねえ。
ここまで不幸な目にあったんだ。
今度は私がアンタらを不幸な目に落としても別にいいじゃないか!
だからこそ、他者が築いた関係を崩した時には味わったことのない感情の昂りを感じた。
友達、恋人、家族、そんな繋がりも私が外からかき回すだけで簡単に崩れた。皆が不幸になった。
それを見て私はわかったんだよ、絶対的な繋がりなんて存在しない。全部は理想だから、私の境遇は間違っていなかったってな。
だがこの世界に転生してから、度々気持ち悪くなる。
幸せ? 反吐がでる。そんなに幸福を感じられる世界なんざ生きづらくてしょうがねえ。
それに私は地球が憎い。世界が憎い。
私は過去にしでかした奴らは恨まない。
私が憎み、怨むのはこんな境遇ばかりを与える世界だ。
だから2つの世界を壊す。別にどうせ生きても行き着く先は死なんだから、遅かれ早かれ、関係ねえだろ?
ただ──望むなら、私はお前とそれを見たかった。
*
彼女はその環境ゆえに痛みを痛みとして感じ取れない。自分の苦痛の過去を当たり前だと受け入れている。
よって根底にあるのは「どうしてこの身には理不尽ばかり降り掛かるのか」「今度は私が叩きのめす側にならなくてはおかしい」という、自身を呪いの様に取り巻く境遇への憎悪である。
だからこそ、彼女は目の前に立つ女が許せない。
同じように他者に踏み潰されたような人生を生きていながら、自分のような道を選ばなかった彼や彼女に嫌悪を抱くのだ。
「だから私はテメェには負けられない!」
影がサマエルを覆う瞬間、最後の力を振り絞って、サマエルは雪の中に埋めていた爆弾を一斉に点火させる。
その爆発によって、リリムの魔法は僅かに狙いをそれて壁へ激突する。
そしてリリムは再び詠唱を始めようと口を開いた瞬間、目眩に襲われた。
「毒っ!?」
おそらくは爆破と同時に毒ガスを散布したのだろう。これ以上、息をすることが難しい以上、風魔法の詠唱をするわけにはいかない。
彼女はひとまず毒ガスから抜け出すために足元から雪の柱を作り出し、上空へと避難する。そして毒ガスから逃れた彼女は詠唱をする為に口を開いて
「虚飾の力も使いようってな!」
魔法を唱えようとした瞬間、目の前にはサマエルがいた。彼女も同じように虚飾で作った雪の柱に乗ってきたのだ。
そして飛び移ってきた勢いのまま、リリムの開いた口に爆弾を押し込み、彼女を柱の上から突き飛ばす。
リリムの足は毒によって言うことを聞かず、耐えられなかった体は雪の柱から離れ、毒ガスの元へ落ちていく。
「因みに毒ガスは可燃性だ、先に逝ってろ」
そして落ちていく彼女へ駄目押しのロケット弾を発射、爆弾に口を塞がれ、リリムの絶望しきった顔を見てサマエルは嗜虐的な笑みで別れを告げた。
リリムは口の中の爆弾を捻じ切るがロケット弾の対処が間に合わず、毒ガスに引火して激しい衝撃と爆風、耳が聞こえなくなるほどの炸裂音が夜空に轟き渡り、雪の柱も崩れ去る。
赤い輝きが収まって、雪の中には2つの影だけが残る。
1人は傷だらけになりながらも虚飾の力で取り繕ったサマエルの姿。
そしてもう1人は全身が灼け爛れ、顔の半分が吹き飛んだ魔族の姫の姿。
「私のーー勝ちだ! 世界は崩壊する! もう誰にも止められない! 世界崩壊まで、後一時間だ! 」
サマエルは歓喜する。もはや邪魔するものは誰もいない。
漸く望みが叶うのだ。自分への不幸を敷いた世界への復讐が漸く実現するのだから。
「やらせねえよ、世界は壊させない。これから先もずっと続いていくんだ」
だから気持ちよく悦に浸っていたサマエルはその言葉に生きてきた中で最も不機嫌な表情で返答する。
「今更やって来たところで全部無駄だっつーの! アンタを希望にしてた魔族の姫は死んだ! 魔眼を回収出来なきゃ世界崩壊は止まらない!」
「心配はいらない。お前を殺して、魔王に返せばいい」
「随分と事務的に語るじゃねえか? 鴉間さんよお!? パートナーを殺されてるのによくもまあ落ち着いてんなぁ!」
返答相手は鴉間 真。その体は傷だらけで今にも押せば倒れてしまいそうなほど衰弱している。
「落ち着いてるように見えるか?」
だがその体からは濃密な殺意が滲み出していた。何かを堪えるような表情は悲観などではなく、サマエルへの憤怒だ。
「あまりにも血が上りすぎて一周回って冷静なだけだ。テメェへの怒りと俺の不甲斐なさに対しての怒りでな!」
悪魔化した彼の片方の紅蓮の瞳は焼き焦がす炎のような熱を帯びて、憎悪のままにサマエルを睥睨している。
「俺は敵に容赦はしねえぞ、空野ぉ!」
「ああそうかい………なら、今度こそ私を殺してくれるんだな、鴉間ぁ!!」
今のマコトは明らかに平常心を失い、激怒に支配されるその姿は、まさに『憤怒』を名乗るに相応しい姿ではないか。
「傷だらけだってのに良くやるな。だが、泣いても笑ってもこれが最終決戦って訳だ。世界崩壊まであと少し、私もそれまでの退屈凌ぎに付き合ってやるよ!」
そんなマコトにサマエルは物怖じせずに応える。
最後の勝負のカードは『編入生』サマエルと『留学生』マコト。
結末はまだ誰の手にも渡っていない。
故に最期の戦いを始めよう。
この物語を終わらせるために
次回は月曜18時辺りになります




