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紅の魔女から藍緑の魔術師へ  作者: さうざん
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日曜日の渋谷

日曜日の昼下がりの渋谷。


若者をはじめとする多くの人であふれかえった駅前に、突然悲鳴が響き渡った。しかし、渋谷ではこんな嬌声は日常茶飯事だ。そんな悲鳴はたちまち日々のざわめきに飲み込まれていく。とはいえ、最初は気にも留めずに歩いていた人込みも、上を見上げ、動揺を広げていった。


「きゃーっ!」

「なんだあれ!」

「え、何々?」


空に黒い塊の影が漂っている。さっそく興味津々で写真を撮り始める若者もいれば、不気味さに悲鳴を上げる若者もいる。そのささやかな混雑がさらに増し、ざわめきが大きくなる。


「闇の魔術じゃないかしら?」

「テレビでやってるやつ? まさか。」

「いや、可能性はあるよ。」

「見てみて、すごい写真撮れたよ。」

「逃げたほうがいいんじゃない?」

「いたずらだろ。」

「んー、でもみんな見てるし、大丈夫じゃない?」

「うわ、あそこのテレビクルーも騒ぎ始めた。やばいんじゃないこれ?」

「ネットにも情報出てるよ!」

「え、もしかして俺たち、すごい場面に出くわした?」


ざわめきの中、突然黒い塊が四方八方に散った、と思った瞬間、黒い人影のようなものが人々の真上を飛び交い、人々に襲い掛かろうと手を伸ばした。背筋が凍りつくような寒気が一気に広がる。人々は明らかにこの世のものとは思えない氷のような冷たさを感じて飛びのいた。


「うわあああああ!助けて!!!!!!」

「なにあれ!」

「おい、襲われてるぞ!」

「助けて!助けてくれええええ!」

「おい、逃げろ!」

「早く!逃げて!」

「きゃーーーっ!」

「やばい!やばいよ!」

「どこに逃げればいいの!」

「何?何が起きてるの?」

「おい!」

「うわああああああ!」

「どこに連れていかれるの!」

「助けて!お母さん!」


群衆が大パニックに陥る。若者たちが一斉に逃げ出そうとし、もがき苦しむ。そこへ黒い影は不気味な長い腕を伸ばし、群衆の中から若い男女を引きずりあげた。再び悲鳴が上がった。



その時だった。風が一陣吹いた。



「ligatum eum!(離せ!)」


ジーンズにカジュアルなトップス姿の若い女性が空中に現れたかと思うと、そのまま体をひねりながら黒い影に杖を向ける。泣き叫んでいた若い女性が黒い手から離れ、真っ逆さまに落ちようとしているところを、カジュアルな服装の女性は体の向きを変えて風を切って飛び、抱きかかえて地面におろす。


「彼女をよろしくお願いします。」


唖然として見上げている群衆の中に若い女性を下ろすと、何人かが慌てて女性に駆け寄った。1人が叫ぶ。


「もしかして、紅緑こうろく千花ちかさん? 桜守の魔術師の!」


「ええ。」


千花はそれだけ言うと、地面を蹴りあげた。魔術で一気に飛び上がり、もう一人の若い男性に向けて叫ぶ。


「ligatum eum!(離せ!)」


男性が黒い手を離れ、地面に真っ逆さまに落ちていく。


「si pendebat!(浮け!)」


男性は空中をゆっくりと降りていき、群衆に支えられてふらふらと地面に座り込んだ。千花はそれをちらりと確認すると、風を切って体の向きを変えた。右手の先の上空には、黒い影がこちらに手を伸ばしている。


「影の使い魔がこんなに!結界はどうしたの!?」


千花は叫ぶ。


「causa ablatione!(消えろ!)」


黒い影が1体、太陽の光に溶けていくように消えた。しかし、影はなおもこちらに手を伸ばしている。何体かは再び群衆の方に向かっている。


「Populus hossana Protego!(人々を守れ!)」


白い光が空を切り、黒い影は見えない壁にはばまれて、ゆっくりと向きを千花の方へ向けた。不気味な動きで手を伸ばしてくる。


「In auxilium vocare!(助けを呼べ!)」


千花は空中で体の向きを変えながら、杖を天空へ向けて一瞬のうちに囁いた。杖の先から銀色の光が飛び出し、伝書鳩の形になって四方へ飛んで行った。それをちらりと確認すると、千花は黒い影に向き合い、杖を向ける。


「causa ablatione!(消えろ!)causa ablatione!(消えろ!)」


何度も杖を振って呪文を叫びながら、千花は杖を持っていない左手を黒い影の群れに向ける。もはや単純な西の魔術では対応できない。大きな騒ぎになる前にさくっと片付けて立ち去るつもりだったが、そうはいかないようだ。


あーあ、東の魔術での決闘って実はレアで、油断してるとすぐ取材だ調査だ検査だうるさいんだ。騒ぎを助長しかねない。でも、もう仕方ないだろう。日本の都会のど真ん中で被害者が出たら、それこそ大問題だ。桜守としても、UWとしても、日本政府としても。


「いけるか……っ!」


千花は思いっきり息を吸い込むと、誰にもわからないほどゆっくりと静かに息を吐き、息を指でかき混ぜていき、模様を描いていく。澄んだ海の色のような青がうっすら宙に浮かび、それがみるみる不思議な形を描いていく。複雑だが美しい模様が浮かび上がった瞬間、千花は思いっきり息を吹きかけた。青い模様が幾体もの黒い影にまとわりつき、影がもがき始める。千花はそのままゆっくり手を握りしめた。黒い影は押しつぶされるように、断末魔をあげて、消えた。


が、その瞬間だった。



「さすが、『東の島のクリムゾンの魔女』の子孫。この程度の陰の使い魔では面白くなさそうだなぁ。」


どこから聞こえてくるのかわからない声が響き渡る。


「やはりお前か……!私の消滅呪文ですぐには消えない使い魔を、どうやって作りだしたのか、詳しく知りたいわね……アムレート・カーライル!」


千花は目をカッと見開くと、再び空を切り、杖を構えた。


「なぜお前が日本に来たっ!」


「そりゃ、東の島は『敵』の本拠地だからさ。いやぁ、素晴らしい結界で、突破するのにずいぶん時間がかかったよ。」


アムレート・カーライルはアイオーンの騎士の1人だ。ヨーロッパの魔術師の名家出身で、強力な魔法を使う幹部クラスの魔術師だが、今まではヨーロッパを中心に活動していて、アジアに現れたことはない。桜守の1人として、以前1度ヨーロッパで追ったことがあるが、桜守の優秀な魔術師を煙に巻いて返り討ちにしたほどの力を持つ。


「Fugit velut mortui!(死んだように眠れ!)」


千花は叫びながら杖を動かした。一瞬だが強力な術である。この術をまともに浴びると、だいたいの魔術師は失神して倒れ、そのまま気絶してしまう。


「Defendat!(我を守れ!)」


しかし、カーライルはやすやすとそれを跳ね返した。次の瞬間、2人の魔術師は杖を振り、飛び出した光線がぶつかって大きな爆発が起きる。光線が飛び交い、2人は風を切って飛び回りながら互いの魔術をよけ、時に自らの防御呪文で敵の呪文を跳ね返す。このままだと地上の群衆にも被害が出かねない。


その時、アムレート・カーライルが突然吹っ飛んだ。とっさに防御呪文でもかけたのだろう。カーライルは吹っ飛ばされた先でこらえ、態勢を元に戻し、こちらをにらんできた。


「こちら、自衛隊特別魔導機部隊です。許可のされていない『使わざる者』の世界での魔術の使用、特に決闘は、UWとUNの取り決め、および日本国の法律で禁じられています。魔術師はすぐに名乗りなさい。」


千花が後ろをちらりと振り向くと、背中に何か機械を背負い、手に銃を持ち、迷彩服のごわごわしたつなぎを着た自衛隊の中隊が、完璧なフォーメーションでこちらに銃を向けていた。


「魔導機か。『使わざる者』に我らの術を提供することがどういう意味を持つのか、貴様ら東の連中と桜守の奴らは、考えたことがあるのか?」


カーライルは忌々しげに自衛隊に杖を向けてつぶやいた。


「ええ、考えたわ。アイオーンの騎士から、みんなが自分の身を守るためってね!」


千花はそこでちょっと唇をかみしめた。


魔導機とは、『使わざる者』が魔術を使うための機械だ。といっても、実際に使える力は3つ。自由に空を飛ぶこと、つなぎに一定の防御力をつけること、魔導銃に魔術を込めること、の3つだ。『使わざる者』の技術と、『使う者』の魔術力を組み合わせたもので、日本では紅緑家の協力のもと、自衛隊や警察、医療関係者など、ほんの一部の人々に特別に配備されている。


とはいえ、『使わざる者』に魔術を貸し与えることは、双方にとってよいことではない。『使わざる者』の技術革新を妨げかねないし、悪用されてしまえばさらなる火種になる。最悪の場合、『使う者』が自らの特質を失い、自らの安全と幸福を手放すことになりかねない。


しかし、アイオーンの騎士から『使わざる者』の人々を守るためには、UWや桜守の活動だけではもうやっていけない。そう判断した紅緑コウロク正恒マサツネは、国連や各国政府と交渉し、「『使わざる者』の技術があくまでベースであり、魔術はあくまでサポートであること」「きちんと扱える人にのみ貸し与えること」「決して争いの道具にしないこと」を条件に、魔導機の開発に協力したのだった。


もちろん、中心になって開発に関わった紅緑家も、この選択が果たして双方の未来のためになったのか、いまだに確信が持てずにいるのだ。


千花はもう一度息を吸い込んで、自衛隊に向かって叫んだ。


「『使う者』の紅緑千花です! 私用で新宿にいたのですが、偶然、渋谷に影の使い魔が現われたと聞き、様子を見に駆け付けたところ、アイオーンの騎士団幹部のアムレート・カーライルの仕業であることが分かりました。危険人物であり、多くの被害がでかねないと判断し、魔術師である証のローブやマントを着用せず、かつ警察などへの通報もしていませんが、やむを得ず攻撃させてもらいました!」


「桜守の魔術師としての活動でも、公共の場で魔術を使う際は、混乱を避けるためにも、魔術師であると周囲にわかる服装で、と決まっています!」


隊長らしき人物が叫ぶ。


「ええ、申し訳ありません!まさかこんなことになるとは思わなかったので!」


「わかりました!」


「影の使い魔は片づけましたが、アムレート・カーライルは要注意人物です!皆さんの避難と援護をお願いできますか?」


千花はそういうともう一度息を吹き、指を動かす。


「あの男は……わたしが捕まえる。」


千花の眼が怪しく光る。渋谷で逃げ惑う人々の頭上で、太古の昔から脈々と受け継がれてきた東の魔術が複雑に絡み合い、今まさにその力を実体化させようとしていた。









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