閑話
季節はもう夏を迎えていると言うのに、体が小刻みに震え続ける。生温い雨に打たれ続けているのもあるかもしれないが、そんなものよりもはるかに私の体をゆっくりと、そして着実に凍えさせていくものがある。
それのおかげで、視界が霞み座っているだけなのに息が全く整えられない。
背中に手を回すと、ぬるりと生暖かい体液がまとわりつく。
血はだいぶとまってきたようだ。
死。
その言葉が頭を掠める。今まで死なんて考えた事も無かった。それが人になった瞬間、そんなことを考えるはめになるとは。
血塗れの手のひらで雨に濡れて湿気おびている地面を握る。
瞼は開けていられず、体が横に倒れた瞬間。肩に温もりを感じたと考える隙もなく、意識は無くなった。
熱っぽい瞳をゆっくりと開けると、ぐらりと揺れたが、次第に揺れがおさまると、私の視界に茶色の木でできた古びた天井が飛び込む。
熱い額に冷たい物が乗っている感覚に気付き重たい腕をあげ、それを握る。
湿っぽいそれはおそらく、濡らしたタオルなのだろう。絞りが足りないのか、端を握ると水が垂れ、頬に流れていく。
目だけで周りを確認しようと、ゆっくりと視線を巡らせる。
少し汚い木の壁。私が横なっているベッドであろう物のほぼ真上にある横長の窓。小さな十字架の描かれたドア。汚いタンスの中を探るようにしているピンクの少女。そして……。
「誰ですか!?」
思わず体を起こし、壁に背中をつけるようにする。
その瞬間、背中に激しい激痛と眩暈が私を襲う。
あまりの痛みに声にならない悲鳴をあげ、その場で上半身をかがませる。冷や汗が頬を伝い、布団に落ちる。
しばらくすると落ち着いてきて、まだ少し息が上がっているが、とりあえず上半身を起き上がらせると、目の前エメラルドグリーンの綺麗な二つ目がこちらを心配そうに除いている。
思わず体を仰け反らせる。
まずい、と思ったのもつかの間予想よりまだ柔らかい痛みが背中を襲う。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫……です。
お気になさらず……」
息を一つ吐き出すと、重たい頭を上にあげた。
修道服を着ているのをみると、おそらく彼女はシスターなのだろう。
と言うことはここは教会、か。
まだ少しだけ痛む背中に触れると、どうやら包帯が巻かれているようだ。
「熱は少し高いですけど、おそらく背中の傷の影響だと思うので、命の方は大丈夫だと思いますよ」
シスターはニコリと表情を緩ませる。
警戒心をおもむろに出していたのか、シスターは口元を緩めたまま少し不安そうに眉をよせた。
そして、怒っている小さい子に心配そうに声をかけるようにゆっくりと、言葉を選びながら声に出す。
「この部屋でよろしければ、怪我が治るまでここをお貸し致しますよ」
「……もしかして君が貴女が助けてくれたんですか?」
シスターは何も言わなかったが、その照れくさそうな微笑みが、私の答えを示していた。
まさか、人に……しかもこんな若いシスターに助けられるなんて……。
「シスター!!
シスター!どこだ!」
ドアの外から太い男の大きな声が響く。
その声を聞いた瞬間、シスターの顔は少し青ざめ手が小さく震えている。
思わず声をかけようと思ったが、私が声をかけるよりも前にシスターは引きつった笑顔のまま声を発した。
「熱もあるので、大人しく寝ていて下さいね」
それだけ言うと、シスターはドアを開けて、小走りに部屋を出ていった。
私は、状況をうまく飲み込めないままため息を一つついた。とりあえず、この体じゃまともに動けない事は流石にわかった。
仕方がなく、ゆっくりと傷が開かないようにその場に横になる。
ギシリと音が鳴る。少し硬いベッドに横になると熱のせいか、疲労のせいか眠気が襲ってきた。
これからどうしようかと、考えつつもボンヤリとした心地よさに身を委ねた。




