一瞬の再会
壮大な音がトイレの個室の中から響く。
こんな音は、死んでも聞きたく無かったがこれだけ生きていけば仕方がない。
トイレのドアの前に背中をあずけながら僕は、ため息をついた。
どうやら、“あたって”しまったのか嘔吐と大きい物が同時に彼の体を襲っているようだ。
……それにしても、汚い。
「ジェ……ラルドォ……」
「うわっ。何さ」
ドアを少し開けたおかげで僕の体は一瞬バランスを崩しかけた。
しかし、そんな事を気遣うよりもギコラスの顔は酷くやつれていて、見ているこちらが不憫に思えるほどだ。
「い……医者を…」
「……お願いだから、トイレから出ないで。
汚い、臭い」
「んだと!?
このや……」
盛大な音を立てて、彼はドアを開け放とうとしたがそれは、彼を襲った便意と吐き気で阻止された。
「わかった、わかった。
なんとか、するよ。
なんとかするからそこで大人しくしててよね」
僕は公衆トイレを離れ元々行く予定だった、場所へ急ぎ足で向かった。
小走りで目的地へ向かいながら僕は本来の目的を思い出していた。
彼がそれを忘れているとは思わない。
むしろ、今回の目的を作ってしまったおかげで、余計頭の中に大きく膨らんできている事だろう。
しかし、そこで新しく作った目的を最優先に考えるところが彼らしいなと頭の隅でそんなことを考える。
そんなことをしているうちに、人通りの少ない小さな教会の目の前についた。
白だったと思われるはずの塗装ははげはじめ、緑色の蔦が壁にはっている。
僕は少し顔をしかめてから、古びていてカビの臭いがしそうなほどの扉をノックする。
しばらくまっても出てこなかったため、もう一度ノックしようと考えていると軋む音を立てて扉が開いた。
中からは思いがけない人物が出てきたため、僕は場所を間違えたかと狼狽えた。
「……何か御用ですか?」
「いや……ノーランドはいないかい?」
「あぁ、ノーランドさんですか。
中にいますので入ってください」
そう言うと、小柄で紫色の毛色をした女性は踵をかえすと歩き始めた。
僕はその後ろをついていくため中に入る。
彼が所帯を持つのはあまりにも考えにくい事だ。そもそも彼は自分の職場に他の人を働かせるなど今までで一度も無かった。
扉がしまった礼拝堂の手前の階段を上りはじめる。
目の前の女性は長いスカートを抑えること無く、登りきると二部屋のうちの一部屋をノックすると返事が返ってくる前に扉を開けた。
「ノーランドさん。
お客様です」
「ん?
あぁ、ジェラルドじゃないですか。久しぶりですね」
机の上でなにやら書物を書いていた緑色の毛色の男が顔を上げると嬉しそうに微笑む。
女性は、小さく頭下げると僕の脇を失礼します、と小さく呟いて部屋を出ていった。
「貴方から来るなんて珍しい事もあるのですね。
一体どうしたのですか?」
ノーランドは、自分の机の前にある椅子を指差し座って下さいと、言う。
それに従い、木で出来た背もたれのある椅子に座ると背をあずけた。
ノーランドは、机の上に両手を置いて心の底から嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。
「まぁ、久しぶりに会えたのですから紅茶でもいかがですか?」
「いや、ゆっくりしていたいのは山々なんだけれど。
ちょっと、急ぎの用事なんだ」
「……急ぎ…ですか?」
何事かと言うように小さく首を傾げる。
なんとなくだけれど、今もトイレで食あたりで苦しんでいるギコラスを思い出すと少しだけ不憫に思えてくる。
「食あたりに効く薬はないかな?」
「食あたり?
あぁ、それならーー」
ノーランドは立ち上がると、後ろにある大きな本棚の中をあさり始めた。
小さな窓から差し込む光はちょうど、机の上あたりをさしている。なかなかに広い部屋だが、必要なもの以外置かないというのがノーランドらしい。
「ありましたありました。
これですよ。これを飲んで半日ぐらい経てば治りますよ」
「ふぅん。即効性があるんだね。
まぁなんでもいいや。ありがと」
ノーランドが持っている茶色いビンを受け取ると立ち上がり、背中を向けた。
そして、ドアを開けようとした瞬間。
名残惜しそうな声で僕を引き止めた。
「それ、一つだけで大丈夫ですからね」
「うん。わかった。
……また来るね」
部屋を出て、階段をおりると礼拝堂に続く扉が開いていた。
大きな扉で自分の二倍、三倍ぐらいだろうか。
奥に誰かがいる気配を感じられたのだが、今はそれどころじゃないと自分に言い聞かせ教会を出た。
時刻は既に夜の十一時を回った頃だろうか。
ようやく腹の痛みと、吐き気が収まった。
何か変な物でも食べただろうか。
心当たりが多すぎて思い出せない。
ここはどこかの宿なのだろうか。見た事のない風景だ。
途中から俺の意識は無くなっていたらしく、どうやってココにきたのか、全くもって思い出せない。
ただ、この状況からわかることは俺は白いベッドの上に横になっていて、枕元には黒く重たそうなビニールが二、三袋転がっている。
そして、その反対側に椅子に座って寝ている様子のジェラルドがいた。
「何か変なもん食ったかな……」
繰り返しその事を考えていると、口に出てしまった。
横で寝ているジェラルドが起きなかったか、チラリと横目で見るが、小さな呟き程度では聞こえなかったようだ。
息を吐き出すと俺は頭をかいた。
「……君は拾い食いが多すぎるんだよ」
「うわっ!」
「そもそも、腹が減ったからと言ってそこら辺に生えている雑草を食べても雑草は雑草で、山菜などにはならないよ」
冷淡な口調のまままくし立てる。
俺は上半身を起き上がらせると、眉を潜めた。
頭が悪く、状況を理解するのが苦手な俺でも俺の枕元に転がっているビニール袋と、椅子で寝ていたジェラルドを見てすぐにわかった。
「いやぁ、なんだかんだ言っても心配はしてくれるよな」
「……勘違いしているようだけど、君には二つの目的を果たして貰うまで死んでもらうわけにな行かないだけだからね?」
「はいはい」
内心舌を出しながら、そしてニヤニヤしながらジェラルドを見るがジェラルドの様子はいつもどうりだ。
ん?
二つの目的……?
「なぁ、そういえば」
「何?」
ジェラルドは、足を組んでつまらなさそうにマントについた自分の毛を軽くはらっている。
「神様にあいに行くのはともかく……。
なんで、兄貴探しに手伝ってくれるんだ?」
「そりゃあ……」
悩んだように、言葉につまり目が泳いだ。
しかし、それも一瞬の事で瞬きをした次の瞬間にはいつもの平坦な表情に戻っていた。
「君に僕の力を半分あげたんだ。
無駄にしないよう、見ておかなきゃ行けないしね」
「ふぅん。
そうか」
「とりあえず明日、目的地に向かうからそれまでに体調戻しておいてね」
ジェラルドは、隣のベッドに潜りこむとベッドの側の電気を何も言わずに消した。
あたりはあっという間に真っ暗になり、窓からは月の明かりが頼りなさげに部屋の中を照らした。




