これは夏の暑さのせい
夏休みが始まってから数日。
今年は記録的猛暑らしく、動くだけでみるみる体力を奪われる。
バイト前から既に帰りたいが、金は降って来ないので渋々家を出ると、
「内海君、おはよ」
玄関を開けると、そこには月城が立っていた。
淡いアイボリーの半袖ブラウスに、黒のハイウエストスカートを合わせた落ち着いた夏服。
飾り気のない格好なのに、本人の整った顔立ちも相まって、自然と視線を引き寄せられる。
――なぜ、朝から月城が家の前にいるのか。
理由は、一昨日の会話に遡る。
『内海君、次のバイトいつ?』
『明後日ですね』
『奇遇だね。私もその日、そっちのモールに用があるんだ』
『そうですか。』
『だから折角だし、一緒に行かない?なんなら帰りも一緒に』
『なんでわざわざ……』
『恋人なら、なるべく一緒にいたいって思うのは普通じゃない?』
そこまで言うと、月城は満足げに頷いて、
『はい、決定』
半ば強引に、約束を取り付けられてしまったのだ。
「…なんでいるんですか。」
「一昨日の記憶もなくなっちゃったの!?約束したじゃん!」
気のせいだった事に望みをかけたが、無駄だった。
どうやらバイト先に着くまでは一緒に向かわないといけないらしい。
「そういえば、私達中学の頃、一緒に学校通ってたんだよ〜?その時のこと思い出しちゃうな〜」
「そうなんですね。」
勿論、そんな記憶はない。
誘われたことはあったが、実際に一緒に登校したことは無かったはずだ。
今回といい恋人発言といい、
月城は、“あの頃”を塗り替えようとしている。
俺を虐めていた過去ごと。
将来のためか。
罪悪感か。
あるいは――いや、それは無いな。
どれにせよ、“あの頃”と同じ目に遭わなくて済むなら、それ以上は望まない。
だからなるべく合わせよう。月城が満足するまで。
「それで、何を買いに行くんですか?」
月城は驚いた顔でこちらを一瞬見たが、直ぐに正面に戻った。
「ちょっと、家具をね」
「家具、ですか。」
「あのモール、色々複合してるでしょ?近隣だといちばんおっきいし、欲しいものが揃うかなと思って」
「なるほど。」
「机とか棚とか、生活に必要なもの色々。新しく揃えなきゃいけなくてさ。それに、内海君のバイトが終わるまで、時間を潰すのにもピッタリ!」
「目的が済んだら帰ればいいと思いますよ?」
呆れて返すと、月城は少しだけ笑った。
その笑い方が、妙に自然で。
何故か俺は視線を逸らしてしまった。
バイト上がりの時間が近付いてきたので、夜勤の方へ引き継ぐために店内を整えようとした時。
入店音が響いた。
「いらっしゃいま…」
「ふふ、早めに来ちゃった〜!」
「…まだ帰れませんよ?」
「いいの〜私が早く逢いたくて来ちゃっただけだから」
その手には、モールの紙袋がいくつか提げられている。
「買いたいものは買えましたか?」
「うん、手に持てないものは家に直接送ってもらう形にしたから、完璧だよ〜!」
それにしても結構な量だ。
「…そこのイートインスペース、使って下さい。」
「でも、何も買ってないよ?」
「お客さんなんてこの後ほとんど来ませんし、その荷物で立たれる方が嫌です。」
「私のこと、心配してくれてるんだ〜?」
「自分が居た堪れなくなるだけです。」
「またまた〜恋人の私の事好き過ぎない〜?」
「まだその設定で話すんですね。」
軽口の延長でポロッと出てしまった。
が。
「設定じゃないよ。」
まただ。
本気の目。
思わず何も言い返せずに、口を噤んでしまった。
夏の夜風に当てられながら、並んで歩く。
ぽつぽつと、言葉を発する。
「あの、さっきのなんですけど」
「ん〜?」
昔、似たような事を月城に言った気がする。それのおかげか、
「設定って言っちゃったこと…本当に言いたいことは違かったんです。なんで自分の恋人をしているんだろうって。誰かに好かれる要素なんて、今はどこにもないんです。」
それに、月城はあっさりと答えた。
「好かれる要素しか無かったよ。内海君は。」
「え?」
「好かれ過ぎちゃったんだよ、要は。だから今でも恋人として過ごしてるんだよ?」
不思議と、嘘には感じなかった。
冗談みたいな雰囲気も、からかう感じもない。
「……っ」
心臓が変な音を立てる。
これは暑さのせいだ。冷房の効いた室内から急に外に出たから、身体がおかしくなってる。
そうに違いない。
「そういう事、良く恥ずかしげもなく言えますね。少しは躊躇いません?」
「…後悔したくないから、かな。」
中学の頃、自分も似たようなことを月城に言った気がした。
そのせいだろうか。
いつも恐怖を感じていたあの眼が、今だけは平気な気がした。
――あんなことをされた相手なのに。
「今日はありがとう!次は一緒にデートしようね〜!」
「次があるんですね。」
「そりゃ恋人ですから!」
「恋人って言えば何でも許されると思ってないですか?」
「ふふ、バレた?」
すんごい難産でした…
てか夏休みをスタートにしたせいでかえって難しくなってる気がする( 'ᾥ' )
今回も宜しければ感想や改善点をいただけると嬉しいです!




