平穏
「ふぅ……なんだかいろいろあって疲れたよ……」
案内された部屋は、外見と違わぬ質素なモノだった。
小さな竹編っぽい机と椅子が二つ、一人分のベッドには古びた毛布が掛けられている。案内してくれた主人らしき男性は、「食事の時間になったら呼ぶからね」と言い残して食事を作りに行ったらしい。
現在、ベッドにぐだぐだと寝転がっている僕は、何とはなしに 今までを追憶していた。古びているけれどよく手入れされている様で、寝心地は結構、良い。
すっかり混乱が収まった自分がいる事に、どことなく違和感を感じる。
もう、慣れたのかな。
役立たない癖に変な適応力だ、全く。
「とりあえず、食事を摂ったらゆっくり休んで……明日は身の上話、かな」
明日する事を口に出した途端、被せるように欠伸が出る。
……駄目だ、ぼーっとしていたら眠ってしまうな。
「おーい、ヤヅキ君。食事が出来たよ」
もう半分、活動を停止し掛けていた意識が、雷に打たれたように一気に醒める。
慌てて呼びに来た主人らしき男性を見ると、男性はにこにこしながら手招きをしている。
……いや、主人らしきっていうか主人だろう。あの男性とミワ以外、宿屋で人を見ていない。
「ヤヅキ君? ミワさんがお待ちかねだよ」
「あ、ああ。ごめんなさい」
訝しげに肩を叩かれ、慌てて返事をした。男性は目を三日月形に細め、いかにも人の良さそうな笑顔で頷く。
……この人、オレオレ詐欺とかすぐ遭いそうだな。
「食堂はこっちだ」
案内された食堂もまた、質素だった。
簡素な机の上には、やはり簡素な料理が並んでいる。
ミワは、着ていたローブをゆったりしたシルエットのシャツに変えて、待ちくたびれたと言いたげな雰囲気でコツコツと机を叩いていた。
……まるで忙しいOLだね。
「おい、さっさと席につけ」
苛ついてる訳では無さそうだが、早くしろと急かされているのは雰囲気で伝わってくる。
「ああ、はい……」
疲れのせいか、気の抜けた返答が口から溢れる。
……待て待て、ゆとり世代か僕は。しっかりしろ。
このアーヴァローネに来て何度目の自己叱咤をしながら席につく。
「それじゃあ頂こう。サンライト、ムーンライト、愛しき月と光の女神よ」
「へっ? え、と……サンライト、ムーンライト、愛しき月と光の女神よ」
ミワが言った謎の呪文を慌てて復唱する。ミワは、そんな僕を訝しげに見ながら右手で十字を切るように動かした。
……郷に入っては郷に従えとかいう言葉を思い出してミワの真似をしたが、これはいただきますのような挨拶なのだろうか。
右手で十字を切るように動かしながらそう考える。
ミワは、スープを口に運びながら僕をじっと見ている。
……なんだろう、何か付いてるかな。
「あの……」
「食べないのか?」
何を見てるんですか、と尋ねようと口を開いた途端、聞こうとした当人に遮られてしまった。
……いや、君に質問しようとしたんだけど。
そんな愚痴を心で溢すが、口に出す気はさらさら無い。今ここで空気が悪くなったら、利益は無いのだ。
「い、いや、何でも無いです……食べ、ます」
ここで正直に答えるのも、何だか憚れるのだ。
溜め息が溢れそうなのを抑えながらミワが食べているスープをスプーンで掬う。
薄いオレンジのそのスープは、ニンジンスープ……に見えなくも無いけど、異世界にニンジンなんて存在するんだろうか。
…………。
とりあえず食べよう。毒じゃ無いだろうし。
こんなにも警戒しながらスープを飲んだのは初めてだ。
「美味しい……」
口に入れると、ふんわりと仄かな甘味が広がる。
フルーツのような味だが、肉のような味もする。
混じっていてよく解らないけれど、とりあえず一つ言える。
……これ、すっごく美味しいね。
「あ……」
思ったよりガツガツ食べていた。いつの間に、と思ってしまうような速さで、僕はニンジンスープもどきを食べ終わっていたようだ。
ミワが、呆れたような表情をしていた。
「……お前、ガツガツ食い過ぎじゃないのか?」
「……スミマセン」
反論の余地も無いド正論に、とりあえずは謝罪しておく。
ミワは呆れた表情を苦笑いに変え、ドレッシングらしき液体が掛かったサラダを口に入れてから呟く。
「それだけ元気なら大丈夫だな。ゆっくり休んで栄養をつければすぐに回復するだろう」
「あっはっは、若い子は元気で良いな」
近くで軽食を摂っていた男性は、豪快に笑いながらそう言って体を反らした。体を反らしたせいか、笑っているのが怒っているように見える。
異世界に来てから初めての平穏な時間に、僕は少しばかり酔っていた。




