一日目の夜
「あ、あの……」
「……ここまで来れば大丈夫、か。危なかったな。ここネグマリックの衛兵は、やたらと腕っぷしが立つんだ」
僕の微かな疑問の声を無視し、そう告げる女性。赤茶色の目が辺りを軽く見回し、最後に僕に焦点を合わせて止まる。
「何だ」
「貴女は、その……何者なんです? 何故僕を?」
「自殺志願者じゃあるまいし、あたしに助けられた事に文句は無いだろ」
そう言って、僕の手を引いたまま歩き出す女性。自殺志願者では確かに無いが、そんな主旨は質問していないのだが……。
「そ、そうじゃありません。貴女は、何者なんです?」
先ほどと同じ質問を再度重ねると、女性は目を狼のように引き絞り、僕を頭のてっぺんから爪先までじっと眺めた。
「その質問はあたしがしたいよ……とりあえず、あたしはミワ。ファーストランクの弓術士だ」
ファーストランク、弓術士……
意味の理解出来ない言葉だが、察するに階級や、ゲームでいう職業なんかを示す言葉なのかもしれない。
「僕は弥月……です」
ミワ、としか女性は名乗っていない。憶測に過ぎないが、この世界には名字が無いのかもしれないので名前だけ名乗る。
「ヤヅキ? へぇ……面白い名前だな」
それだけ言って、ミワはクスリと微笑む。
話し方や態度で、何処か男勝りでキツそうな人だと思ったけれど……笑うと綺麗だな。
「もう夜が遅い。あたしが泊まってる宿においで。あたしの連れって言って、部屋を予約してやるから」
ミワは藪から棒にそう言うと、さっと踵を返して歩き出す。
いちいち言動に無駄が無い人だ。仕草や動作が洗練されている。弓術士、という名前からして機敏な動きを要する戦闘職なのかもしれない。
……ってそうじゃないよ。
「ま、待ってください……僕はミワさんと初対面なんですよ? 良いんですか、そんな何から何まで……」
ミワは、誰でも持つであろう僕の疑問にいかにも不可思議そうに振り向く。
そんな、「そっちこそ何言ってんだ」みたいな表情をされても至極当然の疑問だと思うのだが。
「あんた、見た所一文無しだろ? そこを宿に泊めてやるって言ってるんだ、素直に甘えときな。ここで放り出すほどあたしも鬼じゃないさ」
ミワは軽快な調子で言うと、薄明かりが灯る質素な宿屋らしき建物を指さした。
「あれがあたしが泊まってる宿屋だよ。身の上話は明日にして、今日は休みな。そんなボロボロじゃあ、誰だって助けてやりたくなるよ」
一文無し、ボロボロ。
僕は、自分が形容された言葉を小さく繰り返して思わず苦笑いした。
間違ってはいないけど、ざっくり言ったら難民のようなものじゃないか、僕は。
でも、宿に泊めて貰えるのはこの上無くありがたい。ミワがどういうつもりなのか未だに解らないけれど……とりあえず、甘える事にしよう。
「ただいま」
宿屋に入るなり、ミワはよく通る声でそう告げた。
宿屋って、そんな家庭的な場所だったかな?
「おお、ミワさんじゃないか。おかえり。その子は連れかい?」
「ああ。やっと今日到着したらしくてね……部屋と食事をやってくれないか。見ての通り、ボロボロなんだ」
さりげなく嘘を混ぜながら、宿屋の主人らしき男性とフレンドリーな会話をかわすミワ。
宿屋……というか、ホテルやペンションって結構 ペコペコされるイメージがあったのだけれど。
この宿屋、かなりざっくりしてるな。
……こういう感じは結構好きだな。
「おやおや……名前は?」
「ヤヅキだ」
「そうかそうか。ヤヅキ君、ゆっくりしていきな」
「へっ!? は、はい……」
ミワと主人らしき男性の短い会話の後、唐突に話を振られた僕は思いっきり動揺してしまった。
ただでさえ急展開に混乱を極めていたのに、急に話を振られたらそりゃ混乱するよ。
当たり前当たり前。
「じゃあ、まずは部屋に案内しようか。食事はミワさんと一緒で良いかい?」
主人らしき男性に着いていきながら投げ掛けられた問いに頷いて答える。
眠気がぼんやりと霧のように漂うなか、ミワが「食事は一時間後だ」と告げたのが、刺すように耳を揺すった。




