身の上話
「うぅ……んー……」
微かな鳥の鳴き声が意識を揺する。
そよそよ、なんて擬音がしっくり来そうな優しい風に頬を撫でられ、水の底を揺蕩う様にふわついていた意識が漸く覚醒した。
「よく寝ていたな」
「へっ?!」
まだ完全に覚めてはいない感覚をいきなり揺すったミワの声に、ガタンという音が耳を刺す。
時を同じくして腰に衝撃。
「いっつぁー……」
落ちた。
かなり無様かつ不細工な表情であろう顔で。
そんな僕をガン見しているミワの心情は考えたくも無いが、上の方から聞こえてくる押し殺したような笑いが嫌が否でもミワの心情を察させる。
「ふっ……ふふ……だ、大丈夫か? ヤヅュキ」
いや、大丈夫じゃないし笑いすぎて噛んでるからね、ミワ。
「せっかくの美形が……ふふ……台無しだな……」
全くもう……。
……ん?
何か今、聞き捨てならない単語があった気がする。
「待ってミワさん、僕が美形ってどういう事だい?」
思わず素の口調が出た僕を、ミワはじっと見てから首を傾げる。
「素が出てるぞ。……いや、あんた相当な美形だろ、ほら」
手鏡を向けられ、僕は誘導されるようにそれに視線を向ける。
神秘的な白銀色の髪に、琥珀色の瞳。適度な長さに揃えられた髪の、丁度耳の辺りに琥珀のイヤリングが揺れている。そして、端整で秀麗な……何をしても様になりそうな顔立ち。
前世の僕とは比べ物にすらならない美形だった。
いや、自分の顔をこんな称賛してどうするんだ僕。落ち着け、ナルシストか。……シベストリア様の慈悲か何かかな……これ。
僕が混乱の極み、怒涛の思考の頂点にいると、ミワは顔をくしゃくしゃに歪めて笑いながら僕の頭をポンポンと叩いた。
「落ち着け落ち着け。本当に面白い奴だなぁ……自分の顔知らなかったのか?」
知らなかったも何も、こちとら鏡すら今確認したのだが。
もう……何だか嫌になっちゃうよ。混乱し過ぎて。
「いや、まあ……はい」
「そうかそうか。確認出来て良かったじゃないか……そうだ、忘れていた。ヤヅキ、朝飯だ」
非常に楽しそうに話していたミワは、唐突にそう話題転換した。
本来の目的を忘れるなよ、と突っ込んでやりたいのを理性で抑え込む。
「ああ、ありがとうございます」
ちょうど空腹だったのだ。時間は確認出来ないが、窓から射し込む光の位置から察するにだいぶ長い時間寝ていたと思う。
「うん。さぁ、行くぞ。お前に聞きたい事もいくつか出来た」
「え……は、はぁ」
なんだろう。
……聞きたい事? 何かボロ出した、かな。僕は。
よくは解らないが、とりあえず僕はミワについていった。
「サンライト、ムーンライト、愛しき月と光の女神よ」
朝日の中で右手が十字を切る。神聖で重厚な儀式を行っているかのような雰囲気が一時だけ流れ、ミワはゆっくりとフォークを手に取った。
「クォリコか。美味そうだな」
素焼きのように見える小さな皿の上のモノを見たミワは、日焼けした頬を嬉しそうに紅潮させてそう言った。
いかにも、食卓に大好きなモノが出てきました……みたいな表情だ。
「く、クォリコ?」
この異世界ではメジャーな食事なのだろうか。そう思いながらクォリコと口に出した僕を、ミワはじっと見つめる。
心の奥底、はらわたの深い場所まで見透かされそうな、赤茶色の目。
「クォリコを知らないのか……クォリコ麦を挽いて粉にしてな、生地にして、薄く伸ばしたのを焼いた料理だ。この辺りじゃ主食だぞ?」
しまった、迂闊だった。
疑問符がついた理由はきっと、クォリコがこの辺りではかなり有名……知らない者が可笑しいと言われるくらい、有名なモノだからだろう。
……聞きたい事の内容、なんとなく察した。
「そ、そうなんですか……」
パンに近いモノだろうな、と思いながらクォリコを眺める。
薄い赤色の、とろとろしたモノがクォリコにたっぷり掛かっていた。蜂蜜……に見えなくも無いが、香りは苺に近い。
よく解らない食べ物だ。
ミワがパクパクと美味そうにほおばっているのを見るに、不味いモノでは無いだろう。主食に成り上がるくらいの料理だ。
「…………」
とりあえず、一口。
「美味しい……」
頬が緩むのを押さえきれなかった。
味としては苺に近いが、ずっと芳醇な味と香りは苺とはかけ離れている。甘味と酸味の絶妙なバランスも最高と評して間違いは無い。
クォリコの、原料がムギとは思わせないしっとりした味わいにもまたよく合う。
「ヤヅキ、グルメレポートはその辺りにして食べろ。冷めるぞ」
「へっ!?」
まさか、今の全部口に出ていたんだろうか。
「はぁ……口に出ていたぞ、全部。小さな声でぶつくさと唱えるから、念仏か何かかと思った」
「う、うぅ……」
人生最大の恥辱かもしれない。人生始まって二日しか経っていないが。
「クォリコが美味いのは解るがな……」
ミワの憐れみを含んだ声が、恥辱に打ち震える脳を染み渡っていった。
「さて……身の上話の予定だったな。というより、もしかしたらあたしの質問大会になるかもだが」
食事が終わって、主人の男性も何処かへ出掛けていった後のひっそりした食堂。
僕とミワは向かい合わせに机を挟んで座り、ミワが淹れてくれたお茶を飲みながら談笑中だ。
談笑というには空気がシリアスだけど。
「ん……一つ、はっきりさせておきたい」
ミワは、酷く真面目な表情で眉をギュッと寄せ、僕とミワ以外誰も居ない食堂で声をひそめた。
「あんた、人間じゃ無いだろう」




