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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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手のかたち

【観察記録 R-061 ——相良慧】


八月三十日。市街の宿。晴れ。


昨日、伝聞で一件。商店街の通りで、二週続けて、閉店したあとの窓とシャッターだけが割れた。人的被害なし。警察の扱いは原因不明の破損。わたしは現場を見ていません。見ていないものについて書ける欄は、二つか三つしかありません。


気になったのは、壊れ方の選び方です。人のいない時間。面だけ。壊すことが目的なら、選ぶ必要はありません。選んでいるなら、目的は別にあります。


音がした、が三軒。耳が鳴った、が二軒。


これは、黙らせたい人の壊し方です。


伝聞は伝聞です。二軒の耳のことも、わたしは確かめていません。


別件。父の写しの三つ目。心当たりを二つ潰した。次の心当たりが、まだ立ちません。


---


商店街は、アーケードを抜けた先で一度だけ折れている。屋根がなくなるのはその角からで、割れたのは二度とも屋根のない側だった。


「こっち、ミナト氏!」


角の手前で宙が手を振っていた。隣に透がいて、その斜め後ろに雪が立っている。宙と雪の顔を見るのは、湊には久しぶりだった。


「早いな」と透が言った。「十二分前」


「早く着くのはいいことだろ」


「よくない。おれが先に着いてないと、あんたが誰だか説明する時間がなくなる」


宙が「あっ」と言った。透はもう歩き出していた。


店の前に、店主が二人立っていた。片方が商店会の会長だと宙が言った。祭りの案内を配ったとき、雪と宙は事務所で名簿を折らされている。だからこの話は、まず二人のところへ来た。


「見てのとおりでね」と会長が言った。


見てのとおりだった。ガラスがない。枠だけが残っていて、細かい破片が内側へ向かって散っている。隣のシャッターは真ん中が浅く凹み、下の三段が波を打っていた。


「中は」と透が聞いた。


「何も。金も、品物も、一つも減ってない」


湊は割れた窓の内側を見た。破片が敷居の内へ入り込んでいて、その下に白いものが一枚あった。紙だ。角が破片に噛まれていて、上のほうの欄が一つ見えている。宛名の欄らしかった。空だった。


「あれ、拾わないんですか」


「触れないんだよ」会長が言った。「保険の査定が済むまでは、現場に手をつけちゃいけない。触ったら下りないって言われててね。シャッターも下ろしたままにしてある」


湊はもう一度その紙を見た。見ても何もわからなかった。ただ、目を離すのが少し遅れた。


「二回とも、閉めたあとだ」と会長が続けた。「片づけて、電気を落として、それからだよ。この通りは、店じまいの時間がばらばらでね」


「警察は」


「原因不明の破損。それ以上は書けないんだと。……ミラーで探した人が言うには、それらしい動画も上がってるらしいんだが」


「見ました?」と宙が聞いた。


「見たよ。三本見て、三本とも下に『またフェイク』って並んでた」会長は肩をすくめた。「わたしも、そう思ったんだ。見ながら」


隣の店主が口を開いた。五十くらいの、割烹着の女の人だった。


「音がねえ」


「音、っていうのは」透が端末を出した。


「うまく言えないんだけど。バン、じゃないの。バン、なんだけど、そのあと耳が閉じるみたいになって」


「そのとき、誰かと話しました?」


「うちの人が何か言ってた。口が動いてるのは見えたの。でも、何にも」女の人は自分の耳を指した。「三十分くらいかしらね。鳴りっぱなしで。自分の声もね、出てるのか出てないのかわからなくて、それが一番、気持ち悪かった」


透は端末に打ち込む手を止めなかった。時刻と、店の名前と、言われたままの言葉を打っている。湊はその横顔を見ていた。透はこういうとき、要約をしない。


「無音縛りだ」と宙が言った。


「なんだそれ」


「声の使えない戦場ってこと。定番なんだよ。中盤で必ず一回入る」宙は自分で言って、自分で少し黙った。「……いや、笑うとこじゃなくて。こっちが声で連携する前提だと、全部崩れる。そういう話だぞ、これ」


透が一拍おいた。


「それは、そうだな」


雪が、割れた窓の枠に指を伸ばしかけて、途中でやめた。会長が見ていた。


「触らないよ」と雪は言った。「わかってる」


会長は何か言おうとして、やめた。


商店会の事務所は、通りの反対側の、細い階段を上がった二階だった。畳の部屋に長机が二つ並んでいて、片方に、この前の祭りの箱がそのまま積んである。壁に紙が貼ってあった。「原因不明の破損につき、閉店後の立ち入りにご注意ください」。同じ文が、机の上の小さな端末にも表示されていて、そちらは地区の掲示に出したものだと会長が言った。


「紙と、両方出してるんですか」


「両方出さないと、両方から怒られる」


透が長机の端に座って、鞄から紙を出した。藁半紙だった。増刷所で刷ってもらった何かの裏らしく、裏面にうっすら別の版が透けている。


「決めるぞ」と透が言った。「声が通らない前提で、五つ」


「五つ?」


「五つだ。多いと忘れる」


宙が身を乗り出した。「六つにしないか」


「なんで」


「必殺技発動の合図がいる」


「いらない」


「いるだろ! 一番大事だろ!」


「あんたが技を出すとき、こっちに合図する余裕があると思うか」


宙が口を開けて、閉じた。「……ない」


「ないだろ。五つだ」


透はペンのキャップを外して、紙の左端に番号を書きはじめた。書きながら口に出す。書く順番と口の順番が同じだった。


「一、位置。指で床を指す。指した先に何かある、って意味だ。人でも、物でも、穴でも」


「穴?」


「開いてるところ。窓でも、扉でも、抜けられる場所は全部、床を指す」


「二」透は指を折った。「周期。指を折って数える。何かが繰り返してるとき、その間隔を出す」


「それは俺だな」宙が言った。「数えるのは俺だ」


「あんただ。……根拠は」


「ない」


「じゃあ入れとく」透はそのまま書いた。「空欄より、外れた方が直せる」


「三、開けろ。掌を開く」透は右の掌を上へ向けて、指を広げた。「これは、開けろ。扉でも、シャッターでも、鞄でも、開けろだ」


「四、下がれ。手の甲で押す」甲を前へ出して、押すように動かす。「下がれ。どっちへ、は言えない。とにかく今いるところから離れろ」


「五」


透は手を止めた。それから、右手をゆっくり握った。


「止め。握る」


部屋が静かになった。理由は、湊にはわからなかった。ただ、握った手というのは、開いた手より情報が少ない。少ないのに、はっきりしている。


「以上」透は紙をひっくり返して、同じものをもう三枚書いた。書き終えると、一枚ずつ配った。「なくすなよ。なくしたら、おれのを見ろ」


宙は自分の紙を、必殺技リストのメモに重ねて折った。雪は二つに折って、上着の内側に入れた。湊は自分の紙をしばらく見ていた。


「透くん」


「ん」


「三と五、どっちがどっちだっけ」


「開くのが開けろ。握るのが止めだ」


「……逆じゃない?」


「逆じゃない」


「開いたら、止まる感じしない?」


透は湊を見た。それから、ペンを置いた。


「する」と透は言った。「するけど、逆にすると、開けたい場面で止まる」


「あ」


「そういうことだ」


湊は自分の右手を握って、開いて、また握った。三回目でわからなくなった。宙が横で吹き出した。


「ミナト氏、遅くない?」


「遅い」湊は認めた。「昔から遅いんだよ、こういうの」


「じゃあミナト氏は五つも覚えなくていい。五だけ覚えろ。止めだけ」


「それだと止まるだけの人になるだろ」


「止まれるのは強いぞ」宙が真顔で言った。「主人公が最初に覚えるのは、必ず止まる方だ」


透が「出典は」と聞いた。


「ない」


「じゃあ入れとく」


会長が階段を上がってきて、箱の一つを長机へ下ろした。埃が立った。


「これでいいのかな。祭りのときの名簿」


「使えます」透が言った。「区画ごとに並んでますか」


「並んでる。このあいだ、そこの子らに折ってもらったやつだ」


会長が言う「そこの子ら」は、雪と宙のことだった。


「避難って、どうやるんです」湊が聞いた。


「たいそうな話じゃないよ。閉店の時間に、どの店に誰が残ってるか、それだけわかればいい。閉めるのが遅い店が二軒あってね。そこが最後だから、そこに声が届けば、それでだいたい終わる」


透が名簿を開いた。「その二軒、どこですか」


会長が指した。二つとも、割れた店だった。


湊はそれを見て、何か言おうとして、言う言葉が出てこなかった。


雪が箱から紙束を出して、折りはじめていた。誰も頼んでいなかった。


半分に折って、一度開く。折り目に合わせて、もう一度。角を合わせるとき、親指の腹で二度こする。二度目はこするというより、なでるのに近い。


透が、それを見た。


湊も見ていた。透が何か言うと思った。透は言わなかった。ペンを持ち直して、名簿の余白に区画の番号を書き足しはじめた。


雪の手は止まらなかった。折り終えた分を、角を揃えて机の端へ積んでいく。積み方までがきれいだった。


「上手だな」と会長が言った。


「……別に」雪は言った。それから、少し遅れて「借り物じゃないから、雑でもいいのに」と付け足した。


会長は笑った。笑われた意味が、雪にはわかっていないようだった。


七時を回って、四人は通りへ下りた。閉店の遅い二軒はまだ明かりがついている。屋根のない側は、街灯が二本しかなかった。


「通しでやる」と透が言った。「声は使うな。おれが出す。ミナト、あんたは反応だけしろ」


「わかった」


「わかってない顔してる」


「わかってない」


透は少し笑って、通りの真ん中へ出た。宙が反対側の壁際に立ち、雪はシャッターの前にしゃがんだ。


最初は「位置」だった。透が床を指す。宙が指の先を追って、路地の入口を見つけて親指を立てた。二度目は「下がれ」。宙が三歩下がって、下がりすぎて縁石につまずいた。


「下がりすぎだ」と透が言いかけて、口を押さえた。


「今の声だぞ」と宙が言った。


「うるさい」


三度目で、湊の番が来た。


湊は割れた店の前を歩いていた。シャッターの下三段が波を打っていて、その波の一番低いところに、まだ細かいガラスが残っている。湊はそれを見ようとして、少し身を屈めた。窓の内側の、白い紙のことを考えていた。あれは何の紙だろう、と思ったところまでは覚えている。


視界の端で、透の右手が握られた。


湊の足が止まった。


意味は、あとから来た。


止まってから、湊は自分が止まったことに気づいた。何のために止まったのかは、まだわからなかった。屈めた背中を戻して、そこで初めて、足元のガラスが街灯の下で光っているのが見えた。踏むところだった。


透が近づいてきた。声は出さなかった。ただ、握った手をもう一度、湊の目の前で開いてみせた。


「……通った?」と湊が聞いた。


「一回な」


「一回か」


「一回でいい。今日は一回でいい」透は自分の端末を出して、時刻を打ち込んだ。「十九時二十二分。ミナトが止まった。五番」


「それ、記録するんだ」


「する。次に通らなかったとき、今日と何が違うかを比べるから」


湊は握られた手のかたちを思い出していた。指の関節が四つ並んで、内側は見えない。何も持っていないことも、何かを持っていることも、あの形からはわからない。それなのに、体は先に止まった。


「なあ」と湊は言った。「透くん」


「ん」


「今の、俺、なんで止まったんだと思う」


「知るか」透は端末を閉じた。「あんたが決めたんだろ」


「決めてない」


「じゃあ、手が決めたんだよ」


宙が走ってきた。走ってきて、二歩手前で止まって、息を整えてから話しはじめた。


「なあ、いま気づいたんだけど」


「声出てる」と透が言った。


「もう稽古終わってるだろ! ……いや、聞けって。二回とも火曜だ」


湊は顔を上げた。


「先週と、先々週。どっちも火曜の夜」宙は自分の端末を掲げた。掲示の写しが出ている。「で、時間な。街灯が落ちるのがここは十時。二回とも、そのあとだ。それと——」


「二軒」と透が言った。


「そう!」宙が指を鳴らそうとして失敗した。「閉めるのが遅い二軒。最後にシャッター下ろすのは、二回とも同じ二軒なんだよ。会長が言ってたやつ。それが割れてる」


雪が顔を上げた。


「同じ曜日で、同じ時間帯で、最後に音を立てるのが同じ二軒」宙は言った。「三度目は、必ず来る」


透が息を吐いた。


「それ、物語じゃなくて曜日の話だろ」


「そうだよ」


「そうか」


「そうだよ! 俺だって曜日くらい数えられるんだよ!」


「わかった」透は端末をもう一度開いて、打ち込んだ。「明日だな」


「明日だ」


宙はそこで一度うなずいて、それから、うなずき足りなかったみたいにもう一度うなずいた。


「三度目がいちばんでかいぞ」


誰も何も言わなかった。雪は立ち上がって、上着の内側の紙が落ちていないかを確かめた。透は名簿を鞄へ入れた。


湊は、握った手をまだ開いていなかった。


(ep061 了)


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