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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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目方

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 三件目を先に見つけたのは、やっぱり透だった。


「候補、一件に絞れた」縁石で、透は端末を全員に向けた。「一件目と二件目、地図に置くと同じ再開発の区割りの内側にある。区割りの図面も公開だ。で、その内側で条件が三つ揃う建物を探す。解体か立ち退きで揉めてる。書類が長引いてる。まだ人が住んでる。——区割りの中では、ここ一軒だけだ」


 画面には、古い商店ビルの写真があった。三階建て。一階が煙草屋と金物屋、二階から上が住居。立ち退きの話が二年こじれている、と近隣の掲示板に書かれていた。書き込みの半分は住民への同情で、半分は「早くどかせ」だった。


「一件目も二件目も、無人の建物だった。脅しの順番としては、次は音が大きいやつだ。人が住んでるビルが軋めば、住んでる方から音を上げる」


「……警察は」と湊は言った。


「匿名の情報提供は、送った。並びの分だけ」透は端末を伏せた。「けど、向こうにあるのは『潰れ方が変な事故が二件』だ。三件目がどこかまでは、並べてない。並べたら、なんでおまえが知ってる、になる」


「じゃ、俺たちが張るしかねえじゃん」宙が言った。言ってから、自分の言葉に自分で少し青くなった。「……張るのか。犯人がいるかもしれないとこに」


「張るのは建物じゃなくて、人だよ」と雪が言った。「住んでる人。何かあったら、先に外へ出す。それなら、いつもやってることと同じ」


 いつもやってること、の中身が普通の高校生と大きくずれていることには、誰も触れなかった。役は前と同じに割れた。雪は住民の側。宙は目と声。透は記録と、もう一つ。湊は、全部のあいだ。


---


 夕方の商店ビルは、営業していた。


 煙草屋の軒先には自販機が二台。金物屋は店じまいの途中で、バケツと物干し竿が歩道に並んでいる。二階の窓には洗濯物。住んでいる、という事実が、建物のあちこちから生活の音で漏れていた。


 雪は夕方のうちに煙草屋へ入って、店番の老婦人と三十分話して出てきた。何を話したのかは言わなかったが、「二階は三世帯。足の悪い人が一人。非常階段は裏」とだけ報告した。話の中身より必要なものだけ持って帰るのは、雪の昔からのやり方だ。


 待つ時間は、長かった。


 湊は歩道の先の側溝を、通行人の顔をして二度往復した。蓋のひとつが、点検の古い印のところで浮きやすくなっている。工具なしで、持ち上げれば外れる。確かめてから、蓋は元どおりに踏み固めておいた。歩く人が転ぶ仕掛けを、置いたままにはできない。使うなら、外すのは使う直前——それでいい場所であることだけを、確かめた。透は隣の解体現場の囲いを一周して、「防塵幕の留め具、三つのうち二つは手で外れる。散水栓は生きてる」とだけ通話に残した。判断はまだ誰もしていない。できることの在庫だけが、静かに増えていった。


 宙は待つのが下手だった。「なあ、こういうとき、主人公側って先に口上を言うべきだと思う?」「言わない」「だよな。言わないよな。……緊張してきた」


「知ってる」と透が返した。それだけで、その話は終わった。


 男が現れたのは、日が落ちてからだった。


 作業着風の上下。工具袋。歩き方は普通で、立ち止まり方だけが普通ではなかった。ビルの向かいの、街灯の少し外に立って、動かない。


 湊には、分かった。水位の形が、あの日の背中と同じだった。熱くも焦ってもいない、仕事の形。ただし今日はまだ、畳まれていない。これから、始める形だ。


「来た」と湊は言った。「あの人だ。前の現場にいた」


「顔、初めて見たのにか」


「顔じゃなくて——」言葉が遅れた。遅れたまま、言い換えた。「中身が、同じなんだ」


 透が息を短く吐いて、端末に時刻を打った。「通報はおれがする。『不審者が解体現場のない建物を長時間注視してる』。これなら並べた説明が要らない」


 男は、ビルを見ていた。ただ見ているのではなかった。視線が一点に据わって、数えるような間がある。据わった視線の先で、金物屋の庇が、誰も触っていないのに、みし、と鳴った。


 庇の陰から、砂埃がひとすじ落ちた。


「——始まってる」


 雪が先に動いた。煙草屋の引き戸を開けて、老婦人に何かを言う。言い終わる前に、ビルの崩落検知が反応して、一階の自動シャッターが警告音とともに降り始めた。古いビルに後付けされた、いちばん新しい設備だけが仕事をしていた。


「二階、降ろす。手伝って」雪の声に、宙が飛んだ。「非常階段、こっち! 足の悪い人が先! 順番、俺が呼ぶ!」


 足の悪い人は、二階の奥の男性だった。雪は先に降りず、階段の下側に体を入れて、一段ずつ、相手の踏む段を先に踏んで見せた。「ここ。次、ここ。急がない。建物より、足の方が大事」建物が軋んでいる最中に言う台詞ではなかったが、言われた男性の呼吸は、その一言で数えられる速さに戻った。


 男が、一度こちらを見た。


 見て、何もしなかった。湊たちを見て、水位がまるで動かなかった。石を見たのと同じ扱いだった。男の視線はすぐビルへ戻り、また据わった。庇が、さっきより深く鳴った。


 怖い、と湊は思った。無視されたことが、ではない。人が住んでいる建物を数秒見つめるだけの仕事を、この人が仕事として畳んでいく、その手際がだ。


「規則、見えた」宙の声が耳元に来た。張り込みの間に組んだ、短い通話の線だ。「あの人、一度に一箇所しか鳴らせてない。場所を替えるとき、必ず視線を外して、掛け直す。掛け直しの前に、首を振る。右に、小さく。吸って、据えて、鳴る——呼吸で三つだ」


「……確かか」


「三回、瞬間だけ引き延ばして見た。三回とも同じ」珍しく、物語の言葉がひとつもなかった。数字と順番だけ。そのかわり、通話越しでも分かるくらい、声の底が重かった。目を使いすぎた夜みたいな消耗が、沈んでいる。「悪い、これ、連発はきかない。次に見るのは、決めの一回にする」


「充分だ」透が引き取った。「掛け直しの間が呼吸三つなら、九十秒あればおれは裏へ回れる。——回る」


「待て、透——」


「解体屋の癖で、防塵幕と散水は現場に残ってる。隣の足場のやつを借りる」透の声は、もう移動の息になっていた。「おれのことは、あの人、九十秒で忘れる。便利だろ、忘れられ屋」


 冗談の形をした報告だった。冗談の形にしないと言えないことを、透はいつも冗談の形で言う。


 男が、二度目の掛け直しをした。首が右に小さく振れる。視線がビルの別の柱へ据わり、呼吸が三つ。今度は柱が、低い音で軋んだ。二階の窓の洗濯物が、音に驚いた住民の手で引っ込む。非常階段を、雪と宙が最後の一世帯を連れて降りてくる。


「全員、外」雪の声が通話に載った。「建物、空です」


 空です、の言い方が救急の無線みたいで、載った瞬間、湊の頭が一段冷えた。建物は空。なら、あとは建物の勝負だ。


 三度目の掛け直し。


「首、振った。据える前——今!」


 宙の、決めの一回だった。合図と同時に、二つのことが起きた。


 隣の解体現場の足場から、防塵幕がひと張り、留め具を外されて落ちた。落ちた幕は男とビルの間に壁になって垂れ、同時に、現場の散水栓が開いて、霧状の水が幕ごと歩道を白く煙らせた。据わりかけた視線が、物理的に、切れた。


 そしてもう一つ。男の足元で、湊が側溝の蓋を引き抜いた。


 夕方に確かめておいた、浮きやすい蓋だ。蓋の抜けた溝と、水を吸った養生板の上で、男の靴が滑った。両足が、揃って地面を失う。


 効いたのは、たぶん、転んだことそのものではなかった。


 男は膝から崩れて、崩れたまま、立てなかった。両手を地面について、首をゆっくり振る。さっきまでの小さな振り方ではなく、船を降りた人みたいな、大きく世界がずれている振り方だった。据わるはずの視線が、据わる先を探して滑り続けている。積んできたものが、足場を失った瞬間に、全部利子をつけて返ってきた——そう見えた。


 軋んでいたビルは、静かになっていた。


「……ガキが」男は地面を見たまま言った。「軽く見やがって。どいつもこいつも、俺を——」


 言葉の先は、サイレンに掻き消えた。透の通報が、ちゃんと仕事をしていた。


---


 警察が男を連れて行くまで、湊たちは「通りがかりに避難を手伝った学生」だった。半分は本当なので、話は難しくなかった。


 男の工具袋から端末が見つかったとき、若い警官がそれを証拠袋に入れるのを、透はじっと見ていた。見ていただけで、手は出さなかった。


「見たかった?」と湊は小声で聞いた。


「見たかった」透は正直だった。「誰の注文か、あれに入ってる。……けど、写した瞬間に、おれたちは『それを持ってる誰か』になる。持ってるやつのとこには、取りに来るやつが来る。——現物ごと、警察でいい」


 連行の間際、男が一度だけ喚いた。依頼主を吐けと言われたと思ったらしい。知らねえよ、と男は言った。「顔も名前も知らねえ。金の入る口座と、仕事の書式が届くだけだ。書式どおりにやりゃ、次が来る。それだけだ」


 口座と、書式。透が口の中で繰り返したのが、湊には聞こえた。端末には触らないまま、その八文字だけを、透は自分の記録に持って帰った。


 帰り支度の途中で、湊は透に言った。


「さっきの。忘れられ屋、って言ったろ」


「言った。事実だし」


「事実の方はいい。……今日のは、便利、じゃなくて」言葉が、また少し遅れた。遅れた分だけ、短くなった。「助かった、だから。そう記録しとけよ」


 透は返事をしなかった。しなかったが、端末に何かを一行打って、画面をこちらに見せないまま仕舞った。見せないなら、それでよかった。


 シャッターの警告音が止まって、煙草屋の灯りが点き直した。


 老婦人が出てきて、雪の前に立った。雪が身構える間もなく、深く、頭を下げた。それから顔を上げて、店の冷蔵庫から瓶のラムネを人数分持ってきて、一本ずつ配った。配り終えてから、もう一度お辞儀をした。


「ビー玉、押せる?」と宙が雪に聞き、雪が無言で一発で押し、宙が三回失敗して手を濡らした。透が笑って、湊も笑った。笑いながら飲んだラムネは、炭酸が濃くて、喉の奥で少し痛かった。


 誰も欠けていない。建物も立っている。住民は今夜も自分の部屋で寝る。


 勝った、と言えるものが、今日はちゃんとここにあった。


 湊は夜の記録に、短く書いた。


 【止めた。全員無事。建物無事】


 【口座と、書式。=誰かは、まだ】


 二行目の続きは、埋まらないまま残した。埋まらない行の残し方なら、もう慣れている。


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【観察記録 ——相良慧】


夕刻、市街で崩落未遂。関係者に負傷なし。実行者とみられる人物は、その場で確保された。


経緯の控えは別紙に取りました。この頁には、一行でいいと思っています。


止めた、とだけ書きます。今日の頁は、それで足ります。


(ep044 了)


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