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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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相席

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【観察記録 ——相良慧】


月曜。返事が来ました。


条件を受けます、とありました。それから、書き足しの依頼がひとつ。「僕について書いたものを、僕がいつでも読めること」。読まれる側が読む側にもなる、という条件です。わたしの文書に、いちばん欠けていた行だと思いました。その場で書き足して、控えに日付を入れました。


会う日は、今日です。時間と場所は、先方の指定に従います。


---


 月曜の昼休み、栞に聞かれた。


「今週、また忙しいの?」


「うん。……用事」


 いつもなら、曜日と場所くらいは言う。言って、栞が「じゃあ火曜は空いてるんだ」と先回りして、それで会話が成立する。今日は、用事、で止めた。止めた理由は、言わなかった。言えるほど、自分の中で形になっていなかった。ただ、この前の、予定を変えた後の栞の先回りが、頭のどこかに引っかかったままで、引っかかったものを抱えたまま、いつもの粒度で話す気になれなかった。


 栞は「そう」と言って、購買のパンの袋を開けた。開ける手が、いつもより半拍遅かった気がした。気がしただけかもしれない。どっちなのかを確かめる方法を、湊は持っていない。


 持っていないことを、そのままにしておく。今は、それでいい。


---


 放課後の通りは、月曜の音をしていた。惣菜屋の自動音声が夕方の割引を繰り返し、配送ロボットが二台、充電置き場の前で順番を待っていた。


 縁石に、見覚えのある人が立っていた。


 一度しか会っていない。あの夜だ。白衣ではなく、旅の服で、鞄を斜めにかけて、立ち方だけが記録を取る人の立ち方をしていた。


「相良慧です。あの夜に、一度」


「覚えてる」と湊は言った。「覚えてるっていうか——忘れられる方が、難しい夜だったから」


 雪と宙と透も、順に集まった。透は慧を見て、端末を出し、少し前の頁を確かめてから「あんとき居た人」と言った。確かめる動作を、慧は黙って最後まで見ていた。見てから、「その確かめ方に、今日は助けられに来ました」と言った。


 慧の話は、順番が整っていた。自分は人を訪ねて記録を作ってきたこと。訪ねる先の名簿があること。その名簿を、自分に隠れて使っていた人がいたこと。誰なのかは、言わなかった。言わない、という線の引き方が、話の中で一貫していた。


「それで、これからは訪ねる前に、先に知らせることにしました。今日ここへ来たのは、その運用の、外側の一件です。名簿の次の人のところへ、わたしではない誰かが、わたしより先に行くかもしれない」


「……その人、あんたの知り合い?」と宙が言った。「ライバルの登場ってやつ?」


「物語なら、そう呼ぶのかもしれません」慧は考えた。「わたしの頁では、まだ、呼び方が決まっていません」


 次の人、の名前を、慧は紙で見せた。画面ではなく、紙だった。紙は三つ折りで、開いたのは一面だけ。名前と、図書館の名前と、時間。それ以外の面は、折られたままだった。折られたままの面を開かない見せ方に、この人の言う「条件」の意味が、だいたい全部入っている気がした。


 雪は紙を覗き込まず、慧の手元と顔を交互に見ていた。しばらくして、湊に小さく頷いた。何がどう決まったのかは、分からなかった。分からないまま、雪の頷きは通った。いつも通る。


「今日、会います。条件を出して、受けてもらいました。あなたたちに来てほしい理由は、二つ。人手が要るかもしれないこと。それから——確かめたいことが、一つ、あなたにしかないことです」


 慧は湊を見た。


「あの夜、あなたが見たものの話です」


---


 図書館は、閉館の三十分前だった。入口の案内画面が、閉館時刻と明日の開館を交互に表示していた。返却口の機械が、最後の返却を数えて静かになった。奥の書架の照明が、端から一列ずつ落ちていく。窓際の閲覧席だけ、まだ明るかった。


 手袋の人が、座っていた。机の上には、何もなかった。何もない机を挟んで人を待つのは、たぶん、この人の作法だった。


 檜山望、と名乗った。名乗ってから、全員の名前を、一人ずつ確かめて呼んだ。呼び間違いがないかを確かめる呼び方だった。透のときだけ、透が先に「日野透。覚えなくていい、そこの端末が覚えてるから」と言った。望は黙って、「では、端末に、よろしく」と言った。透が笑ったので、たぶんそれが正解だった。


 慧が、条件の紙を机に広げた。書き足された最後の行を、望は指で辿って、頷いた。


「それで」と望は言った。「確かめたいことが、ある方」


 湊は、座り直した。


「あの夜——零号の夜、非常階段の下に、誰かが立ってた。俺はそう覚えてる。先に着いて、待ってたみたいに見えた。でも、あの夜は……いろんなものが、まともに見えてなかった。音も、順番も、あちこち抜けてる。俺の頭が作った影かもしれない。作った影を本物あつかいして、次の場所を決めるのは、嫌なんだ。ずっと、確かめられなかった」


 言いながら、手のひらが汗ばんでいるのが分かった。確かめたい記憶より、確かめてもらう、ということの方に、体が緊張していた。頭の中を人に見せる。書いたものを見せるのとは、違う。何が違うのかは、うまく言えなかった。


 息を一つ入れて、湊は言った。


「——だから、頼みたい。あの夜の、その記憶を、視てほしい」


「それを知って、どうしますか」


 質問は、静かだった。責める調子も、試す調子もなかった。ただ、手順だった。


「次の場所を決める」と湊は言った。「先に着いて待つやつが本当にいるなら、待たれる前提で場所を選ぶ。いないなら、選び方が変わる。……あんたを、待たれる場所に置きたくない」


 望は、湊を見ていた。


「範囲を決めます。その夜の、非常階段が見えていた時間だけ。前後は、視ません。視たものは、あなたと僕の間に置きます。第三者に渡すときは、あなたの許可を、その都度」


「分かった。——それと、ここに居る四人は、俺の側だ。今日視たものは、この場で、この四人までは話していい。それも先に決めておく」


 望は、四人を順に見た。見終わってから、頷いた。


「では、この場に限って。出た先へは、持ち出さない」


「では——手を」


 望は、右の手袋を外した。外すのに、両手で三つの動作が要った。慣れた動作で、慣れているぶんだけ、普段は外さないことが分かった。


 素手が、湊の手の甲に触れた。冷たくはなかった。触れている間、望は目を閉じて、眉のあたりにだけ力が入っていた。二十秒か、三十秒か。時計を見なかったので、正確には分からない。湊の側には、何も流れてこなかった。ただ、手の甲の一点だけが、そこに全部の重さが載っているみたいに、妙にはっきりしていた。


 離すとき、望の指が一度だけ小さく震えて、望はその手をすぐに膝の上へ戻した。戻した手に、また手袋をはめるまで、誰も喋らなかった。はめ終わる三つの動作を、来たときと逆の順で、望は同じ丁寧さでやった。


「見えました」と望は言った。「あなたの記憶の中の、非常階段の下。人影は、あります。輪郭は暗い。ただ、動き方は残っています。……先に着いて、動かずに、出入口を順に見ている動き方です」


「それって——」


「言えるのは、そこまでです」望は手袋の指を、一本ずつ確かめた。「僕が視たのは、あなたの記憶です。あの夜の現実ではありません。あなたが、そういう影を、そう覚えている。確かなのは、それだけです。記憶が正しいかどうかは、僕には分かりません」


 嘘発見器じゃない、と望は言わなかったが、言われたのと同じことだった。湊は、それでいい、と思った。俺の覚えているものが、俺の作り話ではなく、少なくとも俺の中に本当にある。そこが確かめられただけで、足場が一段できた。


「仮説のままでいい」と湊は言った。「先に着いて待つやつが、いるかもしれない。その前提で、待ち合わせを変えよう。……ここじゃなくて、道の見える方に」


 雪が、無言で地図を出した。図書館と、アパートと、間の道。雪の指が、道の見通せる角を二つ、順に押さえた。押さえただけで、説明はしなかった。宙が「見張りと連絡係は俺の得意分野」と言い、透が「おまえ先週それで迷子になっただろ」と言った。宙が反論し、反論の途中で自分でも思い出したらしく、声が小さくなった。透は端末に、今日の分を打ち込んでいた。望の名前の欄を作るとき、透は一度手を止めて、「読み方、これで合ってる?」と画面を向けた。合っていた。合っていることを確かめてから登録する透を、望はじっと見ていた。


 役の割り振りは、十分で終わった。終わってから、望が小さく言った。


「相席が、こんなに多いのは、久しぶりです」


 閉館の音楽が、鳴った。


---


 帰り道、望を送った。アパートは図書館から歩いて十分の、古い三階建てだった。道の途中、望は一度だけ立ち止まって、右手を開いたり閉じたりした。「まだ、少し残ってるんです」と言った。「他人の記憶は、指から抜けるのが遅い」。それ以上は説明しなかったし、誰も聞かなかった。


 建物の前で、湊の足が止まった。


 作業服の二人組が、建物の写真を撮っていた。撮り方が、変だった。壊れた場所を撮るのでも、看板を撮るのでもない。出入口を、正面、裏、非常階段の順に、一枚ずつ。順番に、全部。撮り終えるたび、片方が端末に何かを打ち、もう片方が次の位置へ先に歩いた。歩く先を、相談していなかった。相談しないで分かれる二人組は、初めての場所を歩く二人組ではない。


 二人組は、こちらに気づくと、機材を仕舞って普通の速さで歩き去った。急がなかった。急がないことが、いちばん引っかかった。角を曲がる前に、一度も振り返らなかったことも。


「点検、ですかね」と望が言った。


「かもな」と湊は言った。言いながら、非常階段の下を見ていた。誰も、立っていなかった。まだ、誰も。


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【観察記録 ——続き】


今日の観測は、一件。同席者が多い観測は、記録の形式を少し変える必要があります。誰の発言かを、全部書き分けました。書き分けながら、この頁は、当分わたししか読まないのだったと思い出しました。


読み手が一人でも、書き分けはやめません。読めるように書く、は読む人の数の話ではないからです。


今日の頁は、以上です。


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 その夜、御堂栞は夢を見た。

 手が、頁の上にある。知らない手だ。大人の、筆圧の揃った手。その手が、「死亡」と書く。次の欄だけが、空白のまま残る。音はなく、手は少しも急いでいなかった。

 目が覚めて、栞はスケッチブックを開いた。絵が、二枚並んでいる。三枚目を描いた。手。「死亡」の字。次の欄は、紙の白を鉛筆で細く囲った。囲っただけで、中には何も描かない。描ける物を、持っていない。

 絵の裏に三行。日付。場所——机の上。見えた物を三つ。書く手。「死亡」の字。三つ目で、手が止まり、栞は「空白の欄」と書いた。空白を、見えた物として記録した。書式は、守った。

 スケッチブックは、閉じなかった。開いたままの頁の横で、カーテンの外が白くなるまで、栞は目を開けていた。


(ep039 了)


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