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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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点呼

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【観察記録 ——相良慧】


条件文書の作成を始めました。項目は四つ。記録の範囲、保管の方法、読む人の一覧、やめたくなったときの手順。


書き始めてみると、四つのうち三つは、これまで一度も文章にしたことのないものでした。三ヶ月半、頭の中にはあったのです。頭の中にあることと、文章になっていることの距離を、今日は測りながら書いています。


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 朝の点呼は、七時五十分に始まる。


 直轄になってから、一日は点呼で始まって、点呼で終わる。前の班のときは、終わりの点呼はなかった。始まりのも、あんなに長くなかった。長くなった分、一日のどこにも、呼ばれていない時間がなくなった。なくなったことに気づいたのは、先週、洗面所の鏡の前で、自分の名字を口の中で言ってみたときだ。言ってみた理由は、覚えていない。


「昼食は。水分は。睡眠は——順に答えてください」


「食べます。持ちました。……五時間です」


「六時間を切った理由は」


「……月が、明るかったので」


 楯岡隊長は端末に何かを打った。カーテンの厚いものに替えます、とも、月は仕方ありませんね、とも言わなかった。打たれた何かが、たぶん明日の何かになる。なってから分かる。この隊長になってから、いつもそうだ。


 隣で、新人が背筋を伸ばして順番を待っていた。


「間宮です。昼食、持ちました。水分、規定量です。睡眠、七時間です。——復唱します、本日の行程は」


 復唱が速い。速くて正確で、隊長が頷くと、間宮くんは目に見えてすこし嬉しそうになる。嬉しそうになるのを見るのは、二週間目でもまだ、すこし不思議だった。不思議、の先は考えない。考えても、点呼は八時に終わる。


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 午前は、訓練場だった。


 わたしの訓練は、静止と集中の維持。いつもの。決められた位置で三十分静止し、決められた区画を走査し続ける。終わると、現実の視界が暗く沈む。沈んだ視界が戻るまでの間は、椅子で待つ。待つ時間も訓練のうちです、と前の教官は言った。今の隊長は「回復時間」と呼んで、長さを記録している。呼び方が変わっただけで、待つのは同じだ。間宮くんの方は、制圧の訓練だった。導体の板を敷いた区画に、訓練用の的が三体。間宮くんは板の端に片膝をつき、指先を床に当てた。


 当てた瞬間、わたしのゴーグル越しの視界で、間宮くんが強く光った。


 的が三体、同時に跳ねて、倒れた。焦げた匂いが少しして、換気が自動で強くなった。教官役の隊員が計測の数字を読み上げ、間宮くんは「復唱します」と数字を繰り返した。繰り返しながら、床に当てていた方の手の指先を、もう片方の手で、何度も擦り合わせていた。


 擦り合わせる動作は、点呼のときも、食堂でも、見る。癖なのだと思っていた。訓練のあとがいちばん長い。癖に、長さの種類があることを、わたしは知っている。番号で呼ばれていた頃、爪を見る癖の長い子と短い子がいた。長さは、だいたい、減っていくものの残りの量だった。


 午後の集合前、間宮くんが言った。


「先輩、午後の——あ、任務中は、照射、でしたっけ。すみません。——復唱します、午後の行程は」


 復唱に逃げるのも、癖の仲間だとおもう。おもっただけで、言わなかった。


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 午後の任務は、定期確認だった。


 車で三十分の、白い建物。車は自動で走り、門の前で長い認証があった。門の内側で、配送の無人車が二台、荷下ろしの順番を待っていた。洗剤の箱と、紙おむつの箱が見えた。生活のある建物だ、ということは、荷物の方が先に教えてくれた。


 仕事は、先月以降に確保された対象の、活動兆候の定期確認。わたしの仕事は、指定の位置から指定の区画を走査して、光っていないことを確かめること。光っていなければ、能力の使用はない。使用がなければ、経過は「安定」と記録される。


 案内の職員は、わたしの顔ではなく、首から下げた許可証の方を見て話した。話しやすい人だった。


 走査は、廊下の端からだった。職員が指定の位置に印を示し、「こちらから、この範囲を」と言った。範囲の指定がある走査は、楽だ。範囲の外を見ない練習は、ずっとしてきた。


 ガラスの仕切り越しに、共用の広い部屋が見える。静止して、集中して、走査した。誰も、光っていなかった。残光もない。つまり、この部屋の人たちは、少なくとも数時間、誰も能力を使っていない。安定。記録。それで仕事は終わりだった。


 終わってから、走査の集中を解いた。解いた一瞬に、部屋の中が、普通の見え方に戻った。


 奥の長机に、女の人がいた。


 資料の写真で見た人だった。先月の、炎の対象。確保の経緯は資料で読んだ。わたしは現場にいなかった。いなかったのに、顔は覚えていた。写真で覚えた顔が、写真より少し痩せて、そこにいた。


 洗濯物を、畳んでいた。


 タオルと、シャツと、色の違う靴下。一人のものではなさそうな数だった。畳み方は丁寧で、畳み終えた山を、机の端に几帳面に揃えていた。誰かに頼まれたのか、頼まれていないのかは、見えなかった。部屋の扉が施錠されているかどうかも、この角度からは見えなかった。表情は、遠くて読めなかった。


 生きている。ここにいる。それだけは、分かった。


 それより先が、分からなかった。守られているのか、閉じ込められているのか。治ったのか、治されたのか。畳んでいるのか、畳まされているのか。見れば分かるものだと、わたしはたぶん、どこかで思っていた。見つけたあとの人は、救われた顔か、そうでない顔か、どちらかをしているものだと。


 どちらでもなかった。洗濯物を畳む人の顔をしていた。


 畳み終えた山の、いちばん上の一枚を、その人は途中で崩して、もう一度畳み直した。角が、気に入らなかったらしい。それだけの動作を、わたしはガラス越しに、最後まで見てしまった。見る仕事は終わっていたのに。


 見つけることは、救うことの最初の一歩——と、教わった。最初の一歩の先を、わたしは今日まで、見ないで済んでいた。見ても、分からなかった。分からないままのものを持って帰るのは、初めてだった。


 気づいたら、ゴーグルの縁に、指がかかっていた。


 かかっていることに、あとから気づいた。外さない。走査も、しない。もう一度静止して、集中すれば、あの人が光っているかどうかは分かる。分かるのは、それだけだ。わたしの見えるものは、能力の使用の有無で、聞きたいことの答えは、光らない。


 指を、下ろした。下ろした手袋の甲を、廊下の窓の光が薄く照らしていた。ガラスの向こうで、洗濯物の山がひとつ、机の端に揃って増えた。


 報告書には、指定の区画の走査結果だけを書いた。安定。異常なし。書いてあることは、全部本当だった。書いていないことの置き場所は、報告書のどこにもなかった。


 書き終えた報告書を、送信の前にもう一度読んだ。読み直す必要は、なかった。必要のないことをする時間が、三十秒だけあった。三十秒で、送信した。


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 建物を出るとき、玄関の靴箱の並びが見えた。外履きが、二十足くらい。サイズがばらばらだった。数えたのは癖で、数えて何になるのかは、分からなかった。分からないものが、今日は多い。


 帰りの車で、間宮くんは窓の外を見ながら、指先を擦り合わせていた。


「今日の的、三体同時って、初めてで」と、聞いていないのに言った。「うまくいって、よかったです」


「……そうですか」


「はい。……あの、先輩は、今日の確認って、いつも、どういう」


 言いかけて、間宮くんは自分で止めた。止めて、「すみません。雑談でした」と言った。雑談を切るのが下手な人が、無理に切った切り方だった。切らせたのは、たぶんわたしの返事の短さだ。短くしか、返せなかった。今日は。


 車の中は、それきり静かだった。静かな車内で、わたしは畳み直された洗濯物の角のことを考えないようにして、考えないようにする、が考えていることと同じだと途中で気づいて、窓の外の電線を数えた。電線は、二十七本目で建物に入って見えなくなった。


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 夜の点呼で、装備を返した。


 楯岡隊長は、いつものとおり一点ずつ確かめた。ゴーグルの状態。予備の電池。水筒の残り。確かめ終わって、「以上です」と言った。


 以上です、のあとの、解散までの二秒がある。その二秒で、わたしは言った。


「隊長。——次の新月の夜、休みをください」


 言ってから、静かになった。装備室の空調の音が、急に大きく聞こえた。間宮くんが、装備の棚の向こうで、動きを止めたのが気配で分かった。聞いていないふりの、止まり方だった。


 自分の声が、思ったより普通に出たことに、自分で驚いた。願い事を口に出したのは、いつぶりか、数えられなかった。数えられないのは、たぶん、数えるほどなかったからだ。


 楯岡隊長は、わたしを見た。点検の目だった。点検の目のまま、端末を開いた。


「申請を出してください。様式は送ります。理由の欄は、体調、で構いません」


「……理由は、体調では、ないです」


「知っています」隊長は端末から顔を上げなかった。「欄が、狭いので」


 申請の様式は、その夜のうちに届いた。理由の欄は、確かに狭かった。わたしは「体調」と書かずに、「暗い夜に、休みたいため」と書いた。狭い欄に、ちょうど収まった。収まった文を、送信の前に三回読んだ。三回とも、直すところが見つからなかった。本当のことは、直しようがない。


 送信してから、寮の窓の外を見た。今夜の月は、半分だった。半分でも、明るい。明るさの分だけ、世界はわたしに見えすぎる。窓のガラスに、ゴーグルのない自分の顔がうっすら映っていて、いつ見ても、少し知らない人に見えた。


 新月まで、あと八日。


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【観察記録 ——続き】


追記です。条件文書の下書きが、一枚で収まりませんでした。二枚目に入ったところで、今日はやめました。


読む人の一覧、の項目だけ、まだ空欄です。二行書くだけの欄が、いちばん時間を使っています。時間を使っている理由は、書きません。書かない理由も、書きません。


今日の頁は、以上です。


(ep035 了)


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