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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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31/77

余熱

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【観察記録 ——相良慧】


梅雨に入りました。移動の装備を、雨の仕様に替えています。傘は二本とも健在です。


リストの消化は、次の名前まで進みました。次の方は在宅の見込みが高く、応答の記録も残っています。訪問は数日内。準備は同行者が整えてくれました。整えられた準備は、いつもどおり正確です。正確さについて、近頃のわたしは前より一拍長く考えます。考えるだけで、今日は移動の記録のみです。


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 火事から、三日経った。街は、もう火事のことを話さなくなった。


 話さなくなる速さに、湊は前ほど驚かなくなっている。驚かなくなったことの方に、たまに驚く。


 アーケードは半分だけ営業を再開して、焦げたシャッターには「改装準備中」の紙が貼られた。検索の三頁目より深くへ、記事はもう沈んでいる。沈み方が普通の速さなのかどうか、湊たちには測り方がない。ないなりに、透は毎朝、記事の順位だけ記録していた。


 放課後、湊は雪と、旧市場の近くまで歩いた。用事と呼べるものはなかった。強いて言えば、確かめに行った。何をかは、着くまで自分でも分かっていなかった。


 滞在所の入口は、平常だった。支援物資の受付は縮小されて、貼り紙が「受付は水曜と土曜のみ」に変わっていた。長椅子に年配の人が二人、扇子を使っていた。片方は、あの咳をしていた人だった。膝の上に、畳んだ毛布が載っていた。この時期に使うとは思えなかったが、返しもしないらしかった。


 受付で雪が名乗ると、係の人は少し考えてから、奥から水のペットボトルを一本持ってきた。


「炭谷さんに、って預かってたやつ。渡せないままで。……退所されたの。三日前」


「どちらへ、とかは」


「聞いてないの。急だったから。挨拶はね、してったよ。全員に」係の人は笑った。「最後まで、ああいう人だった。自分の荷物より先に、借りてた毛布、洗って返して。……うちの給湯室の、ポットの水垢まで落としてったのよ。誰も頼んでないのに」


 誰も頼んでいないのに。その言い方を、湊はどこかで聞いた気がした。気がしただけで、どこでかは出てこなかった。


 雪は水を受け取った。受け取って、鞄にしまうまでに、いつもより時間がかかった。


 帰り道、二人ともしばらく黙っていた。口を開いたのは雪だった。


「……あの水、どうしよう」


「持っとけば」と湊は言った。「渡す機会、ないって決まったわけじゃないし」


「賞味期限、二年ある」と雪は言った。ラベルを見てから言ったのではなかった。買ったときから、知っていた言い方だった。


 雪は水を鞄の内側の、いちばん潰れない場所に入れ直して、それきりその話はしなかった。壊れやすい物を運ぶときの入れ方だった。水のボトルは、別に壊れない。夜、湊は自分の記録に短く書いた。


 【炭谷さん=退所(三日前)。行き先=不明。毛布を洗って返してから】


 【俺から人を減らす。理由=不明のまま】


 二行目は、書くのが三度目だった。三度書いても、続きは埋まらない。埋まらない行を消さずに残すのは、雪のやり方であり、いまは俺のやり方でもある。


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 次の日の縁石には、四人いた。


 正確には、三人と、当たり前の顔をした一人。宙はもう、呼ばれてから来る側ではなくなっていた。誰も呼んでいないのに先に着いていて、しかも座る位置が決まりつつあった。縁石の、埋めた跡のふたつ隣。


「見ろよ。作った」


 宙が配ったのは、端末の共有画面だった。【役割表(仮)】とある。透=地図と記録。宙=目と声。雪=判断と回収。ミナト氏=——欄は埋まっていて、「全部のあいだ」と書いてあった。


「なにそれ」


「わかんねえけど、おまえそういう位置だろ」宙は真面目な顔で言った。「あと、チーム名の候補が三つある」


「いらない」と透が即答した。


「聞けよ! 一個目、」


「いらない」


「二回言うなよ! ……三個目だけ言わせろ。な。三個目はいいやつなんだ」


「じゃ三個目だけ」と湊が言うと、宙は咳払いして、口を開き、少しの間そのままでいて、閉じた。


「……忘れた」


 透が地図の画面から顔も上げずに「知ってた」と言った。


 雪が横で、ゼリーの封を切りながら、ほんの少しだけ笑った。声は出ていなかった。出ていなかったが、笑ったのは全員が見た。全員が見たことに、誰も触れなかった。触れたら消えそうだったからだ。


 解散の前に、湊は昨日の二行を三人に見せた。役割表の返礼のつもりだった。見せるかどうかは少し迷った。迷った理由は、二行目が三度目だと知られることだったが、隠す理由としては弱かった。宙が真剣に読んで、言った。


「理由=不明、って書けるの、えらいよな。俺なら適当に埋めちゃう。『俺が主人公だから』とか」


「埋めないのが、いいんだって」と透。「埋めたら、探さなくなる」


「深いこと言うなあ、トオル氏……で、トオル氏ってどっちだっけ」


「地図のほう」透は慣れた声で言った。「三回目な、それ聞くの」


「三回とも初めてなんだよ、こっちは」


 宙の返しに、悪気はひとかけらもなかった。透は地図の画面に戻り、話は次へ流れた。


 探す、の中身を、誰も決めていない。決めていないことも、いまは書いておくだけにした。


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 家では、母さんが夕食を作りながら「最近、友達増えた?」と聞いた。


「……うん」


「そう」


 それだけだった。それだけで済ませてくれることに、湊は皿を並べながら、聞こえない礼を言った。


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 その次の日、学校で、変なことがあった。


 六時間目のあと、湊はまっすぐ帰るつもりだった。つもりだったのを、廊下で気が変わった。図書室に寄ろう、と思った。調べものというほどのものではない。区の古い広報のバックナンバーが図書室にあると、前に透が言っていたのを思い出しただけだ。誰にも言っていない。決めてから、まだ一分も経っていない。


 教室から図書室までは、渡り廊下を一本挟む。歩きながら、湊は今週の授業のことをほとんど覚えていない自分に気づいた。ノートは取ってある。取ってあるのに、中身が頭を素通りしている。素通りの理由を数えると、両手の指で足りなかった。


 図書室の前の廊下で、栞に会った。


 御堂栞は、相変わらず完璧だった。委員の腕章はまっすぐで、抱えた冊子の束は角が揃っている。前に感じた「押し込められた静けさ」は、今日は蓋の下で静かだった。静かであることと、無いことは、別だと知っている。


「あ、相沢くん」栞は足を止めた。止めてから、ほんの一拍おいて、言った。「図書室? いま書架整理中だから、探し物があるなら、先にカウンターで聞くのが早いよ」


「……なんで」


「え?」


「いや……俺が図書室行くって、なんで」


「なんとなく。そっちに向かってたから」栞は少し首をかしげた。かしげ方に、迷いがなかった。「違った? ごめん」


「いや。合ってる。……ありがと」


 栞は会釈して、冊子の束を抱え直して歩いていった。湊は図書室に入り、カウンターで広報の合本を聞き、目当ての年度が貸出中と知って、五分で出た。


 偶然だ。渡り廊下の先は、図書室しかない。そっちへ歩いていれば、図書室だろうと思うくらい、誰でもする。書架整理は図書委員なら知っている。全部、説明がつく。説明のつかないものがあるとすれば、速さだけだ。俺が決めてから、一分。栞が口を開くまでの、一拍。説明がついたので、湊はそれ以上考えなかった。


 考えなかった、というのは正確ではない。考えかけて、考える先が多すぎて、順番を後ろにした。それでも夜の記録には、一行だけ書いた。


 【御堂さん。決めて一分の行き先を、先に言われた(偶然?)】


 疑問符をつけたのは、初めてだった。


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 週の終わり、縁石の解散際だった。


 その日の透は、いつもどおりだった。地図の更新は三件。旧市場のアーケードの消火栓の位置が、更新済みの印つきで増えていた。「もう使わねえと思うけど」と言いながら、消さずに残していた。雪の記録の型と、同じ癖になってきている。誰も指摘しなかった。


 解散の間際、透の端末が短く鳴った。


 透は画面を見た。見て、動かなくなった。動かない時間は、二秒か三秒だった。それから透は画面を伏せ、いつもの倍の速さで言った。


「なんでもない。迷惑メール。——じゃ、おれ、今日こっちだから」


 こっち、はいつもと同じ方向だった。同じ方向を、わざわざ言った。


「今日ありがとな。役割表、笑った。ゼリーごちそうさま。じゃあな」


 礼を、全部言い切った。早口で、別れの挨拶まで全部。言い切ってから、返事を待たずに歩いていった。


 湊は、その背中を見ていた。


 変だ、とは思った。何が変なのかを、言葉にしようとして、いつものように言葉の方が遅れた。透はよく喋る。冗談も言う。でも、別れ際に礼を並べるのは——あれは、透が。


 思い出しかけたものがあった。ずっと前、まだ二人だった頃。毎回これで最後だと思って話す人の、話し方。思い出しかけて、その先が届かなかった。届かないのは、この二ヶ月、透がそういう別れ方をしなくなっていたからだ。しなくなっていたことに、いま初めて気づいた。気づき方が、遅い。


 隣で雪が、透の消えた角を見ていた。宙は自分の端末を見て、「俺宛には、何も来てない」と、聞かれる前に言った。聞かれる前に言うのが、いちばん正確な返事になることを、この数週間で全員が覚えている。


「……なんか、あった」と雪が言った。断定だった。


「うん」と湊は言った。「なんか、あった」


 なにが、は二人とも言えなかった。言えないまま、その日は解散になった。夜の記録に、湊は今週三つ目の埋まらない行を書いた。


 【透くん。礼を全部言ってから帰った。=?】


 疑問符が、二つに増えた週だった。


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【観察記録 ——続き】


追記です。雨の合間に洗濯を済ませ、明後日の訪問の道順を確認しました。


同行者が、訪問先について珍しく感想を言いました。「記録の残っている方は、話が早いですね」。そのとおりです。記録の残っている人は、話が早い。早さの理由を、わたしはこの旅で何度か考えて、まだ答えを持っていません。


今日の頁は、以上です。


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 日付が変わる頃、御堂栞は夢を見た。

 相沢湊が、誰かの胸に手を当てている。いつも一緒にいる、髪の伸びた人だ。その人が、膝から崩れる。湊の顔には、表情がなかった。数秒だけ動いて、切れた。音は、やはりなかった。

 目が覚めて、栞はスケッチブックを開いた。炎の通りの頁が、先にそこにいた。同じ種類の夢だ、と栞は思った。数えるのは得意だ。これで、二つ。

 次の頁に描く。手。胸元。崩れていく膝の、数秒分の動きを一枚に収める線を選ぶ。顔の輪郭までは描いた。目と口の線は、どれを置いても違う気がして、白いまま残した。

 絵の裏に三行。日付。場所——分からない、と書いた。見えた物を三つ。相沢くんの手。崩れる膝。表情のない顔。

 栞はスケッチブックを閉じた。明かりは、消さなかった。


(ep031 了)


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