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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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担い手

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【観察記録 ——相良慧】


一人の観測、二日目です。訪問三件、在宅一件。昨日より要領がよくなりました。よくなってしまうと、それはそれで落ち着きません。


夜、同行者から連絡がありました。「明日の昼に戻ります」と、それだけです。所用が済んだのか、済まなかったのかは、書いてありませんでした。聞かない癖の話は、昨日書いたとおりです。


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 五日、待たなかった。


 火曜の夕方、透からの文が三人の画面に並んだ時点で、雪の中では決まっていた。


【昨日の小火の記事、もう検索の三頁目。区の発表のページ、朝は出火時刻あったのに、今「調査中」に書き換わってる。けが人一名の行も消えた】


【うちらのやつと、同じ消え方してる】


 送り主の【透】の名前を、雪は自分の記録の注記で確かめた。【透=協力者。記録の係。顔は、会うたび覚え直す】。書いてあるのはわたしの字で、書いたときのことは、覚えていない。そういう相手なのだと、そのことごと、記録にしてある。


 湊は少し黙った。黙る理由は、雪にも分かる。三日前、三人とも壁に貼りつけられた。まだ一週間経っていない。約束は雪が言い出したものだ。だから、破るのも雪が言うのが筋だとおもった。


「行く」と雪は打った。「消される前の人に、会えるかもしれない」


 消されたあとの記録なら、わたしたちはもう三つ持っている。事故と、搬送と、アルバム。消される前に会えたことは、一度もない。


 湊の返事は、少し遅れて来た。【わかった。ただし三人で決めた手順で。透は外。宙には目だけ頼む】


 宙の返事は、すぐ来た。【呼ばれた!!】。それから一分後に、もう一通。【場所と時間だけくれ。近づかない。約束する】。二通目の方が、宙の本気だと、雪はもう知っている。


 支度をしながら、雪は順番を並べた。窓口で聞くのは湊。わたしは隣で見る。危ない気配があったら、前に出るのはわたし——の式を組みかけて、途中でやめた。前に出る、を最初から式に入れるのはやめてと、この間、湊に言われた。言われたことは、覚えている。納得したかどうかは、別の欄だった。


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 焼けたアパートは、道の向こうから見るだけにした。


 三階の角の一室だけ、窓の周りが黒い。規制のテープと、原因調査の掲示。ベランダに、干したままだった洗濯物が焦げて残っていて、タオルらしいものが一枚、風で揺れていた。片付ける人が、まだいないのだ。見上げている数十秒の間にも、通りかかった人が二人、歩きながら端末を向けていった。撮られた黒い窓は、今夜も誰かの端末の中に残る。記事が沈んでも、窓は残る。それが良いことなのかどうかは、雪には決められなかった。


 焼け出された人の行き先は、調べるまでもなく公開されていた。区のサイトに、罹災者向けの一時滞在所の開設案内が出ている。歩いて十分の古い公民館で、支援物資の受け付けも同じ入口、とあった。誰がそこにいるかまでは、どこにも書いていない。書いていないから、行って、いれば会える。いなければ、会えない。それだけの話にした。


 差し入れは、水のケースとタオルにした。支援物資の受付は入口の脇で、係の人は名前も聞かずに礼を言った。透は向かいの公園のベンチ。宙は、どこか高いところ。それぞれの位置は、来る途中に決めた。決めごとがあると、足が出る。三日前に覚えたことだった。


 その人は、探すまでもなかった。


 入口の物資置き場で、届いた箱の仕分けを手伝っていた。係のエプロンはつけていない。足元は支給の上履きで、つまり、中の人だ。中の人が、受付の側に立って働いている。前腕に包帯。この時期に、大きすぎるダウンジャケットを羽織っている。箱を持ち上げるたび、袖口が包帯に擦れて、本人はそれに気づいていない。


 自分の扱いが、雑な人だ。


 見分けるのに、雪は三秒も要らなかった。同じものは、鏡で毎日見ている。


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「あ、差し入れですか? ありがとうございます——って、わたしが言うのも変か」


 先に声をかけてきたのは、向こうだった。水のケースを湊の手から半分引き取り、引き取りながらもう喋っていた。「重かったでしょ、ここ坂だし。あ、そこ置いてください。仕分けはわたし——じゃなくて、係の人がやるので」


 けがをした人がいると聞いて、様子だけでもと思って来た、という説明を、湊が引き受けた。全部、嘘ではない。その人——炭谷です、と名乗った——は、目を丸くして聞いて、それから自分を指差した。


「わたしの? お見舞い? ……人違いじゃないかな。わたし、お見舞いに来てもらえるような知り合い、この辺にいないもの」


 人違いではないです、の続きは、入口の脇の共用の長椅子で話すことになった。座る前に、炭谷さんは「寒くない? ここ、扉が開くたび冷えるの」と言って、ダウンジャケットを脱ぎかけた。六月だ。雪は「いい」と、自分でも分かるくらい速く言った。速く言わないと、着せられる。三秒で分かったことの、二つ目だった。


 話している間にも、炭谷さんの目は忙しかった。入口寄りの長椅子で年配の人が咳をすると、話の途中で立って、支給の毛布を一枚持っていった。年配の人は手を振って断った。断られた毛布は、それでも長椅子の端に畳んで、そっと置かれた。「あそこ、扉のたび風が来るから」と、戻ってきた炭谷さんは言い訳のように言った。誰も責めていないのに、言い訳の顔だった。


 炭谷さんは、よく喋った。火事の夜のこと。「原因、まだ分からないんだって。古い建物だから、配線かなあ」——言うとき、一瞬だけ目が泳いだ。夜中に避難した住人たちのこと。「みんな寒かったよね、夜だったし。上着、取りに戻れた人、ほとんどいなくて」。自分の部屋が火元らしいこと。「だから、その、みんなに悪くて。謝ってるんだけど、逆に励まされちゃって。変だよね、わたしがいちばん、なんともないのに」


 前腕の包帯が、袖口からのぞいていた。なんともない、の言い方は、速かった。速い返事を、雪は知っている。自分の口から、何百回も出したことのある速さだった。


「その腕は」と、雪は包帯を見て言った。


「あ、これ? 平気平気。逃げるとき、ちょっと」炭谷さんは袖を引っぱって隠した。隠してから、話を変えた。「そうだ、お茶——は、給湯室か。ちょっと待ってて」


 立ち上がりかけたのを、湊が「おかまいなく」で三回かけて止めた。三回かかった。


 雪は鞄の中の絆創膏の箱に、指をかけた。火傷に絆創膏は、効かない。効かないものを渡すのは、渡すためだけの行為だ。指を、離した。かわりに、来る途中の自販機で買った水を、長椅子の脇に置いた。何も言わずに置いたのに、炭谷さんは目ざとく見つけて、「あ、」と言った。


「……ありがと。もらっていいの?」


「うん」


「じゃあ、半分こしよ。紙コップ、あっちにあるから」


 もらってくれない。三秒で分かったことの、三つ目だった。四つ目が、あるような気がした。それが何なのかは、帰り道になっても、分からないままだった。


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 途中で一度、透からの文が湊の端末に入った。湊は画面を見て、何も言わずにしまった。しまい方で、急ぎではないが、良くもない知らせだと分かった。


 帰り際、炭谷さんは入口の外まで送りに出てきて、その短い間に三回、通りかかった顔見知りに声をかけた。ぜんぶ、この二日でできた顔見知りらしかった。


「そうだ」と、別れの直前に思い出した顔をした。「わたし、しばらくここだけど、そのうち引っ越すかも。区の人がね、専門の相談窓口紹介してくれたの。けがのことも、その、いろいろ、相談できるとこ。明日、行ってみようかなって」


「……相談って、何の」


「うーん、よく分かんないけど」炭谷さんは笑った。「無料なんだって。親切だよね」


 雪は、何か言おうとした。何を言えばいいのかが、見つからなかった。無料は、親切の証拠ではない。それくらいは分かる。分かるだけで、代わりの言葉を、雪はまだ持っていない。行かない方がいい、と言うには、理由が要る。理由を言うには、こちらの事情ごと開けることになる。開けた事情を、会って一時間の人に預けていいのかどうか。式は、そこで止まった。止まった式を抱えたまま、雪は別のことを言った。


「また来る」とだけ、言った。


「ほんと? じゃあ、次はお茶淹れるね。ここ、給湯室あるの」


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 公園のベンチにいた男の子を、雪は知らなかった。湊が「透くん」と呼び、男の子が「日野透。説明は省略で、中身だけ言う」と言った。雪は、注記と目の前の顔を繋いだ。繋いだ先から、また外れていくのだとしても、いまは繋がっている。


 透は、さっきの文の中身を口で言った。


「作業服の二人組、建物の周り、二回。三十分空けて、同じ順番で歩いてた。工事の見回りは、同じ順番では歩かない」


「なんで分かんの、それ」


「おれ、人の歩き方しか見るもんないから」透は冗談の形で言って、冗談の顔をしていなかった。「あと、道の先に停まってる灰色のバン。降りてこない。ずっと」


 宙からも、高いところの報告があった。屋上は退屈だったこと。入口を撮っていく通行人が三人いたこと。それから——「十五時くらいから、向かいの通りに、立ってる人がときどきいる。毎回、別の人。毎回、同じ場所」。


 雪は、三つの報告を自分の画面に書き取った。書き取りながら、滞在所の広間の、毛布を配って回る人のことを考えた。あの建物の周りに、順番で歩く人たちが集まり始めている。中の人は、それを知らない。知らないまま、明日、無料の窓口に行く。


 解散のあと、雪は一人で滞在所へ戻った。水のペットボトルを、もう一本、受付に預けるためだ。渡しそびれた、と言えば預かってもらえる。直接渡すと半分こにされる。


 その帰りだった。


 通りの向かいに、男の人が立っていた。


 若い。背が高い。銀色の髪が、夕方の光で白っぽく見えた。男の人は滞在所の建物を見ていた。見上げるでもなく、覗くでもなく、ただ、建物の全体を確かめる見方だった。立ち位置は電柱の陰で、入口のカメラから、たぶん外れている。


 目が合いそうになる前に、雪は視線を外して、そのまま歩いた。振り返らなかった。角を曲がってから、端末を出して、書いた。


【銀色の髪の、若い男。滞在所を見てた。カメラの外から】


 書き終えて、少しの間、画面を見た。それから、今日の頁の上の方に書いた一行を、読み返した。


【炭谷さん。自分の毛布を人にあげる。もらってくれない。明日、相談窓口】


 急いだ方がいい、と、初めて、理由の分からない急かされ方をした。理由は書かない。書けることだけ、書いた。


---


【観察記録 ——続き】


追記です。明日の昼、同行者が戻ります。


戻る前に、一人の間の観測記録を清書しておくことにしました。二日分で、頁は三枚。要領がよくなった分、記録は薄くなりました。同じ時間、歩いたはずなのですが。


今日の頁は、以上です。


(ep029 了)


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