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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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空白

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 あの避難の夜から、十日になる。


 この十日で、覚えたことがいくつかある。雪の調べものは急がないこと。角では膨らまないこと。透の地図は毎日新しくなること。宙は断っても来ること。どれも、誰かが決めたのではなく、続けているうちに形になった。形になったものには、まだ名前をつけていない。


 夕方の駅前は、その調べものの帰りだった。二つ目の病院の回答が今日届いた。記録は、ありません。三つ目は、まだ。回答の文面は一つ目と同じ形をしていて、同じ形の「ありません」が二つ並ぶと、それは偶然の顔をしなくなった。しなくなった、というだけで、先の言葉を湊は持っていなかった。


「白いの、今日は三台」


 歩道橋から降りてきた宙が、息を整えながら言った。あれから宙は、目の仕事を勝手に続けている。「昨日までは一台だった。あと、工事が増えた」


 耳元で、透の声がした。『地図、送る。……雪んちの方向、学校の方向、五中の方向。三つとも今日からの工事。全部、歩道側』


 湊は送られてきた地図を見た。透が毎日歩いて更新している地図の上に、今日づけの印が三つ。三つの道は、それぞれ別の場所で細くなっていた。囲まれている、とまでは言えない。ただ、三本の道が同じ匂いをしていた。匂いの名前は、わからなかった。


「それと、変なのがもう一個」宙が声を落とした。「ちっちゃい子が、大通りで何回も止まる。信号でもないとこで、ぴたって。歩き出すときは普通。止まるときだけ、変。……止まってる間、あれ、見てる気がする」


「見てるって、何を」


「わかんない。けど、止まった場所から見えるものが、毎回ちゃんとある。バス停とか、駅の出口とか。適当に止まってるんじゃない」


 根拠と呼べるかは、微妙だった。それでも、宙の目は信じると決めてある。二つの交差点で同じだけ待った車を、あの日、湊は一人も見つけられなかった。


 湊は雪を見た。雪は自分の端末を見て、閉じた。


 逃げよう、でもなく、家まで送ってく、でもなく、口から出たのはそれだった。


「雪。どうしたい?」


 雪は湊を見た。少しの間、黙っていた。聞き返されなかったし、条件もつかなかった。それを確かめるような間だった。


「……事故の場所。あそこから、確かめたい」


『そこ、人多いぞ』と透。


「人が多いほうが、消されにくい」


 雪の言い方は、思いつきの速さではなかった。前から画面に書いてあったものを、読み上げる速さだった。


 透は黙った。黙った時間の分だけ、真剣に考えたのだとおもう。『……ルート送る。角ごとに区切る。次の角までしか言わない』


「俺は行かない」宙が言った。早口ではなかった。「行くと、だめなのは、分かった。ここから大通りが見える。あの子が止まったら言う。動いたら言う。それだけやる」


 それだけ、と自分で言うときの宙の顔を、湊は見ないようにした。見ると、何か言いたくなって、言う言葉はまだ持っていなかったからだ。


---


 最初の角で、透が言った。『その先、見えない。カメラの位置が先週と違う。……確かめられる?』


「宙。あの子は」


『動いてる。駅のほうに背中。……今なら、いいとおもう』


 止まっている間は使わない。止まったら、使うのをやめて、透の地図の物陰に入る。決めごとはそれだけで、根拠は宙の目しかなかった。それでも、決めごとがあるのと無いのとでは、足の出方が違った。


 湊は、借りたままの透のそれを、短く使った。


 使うと、世界の側が湊の手を離す。すれ違う人の目が湊の上を滑って、後ろの看板で止まる。工事帯の端に立つ作業服の人の顔も、湊を素通りする。素通りされる、が、こんなに疲れることだと、借りるまで知らなかった。透は、この中で毎日暮らしている。


 素通りされながら角を回り、道の細くなる場所を見て、戻った。


「立ってるのは二人。車は道の反対。……あと、二人とも、通る人の顔だけ見てる」


『おっけー。なら手前を折れる』


 切ると、視線が世界から戻ってくる。戻ってくるまでの半歩が、いちばん心臓に悪い。


 雪は、隠れなかった。透の地図が指定する道を、買い物帰りの人の速さで歩いた。急がない。角では膨らまない。一昨日の雪の歩き方と同じだった。湊が先に角を確かめ、雪が抜ける。その繰り返しで、二つ目の区切りまで進んだ。


『——止まった』


 宙の声で、湊は使いかけたそれを切った。透の地図が言う通り、自販機と壁の隙間に入る。雪は三歩先の店先で、棚の園芸用品を見る人になった。じょうろを手に取って、値段を見て、戻す。手つきに迷いがない。借り物を扱う手つきだからだ、と気づいて、気づいただけにした。


 長かった。自販機の作動音が二回、缶を落とした。実際には一分もなかったのだとおもう。


『動いた。……そっちと逆』


 息を吐いて、続けた。三つ目の区切りの手前で、もう一度だけ使った。使うたび、切れ味のようなものが少し鈍るのが自分でわかった。数を数えておくことにした。三回。今日はもう使わない、と決めて、決めた側から、使う場面が来ないことを祈った。


---


 商店街の入口が見えたとき、通りの端に、白い作業車が二台停まった。


 降りてきた人たちの動きは、工事の動きではなかった。荷を下ろさない。標識を置かない。ただ、立つ場所を決めていく。決め方が速くて、静かだった。


 夕方の商店街は買い物の時間だった。揚げ物の匂いと、店先の呼び込みの自動音声と、特売の読み上げと、人の流れ。惣菜屋の前には列があって、列は白い車に興味を示さなかった。示さないまま、列の何人かが、歩きながら端末だけを車に向けた。


 一人。二人。立ち止まって構える人もいた。撮って、何をするでもなく、また歩く。三人目は自転車を停めてまで撮った。四人目は撮りながら、連れに何か言って笑った。撮ることに、理由がいらなくなっている。あの夜からの十日で、この街が覚えた手つきだった。


 立つ場所を決めていた人たちの動きが、止まった。


 止まって、互いを見ないまま、全員が同じことを確かめたのがわかった。向けられている端末の数を、数えている。


 湊はそのとき、シャッターの下りた店の軒の陰にいた。次の区切りを確かめるつもりで、いちばん近くまで来ていた。だから、聞こえた。作業服の一人の耳元から、押し殺した声が漏れるのが。


『——空白が接触。繰り返す——中止、撤収』


 左手首の痕が、熱かった。


 四月の、あの配達の夜。闇の向こうで誰かが言った言葉を、湊は覚えている。コード、のあとに続いた、あれと同じ言葉。


 俺だ。


 俺のこと、だった。あのときも。今も。


 白い車のドアが、静かに開いた。立つ場所を決めていた人たちが、決めた場所を捨てて、順番に乗り込んでいく。急がない動き方で、けれど確実に、通りから消えていく。誰かの端末が、その一部始終を撮っていた。撮られていることに、彼らは最後まで気づいている様子だった。


 交差点の向こう、白いバンの開いたドアの横で、小柄な人影だけが、一拍、動かなかった。


 中から呼ばれたようだった。もう一拍。


 それから、乗った。


---


 事故の場所には、夕方の残りの光が当たっていた。


 縁石の欠けは、埋めた跡ごと乾いて、周りの古い部分と少しだけ色が違う。三人で埋めた場所だ。あのときは誰も、ここが何の場所なのか、口に出さなかった。


 雪はその前にしゃがんで、埋めた跡に触れた。


「……ここで、わたし、倒れてたんだよね」


「うん」


「起きたら、夜だった。家にいた。どうやって帰ったか、覚えてない」雪は指を折った。ひとつ。ふたつ。何かを数えている。「事故が三時ごろ。家の時計が九時すぎ。……あの日の、わたしの時間、少し欠けてる」


 数え終わるまで、湊は隣で待った。雪の声は平坦で、手は震えていなかった。怖がっていないのか、怖がり方を変えたのか、湊には分からなかった。分からないまま、隣にいた。何か言うべき場面の気がしたし、何も言わないのが正しい気もした。正しい方を選べている自信はなかったが、黙っている方を選んだ。


 雪は端末を出して、短く何かを書いた。書き終えて、画面を閉じて、立ち上がった。


「帰る」


「うん」


「……調べるの、続ける。欠けてる分」


「うん。手伝う」


『おつかれ』と、耳元で透が言った。


『なあ』宙の声が割り込んだ。『終わったっぽい? 俺、なんもしてないのに、めちゃくちゃ疲れたんだけど』


「なんもしてなくない」と湊は言った。それ以上うまく言えなかったので、それだけにした。


---


 雪を送った帰り道、湊は一人で、さっきの言葉を並べ直した。


 空白。


 接触。


 向こうは、俺の名前を知らないはずだ。顔も知らないかもしれない。それでも、呼び方だけは、ずっとある。四月のあの夜から。——いや。


 あの夜には、もう俺を知っていた。


 どこからかは、わからない。わからないことが、初めて、調べることに変わった。


 ふと、顔を上げた。


 通りの先、遠くのビルの縁に、小柄なシルエットがあった。夕方の最後の光を背にして、こちらを向いて、動かない。何かをしている様子は、なかった。


 ただ、見ている。


---


【観察記録 ——続き】


翌日の追記です。集合住宅の管理会社からの回答は、今日も来ていません。


前にいた市街の話を、短い書き込みでいくつか見ました。夕方、工事の作業車が列ごと急にいなくなった、という、それだけの話です。事故の発表はなく、続報もありません。信じるには足りず、疑うには材料が足りない。


先日、栞の代わりに挟んだままにした断片に、今日は暫定の追記だけをします。続きを思い出すのは、やめました。


信じる、の反対語が何なのかは、まだ書けません。書けるのは一つだけです。信じる、と、疑う、は、反対語同士ではないらしい、ということ。どちらも、その先を確かめに行かない点では、同じ姿勢だからです。


続きは空欄のままにして、空欄の隣に、今日できることを書きました。確かめられない話は、日付をつけて、確かめられる日まで置いておく。それだけです。わたしの記録には、このごろ、名前を知らない誰かの痕跡ばかりが増えていきます。


今日の頁は、以上です。


(ep024 了)


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