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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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わたしの記録

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【観察記録 ——相良慧】


移動の記録のみ。北へ二駅。例の集合住宅の管理会社に、在否確認の問い合わせを出しました。回答は後日とのことです。


待つ間、先に次の名前へ向かうことにしました。待つ、が今日の主な作業です。待つ時間の上手な使い方を、わたしはまだ持っていません。同行者は持っているようで、乗り換えの間に三つの用事を済ませていました。


---


 朝、雪は昨日と同じ服を着た。


 選ばなかったのではない。二枚を前に三十秒立って、決まらなかったので、昨日の側にした。服はどちらでも同じに機能する。同じに機能するものを選ぶ時間は、無駄だとおもう。


 端末が短く鳴った。三人の連絡の画面に、四人目が入ってきていた。


【ヤシロ・ヒロ: 今日って例の調べものの日? イベント発生の匂いがする。俺も行く】


【透: 部外者】


【ヤシロ・ヒロ: ひどい! てか誰? トオル氏って】


【湊: ごめん。今日は、こっちだけで】


【ヤシロ・ヒロ: ……主人公は、断られてからが本番なんだよな】


 それきり、四人目は黙った。雪は画面を閉じて、鞄に折り畳みの傘と、絆創膏の箱を入れた。絆創膏は自分用ではない。自分に使ったことは、一度もない。


 駅前で湊と落ち合った。透は来ない。来ないことは昨日のうちに決まっていた。「おれは店で端末。そっちのが向いてる」と、それだけだった。道案内をするとも、しないとも、透は言わなかった。雪はそれについて何も言わなかった。言わないことの中身までは、考えなかった。


 電車の中で、雪は今日の順番を頭の中で並べた。


 窓口で聞くのは、わたし。わたしの件だから、が表の理由で、裏の理由は別にある。もし今日の調べものが誰かの気に障る種類のものだったとき、障った先に立っているのは、わたしがいい。わたしは治る。湊は治らない。透も治らない。だから、前に立つのはわたし。損の割り当ての問題で、これは一番安い並べ方だ。


 式は、合っている。合っているはずのこの式を人に見せると、たいてい嫌な顔をされる。どこが間違っているのかは、考えたことがある。途中でやめた。途中でやめたことも、覚えている。


「着くよ」と湊が言った。


「うん」


---


 事故の現場から一番近い救急指定の病院は、川沿いの大きな建物だった。


 受付は明るく、床に色つきの光の線が流れて、初診はこちら、と誘導していた。窓口の手前には応対の機械が立っていて、雪の用件を三択で聞いた。三択のどれでもなかったので、係の人へ回された。


「四月十六日に、配送車の事故がありました。第五中の近くの交差点です」雪は言った。「その日、わたしが、こちらに運ばれていないか知りたいです。本人です」


 係の人は身分証を確かめ、端末を操作し、少し首をかしげ、もう一度操作した。


「……四月十六日の、その時間帯の救急搬送の記録は、ありません」


「外来は」


「外来の受診記録も、ありません。当院には、その日のあなたの記録は何もありません」


 係の人は申し訳なさそうに、他院の可能性を三つ挙げた。調べ方も教えてくれた。親切だった。雪は礼を言って窓口を離れた。


 ロビーの椅子で、透からの短い文が届いた。【圏内の救急指定はそこ入れて三つ。あと二つは搬送距離的にほぼ無い。一応住所送る】。湊が残りの二つに、その場で照会の申し込みを入れた。回答は数日かかるという。


「……ない、って」湊が言った。言ってから、続きを探して、見つからない顔をした。「区のページは、事故はあったって言ってて。でも、けが人はいなくて。病院にも、いなくて」


「うん」


「雪は、いたのに」


「いたよ」雪は自分の手のひらを見た。あの日、わたしは血を流した。流したことは、わたしが覚えている。ほかの誰も覚えていなくていい、とおもっていた。覚えていなくていいことと、最初からなかったことは、違う。「記録の上では、わたしは、けがをしてない」


 湊は何か言いかけて、やめて、「次、行こう」と言った。


 帰りの受付で、応対の機械が「お大事にしてください」と言った。どこも悪くない来院者への定型文を、機械はまだ持っていないらしかった。


---


 駅へ戻る道の途中で、後ろから足音が追いついてきた。


「ミナト氏、ユキ氏」


 宙だった。息を切らして、けれど声だけは潜めて、二人の横に並んだ。断られたはずの四人目が、なぜここにいるのかの説明はなかった。代わりに、別のことを言った。


「あの車。白いやつ。さっきの交差点で、俺たちと同じだけ待った」


「……信号でしょ」と湊。


「その前の交差点でも、同じだけ待った。俺、ずっと後ろ歩いてたから、二回とも見てた」宙の声から、いつもの飾りが抜けていた。「偶然なら、それでいい。けど、二回は、覚えとく数だとおもう」


 雪は振り返らなかった。振り返る代わりに、道の先の商店街の入口を見た。夕方の買い物の時間で、人の流れが濃い。


「走らない」雪は言った。「走ると、覚えられる」


 三人は歩く速さのまま商店街に入った。雪が先に立った。バスの降車の人の塊に合わせて横断し、青果の店の軒先を回り、日用品の店を表から入って裏の通路から出た。壊れやすい荷物を運ぶときの動き方と同じだ、と雪はおもった。急がない。角では膨らまない。人の流れの、いちばん密なところを選んで、その一部になる。


 裏の通路を出るとき、雪は軒のトタンの端で手の甲を擦った。浅い。血は、にじむだけ。雪は袖を下ろして覆った。


「大丈夫?」と湊。


「別に、いい」


 返事は、自分でも分かるくらい速かった。


---


 裏通りの先、駅へ抜ける最後の路地の出口に、人が立っていた。


 立ち方が、待ち合わせの立ち方ではなかった。壁を背にして、出てくる人の顔だけを順に見ている。その顔が、こちらへ回り始めた。


 雪がそれを判断するより先に、隣の宙が動いた。雪の前へ、身体ごと割り込もうとしたのだとおもう。見えているのだ、たぶん、わたしよりずっと細かく、ずっとゆっくり。なのに足だけが遅れて、つま先が路面の段に引っかかり、宙は積んであった空き箱の山に肩から突っ込みかけて、寸前で壁に手をついた。音は、出なかった。出なかったのは運だった。


 雪は宙の袖を引いた。


 右へ。ぐずる子どもを連れた家族の後ろへ。家族連れは路地を出ずに手前の甘味の店へ折れ、雪たちもその角を折れた。店の中を抜け、別の道から駅へ出た。出てから、誰も追ってこないことを、宙が確かめた。確かめられるのは宙だけだった。


 ホームのベンチに座ってから、宙は初めて口を開いた。


「……見えてるのに、だめなんだな。俺」


 湊が何か言おうとした。雪の方が先だった。


「あなたは、どうしたいの」


 宙が顔を上げた。早口が出かかって、止まった。口が二度、動いて、声にならなかった。


「……間に合う側に、なりたい」


 それだけだった。出典もなく、技名もなかった。


 雪は頷いた。頷いただけで、何も足さなかった。湊が端末を出して、短く打った。少しして、透から返事が来た。


【目だけは、いい】


【ヤシロ・ヒロ: !! 認められた! ……このトオル氏ってどの人?】


【透: どうせ忘れるって】


【ヤシロ・ヒロ: 俺は仲間の顔は忘れない主義なんだよなー】


 宙は自分の端末に何か長く打ちかけて、やめて、短くしたようだった。雪の位置からは見えなかったし、見ようともしなかった。


---


 帰りの電車で、雪は袖を上げた。


 手の甲の擦り傷は、まだあった。にじんだ血は乾いて、細い線になっている。雪は窓の上の時計を見た。擦ったのは、たぶん五時前。いま五時十分。


 あの避難の夜にも、同じような傷を作った。仮囲いの手前で、手のひらが破れた。あのときの傷は、二時間で消えた。消えたことに気づいたとき、時間を見た。なぜ見たのかは、自分でも分からない。長いとも短いともおもわなかった。比べるものが、なかったからだ。


 いまは、ある。


 雪は端末を出して、誰にも同期していない画面に、短く書いた。透たちの調べ方の真似だ。日付。場所。事実だけ。


【四月十六日の事故=記録では、けが人なし。搬送なし。受診なし】


【今日=白い車、二回。路地の出口に一人。撒いた】


 書き終えて、手の甲を見た。線が、薄くなり始めている。雪は時計と傷とを交互に見ながら、駅を三つ数えた。四つ目の駅で、線は消えた。指でなぞっても、何もない。つるりとした、傷ひとつない肌があるだけだった。


 五時四十分。一時間、かかっていない。


 治り切った瞬間、耳の奥で、ごく小さく、何かが鳴った気がした。気のせいにできる大きさだった。雪は気のせいにして、画面に戻り、最後の一行を足した。


【擦り傷、消えるまで=一時間弱。避難の夜は二時間】


 書いてから、その二つの数字を、しばらく見た。


 治る速さが、上がってきてる。


 いいことなのか、わるいことなのか、雪には決められなかった。決められないまま、画面を閉じた。


 隣で湊が「大丈夫?」と、今日二度目の同じ質問をした。


「別に、いい」と、雪は今日二度目の同じ返事をした。一度目より、すこし遅かった。遅れた分の意味は、考えなかった。


---


 夜、部屋の電気を消してから、雪はカーテンの隙間に気づいた。


 閉め直そうとして、窓の外が目に入った。


 通りの向かい、街灯の下に、小柄な人影が立っていた。子どもに見えた。知らない子だ。待ち合わせの立ち方ではなかった。夕方の路地の人とも、立ち方が違う。あれは顔を順に見ていた。この子は、順に見ない。ただ、まっすぐ、こちらの建物を見ている。動かない。


 雪はカーテンを閉めた。


 端末を開いて、今日の記録の下に、一行足した。


【夜。街灯の下に、知らない子。立っているだけ】


 書いてから、布団に入った。手の甲を、もう一度なぞった。何もなかった。


---


【観察記録 ——続き】


追記。今日は、調査と関係のない記録をひとつ。


三ヶ月歩いて、靴の底が片側だけ減っていました。歩き方の癖だそうです。同行者が修理の店を探してくれて、預けている一時間、駅の椅子で父のノートを読み返しました。新しい発見は、ありません。靴は、明日の昼に受け取ります。


今日の頁は、以上です。


(ep023 了)


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