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AIが全部の正解を先に出す2049年、わかり合った相手の超能力が写る。記憶も痛みも一緒にー人間未解ー  作者: 猫間じん


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対案

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【観察記録 ——相良慧】


祈りと計画の違いについて、考えています。


どちらも「まだ来ていない未来」に向けられた行為です。違いは、経路を書くかどうかでしょう。計画は現在から未来までの経路を書く。祈りは経路を書かず、結果だけを願う。だから計画は反証できて、祈りは反証できません。


反証できないものは、科学の言葉では扱えない——と、父の本にはありました。では、経路を書けない願いを抱えた人間は、どうすればいいのでしょう。


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 局への召還状は、いつも通り一行だった。


 篠田要は約束の十分前に着き、案内された最上階の会議室で、五分待った。窓のない部屋だった。長い机、水差し、そして上座の席の前にだけ、紙の資料が積まれている。


 画面ではなく、紙。この局で紙を使う人間は、一人しかいない。


 局長・氷室統は、時間ちょうどに入ってきた。白髪を短く刈った、静かな男だった。要は立って一礼し、着席を促されてから座った。統と直接向き合うのは、これが初めてだ。灰番の実務者が局長室に呼ばれる理由を、要は道中ずっと数えてきた。数えた理由のどれであっても、いい話ではなかった。


「篠田君。収容中の凍結事案の男についての具申を読んだ」


 統は紙の資料をめくった。指の動きに無駄がない。


「尋問の延期を、君は三度求めている。理由欄には『対象の状態悪化』と」


「はい。収容時点で数値は限界域でした。負荷をかければ、聴取できる状態そのものが失われます」


「医務の報告と一致する。具申は妥当だ」統はあっさり言った。「延期を承認する。ただし、君を呼んだのはその件ではない」


 統は資料の束から一冊を抜き、机の上を滑らせた。


 黒い表紙。分類票。開くと、一頁目に「対象再認定通知」とあり、コードが並んでいた。


 ——空白。


「規格外個体だ。回収班の報告では、認識系のマーカー対象の少年と行動を共にし、加えて再生系の対象とも接触している。個体はその少年の能力と同型の事象を再現した。コピーだよ、篠田君。系統の複製だ。理論上、想定されていなかった」


「……確保、ですか」


「捕獲作戦を立てる。君には目撃系統の整理と、事後の周辺処理の計画を出してもらう。従来の回収とは規模が違う。市街地で、対象は未成年で、失敗すれば目撃の量は君の班の処理能力を超える」


「超える、と断定なさる根拠を伺えますか」


「凍結事案だ」統は数字を読み上げた。「あの晩の一次目撃は五名。処理は完了した。二次拡散——映像・伝聞・投稿は、初動の七十二時間で一次の四十倍に達した。君の班が消せるのは一次だけだ。二次は汚染で薄めるしかない。薄めるほど、都市伝説は濃くなる」統は資料から顔を上げた。「隠蔽は、もう勘定が合わなくなり始めている。私は勘定の合わない作戦を、勘定が合わないと知りながら承認する立場だ。せめて一次目撃の設計だけでも、最初から最小にしたい」


 数字で話す人だ、と要は思った。そして数字の終わりに、必ず自分の責任の置き場を言い添える人だ。上に立つ人間の話し方として、それは誠実の部類だった。誠実であることと、正しいことは、別の勘定だとしても。


 要は書類をめくった。手が、二頁目で止まった。


 添付資料の隅に、古い写真が刷り込まれていた。施設の記録写真らしい、画質の粗い一枚。白い部屋、寝台、点滴の管。幼い子どもが、こちらを見ずに座っている。【被験体記録・断片/欠損データ復元】と注記があった。


 見覚え、というほどのものではなかった。ただ、要の目は理由なくその写真の上で止まり、理由なく、自宅の廊下に貼ってある芽衣の保育園の写真を思い出した。関係のない連想だった。関係がない、と自分に言うために、一秒かかった。


 一秒は、この仕事では長い。要は眼鏡を外し、拭いた。拭く必要はなかった。手が勝手に、いつもの手順で時間を埋めた。写真の子どもの顔は、粗い画素の中で誰の顔でもなかった。誰の顔でもないものに、何かを視るのは、疲れている証拠だ。そういうことにして、頁をめくった。めくった後も、指の腹に頁の感触だけが残った。


「篠田君?」


「……失礼しました。この被験体記録は、今回の対象の?」


「照合中だ。欠損が多くてね。古い実験系のデータは、統合のときにずいぶん失われた」統は初めて、わずかに疲れた声を出した。「残っていれば、確かめられることも多かったのだが」


---


「作戦には、探知を投入する」


 統は立ち上がり、会議室の奥の内窓へ歩いた。曇りガラスの向こうは隣の準備室で、灯りがついていた。


 ガラス越しに、小さな影が見えた。


 子ども——いや、少女だ。小柄で、直毛の短髪で、目のあたりに何か、ゴーグルのようなものを着けている。少女は身じろぎもせず、部屋の隅の椅子に座っていた。待機、という言葉の見本みたいな座り方だった。足音の想像がつかない、と要は思った。理由はわからないが、そう思った。


「探知担当だ。詳細は作戦当日に共有する」


 統の靴音が内窓に近づいたとき、曇りガラスの向こうで、少女の頭がゆっくりとこちら側——会議室の方——を向いた。


 音に反応しただけだ。それだけのはずだった。ただ、その首の動きには、驚きも好奇心もなかった。物音の数と方向を数え終えた、という動きだった。ゴーグルが灯りを鈍く照り返す。数秒。少女は興味を失ったように前へ向き直り、また待機の姿勢に戻った。


 要は、自分が息を浅くしていたことに気づいた。この仕事に就いてから、要はずっと「見る側」だった。消す側で、記録する側で、数える側だった。曇りガラス一枚の向こうの気配に、こちらを数えられることが、こんなに座りの悪いものだとは、知らなかった。


「……お若いように見えますが」


「十七だ」


 統は短く言った。言い訳も、説明も、足さなかった。足さない、ということをどう受け取ればいいのか、要はすぐには決められなかった。決められないまま、十七、という数字だけが、胸の帳簿のどこに書けばいいのか分からない位置に残った。


「作戦は近く下令する。計画案を三日で」


「一点だけ、確認します」要は言った。「命令の根拠を確認します。従うかどうかは、その後です。——対象は未成年の学生です。捕獲後の処遇は」


「保護観察下での検査、と資料には書く」統は要を見た。「君が聞いているのは、そういうことではないな」


「はい」


 沈黙が、水差しの水面みたいに動かなかった。


「私とて、市街で子どもを追う作戦を組みたくはない」統は静かに言った。「だが規格外を放置した場合の推定被害は、資料の通りだ。数字は読んだね。では——対案を」


 要は、答えを持っていなかった。


「……三日で、計画案を出します」


「頼む」


 退室の間際だった。一礼して顔を上げたとき、統の机の上の紙資料が目に入った。積まれた束のいちばん上、黒い表紙。題字はない。ただ、表紙の隅に手書きで、正の字が並んでいた。几帳面な、小さな字で、数行。


 要は自分の胸ポケットの手帳の重さを、急に思い出した。


 消した記憶の件数を数える、自分の正の字と、同じ書き方だった。この男は何を数えているのか。犠牲の数か。承認した作戦の数か。——数える者が、この建物のいちばん上にもいる。そのことは、なぜか安心よりも、ずっと重かった。


 帰りの車内で、要は窓の外の街を見た。夕方の人波。誰も、追われていない顔で歩いている。あの中に規格外の少年がいて、三日後には、要の書いた計画がその子の日常の上に降りる。計画案の一行目を、要は頭の中で何度か書き直した。どの書き出しも、事務の言葉でできていた。事務の言葉は便利だ。誰の顔も、映さないから。


---


 帰宅すると、玄関に小さな靴が揃えてあった。几帳面に、踵まで直角に。


「おかえりなさい、パパ」


「ただいま。……芽衣、靴を揃えたのは自分ですか」


「うん。パパのまねした」


 夕食は、芽衣の好きな献立にした。取り分けながら、要は今日の会議室の語彙を、ひとつずつ頭の中の抽斗へ仕舞っていく。対象。作戦。処理。家の食卓に持ち込まない言葉のリストは、年々長くなる。


「あのね、パパ。きょうね、くまちゃんがね、はやくねたいって」


「そうですか。では、お風呂を先にしましょう。……ぬいぐるみの就寝時刻に、私が合わせる日が来るとは思いませんでしたが」


「くまちゃんは、よるがにがてなの」


「夜が苦手」要は箸を止めなかった。止めない練習を、要はもう長いことしている。「芽衣は、どうですか」


「めいは、へいき。パパがかえってくるから」


 もうすぐ、娘の誕生日だった。


 夕食の後、要は居間の端末で、贈り物の候補を眺めた。去年は学習用の文具にした。一昨年は雨具にした。実用品は失敗しない。失敗しないことを、要は選び続けてきた。


 今年の候補一覧の中に、小さな水槽のセットがあった。魚を飼う、初心者用の。


 指が、その上で止まった。


 生き物。世話がいる。名前を、付けたりするのだろう。芽衣はきっと変な名前を付ける。ぬいぐるみに付けているような、あの調子で。毎朝話しかけて、返事がなくても平気で——


 要はしばらくその画面を見て、価格と、世話の手間と、旅行のときの世話の預け先と、水質管理の失敗率を順番に検討した。検討はすべて正当だった。正当な理由を四つ並べ終えたとき、指はもう、隣の文具のセットの注文確定に触れていた。失敗しない方。名前の要らない方。


 水槽の頁は、閉じなかった。閉じ忘れた、ということにして、端末を伏せた。


 台所で水を一杯飲んで、寝室へ行く前に、要はもう一度だけ居間を振り返った。何を確かめたかったのかは、自分でもわからなかった。


---


【観察記録 ——続き】


祈りと計画の話の続きです。


計画は反証できるから科学の言葉で扱える、と書きました。では反証されたとき、計画の持ち主には何が残るのか。次の計画か。それとも、経路をなくした願いの形——つまり祈りが残るのか。


わたしは今夜も、経路を書けないままの願いをいくつか抱えています。父に会いたい、というのもその一つです。対案のない祈りを、わたしは今夜もしている。


(ep011 了)


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