第九十八話:満身創痍の死神と、大浴場での至福(と試練)
地獄の特訓(結果的に効果ゼロ)を終えたその日の夜。
母艦エインヘリアルの居住エリアの奥にある、無駄に豪華な設備を誇る『人工温泉・大浴場』。
そこには、文字通り全身の疲労と筋肉痛(ステータスは一ミリも上がっていないのに、疲労感とダメージだけは一丁前に残っている)で、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるローゼリアの姿があった。
「あ、あいたた……。腕が上がらん。足も上がらん。服を脱ぐのすら一苦労じゃ……」
脱衣所でヒィヒィと悲鳴を上げていると、背後からスッと気配が近づいてきた。
「姫君。無理をなさらず、私にお任せください」
「り、リアンヌ……」
振り返ると、そこにはすでに完璧なプロポーションをバスタオル一枚で包み込んだ白銀の騎士が、慈愛に満ちた(そして少し熱を帯びた)笑みを浮かべて立っていた。
「ランドグリーズの野蛮な特訓でついた汚れと疲労、この私が一ミリの穢れも残さず洗い流して差し上げます。さあ、バンザイを」
「う、うむ……(もう抵抗する気力もないわい)」
リアンヌの甲斐甲斐しい手つきで服を脱がされ、湯気が立ち込める大浴場へと足を踏み入れるローゼリア。
広々とした岩風呂風の浴槽になみなみと注がれたお湯に、そっと身体を沈めた。
「……ふはぁぁぁぁ……っ。極楽じゃ……。溶ける。妾のポンコツ細胞が、お湯に溶けていく……」
「お疲れ様でした、姫君。本当に……よくぞあのような地獄を耐え抜かれましたね。私がついていながら、姫君にあのような辛い思いをさせてしまうなんて……」
リアンヌが、ローゼリアの背中にピタリと密着しながら、高級なアロマオイルを含ませたスポンジで優しく肩を揉みほぐし始める。
(ひぃっ! 相変わらず背中に当たるリアンヌ様の双丘の感触がエグい! しかし、今日ばかりは疲労が勝って、限界オタクの煩悩よりもマッサージの気持ちよさが上回っておる……!)
「あー……そこじゃ、リアンヌ。もう少し右の肩甲骨の下あたりを……」
「はい、姫君。力加減はいかがですか?」
「うむ、最高じゃ……」
極楽浄土のような時間を堪能していると、浴槽の反対側から、ザバァッと派手な水音が響いた。
「……うぅぅっ、お姫様ぁ……。ごめんなさい……」
「ん?」
湯気の向こうから現れたのは、頭にタオルを乗せ、完全に意気消沈した顔のランドグリーズだった。彼女は浴槽の縁に顔を伏せ、ブクブクと泡を立てている。
「アタシ、お姫様の体があそこまでポンコツだって知らなくて……。無意味にゲロ吐かせるまで追い込んで、本当に悪かった……」
「……ふん。まあ、よい。お主のスパルタぶりには本気で殺意を覚えたが、結果的に妾が『永遠に運動音痴』であることが科学的に証明されたわけじゃからな。許してやろう」
ローゼリアは、寛大な主君の顔で鷹揚に頷いた。
「さあさあ、姉さん。いつまでも落ち込んでないで、パーッと汗を流しましょうよ」
次女のロスヴァイセが、防水仕様のタブレットと、ノンアルコールのトロピカルジュースを持ち込んで優雅に湯船に浸かっている。
「そうですよ。お姫様のステータスが物理的に上がらないなら、私たちがその分、お姫様を守るシステムや戦術を強化すればいいだけのことですから」
三女のオルトリンデも、髪を綺麗にまとめ上げてお湯を楽しんでいた。
「ふははっ! その意気じゃ、お主ら! 妾という最強の固定砲台と、お主ら優秀な戦乙女がいれば、この銀河に恐れるものなど何もないわ!」
ローゼリアがジュースのグラスを受け取り、上機嫌で笑い声を上げる。
「その通りです! そして何より、姫君にはこの私がついておりますからね!」
リアンヌが、さらに強くローゼリアを背後から抱きしめ、お湯の中で頬ずりをしてきた。
「ちょ、リアンヌ! 苦しい! そしてお湯の中でそんなに密着されると、色々と感覚がダイレクトに伝わってきてヤバいんじゃが!?」
「いいえ! 今日という今日は離れません! 姫君のこの一切成長しない、か弱く愛らしいお身体を、私が一生かけて愛で……いえ、お守りすると神に誓ったのですから!!」
「愛でるって言った!? 今、完全に愛でるって言ったよな!?」
「あははっ! リアンヌさん、すっかり過保護なオカンから『ヤンデレ彼氏』みたいなポジションにスライドしてるッスね!」
ランドグリーズがようやく元気を取り戻し、お湯をパシャパシャと跳ね上げる。
「うるさい筋肉ダルマ! 誰がヤンデレですか!」
「わぁっ、冷たい! やるッスか副団長!」
ワーワーと水飛沫を上げて騒がしくなる大浴場。
見えない暗殺者の影は未だに完全に消え去ったわけではない。しかし、全身の強烈な筋肉痛と、それを優しく(そして時に激しく)癒してくれる仲間たちの温もりに包まれながら。
(……まあ、こういう騒がしいバスタイムも、悪くないのう)
ローゼリアは、メルトダウン寸前の限界オタクの煩悩を必死に抑え込みながら、戦乙女たちと共に温かいお湯の中で静かに微笑むのであった。




