第九十六話:星巡る暗殺者たちと、奇跡の死神ステップ(自滅)
『戦乙女』が辺境惑星ラスターを後にしてから数週間。
ローゼリアの周辺は、かつてないほどに物騒な空気に包まれていた。
「……またじゃ。また狙われたぞ……!」
リゾートコロニー『アクア・エデン』の高級ホテルのスイートルーム。
ローゼリアは、豪華なベッドの上でガタガタと震えながら、自身の着ている漆黒のフリルドレスをギュッと握りしめていた。
アヴァロンでの狙撃事件以降、ローゼリアを狙う襲撃の頻度は異常なまでに跳ね上がっていた。
しかも、敵はローゼリアが絶対的な強さを誇る『マギアナイト搭乗時』を完全に避け、彼女が『生身』でいる時だけをピンポイントで狙ってくるのである。
しかし、そのすべての暗殺計画は、ローゼリア自身が放つ『神がかった奇跡のドジ』によって、ことごとく粉砕されていた。
例えば、三日前に寄港した交易ステーションのカフェでのこと。
ローゼリアの頼んだ特大の『ギャラクシー・ストロベリーパフェ』には、致死性の猛毒が仕込まれていた。暗殺者は、彼女がそれを口にするのを少し離れた席で息を潜めて見守っていた。
しかしローゼリアは、パフェを食べようとスプーンを構えた瞬間、自身の無駄にヒラヒラした袖をパフェのグラスに見事に引っ掛けた。
「あべっ!?」という情けない悲鳴と共に、猛毒入りのパフェはテーブルから落下し、床に盛大にぶちまけられたのだ。暗殺者は毒殺を諦め、舌打ちをして撤退した。
また例えば、昨日訪れた中立都市の路地裏。
光学迷彩で姿を消した凄腕の近接暗殺者が、ローゼリアの背後から音もなく忍び寄り、その首を掻き切ろうと凶刃を振り下ろした。
そのコンマ一秒前。ローゼリアは、自身の長すぎるマントの裾をヒールで踏み抜き、「ひぶっ!」というカエルのような声を出して、地面に顔面からスライディングした。
暗殺者の刃は空を切り、勢い余った暗殺者はそのままローゼリアの頭上を飛び越えて、前方のレンガの壁に顔面から激突し、気絶した。
そして今日。
ホテルのロビーを歩いていた際、頭上の巨大なクリスタル・シャンデリアを固定するワイヤーが切断され、ローゼリアの頭上に落下してきた。
これもまた、ローゼリアが何もない平坦な絨毯で豪快に躓いて転がったことで、落下点からわずか数十センチずれて神回避を果たしたのである。
「……なんで妾は、こうも生身の時ばかり命を狙われるんじゃ! そして、なんで毎回毎回、限界ギリギリの自爆で助かるんじゃ!! 死神の威厳がボロボロではないか!!」
ベッドの上で頭を抱えて涙目になるローゼリア。
その傍らでは、白銀の騎士・リアンヌが、暗殺者から鹵獲した毒物や凶器を並べながら、熱に浮かされたような瞳でローゼリアを見つめていた。
「素晴らしい……。素晴らしいです、姫君!」
「え? なにが素晴らしいんじゃ?」
「ご自身の謙遜にもほどがあります! 敵の殺気やトラップを完全に読み切り、あえて『転倒』や『物をこぼす』といった予測不能のフェイントを織り交ぜて回避する! その神がかった直感と身体能力! まさに、死神の舞い(ステップ)です!」
「…………んゅ?」
ローゼリアの動きがピタリと止まった。
「普通の回避行動であれば、プロの暗殺者は次の手を打ってきます。しかし姫君は、あえて『ドジっ子』を演じることで、暗殺者の思考をショートさせ、戦意を喪失させている! これほど完璧で、かつ相手のプライドを粉々に打ち砕く防衛術が他にあるでしょうか!?」
リアンヌは両手を組み、うっとりとした表情でローゼリアを崇拝の眼差しで拝んだ。
(ち、ちがァァァァァァッ!! 妾は演じてなどおらん! 本気で、ただ物理的に何もないところで躓いているだけじゃ!! 勘違いにもほどがあるじゃろ!!)
内心で全力のツッコミを入れながらも、ローゼリアは顔を引きつらせたまま、「ふ、ふん。まあ、その通りじゃな。羽虫どもを欺くなど容易いことよ」と、冷や汗を流しながら強がることしかできなかった。
「——というわけで、またお姫様が暗殺者に狙われたわけだが」
母艦エインヘリアルのブリッジ。
特大の胃薬を机に叩きつけながら、ブリュンヒルデ団長が重々しい口調で切り出した。
「どうやら、敵さんはお姫様がタナトスに乗っている時は絶対に手を出さないらしい。マギアナイト戦では勝ち目がないと分かっているから、生身の時を狙うという極めて理にかなった戦術だ」
「まあ、妥当な判断ッスね。アタシでもタナトス相手に喧嘩は売りたくないし」
長女のランドグリーズが、ドーナツをかじりながら同意する。
「しかし、敵も哀れですね」
次女のロスヴァイセが、ホログラムモニターに映し出された監視カメラの映像(路地裏でマントを踏んで転び、暗殺者が壁に激突する瞬間の映像)を見ながら、冷たいカクテルを傾けた。
「まさか、銀河最強と恐れられる黒き死神の生身の身体能力が、『歩く災害レベルのポンコツ』だとは夢にも思っていないでしょう。……暗殺者の計算式に、『標的が何もないところで顔面から転倒する』という変数は組み込まれていませんからね」
「まったくだ。……お姫様のあの『奇跡のドジ』がなければ、今頃とっくに死んでるぞ」
三女のオルトリンデも、呆れたように眼鏡を押し上げた。
「う、うぐぐ……。お主ら、妾がいないと思って言いたい放題じゃな……」
いつの間にかブリッジの入り口に立っていたローゼリアが、涙目で抗議する。その後ろには、当然のようにリアンヌがピタリと張り付いている。
「姫君を愚弄する発言は慎んでいただきたい! 姫君のあれは高度な戦術的フェイントです!」
「いや、リアンヌさん。どう見てもただのドジですよ」
「なんだとロスヴァイセ! 表へ出ろ!」
「はいはい、過保護な騎士様は少し落ち着いてください」
騒がしくなるブリッジを、ブリュンヒルデが特大の咳払いで鎮めた。
「まあ、いい。結果的にお姫様が無傷で済んでいるのは事実だ。だが、これだけ頻繁に狙われるとなると、やはり背後に大きな組織が絡んでいると見て間違いない。……オルトリンデ、追跡の進捗は?」
「はい。捕らえた暗殺者たちの通信履歴や資金の流れを洗った結果、どうやら複数の組織が裏で結託して『黒き死神討伐ギルド』のようなものを形成しているようです」
オルトリンデがタブレットを操作し、いくつかのエンブレムを空中に投影する。
「帝国の貴族派の残党、壊滅させた傭兵団の生き残り、そして懸賞金目当てのプロの殺し屋ネットワーク。……彼らは『マギアナイトに乗せなければ勝てる』と踏んで、お姫様の生身を執拗に狙っているわけです」
「ふはははっ! 愚か者どもめ! 妾の神がかった直感の前には、いかなる暗殺も無意味だとまだ分からんのか!」
ローゼリアは、ここぞとばかりに腕を組み、強気な死神の笑みを浮かべた。
(本当は心臓がバクバクで、いつ本当に死ぬか分からなくて毎日泣きそうなんじゃが!! 頼むから早くこの暗殺騒動を終わらせてくれぇぇっ!)
「そうは言うがな、ローゼリア」
ブリュンヒルデは、胃をさすりながらローゼリアを睨みつけた。
「いくらお前が奇跡的な確率で回避し続けているとはいえ、運の尽きってものは必ず来る。……リアンヌの警護があるとはいえ、四六時中気を張っているわけにもいかないだろう?」
「うっ……それは……」
「だから、次の寄港地では、お前には『生身での完璧な護身術』を身につけてもらう」
「ご、護身術じゃと!?」
ローゼリアの顔が青ざめた。生身での護身術。つまり、格闘技や体術の訓練である。
(無茶じゃ! 妾の運動神経はマイナスに振り切っておる! 準備運動の屈伸で足がもつれて骨折する自信があるぞ!)
「団長! 姫君にそのような野蛮な真似をさせるなど、私が許しません! 姫君の護衛は、このリアンヌが二十四時間体制で——」
「お前は過保護すぎるんだよ! 少しはローゼリア自身にも回避能力を身につけさせろ! マント踏んで転んで助かるなんて、ギャグ漫画じゃないんだぞ!」
ブリュンヒルデの一喝に、リアンヌが不満そうに唇を噛む。
「……というわけで、ローゼリア。次の寄港地に着くまでの間、ランドグリーズのシミュレーター室で、基礎的な体術の特訓だ。逃げたらタナトスへの搭乗権を剥奪するからな」
「ひぃぃぃぃぃっ!! そ、それだけは勘弁してくれぇぇッ!!」
かくして、見えない暗殺者たちの恐怖よりも恐ろしい『生身でのスパルタ体術特訓』という地獄が、黒き死神(中身は限界オタク)を待ち受けることになったのである。




