第九十五話:戦場のロマンと絶対防衛の騎士、そして効率至上主義の死神
母艦『エインヘリアル』の戦術ブリーフィングルーム。
大型のホログラムモニターには、先日ローゼリアが単機で出撃した辺境惑星ラスターでの野盗討伐の戦闘ログが映し出されていた。
岩山の上に屹立し、一歩も動くことなく広範囲の雷撃魔法で敵を制圧する漆黒のマギアナイト『タナトス』。
その圧倒的かつ一方的な蹂躙劇を腕組みしながら見ていた長女・ランドグリーズが、不満げに鼻を鳴らした。
「……なぁ、お姫様。前々から言おうと思ってたんだが」
「ん? なんじゃ、妾の華麗なる戦いぶりに惚れ直したか?」
ローゼリアは、リアンヌが完璧な温度で淹れた特製ミルクティーを優雅に啜りながら、ドヤ顔で振り返った。
しかし、ランドグリーズは赤いショートヘアをガシガシと掻き毟り、大げさなため息をついた。
「逆だよ、逆! アタシに言わせりゃ、お姫様の戦い方は**『ロマン』**が欠けすぎてるよ!」
「ロ、ロマンじゃと?」
「そう! 見ろよこのログ! 最初から最後まで岩の上に突っ立って、ドカンと魔法撃って終わり! 圧倒的なのは認めるけどさぁ……マギアナイト乗りとしての『熱』が足りねぇんだよ!」
ランドグリーズは、バンッ! と作戦机を叩いて身を乗り出した。
「いいか!? 機動兵器の戦闘ってのはな、敵の弾幕をスラスターの推力ギリギリで回避し! お互いのセンサーが悲鳴を上げるような超近接距離に持ち込み! 最後に装甲と装甲がぶつかり合うような熱い近接格闘で決める! それが戦場の華! エースパイロットのロマンってもんじゃねぇのか!?」
熱弁を振るうランドグリーズの目は、完全に『生粋の戦闘狂』のそれであった。
常に最前線へ突撃し、大剣を振り回して敵陣を引っ掻き回す彼女の戦闘スタイルからすれば、ローゼリアの「固定砲台」スタイルは退屈極まりないのだろう。
(……うっ! ランドグリーズの言っていること、めちゃくちゃ分かる!!)
表面上は涼しい顔を保っていたローゼリアだったが、その内心(限界オタクの魂)は、ランドグリーズの熱弁に首がもげるほど激しく同意していた。
(そう! ロボットアニメやゲームの醍醐味といえば、やっぱり高機動戦闘と熱いドッグファイト! スラスターの残光! 火花散る鍔迫り合い! 機体の性能限界を引き出す神業のステップ! 妾だって、そういう血湧き肉躍る戦いには無限のロマンを感じるわ!!)
生身では何もないところで転ぶほどの運動音痴だが、ことマギアナイトの操縦において、ローゼリアの技術は間違いなく銀河トップクラスである。タナトスとの深い神経接続を通せば、彼女の意思はそのまま機体の完璧な挙動となり、超絶技巧の近接格闘も、変態的な三次元機動も思いのままだ。
やろうと思えば、ランドグリーズが望むような『熱いドッグファイト』を繰り広げながら敵を無双することも、十二分に可能なのである。
「……ふっ。お主の言う『ロマン』は否定せんよ、ランドグリーズ」
ローゼリアはティーカップをコトリと置き、薄く笑みを浮かべた。
「機体の軋む音を聞きながら、極限の死地で刃を交える。それもまた、戦場における一つの美学じゃろうな。妾もそういう熱い戦いは嫌いではない」
「おっ! 分かってくれるか!」
「だが——非効率じゃ」
ローゼリアの赤い瞳が、冷徹な死神の光を帯びる。
「わざわざ敵の懐に飛び込み、無駄にスラスターの推進剤を消費し、装甲を削り合う必要がどこにある? 妾の莫大な魔力をもってすれば、一歩も動かずとも、広域殲滅魔法で戦場を『一掃』できるのじゃぞ。十数分かかる泥臭い乱戦を、わずか数秒の蹂躙で終わらせることができる。……圧倒的な力で、有無を言わさず敵を絶望の底に叩き落とす。これ以上に効率的で、無慈悲な芸術はないじゃろう?」
「げっ、効率とか芸術とか言い出した! お姫様のその大出力ゴリ押し戦法は、たしかに反則レベルだけどさぁ!」
ランドグリーズが食い下がる。
「でも、お姫様のその重装甲と大鎌、どう考えても近接格闘でブイブイ言わせるための機体デザインだろ!? それを固定砲台みたいに使うなんて、機体が泣いてるぜ! 一回くらい、アタシみたいにスラスター全開で敵陣に突っ込んで、大鎌振り回して無双してみろって!」
「……ほう? 妾の近接戦闘技術が錆びついているとでも言いたいようじゃな」
バチバチバチッ!!
熱血近接アタッカーの長女と、効率至上主義の絶対砲台の死神の間に、激しい火花が散る。
限界オタクとしても「たまにはド派手な接近戦を披露して、エースの格を見せつけるのも悪くない」と、ローゼリアの闘争心に火がつきかけていた。
「ええい、言葉で言っても分からねぇなら、体で教えてやるッス! お姫様、今すぐシミュレーター室へ来い! アタシの愛機とタナトスで模擬戦だ!」
「ふはははっ! 良いじゃろう! その減らず口、妾の【断次元サイズ】の連続コンボで二度と叩けなくしてやるわ!」
「あー、また姉貴の悪い癖が出てる」
「お姫様も売られた喧嘩は買っちゃうからタチが悪いですね」
部屋の隅で、次女のロスヴァイセと三女のオルトリンデが呆れたようにその光景を眺めていた。
ランドグリーズが腕をブンブンと振り回し、ローゼリアが好戦的な笑みを浮かべて立ち上がろうとした——その時。
「——そこまでになさい、野蛮人」
ブリーフィングルームの自動ドアが開き、絶対零度の冷気を纏った白銀の騎士が、静かに足を踏み入れた。
リアンヌは、ローゼリア用の特製クッキー(ローゼリアの顔のアイシング付き)が乗ったワゴンを押しながら、ランドグリーズを氷のような碧眼で睨みつけた。
「姫君に対して模擬戦を申し込むなど、不敬にもほどがあります。それに……あなたのその粗暴な戦闘理論を、気高き姫君に押し付けるのはやめていただきたい」
「げっ、副団長のお出ましッスか」
ランドグリーズが、バツの悪そうに顔をしかめる。しかし、リアンヌはワゴンをローゼリアの傍に優雅に配置すると、ランドグリーズに向き直った。
「姫君の『一歩も動かない』戦闘スタイル。あれこそが、最強のマギアナイト乗りが行き着く究極の美学です」
「はぁ!? 圧倒的だけど、ロマンがないって言ってるんスよ!」
「ロマン? そんな泥臭いもの、姫君には不要です」
リアンヌは、誇らしげに胸を張り、うっとりとした表情でローゼリアを見つめた。
「考えてもみなさい。戦場という泥と血に塗れた汚らわしい場所で、ただ一機、汚れを一切寄せ付けず、美しい姿勢を保ったまま敵を殲滅する。……姫君の御髪が乱れることも、玉の汗を流させることもなく、完璧な優雅さをもって勝利を収める! これこそが、至高の芸術! 圧倒的な王者の戦い方ではありませんか!」
「…………」
(……お、おお……? なんか知らんが、リアンヌが妾の『効率主義』スタイルを、めちゃくちゃ肯定的な解釈で絶賛してくれておる!)
ローゼリアは、模擬戦で汗をかく手間が省けそうだと、内心ホッと胸をなで下ろした。
「そもそも!」
リアンヌは、さらにランドグリーズに一歩詰め寄った。
「敵の攻撃を『回避』するなど、防御に自信のない弱者の戦法です。姫君には、強靭な魔力装甲と、そして何より……この私がついています。姫君に飛んでくる羽虫の攻撃は、すべて私がこの盾と槍で叩き落とす。ゆえに、姫君はただ美しく、その場に立って微笑んでいれば良いのです!」
「いや、それお前がお姫様を過保護に守りたいだけじゃねぇか!! ドッグファイトするお姫様も見たいだろ普通!」
ランドグリーズの的確すぎるツッコミが炸裂するが、リアンヌの耳には届いていない。
「お分かりですか、ランドグリーズ。姫君に泥臭いドッグファイトを強要するなど、この私が絶対に許しません。どうしてもシミュレーターで戦いたいというなら、まずはこの私が相手になります。……姫君の半径十メートル以内に近づけるものなら、近づいてみなさい」
チャキッ……。
リアンヌの手元で、隠し持っていた携帯型魔力ブレードが物騒な音を立てた。ピンク色の過保護オーラと、冷槍の聖女の殺気が入り混じった、極めてタチの悪いプレッシャーがブリーフィングルームを制圧する。
「う、うぐぐ……っ」
さしもの戦闘狂ランドグリーズも、完全にスイッチが入ってしまった「姫君の狂犬」を相手にするのは分が悪いと悟ったらしい。
「あー、もう分かった! 分かったッスよ! アタシが悪かった! お姫様は今のままでいいッス! 模擬戦もキャンセルだ!」
ランドグリーズは両手を上げて降参のポーズをとった。
「ふふっ。理解していただけたなら結構です。……さあ姫君、模擬戦などという野蛮な遊びは忘れて、焼きたてのクッキーをお召し上がりくださいませ。あーん」
「う、うむ……あーん(たまにはドッグファイトもしたかったんじゃが……まあ、クッキーが美味いから良しとしよう)」
リアンヌに甲斐甲斐しくクッキーを食べさせてもらいながら、ローゼリアはサクサクと心地よい音を立てた。
「しかし、お姫様」
クッキーを頬張るローゼリアに、ランドグリーズがボソリと呟いた。
「いつか、その圧倒的な砲撃戦すら通用しないような『ヤバい敵』が現れた時は、どうするんスか?」
「……んゅ?」
「いくら魔力がチートでも、一歩も動かない戦法が通用しないような、規格外のバケモノに出くわしたら。……その時は、副団長の過保護を振り切ってでも、本気で回避運動してもらいますからね。アタシは、お姫様の近接戦闘のガチの腕前を、いつか特等席で見るのを諦めてねぇッスから!」
ランドグリーズのその言葉に、ローゼリアは不敵な笑みを返した。
「ふっ……。よかろう。もし妾を本気にさせるほどの化け物が現れたなら、その時は……お主の言う『最高に熱いロマン』を、銀河中に見せつけてやろうではないか」
黒き死神と戦闘狂の間に結ばれた、ささやかな約束。
それは、やがて来る星の海での激戦を予感させるように、甘いミルクティーの香りの中に静かに溶けていった。




