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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第九十二話:動かざる死神の鉄槌と、飛来する白銀の過保護

辺境惑星ラスターの荒野を進むこと数分。

岩山をくり抜いて作られた、野盗集団の拠点である廃鉱山跡に、漆黒の死神『タナトス』は単機で降り立った。

ズゥゥンッ!

タナトスは、野盗の拠点の正面にそびえ立つ、針のように尖った極めて足場の悪い岩山の頂に、ミリ単位の狂いもなく完璧なバランスで着地した。

生身のローゼリアであれば、何もない平坦な床ですら己の靴紐を踏んで転ぶほどの絶望的な運動音痴である。しかし、ことマギアナイトの操縦——特に愛機タナトスとの深い神経接続状態にある時、彼女のその欠点は完全に消失する。

星の海でトップクラスのエースパイロットと謳われるその操縦技術は、巨大な機体をまるで自身の指先のように正確無比に動かし、針の先でワルツを踊ることすら可能にするほど洗練されたものであった。

『なんだぁ!? 帝国の討伐隊か!?』

『いや、たった一機だ! 黒いマギアナイト……どっかの賞金稼ぎか傭兵だろ!』

警報が鳴り響き、拠点の中から野盗たちが乗るツギハギだらけのジャンク機体が二十機ほど、わらわらと湧き出してきた。

数はいるが、どれも整備不良の旧式ばかり。神話級のマギアナイトであるタナトスから見れば、ブリキのおもちゃに等しい戦力である。

「……ふん。数はいるようじゃが、どれもこれも鉄屑ばかりじゃな」

オープン回線で、ローゼリアは冷酷な死神のボイスを響かせた。

タナトスは、巨大な大鎌デスサイズを構えたまま、足場の悪い岩山の上でピクリとも動かない。

『けっ! たった一機で偉そうに! あんな足場の悪いところに突っ立って、降りるに降りられなくなってんじゃねぇのか!?』

野盗のリーダー格と思われる機体が、下品な笑い声を上げる。

ローゼリアは、コックピットの中で冷ややかに鼻を鳴らした。

(ふはははっ! 愚か者め。妾がこの最高の機体に乗っている状態において、バランスを崩したり操縦を誤ることなど、天地がひっくり返ってもあり得んわ! 単に、貴様らのような羽虫を相手にするのに、わざわざ一歩を踏み出す労力すら惜しいだけじゃ!)

ローゼリアは、圧倒的強者としての矜持と余裕をもって、眼下の野盗たちを見下ろした。

「貴様らのような羽虫をすり潰すのに、一歩たりとも動く必要はない。……妾の休息を邪魔した上、小さき者たちの明日を奪った罪、その身で贖え!」

ローゼリアは、タナトスの魔力炉を解放した。

機体の周囲にドス黒い魔力の渦が巻き起こり、荒野の空がにわかに暗雲に覆われる。

『な、なんだこのプレッシャーは!?』

『撃て! 撃ちまくれェッ!!』

恐怖に駆られた野盗たちが、一斉にミサイルやビームライフルを乱射する。

しかし、タナトスの前面に展開された【事象干渉型・絶対防御力場】の前に、すべての攻撃は黒い波紋を立てるだけで、文字通り『無に帰して』いった。

「無駄じゃ。……さあ、懺悔の時間は終わりじゃぞ」

ローゼリアが操縦桿をスッと引く。

「——【終焉の黒雷オメガ・ディザスター・制圧陣】!」

タナトスの足元から、蜘蛛の巣のように地を這う『漆黒の雷』が放射状に放たれた。

それは荒野を埋め尽くすほどの広範囲に広がり、野盗たちの機体を下から正確に貫き、ジェネレーターだけをショートさせていく。

『ギャァァァァァッ!?』

『ま、動けねぇ! コントロールが死んだ!!』

わずか数秒。

ローゼリアが一歩も動くことなく、野盗の機体二十機はすべて黒焦げの鉄屑となり、荒野に膝をついた。

「よし。これで機動力は完全に削いだ。……さて、あとは」

タナトスはそのまま、岩山の上から野盗の拠点の奥、食料庫と思われる巨大な倉庫をロックオンした。

「おい、そこの首領。命が惜しくば、お前たちのその足で、奪った食料をすべて『星屑の家』の孤児院まで運べ。少しでも逃げようとすれば、次はお前たちの首がこの雷で消し飛ぶぞ」

『ひ、ひぃぃぃぃぃっ! わ、わかりましたぁぁ! 運びます! 全部運びますから命だけはァァァ!』

通信機越しに、野盗の首領の情けない土下座の声が響き渡った。

(よーし! 完璧じゃ! 一歩も動かずに完勝! これぞトップクラスのパイロットのみに許された固定砲台レイドボス戦法の極み!)

ローゼリアは、コックピットの中でガッツポーズを決め、自身のクールで完璧な仕事ぶりに酔いしれていた。

数時間後。

『星屑の家』の孤児院の前に、信じられない光景が広がっていた。

「さあ、さっさと歩かんか。少しでも休めば、妾の魔力が貴様らの背中を貫くぞ」

「ひ、ひぃぃ! も、もう少し休ませてくだせぇ……!」

黒き死神タナトスに背後から睨まれながら、野盗の男たちが大量の食料の入った木箱を背負い、涙目で荒野を行進してきたのである。

「あーっ! お姉ちゃんだ!」

「うわぁ! いっぱいご飯持ってきた!」

孤児院の子供たちとシスターが、驚きと喜びに満ちた顔で飛び出してきた。

「約束通り、害虫どもを駆除してきたぞ。……奪われた食料以上のものを、こ奴らの倉庫から接収してきた。当分、食べるものには困らんじゃろう」

ローゼリアがタナトスのスピーカーから優しく語りかけると、子供たちはワーッと歓声を上げ、木箱に群がった。

「ありがとうございます……! 本当に、なんとお礼を申し上げたら良いか……!」

シスターが、ポロポロと涙を流しながらタナトスに向かって深く頭を下げる。

「気にするな。妾の気まぐれじゃ」

(ふはははっ! 最高じゃ! 感謝され、尊敬の眼差しを向けられるこの快感! しかも一切の隙を見せず、完璧なヒーローとしての立ち回りができておる!)

ローゼリアの限界オタク精神は、この上ない満足感で満たされていた。

暗殺者に怯える生活も、過保護な騎士の監視も、この瞬間のためにあったのだとすら思えるほどだ。

しかし、その至福の時間は、突突如として上空から響き渡った『爆音』によって破られた。

ゴオォォォォォォォォォォォォォンッ!!

「な、なんじゃ!?」

「空から、白い流れ星が!」

大気圏を突破し、摩擦熱で赤く輝きながら猛スピードで降下してくる物体。

それは、純白の装甲と六枚の光の翼を持つマギアナイト——『ブラン』であった。

ズガァァァァァァァァァァンッ!!

ブランは、タナトスのすぐ横の荒野に、完璧な三点着地ヒーロー・ランディングを決めて舞い降りた。

巻き起こる土煙の中から、コックピットのハッチが勢いよく開き、純白のパイロットスーツ姿のリアンヌが血相を変えて飛び出してきた。

「姫君ィィィィィィッ!! ご無事ですかァァァッ!!」

「り、リアンヌ!? なぜお主がここに!?」

ローゼリアも慌ててタナトスから降りて駆け寄る。

リアンヌはローゼリアの姿を捉えるなり、猛ダッシュで距離を詰め、その華奢な体を強く、骨が軋むほど抱きしめた。

「ああ、姫君! 無事でよかった……! 突然、姫君のバイタルモニターの血圧と心拍数が急上昇したものですから、てっきり暗殺者に襲撃されたのかと……! 私はもう、生きた心地がしませんでした!」

「心拍数が急上昇って……それは、野盗どもから子供たちの話を聞いて、怒りで頭に血が上っただけじゃ!」

「理由など関係ありません! 姫君に何かあれば、私はこの星を丸ごと消し飛ばす覚悟で飛んできたのです!」

「重い! 愛が重すぎる! そして物理的にも抱きしめる力が強すぎて苦しいんじゃが!!」

ジタバタと暴れるローゼリアと、涙目で頬を擦り寄せてくるリアンヌ。

その美しい(そして奇妙な)百合空間を、孤児院の子供たちとシスター、そして荷物を運ばされていた野盗たちは、ポカンと口を開けて見つめていた。

「……ねえ、シスター」

小さな女の子が、シスターの袖を引く。

「あの白いお姉ちゃん、黒いお姉ちゃんのこと、すっごく大好きなんだね」

「そ、そうねぇ。きっと、お姉ちゃんの『お母さん』みたいな人なのね」

シスターが何気なく微笑みながら言った、その言葉。

それは、リアンヌの耳に、超高感度センサーを通してしっかりと届いてしまった。

ピタッ。

リアンヌの動きが止まる。

「……お母さん」

リアンヌは、ローゼリアからゆっくりと離れ、ゆっくりと、ロボットのように首を子供たちの方へ向けた。

その碧眼からは、先ほどまでの涙が消え去り、深淵のようなドス黒いオーラが漏れ出している。

「誰が……お母さん(オカン)ですか。私は、姫君の『騎士(ただひとりの絶対の盾)』です」

「ひぃっ!?」

リアンヌから放たれる凄まじい威圧感に、子供たちとシスターが思わず悲鳴を上げて身を縮める。

「ばかばかばか! リアンヌ! 子供を睨むでない! お主のその重すぎる愛情表現のせいで、そう見られてしまったんじゃろ!」

ローゼリアが慌ててリアンヌの前に立ち塞がり、バシバシと彼女の背中を叩く。

「うっ……! 姫君の騎士として完璧なお世話をしているだけなのに、なぜ毎回オカン扱いされてしまうのでしょうか……! 私は、私は、もっとカッコいい『相棒』のようなポジションを……!」

「お主のやってることは、相棒というより完全なる保護者じゃからな……」

膝から崩れ落ち、本気で落ち込み始めるリアンヌ。

その背中を慰めるように撫でながら、ローゼリアは特大のため息を吐き出した。

「まったく……。せっかくクールな死神として完璧に決まっていたのに、最後の最後で台無しじゃ」

とはいえ。

美味しいご飯にありつけて笑顔を取り戻した子供たちと、少しだけ平和になった辺境の星。

そして、自分を心配して大気圏を強行突破してきてくれた、不器用で重すぎる愛を持つ騎士。

(まあ、妾の日常としては、これくらい騒がしいのがちょうど良いのかもしれんな)

「ほれ、リアンヌ。泣いておらんで、早く母艦に帰るぞ。お主の淹れた紅茶が飲みたくなった」

「——ッ! はい! すぐに極上の一杯を淹れさせていただきます、我が姫君!」

ローゼリアのその一言で、リアンヌはパァァッ! と顔を輝かせて立ち上がった。

夕日に照らされる荒野の中、黒と白の規格外のマギアナイトが空へと飛び立っていく。

見えない暗殺者の影はまだ残っているものの、戦乙女の平和(?)で騒がしい日々は、今日も星の海で健やかに続いていくのであった。

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