第九十一話:鉄壁の単独任務と、星屑の孤児院
見えない暗殺者の影に怯え、リアンヌの『24時間完全密着・絶対防衛(という名の過保護の極み)』に息を詰まらせていたローゼリアにとって、その指令はまさに天からの救いであった。
「——ローゼリア。辺境惑星『ラスター』での、野盗集団の討伐任務だ。お前、単独で行ってこい」
母艦エインヘリアルのブリッジで、ブリュンヒルデ団長が言い渡したその言葉に、リアンヌが血相を変えて猛反発したことは言うまでもない。
「ば、馬鹿なことを仰らないでください団長! 姫君は現在、命を狙われているのですよ!? 単独で出撃させるなど、正気の沙汰ではありません! 私も必ずお供いたします!」
しかし、ブリュンヒルデは特大の胃薬を流し込みながら、呆れたように言い放ったのだ。
「お前なぁ……よく考えろ。ローゼリアが一番安全な場所はどこだ? エインヘリアルの自室か? お前の腕の中か? 違うだろ。——あのバケモノみたいな魔力装甲を持つ『タナトス』のコックピットの中だ」
「あっ」と、リアンヌが言葉に詰まる。
「タナトスに乗っている状態のローゼリアを、外から狙撃で仕留められる奴なんて、この銀河には存在しない。戦艦の主砲すら弾き返すんだぞ? むしろ、生身で街をうろつかせたり、母艦の薄い壁の中にいるより、マギアナイトに乗せて戦場に放り込んでおくのが一番の安全対策なんだよ」
(だ、団長ォォォォッ!! あんた最高じゃ!!)
ローゼリアは内心でブリュンヒルデに土下座して感謝した。リアンヌの愛は嬉しいが、トイレの個室までついてこられそうになる生活は、限界オタクの理性をゴリゴリと削り取っていたからだ。
かくして、「タナトスの中なら絶対に死なない」という極めて物理的な理由により、ローゼリアは久々の自由な単独任務へと出撃することになったのである。
辺境惑星ラスター。
かつては鉱山資源で栄えたものの、資源が枯渇してからはスラム化が進み、無法者の野盗がのさばる荒野の星である。
大気圏を突破し、目標となる野盗の拠点の近くへと降下していく漆黒の死神『タナトス』。
「ふはははっ! 久々の一人旅! 誰の目も気にせず、好きなタイミングで大鎌を振り回せる! 最高じゃ!」
ローゼリアは、コックピットの中で伸びをしながら、着陸態勢に入った。
「よし、この辺りの開けた荒野に降りるとしよう。華麗なる三点着地を決めて——」
ゴツンッ。
タナトスの巨大な足が、砂に埋もれていた硬い岩盤の出っ張りに、絶妙な角度で見事に引っかかった。
「……あべっ」
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
華麗な着地を披露するはずだったタナトスは、足を取られて盛大に前のめりに倒れ込み、土煙を上げながら荒野をズザーーーッ! と顔面から滑り込んでいった。
(や、やってしまったァァァッ!! なんで妾は機体に乗っていても躓くんじゃ!? タナトスと妾の神経接続が良すぎるせいか!?)
誰も見ていないとはいえ、あまりの不甲斐なさに顔を真っ赤にするローゼリア。
タナトスをフラフラと立ち上がらせ、メインカメラの泥を払い落とした、その時である。
「わぁぁっ! 真っ黒なロボットだ!」
「すっげー! 空から降ってきたよ!」
「でも、なんか転んでたね。ドジっ子なのかな?」
「…………ん?」
ローゼリアがタナトスのカメラ越しに周囲を見渡すと、そこはただの荒野ではなかった。
砂埃の向こうに、トタンと廃材を継ぎ接ぎして作られた、一棟の古びた建物があった。そしてその建物の前に、ボロボロの服を着た十数人の子供たちが集まり、目をキラキラさせてタナトスを見上げているではないか。
(ひぃぃぃぃぃっ!! 見られておった!! しかも『ドジっ子』とか言われてる!! 死神の威厳が完全に地に落ちたわ!!)
「こ、こら! あんたたち、危ないから離れなさい!」
建物の奥から、エプロン姿の若い女性——シスターのような出で立ちの女性が慌てて飛び出してきて、子供たちを庇うように両手を広げた。
建物の入り口には、かすれかけたペンキで『星屑の家(孤児院)』と書かれた看板がぶら下がっている。
どうやら、目標座標から少しズレたせいで、野盗の拠点ではなく、辺境の孤児院のド真ん前に着陸してしまったらしい。
(ええい、こうなったら誤魔化すしかない!)
プシュゥゥゥッ……。
ローゼリアは、タナトスの胸部ハッチを開き、自身の魔力でふわりと宙に浮きながら、ゆっくりと地面に降り立った。
漆黒のフリルドレスに身を包んだ、現実離れした美しさを持つ少女の登場に、子供たちとシスターはポカンと口を開けた。
「ふ、ふん。案ずるな、小さき者たちよ。妾は怪しい者ではない」
ローゼリアは、わざとらしく咳払いをして、死神の威厳をフルスロットルで稼働させた。
「妾は黒き死神、ローゼリア。この星に蔓延る野盗どもを討伐するため、天より舞い降りた者じゃ! ……先ほどの着地は、地面の地盤の硬さを測るための『戦術的ダミー行動』じゃ! 決して躓いたわけではないぞ!」
(必死の言い訳! 自分で言ってて悲しくなってくる!!)
しかし、子供たちは疑う様子もなく、パァァッ! と顔を輝かせた。
「すっげー! お姉ちゃん、正義の味方なの!?」
「あのでっかいカマで、悪いやつをやっつけてくれるの!?」
「う、うむ! まあ、正義の味方というか、金で雇われた傭兵なんじゃが……」
「かっこいい! ねぇねぇ、お姉ちゃん! お礼に私たちのおうちで休んでいってよ!」
子供たちが、無邪気にローゼリアの手を引っ張る。
「えっ、い、いや、妾は任務の途中で……」
「いいじゃないですか。ね? シスター!」
「えっ、あ、はい。……あの、野盗から私たちを守ってくださるのなら、こんなボロ屋で申し訳ありませんが、お茶くらいしか出せませんが……」
シスターも、少し緊張した面持ちでペコリと頭を下げた。
(うおおおお……! 子供たちの純粋な瞳! そして健気なシスター! 限界オタクの心が浄化されていく……ッ!!)
野盗の拠点まではまだ少し距離がある。
それに、少し心を落ち着けてから向かった方が、魔力のコントロールも上手くいくはずだ。何より、この純真無垢な子供たちの誘いを断るなど、ローゼリアにはできなかった。
「……ふっ。良いじゃろう。死神の休息として、少しばかり休ませてもらおうか」
ローゼリアは、子供たちに手を引かれながら、孤児院の中へと足を踏み入れた。
孤児院の中は、外見以上に質素だった。
隙間風が吹き込む板張りの床に、古びた長机。しかし、そこかしこに手作りの飾りが施されており、貧しいながらもシスターと子供たちがこの場所を大切にしていることが伝わってきた。
「さあ、どうぞ。大したおもてなしもできませんが……」
シスターが、欠けたマグカップになみなみと注がれた温かいハーブティーを、ローゼリアの前に差し出した。
それは、リアンヌが毎日淹れてくれる最高級の紅茶とは比べ物にならない、その辺に生えている野草を煮出しただけの、少し青臭いお茶だった。
しかし。
「……うむ。温かくて、美味いお茶じゃ」
ローゼリアが一口すすると、不思議と心が安らいだ。
(リアンヌの淹れる完璧な紅茶も最高じゃが、こういう素朴な味も悪くないのう。……暗殺の恐怖やら、過保護な警護やらで張り詰めていた神経が、じんわりと解れていくのが分かるわい)
「あのね、お姉ちゃん」
ローゼリアの隣にちょこんと座った小さな女の子が、袖を引っ張ってきた。
「悪い野盗さんたち、やっつけてくれるの?」
「ああ。跡形もなく消し飛ばしてやるぞ」
「ほんと? よかったぁ……。最近、野盗の人たちが私たちの畑の野菜を取っていっちゃうから、みんなお腹ぺこぺこだったの」
「そうだよ! シスターなんて、自分の分のご飯を私たちにくれて、ずっとお水しか飲んでないんだから!」
他の子供たちも口々に野盗の悪行を訴える。
「こ、こら、あんたたち! お客様を困らせないの!」
シスターが慌てて子供たちを窘めるが、ローゼリアはマグカップをコトリと置き、真っ直ぐにシスターを見つめた。
「……そうか。あの野盗ども、このような小さな子供たちからまで搾取しておったか」
ローゼリアの赤い瞳の奥に、本物の『死神』としての静かで冷酷な怒りが灯った。
(ただの討伐依頼だと思っておったが……許せんな。妾は別に正義のヒーローではないが、こんな純粋で可愛い子供たちの笑顔を奪う外道どもは、一匹残らず星の塵にしてやるのが、最強のエースパイロットの務めというものじゃ!)
ローゼリアは立ち上がり、漆黒のマントをバサリと翻した。
「ごちそうになったな、シスター。そして子供たちよ」
「あっ、もう行っちゃうの?」
「うむ。お主たちの大切な畑を荒らす害虫どもを、駆除しに行かねばならんのでな」
ローゼリアは、不安そうに見上げる子供たちに向けて、極上の、そして安心感を与えるような力強い笑みを浮かべた。
「心配するな。妾は、星の海で一番強い死神じゃ。……お主たちの明日からのご飯は、この妾が完璧に守り抜いてやろう!」
「「「わぁぁぁぁっ!!」」」
子供たちが歓声を上げ、ローゼリアの背中を見送る。
孤児院の外に出たローゼリアは、自身の魔力で宙に浮き上がり、待機させていたタナトスのコックピットへと滑り込んだ。
『——システム・オールグリーン。出力制限、解除じゃ』
タナトスの禍々しい魔力炉が、主の怒りに呼応するようにドス黒いオーラを放ち始める。
暗殺者に命を狙われ、母艦に軟禁状態だった鬱憤。そして、孤児院の子供たちを苦しめる野盗への怒り。
「さあ、行くぞタナトス。あの羽虫どもに、本物の恐怖というものを教えてやる時間じゃ」
一人きりのコックピットの中で、ローゼリアは誰の目も気にすることなく、最高にクールで残酷な笑みを浮かべた。
絶対的な安全圏である神話級マギアナイトの中から放たれる、容赦のない死神の鉄槌。辺境の野盗集団にとっての『悪夢』が、今まさに始まろうとしていた。




