第九話:帝国旗艦の墜落と、戦乙女の真実
漆黒と純白の流星が、宇宙空間を一直線に駆け抜ける。
かつて最強を謳われたエーベルヴァイン帝国の精鋭部隊は、たった二機のマギアナイトを前に、完全に崩壊の危機に瀕していた。
「ひぃっ!? 来るな! 化け物ォォッ!!」
パニックに陥った帝国兵たちが無闇にビームを乱射するが、ノワールの超絶変態機動を前にしては止まっている的を撃つようなものだった。
ローゼリアは、鼻歌でも歌い出しそうな余裕の表情で操縦桿(という名の魔力リンクのインターフェース)を操る。
(ふふん、遅い遅い! 今の俺とノワールは完全に人機一体! フィーネが組んでくれた専用OSのおかげで、思考のラグがゼロだ!……それに何より!)
『左弦から五機、回り込んできます。私が抑える。ローゼリアは真っ直ぐ前へ!』
「うむ、任せたぞリアンヌ!」
リアンヌの『スローネ』が、ローゼリアの死角を突こうとする敵機を、分厚い盾と突撃重槍で次々と宇宙のチリに変えていく。
その完璧なサポートと、背中を預けられる絶対的な安心感。
(大好きなリアンヌ様が背中を守ってくれてるんだ! 負ける要素なんて一ミリもないね!!)
黒き死神の進撃は止まらない。
立ちはだかる重装甲機を『対魔導対艦刀』でバターのように切り裂き、あっという間にセドリックの乗る巨大な旗艦の眼前へと到達した。
「な、なんだあのデタラメな強さは……! あり得ん! 肉体の力を持たぬゴミが、帝国の精鋭を圧倒するなど!!」
旗艦のブリッジで、セドリックは血走った目で絶叫していた。
彼が信奉してきた「筋肉と物理装甲」という絶対の真理が、たった一人の華奢な妹の『魔力』によって、根底から粉砕されようとしているのだ。
「ええい、こうなったら旗艦の主砲で消し飛ばしてやる! 照準を合わせろ! エネルギー最大充填!!」
「で、殿下! 近すぎます! この距離で主砲を撃てば、誘爆で本艦もタダでは……!」
「構わん、撃てェッ!!」
狂乱するセドリックの命令で、旗艦の巨大な砲門が赤黒い光を帯びる。
しかし、ローゼリアの思考速度は、そんな鈍重な兵器のチャージ時間を悠々と上回っていた。
「……目障りじゃ」
ローゼリアが冷酷に呟き、ノワールの腕を振るう。
瞬きする間もない超高速の踏み込み。そして、振り抜かれた『対物対艦刀』の一閃。
ズバァァァァァァンッ!!!
「……あ?」
セドリックの口から、間抜けな声が漏れた。
旗艦のブリッジの目の前。発射寸前だった巨大な主砲の砲身が、まるで大根でも切るかのように、スッパリと斜めに両断され、宇宙空間へと滑り落ちていったのだ。
『な……っ!?』
それだけではない。
ローゼリアはそのまま旗艦の周囲を高速で飛び回り、推進用スラスター、副砲、対空レーザー砲といったあらゆる武装と駆動系を、次々と精密に叩き斬っていった。
爆発による致命傷は避ける。ただ、手足をもぐように、巨大な戦艦を『無力化』していく。
わずか数十秒後。
帝国の最新鋭旗艦は、武装も推進力も失い、宇宙空間を漂うただの巨大な鉄屑と化していた。
『……ふん。帝国の最新鋭とやらも、図体がデカいだけの張り子の虎じゃな』
メインモニターに、漆黒の悪魔——ノワールが、悠然と見下ろすように浮かんでいる姿が映し出される。
そして、全通信回路に、ローゼリアの氷のように冷たい、尊大な声が響き渡った。
『どうじゃ、セドリック兄上。己が見下していた「部品」に手も足も出ず、自慢の艦隊を鉄屑に変えられた気分は?』
「き、貴様ァァァッ!! ローゼリア! 帝国の皇族たる者が、このような反逆を……許されると思っているのかァッ!」
セドリックは泡を飛ばしながら、マイクに向かって泣き叫ぶように怒鳴った。
しかし、ローゼリアは鼻で笑った。
『皇族? 反逆?……笑わせるな』
ノワールのツインアイが、血のような赤い光をギラリと放つ。
『妾を皇籍から追放し、宇宙の底に廃棄したのは貴様らであろうが。その時点で、エーベルヴァイン帝国の第二皇女は死んだのじゃ。……今の妾は、気高き傭兵団『戦乙女』の双璧。それ以上でも、それ以下でもないわ』
「ヒィッ……!」
ノワールが、ゆっくりと対物対艦刀の切っ先を旗艦のブリッジ——セドリックの目の前——へと突きつける。
分厚い強化ガラス越しに、死神の刃が迫る。セドリックは腰を抜かし、その場に無様に這いつくばった。
『命までは取らぬ。帝都で震えて待つ老いた父上と、姉上に伝えておけ。……二度と妾たちの前にその醜い顔を見せるな、と。次に現れた時は、帝国の星ごと消し飛ばしてやるからな!』
圧倒的な魔力による威圧感が、通信越しにセドリックの心を完全にへし折った。
「あ、ああ、あああぁぁぁ……っ」と、情けないうめき声を上げるだけの廃人と化した兄を冷徹に見下ろし、ローゼリアは通信を一方的に切断した。
『勝負ありですね。……見事でした、ローゼリア』
背後に並び立った純白の機体、スローネからリアンヌの優しい声が聞こえる。
「うむ。リアンヌのサポートのおかげじゃ。……さあ、帰るぞ。私たちの『家』へな」
『ええ!』
黒と白の機体が反転し、母艦エインヘリアルへと帰還していく。
残された帝国の残存艦隊は、武装を失った旗艦を回収し、逃げるようにワープアウトして帝都へと敗走していった。
それは、宇宙の覇者であったエーベルヴァイン帝国が、名実ともに没落の決定打を食らった瞬間であった。
母艦『エインヘリアル』の格納庫は、帰還した二人を出迎える歓喜の渦に包まれていた。
帝国という巨大な軍事国家の艦隊を、たった二機で(しかもほぼ無傷で)退けたのだ。傭兵団の歴史に永遠に刻まれる大金星である。
「やったねローゼリアちゃん!! 最高! 天才!!」
機体から降りた瞬間、ロスヴァイセが猛烈な勢いで抱きついてきた。
「わわっ!? 苦しいぞロスヴァイセ! 離せ!」
(おおお! ロスヴァイセの豊満な胸部装甲が! 柔らかい! ……でも、なんだろう。前ほどのドキドキがない。完全にリアンヌ様一筋の身体にされちまってる……!)
ローゼリアがジタバタと暴れていると、「こらこら、疲れているんだから休ませてやりな」とブリュンヒルデ団長が笑いながらロスヴァイセを引き剥がしてくれた。
「大勝利だ。君たちの活躍、ブリッジから見ていたよ。まさに鬼神の如き戦いぶりだったね」
「ふ、ふん。当然じゃ! 妾の力をもってすれば……」
尊大に胸を張ろうとしたローゼリアだったが、ふと、その言葉を飲み込んだ。
周囲を見渡す。
ブリュンヒルデ、ロスヴァイセ、ランドグリーズ、オルトリンデ、フィーネ。そして、優しく微笑みかけてくれるリアンヌ。
皆、自分を信じ、命を懸けて背中を預けてくれる、かけがえのない『家族』だ。
(……このまま、隠し事をしたままじゃダメだ)
ローゼリアは小さく深呼吸をすると、表情を引き締め、ブリュンヒルデとリアンヌを真っ直ぐに見上げた。
「団長、リアンヌ。……そして皆。少し、時間をくれぬか。妾の口から、お主らにきちんと話しておかねばならぬことがある」
その真剣な声色に、歓声に包まれていた格納庫が、スッと静まり返った。
数十分後。エインヘリアルの艦長室。
部屋には、主要メンバーであるブリュンヒルデ、リアンヌ、フィーネ、そして三姉妹が集まっていた。
ローゼリアは部屋の中央に立ち、先ほどまでの尊大な態度は潜め、静かに、しかしはっきりとした声で語り始めた。
「……先ほどの通信で、あのゴリラ……もとい、セドリックが言っていた通りじゃ。妾の真の名は、ローゼリア・エーベルヴァイン。この宇宙の覇権を握る軍事国家、エーベルヴァイン帝国の第二皇女じゃ」
沈黙が落ちる。
皆、驚きはしたものの、声を荒げる者はいない。
「あの国は、筋肉と身体能力こそが絶対の正義。妾のような極端な虚弱体質は、皇族の面汚しとして忌み嫌われていた。……じゃが、妾には生まれつき、常軌を逸した魔力が備わっておってな」
ローゼリアは、自嘲するように薄く笑った。
「帝国は、妾のその魔力だけを利用した。薄暗い地下の施設に幽閉し、帝都の防衛システムや艦隊のシールドを維持するための『巨大な魔力バッテリー』として、毎日、毎日……魔力を吸い上げられ続けるだけの日々じゃった。人としての尊厳など、そこには欠片もなかったわ」
リアンヌの肩が、ピクリと震えた。彼女の碧眼に、深い悲しみと怒りが滲んでいるのがわかる。
「そしてつい先日。帝国は新しい魔力炉の開発に成功した。妾という生きたバッテリーは、もう必要ない。維持費の無駄だとして……妾は救命艇に押し込められ、宇宙空間へと廃棄された。あのままお主らに拾われなければ、間違いなく干からびて死んでおったじゃろう」
語り終え、ローゼリアはギュッと拳を握りしめた。
「今まで黙っていてすまなかった。……帝国を敵に回せば、戦乙女(お主ら)にまで迷惑がかかる。妾はそれが恐ろしかったのじゃ。……もし、妾の血筋が、お主らに災いをもたらすと言うのなら、今すぐこの艦を降り——」
「バカ言わないでよ!」
ローゼリアの言葉を遮ったのは、整備班長のフィーネだった。
彼女は机をバンッと叩き、ゴーグル越しの目を吊り上げて怒っていた。
「帝国の連中、マジで頭おかしいんじゃねぇの!? これだけ天才的なマギアナイトの操縦センスと魔力を持ってるダイヤの原石を、ただの電池扱いしてポイ捨てしたって!? どんだけ見る目ねぇんだよ! 許せねぇ!!」
「そうだよ! ローゼリアちゃんは私たちの可愛い末っ子だもん! 帝国がなんだってんだ、あんな連中、私たちが何度でもぶっ飛ばしてやる!」
ロスヴァイセも憤慨し、ランドグリーズやオルトリンデも深く頷いている。
「……と、みんな言っているが。気にする必要はないよ、ローゼリア」
ブリュンヒルデが立ち上がり、ローゼリアの前に歩み寄ると、その小さな身体を、慈愛に満ちた豊満な胸へとギュッと抱き寄せた。
「君が皇女であろうと、没落貴族であろうと、そんなことは関係ない。宇宙の底で震えていた君を拾い上げ、共に戦うと決めた時から、君は私たち『戦乙女』の大切な家族だ。……家族の過去ごと引き受けるのが、私の、そしてこの傭兵団の流儀さ」
「団長……」
ローゼリアの瞳から、安堵の涙がじわりと滲んだ。
(ああ、よかった。……嫌われなかった。帝国との関わりを知っても、みんな、俺のことを仲間だって言ってくれる)
そして。
ブリュンヒルデから離れたローゼリアの前に、静かに歩み出てきた者がいた。
リアンヌ・ヴァーミリオンだ。
彼女は、ローゼリアの前に来ると——先ほどの格納庫での戦いよりもさらに深く、厳かに、床に片膝をついた。
右手を自身の左胸(心臓の上)に当て、見上げる碧眼には、狂おしいほどの忠誠と、絶対的な親愛が宿っていた。
「り、リアンヌ……?」
「……私は、己の目が節穴であったことを恥じます」
リアンヌは、透き通るような声で紡いだ。
「初めてお風呂であなたの身体を見た時。その異常な代謝の低さと、痩せ細った身体から、何かに命を削られていることには気づいていました。ですが、まさか……帝国の、実の家族からそのような非道な扱いを受けていたとは。……何も知らず、あなたを気丈な子だとばかり思っていた己が許せない」
「ち、違う! お主のせいではない!」
「ローゼリア。……いいえ、ローゼリア殿下」
リアンヌが、ローゼリアの手をそっと取り、その小さな甲に、恭しく自らの唇を落とした。
チュッ、という微かな音。
(————ッッッッッ!?!?!?!?)
ローゼリアの心臓が、本日二度目の限界突破を果たし、完全にショートした。
(手、手にキスされた!? 騎士の誓い!? いやいやいや! イケメンすぎる! 破壊力がおかしい!!)
顔を真っ赤にしてフリーズするローゼリアを見上げ、リアンヌは聖母のような、そして誰よりも力強い微笑みを向けた。
「あなたが帝国に捨てられた皇女だと言うのなら。……私が、この『戦乙女』を、あなたのための新たな帝国(居場所)と致しましょう」
リアンヌの言葉は、一切の淀みも迷いもなかった。
「血の繋がりなど無価値です。あのような愚か者たちが捨てた至宝を、私は生涯を懸けて磨き、そして守り抜く。……この純白のペンダントに誓って、私は永遠に、我が気高き姫君の剣となり、盾となります」
「あああああ……っ!」
もう、限界だった。
尊大な態度など、この圧倒的なスパダリお姉様の前では塵芥のごとく吹き飛んでしまう。
ローゼリアは涙でグシャグシャになった顔を両手で覆いながら、リアンヌの胸に飛び込んだ。
「ばか、馬鹿者……! 妾は……妾はもう、お主の隣から絶対に離れてやらぬからな! 覚悟しておけ!!」
「ええ。喜んで、ローゼリア」
リアンヌは、飛び込んできた小さな身体を、愛おしそうに強く、優しく抱きしめ返した。
(俺は……前世で死んで、帝国で地獄を見たけど。……全部、この人に出会うための試練だったんだ。絶対そうだ。リアンヌ様、大好き。一生離さない!!)
エインヘリアルの艦長室に、温かな拍手と歓声が響き渡る。
帝国という過去の呪縛を完全に断ち切り、本当の意味で「家族」となった戦乙女たち。
黒き死神と白銀の騎士の、銀河を揺るがすイチャイチャ(?)と無双の旅は、ここからが本当の始まりなのである。




