第八十七話:外宇宙の陽動(デコイ)と、死神の顔面スライディング
星の海を駆ける傭兵団『戦乙女』の母艦エインヘリアルは、長きにわたり活動拠点としていたエーベルヴァイン帝国の支配宙域をついに抜け出し、未踏の星々が瞬く『外宇宙』へとワープアウトした。
「——これより本艦は、帝国法が一切通用しない外宇宙セクターへと突入する。総員、気を引き締めろよ」
ブリッジの特等席で、特大の胃薬の瓶を片手にブリュンヒルデ団長が声を張った。
「団長。わざわざ帝国の外から、我々に依頼が来るとは珍しいのう。して、その内容とは?」
漆黒のフリルがあしらわれたパイロットスーツ姿のローゼリアが、首を傾げながら尋ねた。彼女の後ろでは、金髪碧眼の美しき白銀の騎士・リアンヌが、完璧な所作でローゼリア用のティーカップを磨いている。
「今回のクライアントは、外宇宙の小国『ルミナ星王国』の国王だ。現在、この国は過激な軍事思想を持つ反乱軍【グローリア】によって大規模な内戦状態にある」
ブリュンヒルデがホログラムモニターを展開すると、一つの美しい青い惑星と、それを包囲する無数の反乱軍の艦隊が映し出された。
「先日、王国の第一位王位継承者である【シリウス王子】が、グローリアの奇襲に遭い、敵の要塞アステロイドに囚われてしまった。王国の存亡に関わる大事件だ」
「なるほど。つまり、そのシリウス王子とやらを、我々戦乙女が要塞から救出すればよいのじゃな? 容易い御用じゃ!」
ローゼリアが自信満々に胸を張ると、ブリュンヒルデはチッチッと指を振った。
「早とちりするな。お前たちに任された任務は『救出』じゃない。——【陽動】だ」
「陽動?」
「ああ。要塞の守りは鉄壁だ。そこで、ルミナ王国の誇る『隠密特殊部隊』がステルス艦で要塞の裏から潜入し、王子を極秘裏に救出する。……お前たちの仕事は、要塞の正面から堂々と殴り込みをかけ、グローリアの全戦力、全ヘイトを自分たちに向けさせることだ」
その説明を聞いた瞬間、ローゼリアの赤い瞳がカッ! と見開かれた。
(キ、キタァァァァァァァァッ!! 陽動任務!! つまり『何も考えずにひたすら派手に暴れ回って目立てばいい』という、妾にとって最高に神がかった(SSR)クエスト!!)
ローゼリアの限界オタク精神が、内心で歓喜のサンバを踊り始めた。
(隠密任務とか潜入ミッションなんて、絶望的な運動音痴である妾がやれば、絶対に何もない平坦な通路で転んで警報を鳴らす未来しか見えん! だが、陽動なら話は別じゃ! 自慢の魔力でド派手な魔法をぶっ放し、敵のド真ん中で『レイドボス』のように振る舞えば、それだけで任務完了! これほど妾のプレイスタイルに噛み合った仕事はないぞ!)
「ふ、ふははははっ! 良いじゃろう! この黒き死神の圧倒的なカリスマと魔力で、反乱軍の目を完全に釘付けにしてやろうではないか!」
ローゼリアは、気高きエースパイロットの笑みを浮かべて高らかに宣言した。
「ローゼリア。あなたが出撃されるなら、当然私もお供いたします。……反乱軍の羽虫どもが放つ砲火の雨など、一発たりとも姫君の御身には届かせません」
リアンヌもまた、金髪を揺らしながら、碧眼に絶対的な忠誠の炎を灯して一礼した。
「頼もしいぞ、リアンヌ! よし団長、さっそく出撃の準備じゃ! 派手なステージの幕開けと行こうではないか!」
ルミナ星王国の国境付近に浮かぶ、反乱軍グローリアの拠点『要塞アステロイド・ゴルゴダ』。
無数の対空砲台と防衛艦隊がひしめくその宙域に、二つの規格外の光が飛来した。
漆黒の大鎌を構える死神の機体『タナトス』と、六枚の光の翼を展開する純白の騎士『ブラン』である。
『——反乱軍の愚か者ども! よく聞け!』
オープン回線を利用し、全宙域にローゼリアの(エコーのかかった)尊大で冷酷な声が響き渡った。
『妾は銀河最強の傭兵団、戦乙女のエース! 黒き死神ローゼリアである! 貴様らの要塞は、今日この日をもって宇宙の塵と化す! 命が惜しくば、妾の前に平伏し、道を空けよ!』
(ふははははっ! 完璧な悪役の口上! これで反乱軍のヘイトは100%妾に向くはずじゃ!)
コクピットの中で、ローゼリアは自分の完璧な演技に酔いしれていた。
案の定、突如現れた謎の機体の挑発に、グローリアの司令官は激怒した。
『なんだあの黒い機体は!? 帝国側の傭兵だと!? ここは帝国の外だぞ、舐めやがって! 全防衛部隊、あの黒い機体と白い機体を蜂の巣にしろォォッ!!』
要塞から、文字通り『黒い雲』のように、数百機に及ぶ反乱軍の量産型マギアナイトが湧き出してきた。さらに、要塞の数百門の対空砲が一斉にタナトスとブランに照準を合わせる。
「来ましたね、ローゼリア。敵の数はざっと五百。陽動としては完璧な食いつきです」
「うむ! リアンヌ、妾は一歩も動かん! 防御はすべて任せたぞ!」
『はいっ! 姫君の御心のままに! 【熾天使の光翼・最大展開】!』
リアンヌのブランがタナトスの前に進み出ると、六枚の光の翼が巨大なドーム状の絶対防壁を形成した。
数万発のビームとミサイルが雨あられと降り注ぐが、ブランの盾に触れた瞬間、すべてが弾け飛び、無害な光の粒子となって消え去っていく。
「さあ、妾のターンじゃ! 【終焉の黒雷・連鎖陣】!」
ローゼリアは、タナトスの大鎌を無造作に振り抜いた。
要塞の周囲の空間が歪み、数千条の漆黒の雷が、枝分かれしながらグローリアの機体群へと襲い掛かる。回避不能の範囲攻撃。機体の駆動系だけを正確に焼き切るその神業により、反乱軍の部隊は次々と機能停止し、宇宙空間を漂うデブリと化していった。
『ば、化け物だ! 攻撃が全く通用しねぇ!』
『救援を呼べ! 裏口の警備部隊もすべて正面に回せ! あの黒い死神を止めろォッ!』
グローリアの通信がパニックに陥り、要塞の全戦力がローゼリアたちのいる正面へと殺到し始める。
(よしよしよし! 陽動としては120点満点! これだけ敵を引きつければ、王国の隠密部隊は、裏口から誰もいない通路を歩いて王子を救出できるはずじゃ!)
ローゼリアはタナトスのコクピットで、勝利を確信して高笑いを上げていた。
しかし、星の海はいつだって、この黒き死神の思い通りには動いてくれない。
『——ローゼリア! リアンヌ! 応答しろ!』
母艦で待機しているブリュンヒルデから、切羽詰まった通信が飛び込んできた。
『緊急事態だ! 先ほど、要塞の裏口から潜入していた王国の隠密特殊部隊から通信が入った! 奴ら、反乱軍の仕掛けた罠に引っかかって、全滅したらしい!!』
「…………は?」
ローゼリアのタナトスの動きが、ピタリと止まった。
『しかも、侵入者に勘付いたグローリアの連中が、シリウス王子を要塞の脱出艇に乗せて、別宙域の秘密基地へと移送を開始した! 脱出艇の発進シークエンスに入っている!』
「な、なんじゃとォォォッ!? 隠密部隊、ポンコツすぎじゃろ!! 妾があれだけ完璧にヘイトを稼いでやったというのに!」
『文句を言っている暇はない! このままでは依頼失敗だ! 陽動はもういい、お前たちで直接、脱出艇から王子を物理的にブッコ抜け!!』
「ええい、結局妾がやるハメになるのか! リアンヌ、予定変更じゃ! 敵の包囲網を突破し、脱出艇を追うぞ!」
「承知いたしました! 姫君の道を阻む塵芥は、私がすべて切り払います!」
圧倒的な防衛戦から一転、タナトスとブランはグローリアの波を強引に引き裂きながら、要塞の裏側へと向かってフルスロットルで加速した。
要塞の裏側から、一隻の重装甲脱出艇が猛スピードで射出されるのが見えた。
その周囲には、親衛隊と思われる数十機のエリートマギアナイトが護衛についている。
「見つけたぞ! あれに王子が乗っておるのじゃな!」
ローゼリアは、タナトスの魔力炉を限界まで引き上げた。
『リアンヌ、護衛の相手は任せた! 妾は直接、あの船に取り付いて王子を回収する!』
『お任せを。……一機たりとも、姫君の背中には近づかせません』
ブランが白銀の長槍を構え、護衛部隊の真っ只中へと突撃していく。
その隙を突き、ローゼリアのタナトスは【次元断層】を連続で発動。一瞬にして、猛スピードで逃げる脱出艇の真上へと座標を合わせた。
(よし! 船の装甲を切り裂くのは簡単じゃが、中の王子まで傷つけては意味がない。ここは、妾自身が生身で船に取り付き、魔力でハッチをこじ開けて華麗に侵入するのじゃ!)
ローゼリアはタナトスのコクピットを開け、自身の莫大な魔力で【反重力力場】を形成。漆黒のフリル付きパイロットスーツのまま、宇宙空間へと飛び出した。
彼女の眼下には、脱出艇の巨大な強化ガラス張りの展望ハッチが見える。
(ふははははっ! 今度こそ、完璧でクールなアクション映画のような潜入を見せてやる! 強化ガラスの上に三点着地を決め、王子に『助けに来たぞ』と微笑みかける……完璧なシチュエーションじゃ!)
ローゼリアは、自らの魔力で落下軌道を調整し、ハッチに向けてカッコよく降下していった。
——しかし。
彼女は、自身の『絶望的なまでの運動音痴』という呪いを、完全に甘く見ていた。
「よし、着地——」
ドンッ!
ガラスの上に見事に着地しようとした瞬間。
ローゼリアの右足のヒールが、自身の着ている『無駄に長い漆黒のフリルマント』の裾を、見事に踏み抜いた。
「……あべっ」
空中(無重力だが魔力で引力を発生させている)での姿勢制御が完全に崩壊。
足を取られたローゼリアは、ヒーロー・ランディングの体勢から一転、両腕をジタバタと風車のように振り回しながら、頭から一直線に強化ガラスへと落下した。
ズドッッッッガァァァァァァァァァァンッ!!!!!
凄まじい衝撃音と共に、対ビームコーティングが施されたはずの分厚い強化ガラスが、ローゼリアの【物理的な顔面ダイブ】(と、無意識に纏っていた神話級の魔力)によって、粉々に粉砕された。
「ひぶっ!?」
そのままの勢いで、ローゼリアは脱出艇のVIPルームの床へと盛大に激突し、ズサーーッ! と顔面から滑り込みながら停止した。
「…………」
「…………」
突然、天井のガラスが爆散し、空から謎の黒衣の少女が『顔面スライディング』で飛び込んできた光景に、VIPルームにいたグローリアの兵士たちと、椅子に縛り付けられていた金髪の青年——シリウス王子は、完全に言葉を失って固まっていた。
「い、痛ぁぁぁぁぁ……。鼻が、鼻が折れたかと思った……」
ローゼリアは、涙目で鼻を抑えながら、フラフラと立ち上がった。
幸い、魔力バリアのおかげで無傷だったが、精神的ダメージと恥ずかしさは致死量に達している。
(や、やってしまったァァァッ!! なんで妾はいつもいつも、最後の最後で自滅するんじゃ!? カッコいい潜入が、ただのギャグ漫画の登場シーンになってしまったではないか!!)
「き、貴様は何者だ!? どこから侵入した!!」
我に返った兵士たちが、一斉にレーザーライフルをローゼリアに向ける。
「……ふ、ふん。愚問じゃな」
ローゼリアは、必死に赤くなった顔を隠し、冷酷な死神のオーラを全身から立ち昇らせた。
バチバチと黒い雷が彼女の周囲で弾け、兵士たちの持つライフルの銃身が一瞬にして飴細工のように溶け落ちる。
「ヒッ!?」
「ま、魔法使いか!? それも、この圧倒的な魔力……!」
「妾は黒き死神、ローゼリア。……そこに縛られておる王子、迎えに来てやったぞ」
ローゼリアがパチンと指を鳴らすと、兵士たちは白目を剥いてその場に崩れ落ち、シリウス王子を縛っていた拘束具も音を立てて外れた。
「あ、あなたは……」
自由になったシリウス王子は、呆然とした表情でローゼリアを見つめた。
漆黒のフリルドレスに身を包み、宇宙の星明かりを背にして立つ、常識外れの魔力を持つ美しい少女。先ほどの『顔面スライディング』のポンコツぶりなど、彼の脳内では完全に「敵を欺くための高度な戦術」か何かに変換されていた。
「戦乙女……銀河の噂に聞く、最強の傭兵。まさか、このような辺境の宙域にまで、私を救うために……?」
シリウスの瞳に、明らかな『熱』が灯り始める。
「天から舞い降りた、美しき死の天使……。あなたのその気高きお姿、私の魂を打ち抜きました」
王子は、ローゼリアの前に跪き、彼女の手を取ろうと手を伸ばした。
(お、おおっ!? なんか知らんが、顔面ダイブしたのにめちゃくちゃ美化されておる! さすがは王族、見る目があるではないか!)
限界オタクのローゼリアが、チョロい妄想に浸りかけた——その瞬間。
ドドォォォォォォンッ!!!
脱出艇の壁が、外側から巨大な『白銀の長槍』によって強引に抉り開けられた。
装甲を紙のように引き裂いて現れたのは、目を血走らせ、圧倒的な殺気を放つ白銀の騎士・リアンヌであった。
「姫君ィィィッ!! 大丈夫ですか!? 今すぐ私がその薄汚い船ごと……ッ!?」
リアンヌの碧眼が、シリウス王子がローゼリアの手に触れようとしている光景を捉えた。
その瞬間、船内の温度が物理的に氷点下まで急降下した。
「……貴様。我が姫君の神聖なる御手に、気安く触れようなどと。……万死に値しますよ?」
「ヒッ!?」
シリウス王子は、死神よりも恐ろしい『嫉妬に狂った騎士』の絶対零度の視線に射抜かれ、情けない悲鳴を上げて後ずさった。
「り、リアンヌ! 待て待て! 彼は救出対象の王子じゃ! 殺してはならん!!」
ローゼリアが慌ててリアンヌの腰に抱きつき、必死に制止する。
かくして、外宇宙での陽動・救出任務は、戦乙女たちの規格外の力と、ローゼリアのブレない運動音痴、そしてリアンヌの重すぎる愛によって、強引かつハチャメチャな結末を迎えるのであった。




