第八十四話:死神の蹂躙と、ツンデレ令嬢のデレ
『撃てェェェッ! あの黒い機体をスクラップにしろ!』
ブラッド・ハウンドの隊長機の号令と共に、残存する数十機の迷彩マギアナイトが一斉に火線を集中させた。
大型ガトリング砲、ミサイルポッド、高出力ビームライフル。宇宙空間を埋め尽くすほどの極彩色の弾幕が、ただ一機、虚空に浮かぶ漆黒の死神『タナトス』へと殺到する。
それは、通常の機体であれば、回避行動をとる間もなくチリとなって消滅するほどの圧倒的な質量兵器の嵐であった。
護衛対象であるエリーゼや学園の生徒たちが、思わず絶望の悲鳴を上げそうになった、その時。
「——遅い。遅すぎるわ、三流ども」
オープン回線に響いたローゼリアの冷酷な声は、一切の焦りを含んでいなかった。タナトスは、殺到する弾幕を前にして、回避行動を全くとらなかった。いや、とる必要すら無かったのだ。
タナトスの背部に展開した漆黒の魔力流体装甲が、禍々しいオーラを放ちながら機体の前面へと展開する。それは物理的な装甲ではなく、ローゼリアの莫大な魔力によって形成された【事象干渉型・絶対防御力場】。
ズドドドドガァァァァァァァァンッ!!!!
全方位からの集中砲火がタナトスに直撃し、巨大な爆発の閃光が宙域を包み込む。
『やったか!?』
隊長機が歓声を上げかけた——次の瞬間。
「……欠伸が出るな。お前たちの弾丸は、妾の装甲の『表面温度』を1度上げることもできんぞ」
煙を切り裂き、無傷のタナトスが悠然と姿を現した。ミサイルも、ビームも、すべてが漆黒の力場に触れた瞬間に『魔力素』へと還元され、無効化されていたのだ。
『ば、馬鹿な!? 直撃したはずだぞ!? あんな規格外のバリア、戦艦の主砲クラスじゃねぇか!』
「さあ、お遊びは終わりじゃ。少しばかり、妾の『本気』を見せてやろう」
ローゼリアはタナトスの操縦桿を引き、巨大な大鎌を水平に構えた。
(ふははははっ! 今の妾、最高にダークでクールで無敵じゃ!! エリーゼが見ている前で、完璧な死神ムーブがキマっておる!! 運動音痴でも、魔力のごり押しと固定砲台戦法なら誰にも負けんわ!)
内心で限界オタクの歓喜のステップを踏みながら、ローゼリアは無慈悲な魔法を展開する。
「——【終焉の黒雷・拡散陣】」
タナトスの周囲の空間が、メキメキと音を立てて歪み始めた。そして、無数の空間の『裂け目』から、数千、数万もの漆黒の雷が、全方位に向かって一斉に放射された。
『ヒィィィッ!? な、なんだこれはァァァッ!』
『避けろ! 避け——ギャァァァッ!』
漆黒の雷は、意思を持っているかのように敵機だけを正確に追尾し、迷彩マギアナイト群を次々と射抜いていく。防御シールドごと機体を貫き、内部のジェネレーターを一瞬でショートさせる。ローゼリアは「殺し」はせず、機体の駆動系とジェネレーターだけをピンポイントで焼き切るという、神業のような魔力制御を行っていた。
わずか十数秒。
五十機近くいたブラッド・ハウンドの部隊は、隊長機を残して、すべて宇宙のデブリと化し(パイロットは命からがら脱出ポッドで射出されていた)、完全に沈黙した。
『ば、化け物……ッ! これが、本物の、戦乙女……!』
隊長機は完全に戦意を喪失し、ガタガタと機体を震わせて後ずさる。しかし、その背後には、いつの間にかタナトスが空間跳躍で回り込んでいた。
「——チェックメイトじゃ、野犬の頭領」
タナトスの巨大な大鎌の刃が、隊長機のコックピットの真横に、音もなくピタリと添えられていた。
『ヒッ……! 降伏する! 降伏するから、命だけは助けてくれェェッ!』
「ふん。最初から命まで奪うつもりはない。だが、妾の可愛い護衛対象たちを怯えさせた罪は重いぞ。……大人しくお縄につけ」
タナトスのマニピュレーターが、隊長機の武装をむしり取り、ダルマ状態にして機能停止させた。
圧倒的、ただひたすらに圧倒的な蹂躙劇。
それを安全圏から見守っていたエリーゼと生徒たちは、息を呑んでその光景を網膜に焼き付けていた。
『す、素晴らしい……!』
真紅の機体、ロゼット・グレイスのコックピットで、エリーゼは両手を胸の前で組み、熱い吐息を漏らした。
『なんという強さ。なんという気高さ……! 無駄な殺生をせず、圧倒的な力で敵を制圧するその御姿……! ああ、やはりローゼリア様は、わたくしの憧れの……全銀河で最も美しいお方ですわ!』
エリーゼの瞳は、星のようにキラキラと輝き、完全に「推し」の勇姿に限界化しているファンのそれであった。
一方、そのエリーゼたちを護衛していた純白の騎士、リアンヌはといえば。
『……ふぅ。今日も我が姫君の御姿は、完璧で隙がありませんね。あの冷徹な声、大鎌を振るう際の優雅なモーション、そして圧倒的なカリスマ。後でオルトリンデに録画データを高画質で貰わなくては……』
リアンヌもまた、ブランのコックピット内で、エリーゼと全く同じように両手を組み、うっとりとため息を吐いていた(白銀の騎士もまた、重度の限界オタクなのである)。
戦闘が完全に終息し、ブラッド・ハウンドの残党を捕縛したのち、タナトスとブランはエリーゼたちの特務小隊の元へと帰還した。
「怪我はないか、帝国の雛鳥たちよ。……そして、エリーゼ。お主の機体も無事なようじゃな」
ローゼリアが、余裕たっぷりの声で通信を繋ぐ。すると、ロゼット・グレイスがもじもじと機体を揺らし、エリーゼの少し上擦った声が返ってきた。
『ろ、ローゼリア様……! わ、わたくしたちは無事ですわ! 迅速な援護、感……感謝いたしますわ!』
「うむ。お主もよくあの猛攻の中で冷静に部隊を指揮しておった。さすがはマーベリック公爵の娘、見事な采配じゃったぞ」
ローゼリアが素直に褒めると、エリーゼの機体のメインカメラが、カッと見開かれたように点滅した。
『ほ、褒められたからといって、別に嬉しくなんかないんですからねっ! わたくしはただ、帝国の貴族としての責務を全うしただけですわ!』
エリーゼは顔を真っ赤にして、精一杯の強がりを叫ぶ。
『でも……その。わたくし、先ほどのローゼリア様の戦いぶりを見て……改めて、自分の未熟さを痛感いたしましたわ。あんな大軍を前にして、一歩も引かずに制圧してしまうなんて……』
エリーゼの声が、少しずつ小さく、そして素直になっていく。
『……わたくし、もっともっと強くなりますわ。いつか、ローゼリア様の隣に並び立っても恥ずかしくない、立派なマギアナイト乗りになってみせます! だから……その時は、また、わたくしの戦いを見てくださいますか……?』
(か、可愛いいいいいいいいっっっ!!!!!)
ローゼリアの限界オタクの精神は、致死量の尊さに直面し、タナトスのコックピット内で身悶えしていた。
(なんだこの破壊力!! 完璧なツンデレからのおずおずとしたデレ! 上目遣い(声だけだけど)でのお願い! 妾、今日で寿命が縮んだかもしれん!!)
しかし、ここは「気高き死神」のロールプレイを全うしなければならない。
ローゼリアは、必死に頬の緩みを抑え込み、優しく、しかし威厳のある声で応えた。
「ああ。約束しよう、エリーゼ。お主が真の強さを手に入れたその時、妾は再びお主の前に姿を現そう。……それまで、命を粗末にするでないぞ」
『——ッ!! は、はいっ! わたくし、一生の約束として胸に刻みますわ!!』
エリーゼの喜びが爆発したかのような返事が響く。
その時、母艦エインヘリアルのブリッジから、ブリュンヒルデの通信が割り込んできた。
『お楽しみのところ悪いが、ローゼリア、リアンヌ。演習宙域の安全は完全に確保された。捕縛した傭兵たちも、帝国軍の治安維持部隊に引き渡す手はずが整ったぞ』
「うむ。ご苦労じゃったな、団長」
『ああ。それにしても、ブラッド・ハウンドの連中の端末からデータを引っこ抜いてみたが……案の定、裏で糸を引いていたのは、マーベリック公爵と対立している【バルボア伯爵】の派閥だったらしい。公爵にはこちらから詳細な報告書と、請求書(割増)を送りつけておく』
ブリュンヒルデが特大の胃薬を噛み砕く音が、通信越しに響く。
『学園の演習はこれで中止になるだろう。お前たちは、令嬢の小隊を安全な宙域まで護衛したら、母艦に帰還しろ』
「了解じゃ。……というわけじゃ、エリーゼ。名残惜しいが、エスコートの時間はあと少しのようじゃな」
『……ええ。本当に、夢のような時間でしたわ。ローゼリア様』
エリーゼの声には、先ほどまでのツンケンした態度は欠片もなく、純粋な憧憬と別れを惜しむ乙女の感情が滲み出ていた。




