第八十三話:星屑の防衛戦と、同業者(マーセナリー)の強襲
ズガガガガガガッ!!
静寂に包まれていた廃コロニーの宙域が、突如として放たれた無数のビームの雨によって極彩色の地獄へと変貌した。
『きゃぁぁぁっ!?』
『な、なんだ!? 右舷方向から多数の熱源! 回避しろ!』
帝国立マギアナイト学園の生徒たちが乗る特務小隊の機体群が、突然の強襲にパニックを起こして陣形を崩す。
彼らは確かに学園のトップエリートであり、シミュレーターでの成績は優秀だった。しかし、それはあくまで『ルールの定められた演習』の中での話である。
命のやり取りなどしたことのない学生たちにとって、殺意剥き出しの奇襲は、彼らの思考をフリーズさせるには十分すぎるほどの衝撃だった。
『くっ……! うろたえないで! 全機、デブリの陰に隠れて防御陣形を構築なさい!』
そんな中、ただ一機——エリーゼ・マーベリック令嬢が駆る真紅の機体『ロゼット・グレイス』だけが、気丈にビームライフルを撃ち返し、仲間たちを鼓舞していた。
『たかが海賊風情が、帝国の紋章を掲げるわたくしたちに牙を剥いたこと、後悔させてやりますわ!』
エリーゼは巧みな操縦で敵のビームを躱し、反撃のフラグメント弾をばら撒く。
しかし、敵は訓練された集団だった。五十機近い所属不明機は、一部がエリーゼの反撃を盾で防ぎつつ、残りの部隊が扇状に散開し、無防備な他の生徒たちの機体へと照準を合わせたのだ。
『しまっ——! 皆、避けて!!』
エリーゼが絶叫した、その時。
——パキィィィィンッ!!
生徒たちの機体の前に、眩い『白銀の光の壁』が展開された。
純白の騎士『ブラン』が展開した、六枚の光の翼【熾天使の光翼】。敵の放った数十発のビームが、その絶対的な防壁に触れた瞬間、すべて無害な光の粒子となって宇宙空間へと霧散した。
『なっ……!? 全方位からの集中砲火を、たった一機で防ぎきった!?』
エリーゼが驚愕に目を見開く。
『……お聞きなさい、帝国の雛鳥たち』
オープン回線に、絶対零度の冷気を孕んだリアンヌの静かな声が響き渡った。
『ここは戦場です。シミュレーターのように、撃墜されてもリセットボタンは押せません。……あなたたちはそのままデブリの陰で震えていなさい。我が姫君の視界の邪魔にならないように』
『あ、あなた……っ、わたくしたちを足手まといだと言うんですの!?』
『ええ、足手まといです。ですが——』
ブランが、手にした白銀の長槍をクルリと回し、圧倒的な威圧感と共に敵部隊へと切っ先を向けた。
『姫君が「守る」と決めた以上、あなたたちの機体にはかすり傷一つつけさせません。……それが、戦乙女の誇りであり、白銀の騎士たる私の絶対の使命ですから』
「よく言った、リアンヌ! 雛鳥たちの護衛は任せたぞ!」
通信帯に、今度はゾクッとするほど冷酷で、そして自信に満ち溢れた死神の声が響いた。
漆黒の機体『タナトス』が、空間を跳躍するように敵陣のド真ん中へと突撃したのだ。
「さあ、雑兵ども。妾の休暇明けのウォーミングアップに付き合ってもらうぞ!」
タナトスの巨大な大鎌が、漆黒の残軌跡を描いて虚空を一閃する。
【断次元サイズ】——空間そのものを切断する理不尽な一撃。
『ひっ!? な、なんだこの機体——ギャァァァッ!』
防御力場ごと、敵の迷彩機体が『縦に真っ二つ』に切断され、次々と爆発四散していく。
ローゼリアは、タナトスの異常な機動力を駆使し、デブリを蹴り、敵の頭上を取り、死角から死角へとワープを繰り返しながら、文字通り「死神の舞」を披露していた。
(ふははははっ!! よし! 今の妾、超絶カッコいい!! エリーゼが見ている前で、一回も躓くことなく、完璧なエースパイロットとしての立ち回りができておるぞ!!)
内心では、推し(ファン)の前でカッコつけたい限界オタクの精神がフル回転していた。
『す、すごいですわ……! これが、本物の、黒き死神……! ローゼリア様……っ!』
エリーゼは、ロゼット・グレイスのメインモニター越しに、タナトスの圧倒的な無双ぶりを、両手を握りしめながら夢中で見つめていた。その瞳は完全に、憧れのアイドルを見るファンのそれである。
「よそ見をしている余裕がありますか、お嬢様」
『っ!?』
エリーゼの死角から回り込んできた敵機が、ビームサーベルを振り下ろそうとした瞬間。
リアンヌのブランがゼロタイムで割り込み、盾の縁で敵のサーベルを叩き折り、そのまま石突きでコックピットを正確に貫いて機能停止させた。
『戦場において、姫君の御姿に目を奪われるお気持ちは痛いほど分かりますが。……あなたの命は今、姫君が守ると約束した大切な護衛対象です。自身の命の価値を、見誤らないことですね』
『……っ、あ、ありがとうございます、リアンヌさん……』
リアンヌの厳しいが確かな庇護に、エリーゼは悔しそうに唇を噛みつつも、素直に感謝の言葉を紡いだ。
そんな二人の様子を背後で確認しつつ、ローゼリアは大鎌を振るいながら叫んだ。
「団長! 敵の数が多すぎる! こいつら、海賊にしては連携が取れすぎているぞ!」
『ああ、その通りだ、ローゼリア』
母艦エインヘリアルのブリッジから、ブリュンヒルデの冷静な声が返ってきた。
『バハムートに敵の機体識別信号(IFF)の偽装を解析させた。こいつらは反帝国派のテロリストなんかじゃない。……同業者だ』
「同業者? 傭兵団ということか!?」
『そうだ。銀河の裏社会で汚れ仕事を請け負っている悪名高き傭兵団——【ブラッド・ハウンド(血塗られた猟犬)】だ。帝国軍の払い下げ機体を違法改造して使っている』
ブリュンヒルデの報告に、ローゼリアは眉をひそめた。
「傭兵団が、なぜ帝国立学園の演習を襲う? 金にもならん学生の命を狙って何の得があるというんじゃ」
『……政争、ですわね』
通信に割り込んできたのは、エリーゼだった。その声には、先ほどまでの少女らしい焦りは消え、貴族令嬢としての氷のような冷徹さが混じっていた。
『わたくしの父、マーベリック公爵は、帝国内部で急進的な改革を進めています。それを快く思わない対立派閥の貴族が、裏で傭兵団を雇ったのでしょう。……学園の演習という名目で護衛が手薄になるこの辺境宙域で、わたくしを亡き者にするか、あるいは拉致して、父への政治的脅迫の道具にするために』
「なるほどな。貴族のドロドロとした権力争いか。反吐が出るわい」
ローゼリアはタナトスの大鎌の血振るい(ビームの残滓を払う動作)をし、赤いカメラアイを敵の残存部隊へと向けた。
『チッ……! バレちまったなら仕方ねぇ!』
その時、敵部隊の奥から、一際巨大な重装甲のマギアナイトが姿を現した。
全身に重火器をハリネズミのように搭載した、ブラッド・ハウンドの隊長機である。
『ただのお坊ちゃんお嬢ちゃんの遠足だと思って引き受けたが、まさか本物の【戦乙女】が護衛についてやがるとはな! まったく、依頼主の貴族サマは情報収集能力がポンコツすぎるぜ!』
隊長機が、肩部の大型ガトリング砲をタナトスとブランへと向ける。
『だが、相手が黒き死神だろうと関係ねぇ! 数はこちらが上だ! 学生どもごと蜂の巣にして、懸賞金と一緒に公爵の首を釣り上げてやる!』
「……ふっ」
ローゼリアは、通信回線越しに、心の底から呆れ果てたような、冷酷な笑い声を漏らした。
「数、だと? お前たちのような三流の野犬が五十匹集まったところで、龍の首を噛みちぎれるとでも思っているのか?」
『なんだと!?』
「リアンヌ。エリーゼたちから離れるな。妾が少し、この勘違いした同業者に『格の違い』というものを教えてやる」
『承知いたしました、我が姫君』
タナトスの背部に折りたたまれていた漆黒の魔力流体装甲が、禍々しいオーラを放ちながら大きく展開する。
宇宙空間に、圧倒的な死の気配が満ちていく。
「さあ、見せてみよ。お前たちのそのちっぽけな牙が、黒き死神の装甲に届くかどうかをな!」
本物の神話級エースパイロットの逆鱗に触れた哀れな傭兵団の、一方的な蹂躙劇が始まろうとしていた。




