第八十二話:演習宙域のランデヴーと、火花散る白銀と金髪
「——というわけで、今回の護衛任務の陣形を申し渡す」
辺境の演習宙域に到着した母艦エインヘリアルのブリッジで、ブリュンヒルデ団長が星図モニターを指し示しながら声を張った。
「今回の演習場は、廃コロニーとデブリが密集する閉鎖宙域だ。護衛対象であるエリーゼ令嬢の特務小隊が演習ルートを進むにあたり、我々エインヘリアルは演習宙域の外縁に停泊し、後方支援とレーダー監視を担う」
ブリュンヒルデは、円卓を囲む戦乙女たちを見渡した。
「ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ。お前たち三人は母艦で待機、およびエインヘリアルの直衛だ。万が一、外部から不審な部隊が近づいてきた場合は、お前たちが全火力を以てこれを迎撃しろ」
「ええーっ!? アタシお留守番かよ! つまんねぇー!」
ランドグリーズが露骨に唇を尖らせる。
「我慢してください、姉さん。お姫様の『熱狂的なファン』が相手なのですから、私たちがぞろぞろとついて行っても邪魔になるだけでしょう」
ロスヴァイセが、コーヒーを啜りながら冷ややかに諭す。
「ええ。それに、あの令嬢の性格データから推測するに……他者が介入すれば、面倒な『嫉妬の対象』になる確率が極めて高いです。火の粉は被りたくありません」
オルトリンデもタブレットから顔を上げずに同意した。
「……で、だ。ローゼリア、そしてリアンヌ。お前たち二機が、令嬢の小隊に直接随伴する『専属護衛』だ」
「うむ。任せておけ、団長」
「はっ。我が姫君の威光、そして我ら戦乙女の誇りに懸けて、完璧に完遂してみせます」
ローゼリアとリアンヌが頷き合う。
かくして、漆黒の死神『タナトス』と、純白の騎士『ブラン』の二機は、カタパルトから星の海へと射出された。
演習宙域のスタート地点である廃コロニーの前に、数機のマギアナイトが待機していた。
いずれも帝国立マギアナイト学園の特務小隊に所属するエリート機であるが、その陣形のド真ん中に、一際異彩を放つ機体が浮遊していた。
真紅の装甲に、豪奢な金色のエングレービング(彫刻)が施され、肩部には大きな『薔薇』の紋章が刻まれた特注の高級マギアナイト——『ロゼット・グレイス』。
マーベリック公爵が愛娘のために用意した、最高級のワンオフ機体である。
『——お、遅いですわよ、戦乙女!』
タナトスとブランが接近するなり、オープン回線にエリーゼ令嬢の少し上擦った、しかし精一杯に威厳を取り繕った声が響いた。
『わ、わたくしたち特務小隊は、既に十分前からスタンバイしておりましたのよ! 銀河最強と謳われる傭兵が、護衛対象を待たせるなんて感心しませんわね!』
「これは失礼した、エリーゼ令嬢。道中、少しばかり星の風が強くてな。……待たせたな」
ローゼリアが、低く落ち着いた「クールな死神」のボイスで返す。
すると、ロゼット・グレイスの機体がビクンッ! と跳ねた。
『ひぅっ……! い、いえ! べ、別に待ってなどおりませんわ! わたくしはただ、演習のスケジュールが数分遅れるのが気に入らなかっただけで……その、あなたが来てくれてホッとしたとか、そういうのは一切ありませんからねっ!!』
(うおおおおおっ!! チョロい! チョロすぎるぞこの令嬢!!)
コクピットの中で、ローゼリアは限界オタクの歓喜の舞を踊っていた。
(お手本のようなツンデレ! 機体のモーションにまで動揺が反映されておるではないか! 可愛い! なんというファンサのし甲斐がある生き物なんじゃ!)
「ふっ……。相変わらず素直ではないな。だが、お主のそういうところ、妾は嫌いではないぞ」
『〜〜〜〜ッッ!!』
ロゼット・グレイスが、宇宙空間で両手で顔を覆うような仕草を見せる。完全にノックアウト状態である。
しかし、その微笑ましい(?)光景を、極寒の絶対零度で見つめている者がいた。
『——ご挨拶が遅れました、エリーゼ・マーベリック令嬢』
純白の機体『ブラン』が、タナトスの半歩前にスッと滑り出る。
通信回線に響いたのは、一切の感情を排した、美しくも底冷えするようなリアンヌの声だった。
『傭兵団「戦乙女」副団長、リアンヌと申します。以後、お見知りおきを』
『え? あ、ええ……。あなたが白銀の騎士、リアンヌね。話には聞いていますわ』
エリーゼがコホンと咳払いをして姿勢を正す。
『姫君の「ファン」を公言してくださること、光栄に存じます』
リアンヌの言葉は極めて丁寧だった。しかし、その裏に込められた『圧』は、宇宙空間の真空すらも凍りつかせるほどの冷気を孕んでいた。
『ですが……我が姫君の隣に並び立ち、護衛を受けるからには、それ相応の「覚悟」と「実力」を見せていただかなくてはなりません。ただキャーキャーと騒ぐだけの足手まといであれば、姫君の視界に入る前に、この私が排除——いえ、安全な場所へ「隔離」させていただきますので。……どうぞ、ご承知おきを』
『なっ……!? わ、わたくしを誰だと思っているんですの! 帝国貴族筆頭、マーベリック公爵家の娘ですわよ! 足手まといになんてなるはずがありませんわ!』
エリーゼも、持ち前のプライドから強気に言い返す。
(あばばばばばっ!! リアンヌ様が完全にマウントを取りにいっておられる!!)
ローゼリアは、タナトスのコクピットで冷や汗を拭った。
(「私の姫君に気安く近づくんじゃねぇぞ小娘」というリアンヌ様の心の声が、完璧な敬語の裏からダダ漏れじゃ! 怖い! 白銀の騎士がヤキモチで黒く染まりかけておる!!)
「ま、まあよい! 時間も惜しい、さっそく演習を開始するとしよう!」
これ以上火花が散る前に、ローゼリアが慌てて割って入った。
『ふんっ! 見せてあげますわ、わたくしの実力を! 特務小隊、前進開始!』
エリーゼの号令と共に、学園の機体群が廃コロニーのデブリ帯へと進入していく。
「リアンヌ、お主もあまり令嬢を苛めるでないぞ。相手はまだ学生じゃ」
ローカル回線でこっそり窘めると、リアンヌからは『私は姫君に害を為す不確定要素を警戒しているだけです』と、少しツンとした返事が返ってきた。
(リアンヌ様までツンデレみたいになっておる……!)
演習の内容は、デブリ帯に隠されたターゲットドローンを撃破しながら、規定のルートを走破するというオーソドックスなものだった。
『そこですわ!』
真紅のロゼット・グレイスが、デブリの陰から飛び出してきたドローンを、流れるようなビームライフルの連射で正確に撃ち抜いていく。
動きに無駄がなく、機体のスペックに振り回されていない。マーベリック公爵のコネだけでなく、エリーゼ本人が血のにじむような努力を重ねてきたことが、その操縦からハッキリと見て取れた。
「……ほう。見事な射撃じゃ。お主、ただのお嬢様というわけではないようじゃな」
ローゼリアが素直に感心して声をかける。
『と、当然ですわ! わたくしは……いつか、あなたの背中に追いつくために、誰よりも訓練を……っ、はっ!?』
エリーゼは自分で言った直後にハッと口を塞ぎ、『い、今のナシですわ! 聞かなかったことにしてくださいませ!』と慌てふためいた。
(かわいいぃぃぃっ!! 頑張り屋さんのツンデレ令嬢とか、推せる要素しかない!!)
ローゼリアがほっこりしていると。
ズガァァァァンッ!!
突然、エリーゼの機体のすぐ横を、一筋の『白銀のビーム』が掠めていき、奥に隠れていたドローンを粉々に粉砕した。
『なっ!? なんですの今の狙撃は!』
『……おや、失礼。ドローンの残骸が、ほんのミリ単位ですが姫君の進行方向へ飛散する可能性があったため、安全のために「完全に」消滅させました』
ブランが、長槍から煙を上げながら、涼しい顔で言い放つ。
『……っ! あなた、わたくしの獲物を横取りした上に、わたくしの防衛ラインが甘いと言いたいですのね!?』
『そのようなことは一言も申し上げておりません。ただ、姫君をお守りする「絶対の盾」としては、当然の務めを果たしたまでです』
(リアンヌ様ァァッ! 完全に令嬢に張り合っておられる!!)
「おーい、二人とも……護衛対象と護衛が小競り合いをしてどうするんじゃ……」
ローゼリアが特大のタメ息を吐き出そうとした、その時だった。
『……ローゼリア、リアンヌ。応答しろ』
母艦エインヘリアルで待機しているブリュンヒルデ団長から、緊迫した通信が飛び込んできた。
『演習宙域のデブリ帯の奥底から、想定外の【所属不明機】の熱源反応を多数確認した。……ドローンじゃない、実戦用の高出力マギアナイトだ! しかも、この熱源パターン……』
ブリュンヒルデが言い終わるよりも早く。
エリーゼの特務小隊の進行方向にある巨大な廃コロニーの影から、禍々しい緑色のモノアイを光らせた、無骨な迷彩塗装のマギアナイトが次々と姿を現した。
その数、およそ五十機。
『なんだ、あの機体は……!? 演習のプログラムにはないぞ!』
特務小隊の学生たちがパニックに陥る。
「……反帝国派のテロリストか、それともただの海賊か。いずれにせよ、招かれざる客じゃな」
ローゼリアは、タナトスの大鎌を静かに構え、赤い瞳を鋭く細めた。
『……姫君。どうやら、私の「警戒」は杞憂ではなかったようです。有象無象の羽虫どもが、姫君の御前を汚そうとしています』
リアンヌの放つ冷気が、先ほどのヤキモチから、本物の『戦場の殺気』へと一瞬で切り替わった。
「エリーゼ! お主たちは妾の背後に下がっておれ! ここから先は、本物の死神の仕事じゃ!」
『ロ、ローゼリア様……!』
突如として乱入してきた所属不明の部隊。
護衛対象であるエリーゼたちを背にかばいながら、漆黒の死神と白銀の騎士は、暗礁宙域の闇を切り裂くように戦闘態勢へと移行した。




