第八十一話:頭を抱える団長と、公爵令嬢の素直になれない事情
「……頭が痛い。そして胃も痛い」
母艦『エインヘリアル』のブリッジ。
円卓の特等席で、特大の胃薬の瓶を力なく振るいながら、ブリュンヒルデ団長は深く、そして重いタメ息を吐き出した。
その視線の先には、昨晩の『カップ麺騒動』から完全に仲直りし、以前にも増して甘ったるいピンク色のオーラを放ちながら寄り添い合うローゼリアとリアンヌの姿がある。
「なあ、お前ら。シミュレーターのVRポッドの修理費がいくらかかるか知ってるか? 軽く戦闘機が一機買える値段だぞ。給料天引きとはいえ、団の当面のキャッシュフローが火の車だ」
「す、すまん団長。まさかハグの衝撃でメイン基盤が焼き切れるとは思わんじゃろ……」
ローゼリアが気まずそうに目を逸らすと、すかさずリアンヌが一歩前に出た。
「すべては私の責任です! 姫君の愛を真正面から受け止めた私の装甲の出力調整が甘かったばかりに! 団長、姫君の修理費はすべてこの私が立て替えます!」
「そういう問題じゃない。お前ら二人のその無駄なフルパワーを、なんとか金に換えないと私の胃壁が持たんと言っているんだ」
頭を抱えるブリュンヒルデ。しかし、彼女は歴戦の傭兵団のトップである。タダで落ち込んでいるわけではなかった。
「……だが、運が良いのか悪いのか、地獄に仏とはこのことだ。修理費をカバーして余りある、超高額の依頼が今朝方飛び込んできた」
「おお! さすがは団長! して、その依頼とは?」
ブリュンヒルデが円卓のコンソールを操作すると、ホログラムモニターに巨大な紋章が浮かび上がった。
交差する剣と、豪奢な獅子を象ったその紋章を見て、ローゼリアは目を見開いた。
「この紋章……エーベルヴァイン帝国の、『マーベリック公爵家』の紋章ではないか!?」
「ご名答だ。依頼主は、帝国貴族派の筆頭であるマーベリック公爵その人。依頼内容は、『帝国立マギアナイト学園』の生徒たちが近日行う、辺境宙域での【実戦演習】における護衛任務だ」
「帝国の学園の護衛……? わざわざ公爵本人が、我々のような傭兵団を雇うのか?」
リアンヌが不思議そうに小首を傾げる。
「ああ。護衛対象は学園の生徒全体じゃない。マーベリック公爵の愛娘である【エリーゼ・マーベリック令嬢】が所属する、特務小隊だけの専属護衛だ。公爵の過保護っぷりも大概だが……今回は、それだけじゃない」
ブリュンヒルデは、ニヤリと笑ってローゼリアを指差した。
「エリーゼ令嬢が、『どうしても戦乙女に護衛を頼みたい』と、父親である公爵に泣きついて指名してきたらしい。……しかも、お前のご指名だ、ローゼリア」
「えっ? 妾の?」
「そうだ。皇女という高貴な身分でありながら、しがらみを捨てて星海を翔け、最強の傭兵として活躍する『黒き死神』。……令嬢は、お前の熱狂的なファンらしいぞ」
「「「おおおおおっ!!」」」
ブリッジにいたランドグリーズたちが、一斉に歓声を上げた。
「すげぇじゃんお姫様! 帝国のお姫様から帝国公爵令嬢へのファンサ任務か!」
「やりましたね、ローゼリア! さすがは我が主君、その気高く美しい生き様は、遠く離れた帝国の少女の心すらも魅了してしまったのですね!」
リアンヌは自分のこと以上に喜び、キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる。
(ふ、ふははははっ! キタコレ! 妾にもついにファンが!? しかも公爵令嬢! リアンヌ様からの好感度も爆上がりじゃ! これは『自立したカッコいい主君』をアピールする絶好のチャンス!)
「ふっ……。まあ、妾のカリスマをもってすれば、貴族の令嬢一人や二人、魅了して当然のことじゃな。良いだろう、その依頼、引き受けてやる!」
ローゼリアは、鼻高々に腕を組んでみせた。
「よし、交渉成立だ。ちょうど向こうから、顔合わせの通信が繋がっている。令嬢本人だ。ローゼリア、くれぐれも粗相のないようにしろよ」
ブリュンヒルデが通信を繋ぐと、メインモニターに一人の少女の姿が映し出された。
金糸のように美しいブロンドの縦ロールヘア。帝国の豪奢な制服に身を包み、翡翠色の大きな瞳を持った、まるでお人形のように可憐な少女——エリーゼ・マーベリック令嬢であった。
『……つ、通信、繋がりましたわね。傭兵団・戦乙女の皆様。わたくしが、エリーゼ・マーベリックですわ』
画面越しのエリーゼは、どこか緊張した面持ちで、コホンと小さく咳払いをした。
「うむ。妾が戦乙女のエース、ローゼリアじゃ。この度の護衛任務、大船に乗ったつもりで安心するが良い、令嬢よ」
ローゼリアが、ファンサービスも兼ねて、極めてダークでクールな死神の笑みを浮かべて語りかける。
すると、エリーゼの顔がボフッと音を立てんばかりに真っ赤に染まった。
『あっ……! ほ、本物の、ローゼリア様……っ! わたくし、ずっとあなたの活躍を……っ!』
エリーゼは目を輝かせ、身を乗り出しそうになったが——ハッと我に返ったように、急にツンッ! と顔を背け、腕を組んだ。
『べ、勘違いしないでくださいませ! わたくしは決して、あなたのファンだからとか、皇女でありながら自由と信念を貫くそのお姿に毎日憧れてポスターを部屋に飾っているからとか、そういう不純な動機で指名したわけではありませんわ!!』
「…………ん?」
『お父様が、わたくしの完璧な実戦演習の記録に傷がつかないよう、銀河で一番腕の立つと噂の傭兵を雇っただけです! あ、あくまで戦力として期待しているだけなのですからね! そ、そこんところ、絶対に勘違いしないでよねっ!』
顔を真っ赤にして、早口でまくし立てるエリーゼ。
そのあまりにも教科書通りの反応に、ブリッジの面々はポカンと口を開けた。
(…………古典的なツンデレじゃァァァァァッ!!!)
限界オタクであるローゼリアの脳内に、激しい電流が走った。
金髪縦ロール、お嬢様、そして「勘違いしないでよね!」。
まるで古き良き美少女ゲームから飛び出してきたかのような、完璧な属性の数々。しかも「ポスターを飾っている」と自分から暴露してしまうポンコツ具合まで兼ね備えている。
(かっっっっっわいい!! なにこの生き物! 妾のファン!? めっちゃ可愛いんじゃが!?)
ローゼリアは内心で悶え転げそうになるのを必死に堪え、あくまで「クールでカッコいい憧れの対象」としてのポーカーフェイスを維持した。
「ふっ……。安心しろ。お主の演習の記録、この黒き死神が完璧に守り抜いてやろう。……エリーゼ、演習宙域で会えるのを楽しみにしているぞ」
ローゼリアが少し声のトーンを落として微笑むと、画面の向こうのエリーゼは「ひぅっ」と短い悲鳴を上げ、顔を両手で覆い隠した。
『よ、呼び捨て……っ!? あ、あああ、ありがとうございます……じゃなくて! わ、わたくしも、期待しておりますわ! それでは、失礼いたしますっ!』
ブツッ。
慌てた様子で、通信が切断された。
「……面白いお嬢さんですね。感情が顔と口からすべて漏れ出しています」
ロスヴァイセが、呆れたように眼鏡を押し上げる。
「あははは! わかりやすい奴! お姫様、愛されてるじゃん!」
ランドグリーズがバンバンとローゼリアの肩を叩く。
「ふ、ふん。まあ、あのように慕われては、無下にはできんからな」
ドヤ顔で胸を張るローゼリアだったが、その背後から、ジトォォォォッ……という、尋常ではない圧力を伴った視線が突き刺さっていることに、彼女はまだ気づいていなかった。
「……姫君」
「ひっ!?」
振り返ると、そこには一切の表情を消したリアンヌが立っていた。
その手には、ローゼリアのために淹れたはずの紅茶のカップが握られているが、カップにはミシミシとヒビが入りかけている。
「ずいぶんと、あのお嬢様と楽しそうにお話をされていましたね。……『エリーゼ』と、親しげに呼び捨てになさって」
「り、リアンヌ様? なぜそこでお主からダークなオーラが……」
「別に、嫉妬などしておりません。ええ、決して。……ただ、姫君の初めての『ファン』を名乗るあの小娘が、本当に姫君の護衛対象として相応しい存在なのか……この騎士リアンヌ、少しばかり『厳しく』見極めさせていただく必要がありそうですね」
(あばばばばばっ!! リアンヌ様がヤキモチを焼いておられる!? 尊い! 尊いけど、目のハイライトが消えてて怖い!!)
公爵令嬢という新たな火種の登場と、我が忠騎士の静かなるヤキモチ。
波乱の予感しかしない帝国立学園の護衛任務に向けて、傭兵団エインヘリアルは、次なる演習宙域へと船首を向けるのであった。




