第八十話:深夜の背徳(カップ麺)と、すれ違う主従の激突
母艦『エインヘリアル』が静寂に包まれた、深夜二時のことである。
全乗組員が深い眠りについているはずの薄暗い艦内通路を、コソコソと、まるで敵地に潜入するスパイのような足取りで進む一つの影があった。黒き死神、ローゼリアである。
彼女は愛用のネグリジェの上にパーカーを羽織り、周囲に魔力探知を張り巡らせながら、目的地である共有カフェテリアへと滑り込んだ。
(よし……! 誰もいないな。リアンヌ様も自室でスヤスヤと眠っておられるはずじゃ)
ローゼリアは、カフェテリアの隠し戸棚(彼女専用の秘密のストック場所)を開け、お宝でも取り出すかのような慎重な手つきで『それ』を取り出した。
——【激辛・地獄竜のブレスラーメン(大盛り)】。
ジャンクフードの極みであり、深夜に食べれば翌日の胃もたれと顔のむくみが確定するという、背徳のインスタント食品(カップ麺)である。普段、リアンヌが徹底した栄養管理のもと、最高級の食材で作った完璧なフルコースを提供してくれているため、ローゼリアがこうしたジャンクフードを口にする機会は皆無に等しかった。しかし、いかに最高級のフルコースを毎日食べていようと、限界オタクの魂には時折「どうしようもなく体に悪そうなカップ麺を深夜に啜りたい」という強烈な発作が起きるものなのだ。
(くふふふっ……! この毒々しいパッケージ! 鼻を突く化学調味料の香り! たまらん! 今日こそは、リアンヌ様の目を盗んでこの背徳の味を堪能してやる!)
ローゼリアはウキウキと給湯器のボタンを押し、カップにお湯を注いだ。立ち上る湯気と、ジャンクな香りに目を細め、きっちり三分を計るためにタイマーをセットする。
「……ふふふ、あと一分。待ち遠しいのう……」
「——ローゼリア。こんな夜更けに、一人で何をされているのですか?」
「っっ!?」
背後から突然響いた、鈴を転がすような、しかし今は絶対零度のように冷ややかな声。ローゼリアは、心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪え、ロボットのようにギギギ……と首を後ろに向けた。
そこには、乱れ一つない純白のナイトガウンを身に纏い、腕を組んで静かにこちらを見下ろす白銀の騎士、リアンヌが立っていた。その碧眼は、ローゼリアの手元にある『激辛・地獄竜のブレスラーメン』を、まるで親の仇でも見るかのような鋭い視線で射抜いている。
「り、リアンヌ!? なぜお主がここに……!? まさか、魔力探知をすり抜けたとでもいうのか!?」
「あなたの足音など、私が聞き逃すはずがありません。……それより、ローゼリア。それは何ですか?」
リアンヌが一歩、静かに距離を詰める。その圧倒的な正妻……もとい、騎士としての圧に、エースパイロットであるはずのローゼリアは冷や汗をダラダラと流した。
「こ、これはだな……その、夜食じゃ! 決してリアンヌの食事が不満なわけではない! ただ、たまにはこういう庶民的な味が恋しくなるというか……」
「百歩譲って、夜食を召し上がること自体は咎めません。育ち盛りですからね。……ですが、なぜ私を呼ばなかったのですか?」
リアンヌの声が、微かに震えていた。
「お湯を沸かし、三分間待つ。そのような雑務、この私がすべて完璧にこなしてみせましたのに。それとも、ローゼリアは私に給湯器のボタン一つ押すことすら任せられないと? 私の淹れたお湯では、ご満足いただけないと仰るのですか?」
(ええええええ!? そこで落ち込むの!? ていうか、カップ麺のお湯くらい自分で入れさせてくれよ!!)
限界オタクの内心は激しくツッコミを入れたが、リアンヌはひどく傷ついたような、悲しげな表情を浮かべている。推しのそんな顔を見せられては、ローゼリアの心も激しく揺さぶられる。しかし、ここで「ごめん、次からはお湯も入れて」と言うのは、主君としての——いや、一人の自立した大人(?)としてのプライドが許さなかった。
「り、リアンヌ。お主は少し過保護すぎるぞ。妾とて、カップ麺のお湯くらい自分で注げるわ! むしろ、この『自分でフィルムを剥がし、お湯を注ぎ、三分待つ』というプロセスそのものが、ジャンクフードの醍醐味なんじゃ!」
「……プロセス? つまり、私がそのプロセスに介入することは、あなたにとって『邪魔』だったということですか」
「そうは言っておらんじゃろ! 妾はただ、自立したカッコいい主君でありたいだけじゃ!」
「カッコいい主君は、深夜に隠れて激辛ラーメンなど啜りません!」
ピシャリと放たれたリアンヌの正論。売り言葉に買い言葉で、ローゼリアもついムキになってしまった。
「う、うるさい! 妾の勝手じゃろ! お主は妾の騎士であって、オカンではないわ!」
「っ……! オ、オカン……!?」
その言葉が、リアンヌの胸に致命傷を与えてしまったらしい。リアンヌは目を見開き、そして、スッと表情を消した。
「……承知いたしました。そこまで仰るなら、私はもう何も申し上げません。どうぞ、ご自由にその『自立したカッコいいプロセス』をお楽しみください」
「えっ、あ、ちょっ、リアンヌ……?」
リアンヌは深く一礼すると、冷たい空気を残したまま、踵を返して足早にカフェテリアを去っていった。残されたローゼリアは、タイマーが「ピピピピ!」と虚しく鳴り響く中、完全に伸びきったカップ麺を前に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
翌朝。母艦エインヘリアルのブリッジは、かつてないほどの『異常な冷気』に包まれていた。
円卓の席につくローゼリアの背後。いつもなら、甘やかすような微笑みを浮かべて寄り添っているはずのリアンヌが、今日はローゼリアからきっちり『三歩』後方に下がり、能面のように感情を消した顔で直立不動の姿勢をとっていた。
「…………」
「…………」
無言。圧倒的無言。リアンヌからは、話しかけるなと言わんばかりの冷たいオーラ(物理的にブリッジの気温が2度ほど下がっている)が放たれており、ローゼリアは冷や汗を流しながら、居心地の悪さに身をよじっていた。
(死ぬ……! この空気、息が詰まって死ぬゥゥゥッ!! いつもなら「ローゼリア、本日の紅茶です」って極上の笑顔でサーブしてくれるのに! 今日は朝の挨拶が「おはようございます、マスター」だったぞ!? マスターって何!? 距離感がバグっておる!!)
チラリと後ろを振り向いてみるが、リアンヌは視線すら合わせようとしない。完璧な騎士としての姿勢を崩さず、ただ前だけを見据えている。その凄まじい冷戦状態を、他の戦乙女のメンバーたちも当然のように察知していた。
「……おいおい、なんだこの空気。息苦しくて酸素濃度が下がってんじゃないか?」
長女ランドグリーズが、頬を引きつらせて小声で呟く。
「痴話喧嘩ですね。それも、極めてタチの悪いタイプの」
次女ロスヴァイセが、コーヒーカップを片手に呆れたように息を吐いた。
「過去のデータから推測するに、原因は99%お姫様の自業自得ですが……ここまでリアンヌさんが怒っている(拗ねている)のは珍しいですね。これはブリッジの環境維持システムに悪影響を及ぼします」
三女オルトリンデも、タブレットを操作しながら冷静に分析を下す。
「お、お前ら! ヒソヒソ話しておらんで、なんとかしてくれ!」
ローゼリアが涙目で三姉妹に助けを求める。
「自業自得だろ。素直に謝ったらどうなんだ?」
「謝ろうとしたんじゃ! 今朝、食堂で会った時に! でも『私はオカンですので、カッコいい主君のお世話などおこがましいです』って、完璧な敬語でシャットアウトされたんじゃぁぁっ!」
ローゼリアが頭を抱えて机に突っ伏した、その時だった。
「——お前ら、朝からブリッジを葬式会場みたいな空気にするな!!」
自動ドアが開き、特大の胃薬の瓶を持ったブリュンヒルデ団長が、鬼の形相で入ってきた。
「ローゼリア! リアンヌ! お前らのプライベートな痴話喧嘩を任務に持ち込むな! 操舵手やオペレーターが、お前らの冷戦のせいで胃を痛めて泣きそうになってるだろうが!」
ブリュンヒルデの怒号に、ローゼリアはビクッと肩を震わせ、リアンヌは「申し訳ありません、団長」と冷たく一礼した。しかし、二人の間の絶対零度の壁は崩れない。
「……はぁ。お前らのその性格、話し合いで解決するとは思えん。フラストレーションが溜まってるなら、傭兵らしく『力』で発散してこい!」
ブリュンヒルデは、バンッ! と円卓を叩いた。
「今すぐ仮想空間(VRシミュレーター)に入れ! 機体に乗って、気が済むまで殴り合ってこい! お互いの言いたいことは、拳で語り合え!」
「シ、シミュレーターで決闘じゃと!?」
ローゼリアが目を丸くする。
「……団長がそう仰るなら。私は一向に構いません」
リアンヌが、初めて感情の籠もった、鋭い刃のような視線をローゼリアに向けた。「我が主君が、どれほど『自立』しておられるのか……この騎士リアンヌの剣で、直接確かめさせていただきます」
(ひぃぃぃぃぃっ!! リアンヌ様が本気でキレておられる!! 推しに殺される!!)
しかし、売られた喧嘩を買わないわけにはいかない。ローゼリアもまた、震える膝を必死に隠し、傲慢な死神の笑みを浮かべて立ち上がった。
「ふ、ふん! 上等じゃ! 妾がただ守られるだけの存在ではないということを、その身に刻み込んでやるわ!」
エインヘリアルの深部にある、最新鋭のVRシミュレータールーム。
完全なフィードバックシステムを備えたカプセル型のポッドに、ローゼリアとリアンヌがそれぞれ乗り込んだ。仮想空間上に構築されたのは、無数の小惑星が浮かぶデブリ帯のフィールド。フラッシュと共に、二機の規格外マギアナイトが光の中から姿を現した。
一機は、禍々しい漆黒の装甲に身を包み、身の丈を優に超える巨大な大鎌を構える死神——『タナトス』。
もう一機は、純白と白銀の装甲に身を包み、六枚の光の翼を展開して白銀の長槍を構える騎士——『ブラン』。
『……システム・オールグリーン。出力制限、完全解除。いつでも行けます、ローゼリア』
オープン回線から響くリアンヌの声は、普段の甘く優しい響きを完全に消し去った、氷の刃のような冷徹なトーンだった。
(うおおおおおっ……! クールで冷酷な敵対モードのリアンヌ様!! これはこれでアリ……いや、尊い!! アリ中のアリ!! ……ハッ、いかんいかん、今は真剣勝負じゃ!)
「行くぞリアンヌ! 妾の真の力、とくと見よ!」
『試合開始!』
ブリュンヒルデの合図と共に、二機の化け物が同時にスラスターを全開にして激突した。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!
タナトスの漆黒の大鎌と、ブランの白銀の長槍が、宇宙空間の中心で激しく交差する。凄まじい衝撃波が仮想空間のデブリを粉々に粉砕し、モニター越しに見ている姉妹たちですら息を呑むほどの光の奔流が巻き起こった。
『どうしましたか、ローゼリア! その程度ですか!』
『くっ……! リアンヌ、お主、本気で妾を殺す気か!?』
『私が手加減などすれば、自立したカッコいい主君であられるあなたのプライドを傷つけるでしょう! ですから、私は全力であなたを打倒します!』
ブランの六枚の光の翼【熾天使の光翼】が眩く輝き、リアンヌの長槍が音速を超えた連続突きとなってタナトスに襲い掛かる。まさに流星雨のような猛攻。
「ちぃぃっ! ならば妾も手加減はせんぞ! 【次元断層シフト】!」
タナトスの姿がフッと空間から掻き消え、次の瞬間、ブランの真上へとゼロタイムで跳躍する。そして、大鎌を振りかぶり、空間そのものを切断する一撃を放った。
『甘いです!』
リアンヌは頭上からの死角からの攻撃に対し、一切の焦りを見せることなく、ブランの白銀の盾を天に掲げた。
ガキィィィィィィィィンッ!!!
空間ごと切り裂くはずのタナトスの大鎌が、ブランの盾によって完璧に弾き返される。
『なっ……!? 妾の断次元サイズを防いだと!?』
『あなたの攻撃の癖、間合い、タイミング。……そのすべてを、私は誰よりも側で見て、知っています。あなたをお守りするために、あなたの全てを把握しているのですから!』
ブランが盾でタナトスの体勢を崩し、そのガラ空きになった胴体へ向けて、長槍の石突きを容赦なく叩き込んだ。
『がはぁっ!?』
VRの痛覚フィードバックがローゼリアの身体を襲い、タナトスが大きく吹き飛ばされる。
(強ぇぇぇぇっ!! リアンヌ様、マジで強すぎる!! 普段は妾を徹底的にサポートしてくれる絶対の盾だけど、敵に回すとこんなに絶望的な相手だったのか!?)
「はぁっ、はぁっ……! おのれ、ならばこれならどうじゃ!」
ローゼリアは距離を取り、タナトスの魔力炉を暴走寸前まで引き上げた。漆黒のオーラが機体を包み込み、宇宙空間に巨大な黒い雷の渦が発生する。
『バハムート! 照準固定! 【終焉の黒雷】!!』
タナトスの大鎌から、仮想空間の星すらも消し飛ばすほどの極太の破壊光線が放たれた。しかし、リアンヌは回避しようともせず、真正面からその光線に向かって突撃を開始した。
『ローゼリアァァァァァッ!! 防ぎきってみせます! あなたの全てを、私が受け止める!!』
白銀の騎士は、盾を構えたまま、漆黒の破壊光線の奔流の中を突き進む。装甲が削れ、アラートが鳴り響く中、リアンヌの執念と愛(重め)がシステムの限界を超えた力を引き出していた。
ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!
光の奔流を抜け、ボロボロになったブランがタナトスの懐に潜り込んだ。そして、互いの武器を捨て、マギアナイト同士の『取っ組み合い』という泥臭い肉弾戦へと発展した。
『なぜですか! なぜ、私を頼ってくださらないのですか!』
通信回線越しに、リアンヌの悲痛な叫びが響く。タナトスの胸ぐらを掴み、ブランが激しく揺さぶる。
『お湯を入れることすら、私の役目ではないと!? 私は、あなたの手足となり、剣となり、盾となるために……あなたのお世話をするために存在しているのに!』
「だ、だから違うと言っておるじゃろうが!!」
ローゼリアも、タナトスの腕でブランを押し返し、ついに本音を絶叫した。
「妾だって……妾だって、リアンヌに甘えたいわ!! お主の淹れた紅茶を飲み、お主の作ったフルコースを食べ、お主に髪を梳かしてもらいたい!!」
『なら、なぜ……!』
「カッコつけたかったんじゃぁぁぁぁぁっ!!」
ローゼリアの魂の叫び(限界オタクの悲痛な叫び)が、全通信回線に響き渡った。
「お前はいつも完璧じゃ! 強くて、美しくて、イケメンで、非の打ち所がない! そんな完璧な騎士が、毎日毎日、こんな運動音痴でポンコツで、隙あらば泥酔して砂浜に突き刺さるような駄目な主君の世話を焼いている!」
「そ、そんなこと……!」
「あるんじゃ!! 妾は……妾は、そんな完璧な推し(リアンヌ)の隣に立つに相応しい、クールで自立した最強の死神でありたいんじゃよ!!」
ローゼリアの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「カップラーメンくらい自分で作れるところを見せて、『ローゼリアは一人でも立派ですね』って、お主に……リアンヌ様に尊敬されたかったんじゃぁぁぁっ!!」
「…………えっ」
ブランの動きが、ピタリと止まった。リアンヌの怒りに満ちていた顔が、みるみるうちに驚き、そして真っ赤な羞恥(と圧倒的な尊さ)に染まっていく。
『私に……尊敬されたい、から……? たった、それだけの理由で、ご自分でお湯を……?』
「うぅぅ……そうじゃ。すまんかった。妾が阿呆じゃった。お主をオカン扱いしたのも、ただの照れ隠しじゃ……! だから、もう嫌わないでくれェェッ……!」
VRポッドの中で、ローゼリアは子供のようにボロボロと泣きじゃくった。その言葉を聞いた瞬間、リアンヌの中で、何かが完全に決壊した。
『ローゼリア……! ああ、私の、愛しき姫君……!!』
ブランが、タナトスを突き放すのではなく、その漆黒の装甲を『ぎゅっ』と力強く抱きしめた。
『嫌うわけがありません! むしろ、そんな可愛らしい理由で強がっていたあなたが……たまらなく、たまらなく愛おしいです!!』
「り、リアンヌ……っ」
『ですが、ローゼリア。どうか勘違いなさらないでください。私があなたにお仕えするのは、あなたが完璧だからではありません。……あなたが時折見せるその不器用さも、ポンコツなところも、すべてを含めて愛しているからこそ、私が側でお支えしたいのです!』
リアンヌの目からも、大粒の涙が溢れ出していた。
『ですから、どうか……これからも、私をあなたのオカン……いえ、あなたの騎士として、一生お世話をさせてください! カップ麺のお湯から、寝起きの着替えまで、すべて私がやりますから!』
「う、うおおおん! わかった、わかったからぁ! もう一生、リアンヌ様のお世話になるんじゃぁぁぁっ!!」
宇宙空間の中心で、ボロボロになった二機のマギアナイトが、熱い涙を流しながら抱き合う。
『……おい、システム。勝敗判定はどうなってる』
モニターの外で、ブリュンヒルデが完全に死んだ魚の目でオペレーターに尋ねた。
『は、はい。両機とも、互いの機体を抱きしめ合う力が強すぎて、装甲圧壊により同時大破……引き分けです』
『…………もう、好きにしろ』
特大の胃薬を一気飲みし、ブリュンヒルデはシミュレータールームの電源をそっと落とした。
シミュレータールームでの痴話喧嘩(という名の壮大なノロケ)から数時間後。
すっかり元通りの——いや、以前にも増して甘々でベタベタな空気に戻った主従の姿が、エインヘリアルのカフェテリアにあった。
「さあ、ローゼリア。お湯をお注ぎいたしました。きっちり三分間、私がこのタイマーでお計りいたします」
「うむ……ありがとう、リアンヌ」
テーブルの上には、昨夜食べそこねた『激辛・地獄竜のブレスラーメン』が置かれている。リアンヌは、白銀の騎士の正装のまま、まるで伝説の聖剣でも扱うかのような真剣な眼差しで、ストップウォッチを見つめていた。
「——3、2、1……ゼロ。完成です、我が姫君。私が蓋をお開けいたします」
ペリッ。リアンヌの完璧な所作によってフィルムが剥がされ、立ち上るジャンクな湯気。
「おお……! 完璧な三分間じゃ! さすがはリアンヌ!」
「もったいなきお言葉。……さあ、私がフーフーと冷まして差し上げますね。あーん」
「えっ、い、いや、そこは自分で食べるから……」
「ダメです。一生お世話をさせてくださると約束したではありませんか。さあ、あーん」
有無を言わさぬリアンヌの極上の笑顔(と、背後に見える謎の黒いオーラ)に押され、ローゼリアは顔を真っ赤にしながら、差し出されたラーメンを口に運んだ。
「あ、あーん……。はむっ」
ズルズルッ。
「……どうですか、ローゼリア。お味は」
「うむ。……めちゃくちゃ辛い上に、なんかリアンヌに見つめられすぎて、味が全くわからん」
「ふふっ、可愛らしいお顔です」
(くぅぅぅっ……! 結局、自立した主君ルートは完全に折れてしまったが……推しに『あーん』してもらえるこの圧倒的な供給! これぞ限界オタクの真の勝利じゃ!!)
内心でガッツポーズを決めながら、ローゼリアは真っ赤な顔でジャンクフードを啜り続けた。
そんな平和でイチャイチャな空間を、少し離れた席から生暖かい目で見守る姉妹たち。
「……結局、元の鞘に収まったな。しかも前よりひどくなってる」
ランドグリーズが呆れ笑いをする。
「ええ。まあ、ブリッジの気温が氷点下になるよりは、あのピンク色のオーラを放たれている方が、まだ環境には優しいでしょう」
ロスヴァイセがコーヒーを啜る。
「……しかし、シミュレーターのVRポッド。あのお二人が抱き合った際の過剰なフィードバック負荷で、メイン基盤が二つほど焼き切れました。修理費、どうしましょうか」
オルトリンデの冷酷な報告に。
「あのバカ共の給料から、全額天引きだァァァァァァッ!!」
ブリュンヒルデ団長の胃痛に満ちた叫び声が、深夜のカフェテリアに空しく響き渡るのであった。カップラーメン一杯のお湯から始まった、史上最も壮大で、最もくだらない戦乙女の喧嘩は、こうして甘すぎる結末をもって幕を閉じたのである。




