第七十六話:常夏のスイカ割りと、酔いどれの死神
アクアリアでのバカンス、二日目。
前日の『ビーチバレー空振りクレーター事件』の記憶も新しい中、黒き死神ローゼリアの受難(という名の自滅)は、今日も元気に続いていた。
「そこだ、お姫様! 右に三歩、いや四歩! そこで思い切り振り下ろせ!」
「……姉さん、右と左を間違えています。お姫様、そこから左に二歩です」
目隠しをされたローゼリアは、両手で木製の棒を握り締めながら、砂浜をフラフラと彷徨っていた。
第7星区の夏の風物詩——『スイカ割り』である。
(ふはははっ! 動くボールを打つのはタイミングが必要だが、止まっているスイカを叩き割るだけなら妾のポンコツ運動神経でも余裕じゃ! 目隠しなど、研ぎ澄まされた魔力探知の前では無意味! 今度こそ、リアンヌ様の前で完璧でクールな姿を見せつけてやる!)
「うむ、そこじゃな! 貰ったァァァッ!!」
ローゼリアは魔力探知で完璧に『スイカ』の位置をロックオンし、自信満々に棒を大きく振りかぶった。
しかし、悲しいかな。彼女の脳と筋肉を繋ぐ神経回路は、致命的なまでに協調性を欠いていた。
いざ棒を振り下ろそうと砂浜を踏み込んだ瞬間。
何もない平坦な砂に足を取られ、両足が綺麗にもつれたのだ。
「あべばっ!?」
勢いよく前のめりに転倒するローゼリア。
しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。手からすっぽ抜けた木製の棒が、凄まじい遠心力と共に宙を舞い、美しい放物線を描いて——。
パァァァァァンッ!!
「……あ」
棒は見事、スイカから遥か十メートル離れた場所にあった『ビーチパラソルの支柱』に直撃し、パラソルを真っ二つにへし折ったのである。
「…………」
「…………」
目隠しを外したローゼリアの目の前には、割れていないスイカと、無惨にへし折れたパラソル、そして腹を抱えて砂浜を転げ回って笑うランドグリーズの姿があった。
「ぷっ、あはははははっ!! お姫様、最高!! 止まってるスイカ相手に自爆した上にパラソル粉砕とか、どんな奇跡の運動神経してんだよ!!」
「……ある意味、芸術的ですね。魔力探知は完璧だったはずなのに、自分の足に引っかかって全てを台無しにするとは」
ロスヴァイセも眼鏡を抑えながら肩を震わせている。
「うぅぅ……うるさいっ! 砂が、砂が異常に滑りやすかっただけじゃ!」
顔を真っ赤にして涙目で言い訳をするローゼリア。
「ローゼリア! お怪我はありませんか!?」
すかさず駆け寄ってきたリアンヌが、砂まみれになったローゼリアを抱き起こし、優しく顔を拭ってくれる。
「まったく、あのスイカが避けたに違いありません。ローゼリアは何も悪くありませんよ」
「そ、そうじゃ! スイカが動いたんじゃ! リアンヌは分かっておるな!」
(うおおおん! リアンヌ様の優しさが身に染みるゥゥゥッ! でもやっぱり恥ずかしい! もうスポーツなんて二度とやらん!!)
完全に心が折れたローゼリアは、トボトボと足を引きずり、日陰の休憩スペースへと避難した。
「はぁ……。喉が渇いた……」
休憩スペースのデッキチェアには、ブリュンヒルデ団長がサングラスをかけて優雅に寝そべっていた。
その傍らの小さなテーブルには、南国特有の鮮やかなグラデーションカラーをした、いかにも美味しそうな『トロピカルジュース』がグラスに注がれて置かれている。傘の飾りまでついた、リゾート感満載の一杯だ。
(おお、冷たいジュース! ちょうどいいところにあったわ!)
ローゼリアは何も疑うことなくそのグラスを手に取ると、一気に喉へと流し込んだ。
ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ。
「……ん? なんじゃこれ、やけに喉が焼けるように熱い……」
グラスを空にしたローゼリアが首を傾げたその時。
サングラスをずらし、手元の端末から顔を上げたブリュンヒルデが、空になったグラスとローゼリアを交互に見比べた。
「……おい、ローゼリア。お前、まさかそれ、飲んだのか?」
「うむ。甘くて美味かったが、妙に後味がピリッとしたぞ。なんという果物のジュースじゃ?」
「ジュースじゃない。それは『アクアリアン・ブラッド』。……アルコール度数70%を超える、この星特産の超強力なラム酒だ」
「…………は?」
ローゼリアの思考が停止した。
同時に、空きっ腹に流し込まれた度数70%のアルコールが、神話の魔力炉を暴走させるかの如く、一瞬にして全身の血流に乗って脳髄へと直撃した。
「あ……あれぇ……? なんだか、世界が、ぐにゃぐにゃして……」
ぽふっ。
ローゼリアの顔が瞬く間に茹でダコのように真っ赤に染まり、焦点の合わない赤い瞳がトロンと潤む。
そして、そのままヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「おいおい、嘘だろ……! こいつ、酒に対する耐性がゼロ(下戸)なのか!?」
ブリュンヒルデが慌てて立ち上がる。
そこへ、異変に気づいたリアンヌたちが駆けつけてきた。
「姫君!? どうなさいましたか、お顔が真っ赤ですが!」
「あ、れぇ〜? りあんぬしゃまぁ〜?」
ローゼリアは、駆け寄ってきたリアンヌの純白の水着姿を見るなり、へらぁっとだらしない笑みを浮かべ、そのままリアンヌの腰にガバッと抱きついた。
「ひゃっ!? ろ、ローゼリア!?」
「えへへぇ〜。りあんぬしゃま、きょーも顔がいいねぇ〜。すっごいイケメン。腹筋、しゅごい。さわりたい〜。むにむに〜」
酔いが完全に回ったローゼリアは、普段の「気高き死神」の仮面を完全にかなぐり捨て、限界オタクとしての本性を隠すことなく垂れ流し始めた。
リアンヌの美しい腹筋に頬をすりすりし、指でツンツンと小突きながら、デレデレの笑顔で甘えている。
「ローゼリア!? 一体どうしたのですか、急にそんな……っ!」
リアンヌは真っ赤になって戸惑うが、大好きな主君からこれ以上ないほど甘えられ、密着されている現状に、嬉しさと恥ずかしさで完全にパニックに陥っていた。
「あははははっ! お姫様、酔っ払ってんのか!? すっげぇ面白い! オルトリンデ、早く録画しろ録画!!」
ランドグリーズが腹を抱えて爆笑する。
「言われずとも、すでに多角的に記録を開始しています。……これは後で、良い取引材料になりそうですね」
オルトリンデが、眼鏡をキラリと光らせながら端末のカメラを向ける。
「だめぇ〜。りあんぬしゃまは妾の推しなの。誰にもやらんのじゃ〜」
ローゼリアはリアンヌを抱きしめる力を強め、今度はリアンヌの胸元に顔をぐりぐりと押し付け始めた。
「りあんぬしゃま……おっぱいやわらかい……。いい匂いするぅ……。しゅき……ずっとこのままにして……」
「ふぇっ!? 姫、姫君……っ、そこは、ああっ、人目がありますから……っ!」
ついに白銀の騎士の理性も限界を迎え、顔から火が出るほど赤くなっておろおろと震え出す。しかし、主君を力ずくで引き剥がすことなどできるはずもなく、なすがままに胸元を堪能されていた。
「……はぁ。まさか、あの黒き死神の弱点が『酒』だったとはな」
一人、特大の胃薬を噛み砕きながら、ブリュンヒルデは深くため息をついた。
「おい、リアンヌ。悪いが、ローゼリアのアルコールが抜けるまで、お前がその『お守り』をしてやってくれ。私はもう知らん」
「は、はい……っ! 謹んで、お受けいたします……!」
涙目になりながらも、どこか幸せそうにローゼリアの頭を撫でるリアンヌ。
そして、その腕の中で「りあんぬしゃまぁ……」と蕩けた顔で推しを満喫する酔いどれの死神。
常夏のバカンス二日目は、ローゼリアの運動音痴と下戸というポンコツ属性がフルに発揮された結果、限界オタクにとって(後で死ぬほど後悔するであろう)最高にハッピーでカオスな一日として暮れていくのであった。




