第七十四話:常夏の楽園と、白銀の密着アーマー
燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて、エメラルドグリーンの波が優しく波打ち際を洗う。
惑星アクアリアの最高級プライベートビーチに、傭兵団『戦乙女』の面々は集まっていた。
「ひゃっほーぅ! 海だぜ海ぃ!!」
長女ランドグリーズが野生児のように真っ赤なビキニ姿で海へと飛び込み、次女ロスヴァイセが「はしゃぎすぎです、姉さん」と呆れながらも涼しげな青いワンピース水着でビーチパラソルの下に陣取る。三女オルトリンデは、水着の上に大きなパーカーを羽織り、丸眼鏡の奥の瞳で波間を観察していた。
そんな姉妹たちの喧騒から少し離れた特等席で、ローゼリアは新調した漆黒のフリル水着に身を包み、優雅にトロピカルジュースを啜っていた。
(ふはははっ、見よ! これが熟練のプロフェッショナル(限界オタク)の余裕じゃ! 前回の水着イベントでは尊さのあまり鼻血を噴き出して醜態を晒したが、二度目ともなればこの通り。完璧なポーカーフェイスで推しの姿を全方位から網膜に記録できるわ!)
ローゼリアは、隣に立つリアンヌの姿をチラリと盗み見た。
真珠のように美しい純白のビキニに、風になびく白銀のパレオ。引き締まった腹筋としなやかな長い脚、そして太陽の光を浴びて煌めく銀髪。まさにビーチに舞い降りた女神そのものであった。
(うむ、今日もリアンヌ様は最高にイケメンで美しい。よし、心拍数正常、鼻血の気配なし。俺の勝ちだな)
勝利の確信に浸り、冷静を装ってジュースを飲み干そうとした——その瞬間だった。
「——ローゼリア」
不意に、すぐ耳元で鈴の鳴るような声が響いた。
次の瞬間、ローゼリアの右腕に、柔らかく、しかし引き締まった「何か」が むにゅっ と押し付けられた。
「え?」
見上げれば、リアンヌがローゼリアの右腕を自身の両腕でそっと抱き抱えるようにして、ぴったりと身体を密着させていた。
遮るものは、お互いの薄い水着の布地だけ。リアンヌの雪のような白い肌のぬくもりと、どきどきと刻まれる心臓の鼓動、そして日焼け止めの甘い香りが、ダイレクトにローゼリアの五感へ叩きつけられる。
「っ、り、リアンヌ!? ななな、何をしておるのじゃ!?」
「何、とは? こうして二人で海を眺めているのですが……。何か問題でもありましたか、ローゼリア?」
リアンヌは不思議そうに小首を傾げ、至近距離からその吸い込まれそうな碧眼でローゼリアを見つめてきた。少し照れたように頬を桜色に染めながらも、その瞳には主君への深すぎる愛情が爛々と輝いている。
「も、問題は大ありじゃ! 密着しすぎじゃろ! 離れよ!」
「嫌です。先日の表彰式では、私の不徳のせいでローゼリアに恥ずかしい思いをさせてしまいました……。ですから、このバカンスの間は、一分一秒たりともあなたの側を離れず、今度こそ完璧にお守りすると誓ったのです」
そう言って、リアンヌはさらに腕の力を込め、ぐっとローゼリアを引き寄せた。
柔らかな感触が、ローゼリアの二の腕をさらに深く包み込む。
(あ、あわわわわわわわッッ!!? ちょっと待て、これは想定外じゃ!! 視覚的な供給なら耐えられるが、触覚の、しかもここまでゼロ距離の超密着は聞いてない!!!)
冷静なプロフェッショナルとしての防壁が、音を立てて崩壊していく。
ローゼリアの顔面は、タナトスの魔力炉がオーバーヒートしたかのように真っ赤に染まり、心臓がドラムのように激しく打ち鳴らされた。
「ひ、姫君……? 顔が真っ赤です。やはり、まだ表彰式の時の魔力酔いが残っているのでは……?」
心配そうに顔を近づけてくるリアンヌ。その距離、わずか数センチ。吐息が触れ合いそうなほどの超至近距離である。
「ち、違うわっ! これは太陽の光が強すぎるだけじゃ! ほら、あっちでランドグリーズが呼んでおるぞ! 泳いでこい!」
「ローゼリアを置いて一人で泳ぐなど、騎士の誉れに反します。さあ、私に掴まってください。一緒に波打ち際まで参りましょう」
リアンヌはローゼリアの手を優しく、しかし断固たる力で握り締めると、エスコートするようにゆっくりと歩き出した。
手を繋ぎ、腕を絡め合ったまま、二人の距離は常にゼロ。
(うおおおおおっ、ダメだ!! 脳が溶ける!! リアンヌ様の水着姿が腕に密着してるっていう事実だけで、俺の精神が亜空間へ強行跳躍しそうじゃ!! 二回目だからって油断した……推しの破壊力は、いつだってオタクの想像を超えてくるんじゃぁぁぁッ!!)
ポーカーフェイスなどどこへやら。
完全にドギマギし、借りてきた猫のように大人しくリアンヌに引かれていくローゼリア。
その真っ赤な横顔を見て、ビーチパラソルの下からロスヴァイセがクスクスと笑い声を漏らした。
「ふふっ、お姫様、相変わらずリアンヌさんには形無しですね」
「……微笑ましい。未来予知を使うまでもなく、あの二人の未来は安泰ですね」
オルトリンデも静かに眼鏡を押し上げる。
「おーい! 二人も早くこっち来いよ! 気持ちいいぞ!」
海の中から大きく手を振るランドグリーズ。
常夏の楽園の眩しい光の中、最強の死神は、白銀の騎士の甘すぎる「密着アーマー」に完全にノックアウトされながら、夢のような、しかしこれ以上ないほどに慌ただしい休息のひとときを過ごすのであった。




