第七十一話:栄光の表彰式と、黒き死神の華麗なる大失態
ボルス国の首都星『ボルシア』を未曾有のテロから救った数日後。
王宮の最も豪奢な大広間にて、傭兵団『戦乙女』に対する盛大な表彰式が執り行われていた。
大理石の床に赤い絨毯が敷き詰められ、周囲にはボルス国の重鎮や貴族たちがズラリと並び、畏敬の眼差しを向けている。
その視線の先、玉座の前に整列しているのは、普段のパイロットスーツや野戦服から一転、最高級の正装に身を包んだ戦乙女の面々であった。
団長のブリュンヒルデは軍服を思わせる漆黒の礼装。
ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデの三姉妹も、それぞれのパーソナルカラーに合わせた華やかなドレス姿。
そしてリアンヌは、純白と金を基調とした、まるで絵本から抜け出してきた王子様のように気高く美しい『近衛騎士』の正装を纏っていた。
(うおおおおっ……! みんなバッチリ決まってるけど、やっぱりリアンヌ様の正装姿がダントツで最高すぎる!! 眩しい! 尊い! あんなイケメン騎士を従えてる俺、マジで全銀河の勝者だろ!!)
列の中央に立つローゼリアは、内心で限界オタク特有の荒い鼻息を堪えながら、表面上は威風堂々とした『黒き死神』の顔を取り繕っていた。
本日のローゼリアの衣装は、フィーネが徹夜で仕立てたという、漆黒のフリルとレースがふんだんにあしらわれた、ゴシック調の非常に豪奢で裾の長いドレスであった。
「——傭兵団『戦乙女』よ。貴女方の比類なき武勇と、我がボルス国を救ってくれたその大いなる慈悲に、心よりの感謝と敬意を」
玉座から立ち上がったボルス国王が、厳かに声を響かせる。
「特にも、その圧倒的な力でテロリストを討ち果たした、黒き死神、ローゼリア殿。前へ」
「……うむ」
名前を呼ばれたローゼリアは、優雅に、そして傲慢な笑みを浮かべながら、堂々と一歩を踏み出した。
全銀河の注目を集める、最高にクールでダークな主人公としての見せ場である。
華麗に絨毯の上を歩き、王の前で優雅に一礼する——はずだった。
——グシャッ。
「……あ?」
一歩目を踏み出した瞬間。
ローゼリアの足の甲に、何か分厚い布の感触が乗った。
フィーネが気合を入れすぎて『長めに』仕立ててしまった、漆黒のドレスの裾。
それに自ら思い切り乗っかってしまったのだと、ローゼリアの脳が理解するよりも早く、物理法則は無慈悲に発動した。
重心が前に崩れる。足が前に出ない。
そして。
**ズテェェェェェェェェンッ!!!**
厳かな静寂に包まれていた大広間に、鈍く、そして信じられないほど間抜けな音が響き渡った。
ローゼリアは両腕を広げたまま、赤い絨毯の上を滑るように顔面からダイブし、見事なまでの『スライディング土下座』の姿勢でひれ伏してしまったのである。
「…………」
「…………」
大広間の空気が、文字通り完全に凍りついた。
王も、貴族たちも、目を丸くして口をポカンと開けている。
(や、やっちまったぁぁぁぁぁぁっ!?!? 俺のダークでクールな死神イメージが!! 全宇宙に放送されてる表彰式で、何やってんの俺!?)
顔から火が出るほどの羞恥心で、ローゼリアが絨毯に顔を埋めたままピクピクと痙攣していると、背後から微かな異音が聞こえてきた。
「……っ……、ぷっ……」
「ひっ……くっ……ふふっ……!」
ローゼリアが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには地獄のような光景が広がっていた。
長女のランドグリーズは、顔を真っ赤にして明後日の方向を向きながら、肩をガックンガックンと激しく震わせている。
クールな次女ロスヴァイセは、必死に下唇を噛み締め、プルプルと震えながら手で口元を覆っているが、完全に笑いが漏れ出ている。
三女のオルトリンデに至っては、眼鏡の奥で涙を浮かべながら、天井を仰いで必死に呼吸を整えようとしていた。
「おま……お前ら……!」
(笑うな! 絶対に笑うな!! 頼むからスルーしてくれ!!)
『……素晴らしいダイビングです、マスター。芸術点10.0、技術点10.0。歴史に残る完璧な土下座でした』
(バハムート! お前はイヤモニ越しに煽ってくるな!!)
団長のブリュンヒルデはといえば、右手で顔を覆い隠し、「また私の胃薬が……」と呟いているように見せかけて、その口角は完全にヒクヒクと痙攣し、限界まで笑いを堪えているのが丸わかりだった。
「ひ、姫君……ッ!」
そこへ、我らが白銀の騎士リアンヌが慌てて駆け寄ってきた。
(おお、リアンヌ様……! あなただけは俺の味方……!)
「お、お怪我はありませんか……? ぷっ……」
「……リアンヌ?」
ローゼリアが見上げた先。
いかなる時も真面目で忠誠心に溢れるリアンヌでさえ、真っ赤になったローゼリアの涙目の顔を見た瞬間、顔を伏せて肩を小刻みに震わせていたのだ。
「も、申し訳ありません、姫君……っ。あまりにも、その……お可愛らしくて……ふふっ……!」
「お主まで笑うなァァァッ!!」
完全に羞恥心の限界を突破したローゼリアは、真っ赤な顔でガバッと立ち上がった。
「こ、これは違うぞ! ボルス国の重力が、妾の故郷より僅かに強かっただけじゃ! 決して妾がどんくさいわけではない!!」
「そ、その通りですな! 誉れ高き戦乙女が転ぶはずなどない! こ、これはボルス国に対する、最上級の敬意の表現なのだろう! ガッハッハ!」
気を利かせた(?)ボルス国王が、必死にフォローを入れながら豪快に笑い出す。
「わ、笑うなと言っておるじゃろうがぁぁっ!!」
かつて数千の艦隊をたった一機で殲滅した最強の『黒き死神』の威厳は、この日、一枚のドレスの裾によって完全に(そして物理的に)崩れ去った。
大広間が温かくも平和な笑い声に包まれる中、ローゼリアだけが顔から火を吹きそうなほど赤くなりながら、本気で星を一つ次元ごと切り裂いて逃亡しようかと真剣に悩むのであった。




