第七十話:神話の強行跳躍(ショートワープ)と、絶望のカウントダウン
「バハムート! 首都星までの座標計算は済んでおるな!」
漆黒の専用機『タナトス』のコクピットで、ローゼリアが操縦桿を力強く握りしめる。
『当然です、マスター。空間の歪みを検知し、最適な強行跳躍のパスを構築済みです。……しかし、他の四機も巻き込んでの跳躍となると、マスターの魔力を少々多めに拝借することになりますが』
「構わん! 妾の魔力炉は無尽蔵じゃ、好きなだけ持っていけ!」
ローゼリアの宣言と共に、タナトスの背部に折り畳まれていた漆黒の魔力流体装甲が大きく展開し、宇宙空間に禍々しくも美しいオーラを放出し始めた。
「リアンヌ、ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ! 妾の機体の周囲に集まれ! バハムートの展開する跳躍フィールド(特異点)から一歩でも出れば、亜空間のチリになるぞ!」
『了解です、姫君!』
『おう! しっかり掴まってるぜ!』
純白の騎士『ブラン』を筆頭に、戦乙女たちの機体がタナトスの周囲に密集陣形をとる。
その規格外の光景を、輸送船のモニタールームから見ていたボルス国軍の司令官と鉄銀の団長ガルフは、完全に言葉を失っていた。
「ば、馬鹿な……。戦艦のワープドライブもなしに、マギアナイト単体の出力だけで、空間に穴を空けようというのか……!?」
「あんなバケモノみたいな魔力量、人間が出せるレベルじゃねぇ……! 黒き死神……本当に神話の神か何かなのか……?」
「ふはははっ! さあ、行くぞ戦乙女たちよ! 悪党どもに、最高にド派手な絶望をお届けしてやるのじゃ!」
タナトスの大鎌が、虚空を一閃する。
——ズガァァァァァァァァンッ!!
物理的な爆発ではない。空間そのものが『割れる』けたたましい轟音と共に、巨大な亜空間への亀裂が生じ、五機の戦乙女はその裂け目へと瞬時に吸い込まれ、姿を消した。
一方その頃。
ボルス国の中枢、豊かな緑と青い海に包まれた美しい首都星『ボルシア』。
その衛星軌道上に浮かぶ廃棄された旧式の軍事ステーションの奥深くで、テロ組織【黒き茨】の首魁たるベノムは、狂気に満ちた笑い声を上げていた。
「ヒッヒヒ……! 素晴らしい、素晴らしいぞ! ボルス国の主力艦隊はまんまと辺境に釘付けだ。首都星の防衛システムも、我々のジャミングで完全に麻痺している!」
彼の目の前にある巨大なモニターには、首都星の中央都市の映像と、禍々しい赤い数字がカウントダウンを刻むタイマーが映し出されていた。
【残り時間:05分00秒】
「あと五分! たった五分で、首都の地下深くに仕掛けた超大型魔力爆弾が起爆し、あの忌まわしきボルスの中枢は数千万の市民もろとも灰塵に帰す! 我が祖国『カデナ』の無念、今こそ晴らす時!」
周囲に控える数百のテロリストたちも、狂信的な歓声を上げる。
彼らは偽装した工作船で密かに首都星へ侵入し、この計画を何年もかけて準備してきたのだ。成功は目前であり、それを阻む者はもはや銀河のどこにも存在しないはずだった。
——その、絶対の確信が。
空間を引き裂く『漆黒の雷』によって、文字通り木っ端微塵に粉砕されるまでは。
「な、なんだ!? ステーションの外部カメラに異常反応! 空間が……空間が割れています!!」
オペレーターの悲鳴と共に、モニターの映像が切り替わる。
何もない真空の宇宙空間に、突如として巨大な黒い亀裂が走り、そこから『五機のマギアナイト』が悠然と姿を現したのだ。
先頭に立つのは、禍々しい漆黒の大鎌を構えた死神。そして、六枚の光の翼を広げた純白の騎士。
「ば、馬鹿なッ!? なぜ奴らがここにいる!! 戦乙女だと!? 辺境の暗礁宙域からここまで、丸一日はかかるはずだぞ!!」
ベノムは顔面を蒼白にし、機械眼をひきつらせて絶叫した。
オープン回線から、冷酷で、そして酷く機嫌の悪い死神の声が響き渡る。
『——見つけたぞ、三流悪党。妾たちを騙し、安い囮に使ってくれた借りを返しに来てやったわ』
「ヒッ……! え、迎撃しろ!! なにをしている、奴らをステーションに近づけるなァッ!!」
ベノムの号令で、ステーションから数百機の海賊偽装マギアナイトが次々と飛び出していく。
しかし、今の戦乙女たちは、輸送船を護衛していた時の『手加減(縛りプレイ)』を解き放ち、フラストレーションを極限まで溜め込んだ状態であった。
『姫君の御前に立ち塞がるなど……その命で贖いなさい!!』
リアンヌの『ブラン』が、背部の六枚羽【熾天使の光翼】を最大展開する。
テロリストたちが放つ無数のビームやミサイルは、その神々しい光の防壁に触れた瞬間、すべて光の粒子となって無効化されていく。
『さあ、思う存分暴れていいんだよな!? ハルバードの出力、リミッター解除だァッ!!』
ランドグリーズの『グリムゲルデ』が、漆黒の【重力崩壊斧】を振り下ろす。
メキョォォォンッ!! と空間が歪み、一振りの余波だけで数十機のテロリスト機が重力場に押し潰され、スクラップに変わる。
『スマートに掃除しましょう。……全弾、対象の「真裏」へ跳躍』
ロスヴァイセの放った【次元断層ミサイル】が虚空に消え、次の瞬間、逃げ惑う敵機の背後の装甲に直接ワープして爆発。一切の回避を許さない無慈悲な爆撃が宙域を埋め尽くす。
『あぁ、未来が見えます……。あなたの逃げる先、すべて私の射線です』
オルトリンデの【事象干渉型長距離狙撃砲】が、敵の回避軌道を完全に先読みし、百発百中の精度でコックピットだけを正確に撃ち抜いていく。
「ひ、ひぃぃぃッ! ば、バケモノどもめ!!」
わずか数分で自軍の防衛部隊が壊滅していく様を見て、ベノムは完全にパニックに陥った。
彼は震える手で、起爆装置のコンソールに飛びついた。
「こうなったら、今すぐ爆弾を起爆してやる! 私が死のうとも、首都星の連中だけは地獄へ道連れに——」
『……サルが作った粗末なオモチャで、マスターの舞台を汚そうなどと。片腹痛いですね』
突然、ステーションのモニターに、不気味な龍のシンボル(バハムートのアイコン)が浮かび上がった。
「な、なんだ!? システムが……操作を受け付けない!?」
『起爆シークエンスへのハッキング、完了。爆弾の魔力回路を完全に切断・凍結しました。……ええ、わずか0.003秒で。あまりにも退屈なファイアウォールでしたよ』
「ば、馬鹿なッ! 我々が何年もかけて作り上げた最高機密の暗号化システムが、一瞬で……!?」
ベノムが絶望の声を上げたその時、ステーションの分厚い外壁が『音もなく』斜めにズレて崩落した。
「——チェックメイトじゃ、ベノム」
崩れ落ちた壁の向こう側。宇宙空間に浮かぶ漆黒のタナトスが、大鎌を振り抜いた姿勢のまま、冷たい真紅のカメラアイで司令室を見下ろしていた。
大鎌の【断次元サイズ】によって、ステーションの装甲ごと空間が切断されたのだ。
「ひっ、あ、あぁ……ッ!」
腰を抜かし、後ずさるベノム。
「妾たちを謀った代償、高くつくと言ったはずじゃ。……リアンヌ」
『はっ』
純白の騎士ブランがステーション内に降り立ち、長槍の石突きでベノムを軽く小突いて気絶させ、そのまま機体のマニピュレーターでひょいとつまみ上げた。
「これにて、追加依頼も完了じゃな。ボルス国軍にこいつを引き渡し、莫大な慰謝料と追加報酬を請求してやるとしよう」
(うおおおおおっ!! めっちゃカッコよく締まった!! やっぱ悪党を圧倒的な力でボコボコにする展開は最高にスカッとするぜ!! しかも今回は首都星を救った英雄扱いだし、報酬でまたリアンヌ様に美味しいお茶菓子を買ってあげられるぞ!!)
内心では平和で俗物的なオタク思考を全開にしながら、ローゼリアはタナトスの大鎌を優雅に背中へと納めた。
星を滅ぼそうとしたテロリストの陰謀は、神話のAIと最強の戦乙女たちの手によって、起爆の数分前に完全な形で粉砕された。
黒き死神と白銀の騎士の名は、この日、ボルス国においても永遠の伝説として語り継がれることとなるのであった。




