第六十九話:手加減の防衛戦と、明かされる最悪の陰謀
「おおおおおッ! 逃がさんぞ、誘拐犯どもォッ!」
灰色の重装甲マギアナイトから放たれた、巨大な戦斧の力任せな一撃。
ローゼリアは漆黒の専用機『タナトス』の操縦桿を引き、手にした大鎌の『柄』の部分で、その重烈な一撃をガキィィィンッ! と受け止めた。
「ちぃっ……! 馬鹿力め、話を聞けと言っておるじゃろうが!」
「黙れ! 貴様らのような下劣な悪党の戯言に耳を貸すボルス国軍ではないわ! 我ら『鉄銀』が、両殿下を必ず救出する!」
鉄銀の団長ガルフは、完全に血に飢えた狂犬のように猛攻を仕掛けてくる。
彼ら『鉄銀』の機体はすべて、遠距離兵装を極力削り、装甲の厚さと近接格闘戦に特化したピーキーな仕様だった。宇宙空間を凄まじい推進力で突進し、斧やパイルバンカーで力任せに敵を粉砕する——それが彼らのスタイルだ。
(マジでクソゲーすぎるだろ!! こっちは輸送船(VIP)を背後に庇ってるから回避行動も制限されてるし、しかも相手を殺さないように「峰打ち」縛りとか、どんな無理難題だよ!!)
内心で泣き言を叫びながらも、ローゼリアは神話級の機体スペックと自身の圧倒的な操縦技術を駆使し、タナトスの長い脚でガルフの機体を蹴り飛ばして距離を取った。
「リアンヌ! 輸送船のシールド出力は!?」
『現在60%! ボルス国軍の牽制射撃を私がすべて防いでいますが、このままではジリ貧です!』
純白の機体『ブラン』が、巨大な盾を構えながら輸送船の前に立ち塞がっている。
リアンヌは迫り来る鉄銀の機体に対して、白銀の長槍の『石突き』の部分でコックピットを避け、機体の関節部だけを正確に突いて機能停止させていた。
しかし、殺意を持って突撃してくる数百の敵を『不殺』で無力化するのは、いかに彼女が天才騎士であろうと至難の業だった。
『待たせたな、お姫様! 交代の時間だぜェェッ!!』
その時、母艦エインヘリアルのハッチから、二つの光が射出された。
長女ランドグリーズの重装甲機『グリムゲルデ』と、次女ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』である。
『ランドグリーズ! 念を押すが、絶対に「重力崩壊斧」は使うなよ! 輸送船ごとブラックホールに吸い込まれたらお前を給料百年カットの刑にするからな!』
ブリュンヒルデの悲鳴のような念押しが通信帯に響く。
『分かってるよ団長! つまり、武器を使わずに素手でボコボコにすればいいんだろ!?』
ランドグリーズはグリムゲルデの巨大な斧を背中にマウントしたまま、なんと鉄銀の重装甲機に向かって『素手』で突撃した。
『なっ……!? 武器をしまっただと!? 舐めるなァッ!』
鉄銀の傭兵がパイルバンカーを突き出す。
しかし、グリムゲルデはその一撃を紙一重で躱すと、敵機の腕をガシッと掴み、そのまま宇宙空間で豪快な『一本背負い』を決めた。
『——がはぁッ!?』
メキョォッという鈍い音と共に、鉄銀の機体の関節が外れ、機能停止に陥る。
『オラオラァ! 近接格闘がウリの傭兵団なんだろ!? アタシと純粋なプロレスで勝負しようぜ!』
ランドグリーズは水を得た魚のように、次々と敵機に組み付き、関節技や投げ技で物理的に沈黙させていく。
『……やれやれ、野蛮ですね。私はもっとスマートに制圧させてもらいます。団長、ミサイルの爆薬を抜いた「質量弾(ただの鉄の塊)」なら撃ってもいいですね?』
ロスヴァイセの冷たい声が響く。
『ああ! 寸分違わず敵のメインカメラと駆動系だけを狙い撃てるならな!』
『造作もありません』
ヘルムヴィーゲの肩から、弾頭の爆薬を抜かれた無数のマイクロミサイルが放たれる。
バハムートの驚異的な演算サポートを受けたそれらのミサイルは、敵機の関節部の隙間や、メインカメラのレンズのみに「パチンッ!」と正確に直撃し、次々と鉄銀の機体をダルマ状態に変えていった。
「よし! さすがは妾の戦乙女たちじゃ! リアンヌ、この隙に前衛を押し返すぞ!」
『はいっ! 姫君の御前を塞ぐ愚か者どもに、騎士の鉄槌を!』
ローゼリアとリアンヌも反撃に転じる。
タナトスの異常な機動力が、ついに牙を剥いた。
「——遅いと言っておるじゃろうが、脳筋どもめ!」
ローゼリアは、空間跳躍スラスターを起動。
タナトスの姿がふっと掻き消えたかと思うと、ガルフの隊長機の『真後ろ』にゼロタイムで出現した。
『なっ、消え——うおおおっ!?』
ガルフが振り返るよりも早く、タナトスは手にした大鎌の柄で、敵機体のメインジェネレーターの接続部をピンポイントで強打した。
バチバチッ! と火花が散り、ガルフの灰色の機体は完全に沈黙し、宇宙空間に放り出される。
ローゼリアはすかさず、機能停止した隊長機の首根っこをタナトスの左手で掴み上げ、巨大な大鎌の刃をそのコクピットに突きつけた。
「——勝負あったな、鉄銀の団長よ」
ローゼリアの冷徹な声が、オープン回線を通じて全宙域に響き渡った。
「これ以上動けば、お主らから先に解体するぞ! ボルス国軍も、ただちに砲撃を停止せよ!」
隊長を人質(機質)に取られ、さらにあれほどの大軍で攻め込んだにもかかわらず、輸送船に傷一つつけられないまま部隊の半数を「無力化」された鉄銀とボルス国軍は、ついに攻撃の手を止めた。
『……く、くそっ……! 殺せ、誘拐犯め! だが、我々が全滅しようとも、ボルス国は決してテロリストの要求には屈しないぞ!』
捕らえられたガルフが、通信越しに血を吐くような声で叫ぶ。
「だから、誘拐犯ではないと何度言えば分かるのじゃ、この阿呆が!」
ローゼリアは呆れ果てたように大きなため息をつき、母艦のブリッジへ通信を繋いだ。
「団長。敵の頭は押さえた。これ以上無駄な体力を消耗したくない。そっちでボルス国軍の司令官と直接交渉して、誤解を解いてくれ」
『……ああ、分かっている。まったく、とんだ貧乏くじだ。私の胃壁がもうボロボロだよ』
ブリュンヒルデは特大の胃薬を丸呑みし、ボルス国軍の旗艦へ向けて、代表者通信の回線を開いた。
戦闘は完全に停止し、双方が武装を解除した状態で、ボルス国軍の旗艦とエインヘリアルの間に一時的な停戦協定が結ばれた。
そして、問題の『第三輸送船』のVIPブロックへと、両軍の代表者が立ち入ることになったのである。
輸送船の無機質な鋼鉄の扉をこじ開けると、そこには確かに、豪華な調度品で飾られた特別室があった。
そして部屋の中央には、縛り上げられ、猿轡を噛まされた二人の男女が震えていた。
豪奢な衣装に身を包んだ、金髪の優男と、美しい黒髪の女性。間違いない、ボルス国の王太子と、その妃である。
「殿下ァッ!!」
駆け込んできた鉄銀の団長ガルフ(マギアナイトから降りた彼は、筋骨隆々の大男だった)と、ボルス国軍の司令官が、慌てて二人の拘束を解く。
「お、おお……! 助かった! ガルフ、よくぞ助けに来てくれた!」
王太子は涙ぐみながらガルフの手を握りしめた。
その様子を、ローゼリア、リアンヌ、そしてブリュンヒルデの三人が、冷ややかな(そしてひどく疲れた)目で見つめていた。
「……さて。これで私たちが誘拐犯ではないと、少しは分かっていただけましたかな? 司令官殿」
ブリュンヒルデが腕を組み、静かに尋ねる。
「こ、これは……」
司令官は冷や汗を流しながら、戦乙女たちと王太子を交互に見比べた。
「我々エインヘリアルは、シルフィード自治政府の『ベノム』という男から、希少鉱石の護衛として依頼を受けたに過ぎない。積荷があなた方の大切な王族だとは、先ほど貴国から攻撃を受けるまで欠片も知らされていなかったのだ。……我々は、見事に囮として利用されたというわけだ」
ブリュンヒルデが、ベノムとの契約データや通信記録のログをホログラムで提示する。
そこには、偽装された積荷の明細と、ベノムが脱出艇で逃亡した瞬間の映像がハッキリと記録されていた。
「ま、誠であったか……! 天下の戦乙女達を相手に、なんという早とちりを……! もし貴女方が本気で反撃していれば、我が国の艦隊は全滅していたかもしれない……!」
司令官は青ざめ、深々と頭を下げた。
鉄銀の団長ガルフも、バツの悪そうな顔でローゼリアに向き直る。
「……すまねぇ、黒き死神。あんたらがやけに手加減して峰打ちばかり狙ってくるから、おかしいとは思っていたんだ。俺たち『鉄銀』の完敗だ。あんたらの実力と誇り高さ、この身に沁みて理解した」
「ふん。分かればよい。次からは力任せに斧を振るう前に、少しは頭を使うことじゃな」
ローゼリアは尊大に鼻を鳴らしながらも、内心では(ガチの戦争にならなくてマジで良かったぁぁぁっ!!)と大粒の安堵の涙を流していた。
「しかし、解せんな」
リアンヌが、美しい眉をひそめて口を開く。
「あのベノムという男。シルフィードの役人に成り済ましてまで王太子殿下を拉致し、わざわざ我々を囮にしてまで逃げ延びようとした。……一体、何の目的があってこんな回りくどい真似を?」
その疑問に答えたのは、今まで怯えて黙り込んでいた黒髪の『王太子妃』だった。
「……彼らの目的は、身代金や政治的な要求ではありません。ただの『復讐』と『時間稼ぎ』です」
「妃殿下?」
王太子妃は、震える手で自身の豪奢なドレスの裾を強く握りしめた。
「彼らは、かつてボルス国によって滅ぼされた小国『カデナ』の生き残り……過激派テロ組織**【黒き茨】**のメンバーでした」
その言葉に、ボルス国の司令官が「なっ!?」と声を上げる。
「あのベノムと名乗った男は、私と殿下を誘拐する際、こう言っていました。『お前たちの命などどうでもいい。真の目的は、ボルス国の首都星に仕掛けた超大型の魔力爆弾を起爆させることだ。お前たちを探して軍が辺境に釘付けになっている間に、首都を火の海にしてやる』……と」
「なんだと!?」
ガルフが驚愕に目を見開く。
「彼らが戦乙女の皆様を囮に使ったのも、我々ボルス軍の主力艦隊を、首都から可能な限り遠くの暗礁宙域に引きつけるため……! し、司令官! 直ちに首都星に連絡を! 爆弾の捜索を急がせろ!」
司令官が慌てて通信機を叩くが、彼の顔色は絶望に染まった。
「だ、駄目です! 首都星周辺の通信ネットワークが、強力なジャミングで完全に遮断されています! これでは、爆弾の危機を伝えることすら……!」
「くそっ! 今から艦隊を反転させてワープしても、首都星に到着するまで丸一日はかかるぞ! 間に合うのか!?」
パニックに陥るボルス国の面々。
彼らの罠は、完璧に機能していた。偽の誘拐劇で軍の主力を辺境に誘い出し、最強の傭兵団と相撃ち(あるいは足止め)をさせている間に、本命のテロを実行する。
「……なんて悪辣な連中だ。姫君を愚弄しただけでなく、無辜の民の命まで道連れにしようというのか」
リアンヌが、義憤に駆られて剣の柄を強く握りしめる。
「団長」
ローゼリアは、赤い瞳に冷たい怒りの炎を宿し、ブリュンヒルデを振り返った。
「妾たちは、依頼主に騙され、トカゲの尻尾として利用された。このまま『はいそうですか』と引き下がるのは、戦乙女の——エーベルヴァイン帝国が誇る最強の傭兵団の矜持が許さん」
「……同感だ、ローゼリア。あの中途半端な三流悪党どもに、我々を敵に回した代償を支払わせてやる必要があるな」
ブリュンヒルデは、胃薬のボトルをポケットにしまい、獰猛な——歴戦の傭兵としての笑みを浮かべた。
「ガルフ団長、そしてボルス国軍司令官。……我々『戦乙女』が、追加の依頼を受けてやろう。首都星の防衛と、テロリストの鎮圧だ」
「し、しかし! 今から通常空間をワープしても、到底間に合いませんぞ!」
司令官が叫ぶ。
「ふはははっ! 誰が『通常』の移動手段を使うと言った?」
ローゼリアが、不敵な笑い声を上げる。
「妾の新しい愛機『タナトス』と、バハムートの演算能力を舐めるな。……首都星までの距離なら、空間ごと『強行跳躍』して、数分で送り届けてやるわ!」
最強の傭兵団の、真の逆襲が始まろうとしていた。




