第七話:買い出しという名のデート、あるいは限界オタクの爆発
宇宙怪獣『ヴォイド・クローラー』の討伐任務を無事に終え、アイギス7の採掘組合から莫大な報酬を受け取った傭兵団『戦乙女』は、補給と休養を兼ねて巨大な商業宇宙ステーション『シャングリラ』へと寄港していた。
無数のネオンが煌めき、銀河中の物資と人々が行き交うこのステーションは、過酷な任務を終えた傭兵たちにとって最高のオアシスである。
「——というわけで、本日から三日間の特別休暇を与える。羽目を外しすぎるんじゃないよ!」
艦長ブリュンヒルデの粋な計らいにより、エインヘリアルのクルーたちは次々と歓声を上げてステーションの歓楽街へと散っていった。
そんな中、自室のベッドでゴロゴロとくつろいでいたローゼリアのもとに、控えめなノックの音が響いた。
「ローゼリア。少し、よろしいですか?」
「ん……リアンヌか? 入れ、開いておるぞ」
扉が開き、姿を現したリアンヌを見て、ローゼリアは心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えた。
そこにいたのは、いつもの凛々しい軍服姿の副団長ではない。
腰まで届く長い金髪を緩やかに編み込み、オフショルダーの白いブラウスに、身体のラインを美しく見せるタイトな黒のパンツスタイル。モデル顔負けの完璧なプロポーションと、透き通るような碧眼が、カジュアルな装いによって圧倒的な「綺麗なお姉さん」のオーラを放っていた。
(う、うわあああああっ!! なにこの超絶美人!? え、まって、私服の破壊力えげつないんですけど!?)
内心で限界オタクの叫びを上げながらも、ローゼリアは顔の筋肉を総動員して尊大な表情を作り上げた。
「ふ、ふん。なんじゃリアンヌ。そのような珍しい格好をして」
「ふふ、今日は非番ですからね。……実は、艦の備品の買い出しと、私個人の用事で少し街へ出ようと思うのですが。もし良ければ、ローゼリアも一緒に来ませんか? ずっと艦の中にいては、気も滅入るでしょう」
(————ッッッ!! それって、買い出しという名の『デート』のお誘いでは!?)
ローゼリアの脳内で、ファンファーレと花火が同時に打ち上がった。
大好きなリアンヌ様と、二人きりで街を歩く。前世の男としての本能と、今世の乙女(?)としての恋心が完全に一致して暴れ回っている。
「ふ、ふん! 妾を荷物持ちにするつもりなら容赦せぬぞ? じゃが……お主がどうしてもと言うなら、付き合ってやらんこともないわ!」
「ありがとうございます。では、準備ができたらエントランスで待ち合わせましょう」
リアンヌが花の咲くような微笑みを残して去っていくと、ローゼリアはベッドから飛び起き、猛烈な勢いでクローゼットを開け放った。
「やばいやばいやばい! 着ていく服がない! 帝国から着の身着のままで放り出されたから、軍服か支給品の部屋着しかないじゃん!!」
パニックに陥ったローゼリアの救世主となったのは、通りかかった次女のロスヴァイセだった。「ローゼリアちゃん初デート!? 任せなさい、お姉ちゃんが最高のコーディネートをしてあげる!」とお節介を発揮し、彼女の私服コレクションの中からローゼリアにぴったりの一着を選び出してくれたのだ。
そうして三十分後。
エントランスに現れたローゼリアの姿を見て、リアンヌは思わず息を呑んだ。
地面に着くほど長い金髪を可愛らしくハーフアップにまとめ、黒とワインレッドを基調とした、ゴシック調のフリルワンピース。元々の「絶世の美少女」というポテンシャルが、ロスヴァイセのコーディネートによって完全に限界突破していた。
「……とても、よく似合っています。おとぎ話のお姫様が、そのまま抜け出してきたみたいだ」
「ふ、ふん! 妾の美しさに平伏すが良い! (よしっ! リアンヌ様に褒められた!! ロスヴァイセ、一生ついていく!!)」
照れ隠しでふんぞり返るローゼリアに、リアンヌは優しく微笑むと、ごく自然な動作でスッと右手を差し出した。
「ステーションのメインストリートは人が多いですから。迷子にならないよう、手をつなぎましょうか」
「なっ……!?」
「だめ、ですか?」
少しだけ寂しそうに小首を傾げるリアンヌ。
その破壊力に抗えるわけがなく、ローゼリアは顔を真っ赤にしながら、そっとその大きな手に自身の小さな手を重ねた。
「べ、特別じゃからな! 妾が迷子になるわけではない、お主がはぐれぬように手を引いてやるだけじゃ!」
「ふふっ。ええ、頼りにしていますよ、ローゼリア」
リアンヌの手は少しひんやりとしていたが、包み込まれるような確かな温もりがあった。
(あああ……幸せすぎる。このまま時間が止まればいいのに)
ローゼリアは、繋いだ手から伝わる鼓動が相手にバレないかヒヤヒヤしながら、シャングリラの街へと足を踏み出した。
商業ステーション『シャングリラ』のメインストリートは、圧倒的な活気に満ちていた。
立ち並ぶ高級ブランド店、様々な種族の商人たちが声を張り上げる露店。初めて見る煌びやかな景色に、ローゼリアは目を輝かせた。帝国での薄暗い幽閉生活しか知らない彼女にとって、この世界のすべてが新鮮だったのだ。
「ローゼリア。あちらの店を見てみませんか?」
「おおっ! なかなか美味そうな匂いがするのう!」
リアンヌに手を引かれ、あちこちの店を見て回る。
買い出しの荷物はすべてリアンヌが片手で軽々と持ち(流石は高機動重装甲機のパイロットである)、ローゼリアは実質、ただのエスコートされるお姫様状態だった。
「ローゼリア、少し寄りたい場所があるのですが」
リアンヌが向かったのは、ステーション内でも一等地に店を構える、高級アパレルショップだった。
「なんじゃ、お主の服でも買うのか?」
「いえ。あなたの服です」
「妾の?」
「ええ。今のあなたには、任務用の軍服と数着の部屋着しかありません。私と並んで歩くのに、いつもロスヴァイセから借りた服というわけにはいかないでしょう?」
そう言うと、リアンヌは店員に声をかけ、次々とローゼリアに似合いそうな服をピックアップし始めた。
清楚な白いサマードレス、活発な印象のショートパンツスタイル、はたまた少し大人びた黒のイブニングドレス。
「さあ、着替えてみてください」
「ちょ、待てリアンヌ! こんなにたくさん着られぬわ!」
「遠慮はいりません。私があなたに着せたいだけですから。……さあ、フィッティングルームへ」
半ば強引に押し込まれ、ローゼリアの着せ替え人形タイムが始まった。
新しい服を着てカーテンを開けるたび、リアンヌの碧眼が嬉しそうに細められる。
「素晴らしい……。月光の妖精のようです」
「これも良いですね。まるで深窓の令嬢だ。……ああ、すべて買い取りましょう。カードで」
「いや買いすぎじゃろ!! いくら臨時収入があったからって!!」
ローゼリアがツッコミを入れるが、リアンヌの「保護者(あるいは重度の溺愛モード)」のスイッチは完全にオンになっていた。
結局、両手で抱えきれないほどの紙袋を(もちろんリアンヌが)持つことになり、ローゼリアは呆れながらも、自分のために真剣に服を選んでくれる彼女の愛情が嬉しくて、内心ではずっとニヤニヤが止まらなかった。
買い物を終えた二人は、見晴らしの良いオープンカフェで休憩をとることにした。
テーブルに運ばれてきたのは、季節のフルーツが山のように盛られた巨大な特製パフェ。
「おおおお……! なんじゃこの芸術品は!」
「ここの名物らしいですよ。ローゼリアは甘いものが好きでしょう? 少し多いかもしれませんが、一緒に食べましょうか」
ローゼリアは目を輝かせ、さっそくスプーンを手に取った。
(前世でもこんな豪華なパフェ食べたことない! 美人のお姉様と一緒におしゃれなカフェでスイーツ……完全に女子高生とかの理想のデートじゃん!)
「ふむ、美味い! この赤い果実、絶品じゃぞリアンヌ!」
「ふふ、本当ですね」
無邪気にパフェを頬張るローゼリアを見つめるリアンヌの瞳は、どこまでも優しく、慈愛に満ちていた。
その視線に気づいたローゼリアが、「ん? 妾の顔に何かついておるか?」と首を傾げる。
「ええ。口元に、クリームが」
「む、そうか? 取ってくれ」
尊大に命じたローゼリアだったが、次の瞬間、リアンヌの行動に思考が完全にフリーズした。
リアンヌは紙ナプキンを使うのではなく、すっと身を乗り出すと、ローゼリアの唇の端についた生クリームを、自身の白く美しい指先でそっと拭い取ったのだ。
それだけならまだしも、リアンヌはクリームのついたその指を、ペロリと自身の赤い唇で舐め取ったのである。
「……うん、甘くて美味しいですね」
「————ッッッ!!?!?」
ドッカァァァァン!! と、ローゼリアの脳内で何かが爆発した。
(い、い、間接キス!? いや直接指!? え、えええええええええっ!?)
全身の血液が沸騰したかのように顔がカァァッと熱くなり、頭頂部から湯気が出そうになる。
当のリアンヌは全く無自覚で、ただ「子どもについた汚れを取ってあげた」程度の認識なのだろう。邪念が一切ないからこそ、その行動はあまりにも破壊力が高すぎた。
「ど、どうしたのですか、ローゼリア。顔が真っ赤ですが、熱でも?」
「な、ななな、なんでもないわ!! パフェが冷たすぎて頭がキーンとしただけじゃ!!」
慌ててパフェをかきこみ、ローゼリアは心臓の暴走を必死に抑え込んだ。
(この人、天然のタラシだ……! いつか俺の心臓が物理的に破裂する!)
パフェを平らげ、カフェを出た二人は、メインストリートの端にある美しい装飾が施されたアクセサリーショップの前で足を止めた。
リアンヌが、ショーウィンドウの奥をじっと見つめている。
「どうした、リアンヌ?」
「……個人の用事というのは、これのことです」
リアンヌが見つめていたのは、特殊な魔力結晶で設えられた、一対の美しい銀のペンダントだった。
一つは夜空のような深い漆黒。もう一つは、雪のように純粋な白銀。
「ローゼリア。私たちは先日、正式にバディとなりました。……私は、その誓いを形に残しておきたかったのです」
「形、とな?」
「ええ。戦場で背中を預け合う、魂の半身としての証明を」
リアンヌは店員に声をかけ、その一対のペンダントを購入した。
そして、店の外に出ると、少しだけ真剣な、騎士としての凛とした表情でローゼリアの前に膝をついた。
「黒い方は私が持ちます。……ローゼリア。この白いペンダントを、あなたが受け取ってくれませんか」
それは、まるで騎士が主君に忠誠を誓うような、あるいは——愛する人に永遠の愛を誓うような、そんな神聖な儀式にも見えた。
ローゼリアは、震える手でその純白のペンダントを受け取った。
「私の命は、あなたの背中を守るための盾。……どんな絶望の淵にあっても、この光が、必ずあなたを導きます」
リアンヌの真っ直ぐな碧眼に射抜かれ、ローゼリアの目から、不意にポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「ローゼリア……? す、すみません、重すぎましたか!? 私としたことが、つい……」
「ち、違う! 馬鹿者!!」
慌てるリアンヌを遮り、ローゼリアは両手で顔を覆った。
嬉しかったのだ。前世でも今世でも、ここまで自分という存在を必要とし、重いほどの愛情と覚悟を向けてくれる人間なんて、誰もいなかった。
それが例え、リアンヌにとっては「親愛」や「騎士としての忠誠」であったとしても。ローゼリアにとっては、このペンダントは実質的な『婚約指輪』にも等しい宝物だった。
「……ふん。妾の隣に立つに相応しい、見事な献上品じゃ。特別に、お主が着けてみせよ」
ローゼリアが涙を拭い、尊大に胸を張ると、リアンヌは安堵したように微笑み、ローゼリアの首に純白のペンダントをかけてくれた。
胸元で、銀色の意匠がキラリと輝く。
「ええ。とてもよく似合っています、我が姫君」
「リアンヌ……お主のその『マイ・プリンセス』呼び、心臓に悪いから外ではやめろ……(小声)」
「はい? 何か言いましたか?」
「なんでもないわ!! さあ、帰るぞ! 妾は疲れた!」
照れ隠しで早歩きになるローゼリアの後ろを、リアンヌが微笑ましそうに追いかける。
——その時だった。
「おっと。随分と可愛いお姫様が、こんなところで何急いでるのかな?」
ローゼリアの前に、下品な笑みを浮かべた三人の男が立ち塞がった。
身なりは良いが、その目つきは欲望に塗れている。このシャングリラを仕切る有力な商会のドラ息子とその取り巻きたちだった。
「おいおい、とびきりの上玉じゃねぇか。しかも金髪の姉ちゃんの方は、信じられないくらいの美人だ。……なあお嬢ちゃんたち、これから俺たちと良いとこ行かないか? 最高の『もてなし』をしてやるよ」
ドラ息子の一人が、ニヤニヤと笑いながらローゼリアの腕を掴もうと手を伸ばす。
ローゼリアは不快感に眉をひそめ、魔力で吹き飛ばしてやろうかと考えたが——彼女が動くより早く、圧倒的な『冷気』が背後から男たちを包み込んだ。
「——その薄汚い手を、誰に伸ばしたか理解しているのか?」
氷点下。
そう錯覚するほどの、冷酷で、一切の容赦がない殺気。
ローゼリアの背後に立ったリアンヌが、腰の剣の柄に手をかけ、碧眼を極限まで細めて男たちを睨み下ろしていた。
「ひっ……!?」
「我々は傭兵団『戦乙女』のクルーだ。彼女は私の命に代えても守り抜く魂の半身。……数秒の猶予を与えよう。私の視界から消えろ。さもなくば、この場で四肢を切り刻む」
静かな声だった。だが、そこに込められた威圧感は、本物の戦場を生き抜いてきた絶対的強者のそれである。
男たちは顔面を蒼白にし、「ひ、ひぃぃぃっ! ば、化け物……!」と情けない悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「……ふぅ。ステーションの治安維持局に突き出しても良かったのですが、せっかくの休日を邪魔されたくはありませんからね。怪我はありませんか、ローゼリア」
殺気を収め、いつもの優しい微笑みに戻ったリアンヌが、ローゼリアを気遣いながら振り返る。
(————ッッッッッ!! かっこよすぎだろ!! なんだ今の王子様ムーブ!! 無理、好き、結婚して!!)
ローゼリアの心拍数は、本日最高記録を更新して限界突破していた。
もはや尊大な態度を作る余裕すらなく、ただ顔を真っ赤にして、コクコクと頷くことしかできない。
「よかったです。……さあ、帰りましょうか。私たちの『家』へ」
リアンヌが、再び優しく手を差し出してくる。
ローゼリアは、今度は躊躇うことなくその手を強く握り返した。
「……うむ。帰ろう、リアンヌ」
人工の夕焼けがステーションを赤く染める中、二人は手を繋いで歩き出す。
ローゼリアの胸元では純白のペンダントが、リアンヌの胸元では漆黒のペンダントが、互いの存在を証明するように静かに輝き合っていた。
(この居場所を、この人を、絶対に手放さない。……俺のチート級の魔力は、全部リアンヌ様を守るために使ってやるんだからな!)
限界オタクのガチ恋心と、絶対的な相棒としての絆。
『戦乙女の双璧』の絆は、戦場だけでなく日常においても、決して引き裂くことのできないほど強固なものへと育っていくのだった。




