第六話:筋肉とチートと、譲れない『隣』の座
宇宙の辺境に位置する資源採掘惑星、アイギス7。
小惑星帯に囲まれたその星は、特殊な魔力鉱石の産地として知られており、銀河の様々な勢力が利権を争うきな臭い宙域でもあった。
エインヘリアル艦内のブリーフィングルーム。
薄暗い部屋の中央に投影された星系のホログラムを見つめながら、団長であるブリュンヒルデが腕を組んでいた。
「今回の依頼は、このアイギス7の採掘施設防衛だ。最近、この宙域で『虚空這い(ヴォイド・クローラー)』と呼ばれる宇宙怪獣の異常繁殖が確認されていてね。採掘業者の組合から、討伐と防衛の要請が来ている」
ブリュンヒルデの説明に、集まった『戦乙女』の主要メンバーたちが真剣な表情で頷く。
ローゼリアもまた、特注の黒い軍服に身を包み、副団長であるリアンヌの隣で堂々とした姿勢で立っていた。
「ふん。ただの害獣駆除とは、妾の力を振るうにはいささか退屈な任務じゃのう」
「油断は禁物ですよ、ローゼリア。ヴォイド・クローラーは群れで行動し、強力な酸と強靭な外殻を持っています。数に押し潰されれば、最新鋭機とて無事では済みません」
リアンヌがたしなめるように言うと、ローゼリアは「分かっておるわ」と尊大に頷きながらも、内心では(はい! リアンヌ様の言う通り油断しません! 怒る顔も凛々しくて素敵!!)と全力で平伏していた。
海賊討伐の初陣から数日。ローゼリアのリアンヌに対する『ガチ恋』の熱量は下がるどころか、日に日に上昇の一途を辿っていた。
「……で、団長。今回の任務は私たち『戦乙女』の単独じゃないんだろ?」
長女のランドグリーズが、ホログラムの一部を指差して尋ねた。
「ああ。防衛範囲が広いため、依頼主がもう一つ別の傭兵団を雇っている。筋肉至上主義の荒くれ者集団、『アイアン・ブルズ』だ。すでに現地に到着しており、我々はこの後、彼らの母艦とドッキングして作戦会議を行うことになっている」
「アイアン・ブルズ……。マギアナイトの操縦において、肉体の頑強さこそが全てだと信じて疑わない、古い価値観の男たちですね。帝国の思想とよく似ている」
リアンヌが、少しだけ不快そうに眉をひそめた。
帝国で「身体能力が低い」という理由だけでローゼリアが虐げられていたことを知っている彼女にとって、同類の思想を持つ集団は生理的に受け付けないのだろう。
(ああもう、俺のために怒ってくれるリアンヌ様尊い……)とローゼリアが内心で拝んでいると、ブリュンヒルデがパンッと手を叩いた。
「ともかく、仕事は仕事だ。つまらない揉め事は起こさないように。……第一種戦闘配置のまま、アイアン・ブルズの母艦へ接舷する!」
数時間後。アイギス7の衛星軌道上に停泊する巨大な要塞艦にて。
ローゼリアとリアンヌ、そして護衛のロスヴァイセは、アイアン・ブルズの代表団との顔合わせの場に赴いていた。
出迎えたのは、まるで岩山のような筋肉の鎧を纏った大男、ブルズの団長だった。
「ガハハハ! よく来たな『戦乙女』の姉ちゃんたち! 辺境の海賊を一つ潰したくらいで最近調子に乗ってるらしいが、本物の戦場ってやつを俺たちの筋肉で教えてやるぜ!」
「……ご挨拶ですね。我々は遊びに来たわけではありません」
下劣な視線で舐め回すように見てくる男たちに対し、リアンヌが氷のように冷たい声で応じる。
そんな中、ブルズの団長の背後から、ひょろりとした体格の若い男が進み出てきた。周囲の筋肉ダルマたちの中にあって、彼の姿はひどく浮いていた。
髪はやけに明るい茶色で、軍服をだらしなく着崩している。何より、その瞳には歴戦の傭兵のような覇気はなく、どこか周囲の人間を見下すような、薄っぺらい優越感が張り付いていた。
「おいおい団長、あんまり可愛い女の子たちを怖がらせちゃ可哀想だろ。……やあ、お姉さんたち。俺はジン。このアイアン・ブルズが誇る最強のエースパイロットさ」
ジンと名乗った男は、気障な仕草でウインクをした。
そして、リアンヌとローゼリアの顔をまじまじと見つめると、ボソリと口を動かした。
「(……ビンゴ。どっちも完全にSSR級の美少女じゃん。特にあの金髪のちっこい子、エルフの王女様みたいで超俺好み。この異世界、マジで神ゲーかよ)」
その呟きは、周囲の者には聞こえないほどの小声だった。
だが、常人の数百倍の魔力を持ち、聴覚などの感覚も魔力によってブーストされているローゼリアの耳には、その言葉がはっきりと届いていた。
(——は? 今、SSRって言った? 異世界? 神ゲー!?)
ローゼリアの頭の中で、警報が鳴り響いた。
間違いない。こいつは『転生者』だ。
前世の記憶を持ったまま、この宇宙にやってきた、いわゆる異世界転生者。
だが、同じ転生者だからといって親近感が湧くかと言われれば、答えは「否」である。むしろ、ジンの目つきは前世のローゼリアが最も嫌悪していた「美少女をトロフィーか何かと勘違いしているハーレム主人公気取り」のそれだったからだ。
「おい、そこのおチビちゃん。名前は?」
ジンが、馴れ馴れしくローゼリアに顔を近づけてきた。
「……妾に気安く話しかけるな、下賤の者が。妾はローゼリア。気高き『戦乙女』の双璧が一人じゃ」
「ワラワ? ぷっ、なんだその痛いキャラ付け。まあいいや、可愛いから許す。……でもさ、ローゼリアちゃん。君、パッと見でHPもSTR(筋力)も一桁だろ? モブキャラ以下のステータスで戦場に出るとか、死にに行くようなもんぜ?」
ジンはニヤニヤと笑いながら、ローゼリアの華奢な肩に手を伸ばそうとした。
パァン!
その手が触れる直前、鋭い音と共に弾き飛ばされた。
リアンヌである。彼女はローゼリアの前に庇うように立ち塞がり、ジンを射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつけた。
「無礼な真似は慎みなさい。彼女は私が生涯をかけて守り抜くと誓った、かけがえのない相棒です。次その汚い手を伸ばせば、腕ごと切り落としますよ」
「お、おっかねぇ……。冗談だっての。でもさ、お姉さん」
ジンは肩をすくめ、今度はリアンヌに向かってニヤリと笑った。
「そんな足手まといのモブを庇いながら戦うなんて、効率が悪すぎるぜ? 俺の愛機『エクスカリバー』の隣を空けておいてやるよ。俺の『チートスキル』があれば、宇宙怪獣の群れなんて一瞬で溶かせる。俺の女になれば、一番安全な特等席で守ってやるぜ?」
「……貴様」
リアンヌの周囲の温度が、物理的に数度下がったように感じられた。
彼女の腰に帯びた剣に手が伸びかけたその時。
「——控えよ、リアンヌ」
ローゼリアが、リアンヌの背中からスッと前に出た。
彼女の赤い瞳は、怒りに燃えていた。自分をモブ扱いされたからではない。自分が心から愛し、世界で一番気高く美しいと信じているリアンヌに対して、この薄っぺらい男が「俺の女になれ」などという身の程知らずの暴言を吐いたからだ。
(この勘違い男……! リアンヌ様の隣は、俺(私)の指定席だ!! 誰にも譲るもんか!!)
「チートだか何だか知らぬが、井の中の蛙が吠えおるわ」
ローゼリアは、冷酷な笑みを浮かべてジンを見下した。
「妾の相棒の隣に立つ資格があるかどうか、戦場で嫌というほど教えてやる。……せいぜい、妾の足手まといにならぬよう、己の命の心配だけをしておくのじゃな」
「はっ、言うねぇ。後で泣きついてきても助けてやんないからな!」
険悪な空気の中、突如として基地の警報サイレンが鳴り響いた。
『緊急事態! 採掘エリア・セクター4にて、ヴォイド・クローラーの大群が発生! その数、およそ三千! 規格外の巨大な生体反応も確認……ボス個体です!』
「出番だぜ野郎ども! 俺たちの筋肉と、ジンの力を見せつけてやれ!」
ブルズの団長が咆哮し、傭兵たちが一斉に出撃していく。
「我々も行きますよ、ローゼリア」
「うむ。……リアンヌ。あのような輩の言葉、気にするでないぞ」
「ふふ、もちろんです。私の心は、すでにあなたの隣にしかありませんから」
リアンヌが優しく微笑み、ローゼリアの頭を撫でる。
(あぁ……好き。この人のために、俺は今日、あのチート野郎のプライドを粉々に打ち砕いてやる!)
ローゼリアは胸に熱い決意を抱き、漆黒の機体が待つ格納庫へと駆け出した。
宇宙空間は、すでに地獄絵図と化していた。
全長十メートルを超える、甲殻類と昆虫を掛け合わせたようなおぞましい姿の宇宙怪獣『ヴォイド・クローラー』。それが三千という圧倒的な群れを成して、採掘施設へと迫っている。
『ギャハハハ! ヒャッハー! 狩りの時間だぜぇ!』
通信機からジンの甲高い声が響く。
彼の搭乗する機体は、金と赤の悪趣味なカラーリングが施された高機動マギアナイト『エクスカリバー』だった。
『システム起動! オートエイム、完全回避アシスト、出力200%オーバーライド! 行くぜ俺のチート無双!』
ジンの機体は、常識では考えられない不自然な軌道で宇宙空間を滑り出した。
パイロット自身の操縦技術ではなく、脳内に埋め込まれた『システム』が最適解を強制的に機体に反映させているのだ。次々と放たれるビームが、寸分の狂いもなくヴォイド・クローラーの急所を貫き、反撃の酸液も自動的に回避していく。
「おおお! 流石はジンだ! 俺たちのエース!」
アイアン・ブルズの傭兵たちが歓声を上げる。
確かに、その撃墜ペースは異常だった。ジンは自分がゲームの主人公にでもなったかのように、群れの中央へと単騎で突撃していく。
『どうだ戦乙女のお姉ちゃんたち! これが俺の力だ! 大人しく後ろで見て……』
ジンの通信が、突如として激しいノイズに掻き消された。
『——ギイィィィィィィッ!!!!!』
宇宙空間を震わせるような、おぞましい咆哮。
群れの奥底から姿を現したのは、全長三百メートルを超える超巨大な怪獣。ヴォイド・クローラーの女王、『ヴォイド・クイーン』だった。
クイーンの背中にある巨大な水晶体が妖しく輝き、周囲の空間に不可視の波動を放つ。
『な、なんだ!? 機体の挙動が……っ! システムが、エラーを!?』
ジンの焦燥に満ちた声が響く。
クイーンが放ったのは、強力な『魔力ジャミング(妨害電波)』だった。
ジンの強さは、彼自身の技術や莫大な魔力によるものではない。異世界転生によって与えられた「システム」という外部ツールに完全に依存していたのだ。ジャミングによって機体とシステムのリンクが遮断された瞬間、彼の『エクスカリバー』はただの鈍重な鉄の塊へと成り下がった。
『動けっ! 頼むから動けよ! クソゲーかよこれ!!』
「ジン! 避けろォ!」
ブルズの傭兵たちが叫ぶが、遅い。
クイーンの周囲を守っていた無数のヴォイド・クローラーが、システムを失い停止したジン機に一斉に群がっていく。強酸の唾液が金の装甲を溶かし、鋭い爪がコックピットを容赦なく引き裂こうとする。
『ひぃっ! いやだ、死にたくない! 誰か、誰か助けろォッ!!』
先ほどの尊大な態度は見る影もなく、ジンは無様に命乞いを叫んだ。
ブルズの部隊はパニックに陥り、誰も助けに入ることができない。
——その、絶対絶命の窮地に。
『……ふん。無様じゃのう、勘違い男』
凛とした、それでいて底知れぬ威圧感を放つ声が、ジャミング網を強引に突破して全通信回路に響き渡り、星々の光を飲み込むような『漆黒』と、闇を切り裂くような『純白』。
二つの流星が、戦場の上空に降臨した。
「妾の魔力は、貴様のような小賢しいシステムなど使わずとも、天地を統べるわ!!」
戦闘機形態の『ノワール』が、クイーンのジャミングなど全く意に介さず、変態的な三次元機動でジンの頭上に躍り出る。
ローゼリアの規格外の魔力は、外部システムなど介さない。彼女自身の思考と魔力が機体の駆動系と完全に直結しているため、ジャミングの影響を一切受けないのだ。
ノワールから、極太の『長距離魔導砲』が放たれた。
赤黒い魔力の奔流が、ジンに群がっていた数百匹のヴォイド・クローラーを、一瞬にして宇宙の塵へと変える。
『な……っ!?』
呆然とするジンの目の前で、漆黒の戦闘機が空中で複雑な機構をスライドさせ、人型形態へと変形する。
「リアンヌ! 妾が道を切り開く! 本命を叩け!」
『承知!』
ノワールが両手に構えた『対魔導対艦刀』と『対物対艦刀』を振り回し、クイーンを守る親衛隊の怪獣たちを、まるで雑草でも刈り取るかのように両断していく。
その圧倒的な暴力。システムアシストなどという矮小な力ではなく、純粋な才能と莫大な魔力によってのみ成立する、本物の『鬼神』の舞。
「道は開いたぞ!」
ローゼリアの叫びと共に、ノワールが左右に退く。
そこに、背部の大型スラスターを臨界点まで吹かした純白の機体、リアンヌの『スローネ』が一直線に突撃してきた。
「戦乙女の誇り、その身に刻みなさいッ!!」
リアンヌが構えた巨大な『突撃重槍』が、真っ白な光の尾を引いて宇宙を駆ける。
クイーンが慌てて強酸のブレスを吐き出そうとするが、スローネの分厚い装甲と、リアンヌの不屈の精神力はそれを全く意に介さない。
ドゴォォォォォォンッ!!!
一点突破。
スローネの重槍が、クイーンの強靭な外殻を粉砕し、心臓部である巨大な水晶体を深々と貫き通した。
「ギ、ギギギギィィィッ……!!」
断末魔の悲鳴を上げるクイーン。
だが、トドメはすでに用意されていた。
「遅い!」
クイーンの頭上から、漆黒の悪魔が舞い降りる。
ノワールが両手で構えた『対物対艦刀』。そこにローゼリアの莫大な魔力が注ぎ込まれ、刀身が数十メートルにも及ぶ光の刃へと変貌する。
「エーベルヴァイン帝国第二皇女が、貴様らに引導を渡してやる! 消え失せろ!!」
一閃。
全長三百メートルの巨体が、宇宙空間で真っ二つに両断された。
緑色の体液を撒き散らしながら、クイーンの巨体が爆発の炎に包まれる。主を失った残存のヴォイド・クローラーたちは、パニックを起こして散り散りに逃げ去っていった。
圧倒的、そして完璧な連携。
『戦乙女の双璧』による、芸術的なまでの蹂躙劇であった。
戦闘終了後。
アイギス7の採掘基地のハンガーには、重苦しい沈黙が降りていた。
「……あ、あ、ありえねぇ。あんなの、チートだ。絶対におかしい……! お前ら、運営のデバッグモードか何かを使ってるんだろ!?」
無様に機体から這い出してきたジンが、腰を抜かしながら叫んでいた。
自分の「神ゲー」の世界観が、完全な実力によって破壊されたことを受け入れられないのだ。
そこへ、ノワールから降り立ったローゼリアが、ツカツカと歩み寄る。
「……見苦しいのう、勘違い男」
ローゼリアは、地面に着くほど長い金髪をふわりと揺らし、冷ややかな赤い瞳でジンを見下ろした。その姿は、本物の皇女としての絶対的な威厳に満ちていた。
「システムなどという借り物の力で調子に乗りおって。戦場はゲームではない。己の命と、大切な者の命を懸けて戦う場所じゃ」
ローゼリアは一歩踏み込み、ジンの胸ぐらを掴み上げた(身体能力が低いため、実際にはジンの服を少し引っ張っているだけだが、魔力による威圧感が凄まじい)。
「次、妾の愛するリアンヌ様にその汚い口を利いてみろ。……その時は、宇宙怪獣ではなく妾が直々に、貴様を宇宙のチリにしてやる。分かったな?」
「ひっ……! は、はいぃぃっ!!」
本物の殺気(と、強烈なガチ恋の独占欲)を当てられ、ジンは泡を吹いて気絶してしまった。
アイアン・ブルズの団長も、己の筋肉至上主義が完全に間違っていたことを悟り、戦乙女たちに向かって深々と頭を下げるのだった。
「……やりすぎですよ、ローゼリア」
背後から、リアンヌの優しい声が聞こえた。
ローゼリアが振り返ると、ヘルメットを小脇に抱えたリアンヌが、極上の微笑みを浮かべて立っていた。
「ですが……彼が私を愚弄した時、あなたが誰よりも早く怒ってくれたこと。……本当に、嬉しかった」
リアンヌはごく自然な動作で手を伸ばし、ローゼリアの頬を優しく撫でた。
「あなたは、私の誇りです。最高のバディ(魂の半身)だ。……ありがとう、ローゼリア」
「————ッッッ!!」
ローゼリアの脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。
先ほどまでの冷酷な皇女の威厳はどこへやら。一瞬にして顔を真っ赤に茹で上がらせたローゼリアは、リアンヌの温かい手の感触にドギマギしながら、必死にそっぽを向いた。
「ふ、ふん! 当然じゃ! 妾の隣に立つからには、あのような輩に舐められることなど許さんからな! い、一生、妾が守ってやるわ!」
「ふふ、頼もしいですね。では、一生よろしくお願いします」
リアンヌの悪気のない(しかし破壊力は宇宙規模の)カウンターに、ローゼリアはついに限界を迎え、「あああああっ! 妾は先にシャワーを浴びるぞ!!」と叫びながら、猛ダッシュでエインヘリアルへと逃げ帰っていくのだった。
転生者同士の邂逅。
それは、偽物のチートスキルなど、本物の愛(ガチ恋)と覚悟を持った者の前では無力であることを証明する、痛快な一日となったのである。




