表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第五話:暴走する心拍数と、黒き死神の居場所

エインヘリアル艦内、ローゼリアに与えられた個室。

その奥にある専用のシャワールームで、ローゼリアは壁に手をつき、熱いシャワーを頭から浴び続けていた。

「…………っ、あぁぁぁぁぁ……っ!」

誰にも聞こえない水音の中で、彼女は声にならない悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。

地面に着くほど長い金髪が水分を含んで重くなり、白い陶器のような肌にねっとりと張り付く。だが、今の彼女にはそんな不快感を気にする余裕など微塵もなかった。

ドクン、ドクン、ドクン。

胸の奥で、心臓が早鐘のように鳴り響いている。

自分の手が胸元を無意識に強く抑えつけていた。そうでもしなければ、心臓が口から飛び出してしまうのではないかというほどの、異常な動悸だった。

(やばい、やばいやばいやばい……! なにあのイケメンムーブ! なにあの聖母の微笑み! あんなの、惚れない方がおかしいだろォォォッ!!)

脳裏にフラッシュバックするのは、先ほどの格納庫での出来事。

自分を労うように強く抱きしめてきた、リアンヌの腕の力強さ。

豊満で柔らかな胸の感触。

そして、甘く清潔な汗の匂いと、「あなたが私の相棒で良かった」という、純度百パーセントの愛と信頼に満ちた言葉。

(俺は男だ! 前世は立派な成人男性だったんだぞ! 絶世の美少女に転生して、女の子だらけの傭兵団に拾われて、お風呂で背中流してもらって……そう、「眼福最高!」って鼻の下を伸ばしてるだけの、ラッキースケベ枠だったはずだろ!?)

ローゼリアは、シャワールームの曇った鏡を手のひらで拭った。

そこに映っているのは、透き通るような白い肌を上気させ、赤い瞳を潤ませた、絶世の美少女の姿だった。前世の自分の面影など欠片もない。どこからどう見ても、恋に落ちてドギマギしている純情な乙女そのものである。

(なんで俺、リアンヌ様に抱きしめられて「ドキッ」としてんだよ! 下心とかエロい感情じゃなくて、こう……胸がキュゥゥンってなる感じ!? これ完全に『乙女の恋心』じゃねーか!!)

自分の精神が、肉体(女性)に引っ張られているのか。

それとも、リアンヌ・ヴァーミリオンという存在があまりにも気高く美しすぎたため、性別の壁など容易く飛び越えて魂ごと惚れ込んでしまったのか。

「……あんなの、ずるいじゃろ」

ぽつりと、ローゼリアの口から尊大なキャラ付けすら忘れた、弱々しい声が漏れた。

帝国で「出来損ない」「部品」としてしか扱われず、誰からも愛されなかった自分。宇宙空間にポイ捨てされ、孤独と絶望の中で死を待つしかなかった自分。

そんな自分を拾い上げ、「私があなたの背中を守る」と、命を懸けて言い切ってくれたのだ。

惹かれないわけがなかった。

この絶対的な安心感と、甘やかな親愛の情を向けられ続けて、理性を保てるほど、ローゼリアの心は強くなかった。

(……でも、ダメだ。リアンヌ様は、俺のこと純粋に「守るべき妹」とか「大切な相棒」としか見てない。あの人に邪念は一切ないんだ。俺が「好きです!付き合ってください!」なんて言ったら、絶対困惑される……!)

ローゼリアは両手で顔を覆い、ぶるぶると首を横に振った。

今のこの心地よい関係を壊したくはない。この天国のような『戦乙女』の居場所を失うのは、絶対に嫌だ。

(隠し通すんだ。俺はこの強烈なガチ恋感情を、墓場まで持っていく! 表向きは「生意気で尊大な天才皇女(?)」を演じ切って、リアンヌ様の最高の相棒として隣に立ち続けるんだ……!!)

固い決意と共に、ローゼリアはシャワーの温度を極限まで下げ、冷水で無理やり火照った身体と暴走する心拍数を冷却した。

数十分後。

すっきりと乾かした金髪をふわりと揺らし、真新しい『戦乙女』の意匠が入った黒を基調とする軍服(ローゼリア専用に仕立てられた特注サイズ)に身を包んだローゼリアは、艦長室の前に立っていた。

「入れ。開いているよ」

中からブリュンヒルデの声が聞こえ、ローゼリアは自動ドアを抜けて執務室へと足を踏み入れる。

そこには、デスクに腰掛ける団長ブリュンヒルデと、その傍らに立つ副団長リアンヌの姿があった。

リアンヌと目が合った瞬間、ローゼリアの心臓が再び跳ね上がりそうになったが、必死に奥歯を噛み締めて「尊大な大魔女」の表情を顔に貼り付けた。

「ふん。団長自ら妾を呼び出すとは。先ほどの妾の華麗なる戦果に、ようやくひれ伏す気になったかえ?」

「あはは、相変わらず威勢がいいね、ローゼリア」

ブリュンヒルデは愉快そうに笑うと、デスクの引き出しから一枚の電子カードを取り出し、ローゼリアに向けて投げ渡した。

パシッ、とそれを受け取る。

「なんじゃ、これは」

「今回の海賊『ブラッド・ファング』討伐の特別報酬、そして君の『戦乙女ヴァルキュリア』への正式入団契約金だ。額面を見てみな」

「ほう……?」

電子カードのディスプレイに表示されたゼロの数を見て、ローゼリアは思わず目を丸くしそうになった。

(うっわ!? めちゃくちゃ桁が多い! 帝国で幽閉されてた頃のお小遣いの何百倍あるんだこれ!? 一生遊んで暮らせるんじゃ……!)

内心の限界オタクが狂喜乱舞するが、ローゼリアは「ふん」と鼻で笑い、カードをポケットにねじ込んだ。

「悪くない額じゃな。妾の力に対する対価としては、少々安すぎる気もするが……まあ、最初としては妥協してやろう」

「頼もしいね。これで君も、正式に私たちの『家族』だ。歓迎するよ、ローゼリア」

ブリュンヒルデが立ち上がり、ローゼリアの頭を優しく撫でた。

その温かな掌の感触に、ローゼリアは少しだけ目を細める。「家族」。帝国では決して得られなかったその言葉の響きが、たまらなく嬉しかった。

「さて、ローゼリア。君のこれからの配属だが……」

ブリュンヒルデがリアンヌの方へと視線を向ける。

「リアンヌ。君から彼女に伝えてあげなさい」

「はい」

リアンヌが一歩前に出て、ローゼリアの前に立った。

シャワーを浴びたばかりなのだろう。彼女からも、ほのかに甘い石鹸の香りが漂ってくる。ローゼリアは無意識に後ずさりそうになる足を必死に止めた。

「ローゼリア。先ほどの戦闘で、あなたは自身の力と覚悟を証明しました」

リアンヌの碧眼が、真っ直ぐにローゼリアを見つめる。

「団長からの許可も降りました。これより、あなたを私、リアンヌ・ヴァーミリオンの『正式なバディ(相棒)』として任命します」

「……!」

「純白の『スローネ』と、漆黒の『ノワール』。私たちが背中を預け合えば、この宇宙に打ち破れない壁はありません。……これからも、どうかよろしくお願いしますね」

リアンヌが、右手をスッと差し出してくる。

ローゼリアは、その白く美しい手を見つめ、ごくりと息を呑んだ。

これは、ただの握手ではない。自分がリアンヌの隣に立つことを、彼女自身が心から望んでくれているという証明だった。

「……ふん」

ローゼリアは尊大に顔を背けながらも、差し出されたその手を、小さな両手でしっかりと握り返した。

「妾の背中を任せるのじゃ。お主のその重い槍で、妾の邪魔をするゴミどもを綺麗に掃除してみせよ。期待しておるぞ、リアンヌ」

「ええ。我が槍に懸けて、あなたに傷一つ負わせはしません」

リアンヌがふわりと微笑む。

(あぁ、もう。本当にこの人、かっこよすぎる……)

ローゼリアは、繋いだ手の温もりを心に刻み込みながら、必死に顔の熱を隠すのだった。

その日の夜。

エインヘリアル艦内の大食堂は、海賊討伐の成功と、新たなエースの誕生を祝うささやかな宴に包まれていた。

テーブルには豪華な食事が並び、戦乙女の団員たちが次々とローゼリアの元へ祝杯(彼女は未成年扱いのために特製フルーツジュースだが)を上げにやってくる。

「いやぁ〜、しっかし凄かったねぇローゼリアちゃん! あの黒いのが一瞬で人型に変形した時は、あたしも鳥肌立っちゃったよ!」

「ふふん、当然じゃ。ロスヴァイセ、妾の動きから目を離すでないぞ」

次女のロスヴァイセが背後からローゼリアに抱きつき、頭をぐりぐりと押し付けてくる。

(うおおお! ロスヴァイセの胸も豊満! 柔らかい! 眼福!!……って、あれ?)

ローゼリアは、内心で少しだけ戸惑った。

確かに柔らかくていい匂いがするし、前世の男としての本能は喜んでいるはずなのだが。

リアンヌに抱きしめられた時のように、心臓が爆発しそうになるほどの『ドギマギ』がないのだ。

(もしかして俺、リアンヌ様以外のスキンシップじゃ、ただの「ラッキースケベ」として冷静に処理できるようになっちゃったのか……? 完全にリアンヌ様一筋の身体になってるじゃん……!)

自身の変化に戦慄していると、向かいの席にドンッ!と分厚いデータ端末が置かれた。

整備班長のフィーネである。

「ひゃはは! 飲んでるかいお姫様! いやぁ、今日のノワールの戦闘データ、マジで最高だったぜ!」

「フィーネ。食事中に油まみれの端末を机に置くでない」

「まあまあ。聞いて驚けよ? あんた、戦闘機形態で変態機動した時、魔力反発のGキャンセラーを『ミリ秒単位』で調整してたろ? あれ、機体の演算AIが処理落ち寸前だったんだぜ? 人間の脳の処理速度を、完全に超えてやがる」

フィーネの言葉に、周囲のパイロットたちが息を呑む。

マギアナイトの機動は、パイロットの意思と機体の演算能力のシンクロによって行われる。パイロット側の意思決定(魔力制御)が速すぎて、古代のオーパーツであるノワールのシステムが追いつかなかったというのだ。

「ふん。ポンコツな機体じゃ。もう少し妾の思考速度に合わせたチューニングをしておけ」

「ひゃはは! 言ってくれるねぇ! いいぜ、やってやろうじゃん。フィーネ様の天才的な腕前で、あんたの魔力と思考を100%機体にフィードバックできる専用OSを組み上げてやるよ!」

狂気じみた笑い声を上げるフィーネを前に、ローゼリアはフルーツジュースを呷りながら、内心で(よろしく頼むぜ、マッドサイエンティスト)とエールを送った。

宴の熱気は冷めることなく、夜は更けていく。

ローゼリアは、この温かく騒がしい『家族』の輪の中で、生まれて初めての『居場所』を確信していた。

その頃、ローゼリアが去った後のエーベルヴァイン帝国——帝都の玉座の間は、冷え切った空気に包まれていた。

「……防衛網の出力が、すでに30%低下しているだと!?」

第一皇子セドリックが、報告に上がった軍務大臣を怒鳴りつけていた。

「は、はい……。新型の魔力炉は順調に稼働しているのですが、帝都全体を覆う絶対防衛シールドを維持するための『術式の並行制御』が、AIの演算能力では追いつかず……。各所でシールドの綻びが生じております」

「馬鹿な! あの出来損ないのローゼリアが一人でやっていた制御だぞ!? 帝国の誇る最新鋭AIが、あのゴミ女に劣っているというのか!」

セドリックは苛立ちに任せて、大理石の柱を拳で殴りつけた。

彼の信奉する「物理的な力」は、目に見える破壊には強いが、防御システムのような繊細で膨大な魔力制御には全く向いていないのだ。

ローゼリアという『規格外の演算処理装置兼バッテリー』を失ったことで、帝国の防衛は音を立てて崩壊し始めていた。

「……セドリック兄上。だから言ったではありませんか」

静かな声が響く。

柱の影から姿を現したのは、第一皇女フェイトだった。彼女は手元のデータ端末から目を離さず、氷のような声音で告げる。

「彼女の魔力と演算能力は、帝国の根幹を支える柱でした。それを、己の無理解と傲慢さから宇宙へ廃棄するなど……愚行の極みです」

「黙れフェイト! 貴様、この私を愚かだと言うのか!」

「事実を述べたまでです。すでに、周辺の反乱分子や海賊どもが、帝国の防衛網の低下を嗅ぎつけて動き出していますよ。……例えば、辺境宙域を荒らしていた『ブラッド・ファング』などもね」

フェイトが端末を操作すると、空中にホログラム映像が投影された。

それは、宇宙空間で撮影された荒い戦闘データだった。

映し出されているのは、海賊の艦隊を単騎で蹂躙する『漆黒の機体』。そして、その後方で盾となる『純白の機体』の姿。

「これは……マギアナイトか? なんだこのデタラメな火力と機動力は」

セドリックが目を細める。

「数時間前、ブラッド・ファングの艦隊が、ある傭兵団によって完全に殲滅されました。……傭兵団『戦乙女ヴァルキュリア』。そして、この漆黒の機体を操っているパイロットこそが、海賊どもをたった一回の砲撃で蒸発させた『死神』です」

「……傭兵の分際で、帝国の最新鋭機すら凌駕する火力を持っているだと?」

セドリックの瞳に、醜い嫉妬と欲望の火が灯った。

「面白い。防衛網の低下で落ちた帝国の威信を、武力で取り戻すいい機会だ。……第一艦隊と近衛騎士団に出撃準備をさせろ。その傭兵団を叩き潰し、あの漆黒の機体とパイロットを、我が帝国の所有物として捕獲する!」

自身の妹がその機体に乗っているなどとは、夢にも思っていない愚かな実兄。

かつて帝国に見捨てられた少女が、やがて帝国の喉首に死神の刃を突きつけることになるとは、この時のセドリックは知る由もなかった。

同じ夜。

宴がお開きになり、自室のベッドで横になっていたローゼリアは、コンコン、という控えめなノックの音で目を覚ました。

「ローゼリア。起きていますか?」

「……リアンヌ?」

ドアを開けると、そこには私服姿ゆったりとしたルームウェアのリアンヌが立っていた。彼女の髪は下ろされており、昼間の凛とした騎士の姿とは違う、年相応の女性らしい柔らかな雰囲気を纏っていた。

手には、湯気を立てるマグカップが二つ。

「夜分に申し訳ありません。……少し、眠れなくて」

「あ、いや……入れ。構わぬぞ」

ローゼリアは心臓をバクバクさせながら、リアンヌを部屋へ招き入れた。

(やばいやばいやばい! 深夜の自室訪問!? しかもルームウェア! 防御力低すぎない!?)

リアンヌはベッドの端に腰掛けると、温かいホットミルクの入ったマグカップをローゼリアに手渡した。

「ありがとう……」

「今日の戦闘中、あなたの機体がラグを起こした時……ミサイルが迫るのを見て、私の心臓は止まりそうでした」

リアンヌは、自分のカップを両手で包み込むように持ちながら、ぽつりとこぼした。

「あなたを失ってしまうかもしれないと、そう思ったら、身体が勝手に動いていました。……不思議ですね。出会ってまだ数日しか経っていないというのに、私にとってあなたは、絶対に失いたくない『半身』のように思えるのです」

「リアンヌ……」

リアンヌが顔を上げる。

その碧眼は、ローゼリアへの愛おしさで揺らいでいた。

「ローゼリア。改めて、約束させてください」

リアンヌはカップをサイドテーブルに置くと、ローゼリアの手をそっと握った。

「あなたの過去に何があったのか、私は聞きません。ですが、これからのあなたの未来は、私が守ります。あなたがどんな絶望に直面しようとも、私が必ず、あなたの前に立つ盾となります。……だから、ずっと私の側で、その美しい光を輝かせていてください」

それは、騎士としての忠誠の誓いであり、相棒としての永遠の約束だった。

だが、ガチ恋しているローゼリアにとって、それはどう聞いても——。

(あ、あああ……っ!! これ、実質プロポーズじゃないかァァァッ!!)

ローゼリアの顔から火が出そうだった。

握られた手から伝わる熱が、全身を駆け巡る。

もう、誤魔化すことなんてできなかった。自分の心が、完全にこの人に奪われていることを。

「……ふん。大口を叩くではないか、リアンヌ」

ローゼリアは、真っ赤な顔を隠すように俯きながら、繋がれた手をギュッと握り返した。

「妾の盾を名乗るからには、半端な覚悟は許さんぞ。……一生、妾の側から離れることを禁ずる。よいな?」

「はい。喜んで、我が姫君マイ・プリンセス

リアンヌが、花の咲くような美しい微笑みを浮かべる。

帝国から追放された虚弱な皇女は、漆黒の機体と、生涯を懸けて愛する『白銀の騎士』を手に入れた。

「戦乙女の双璧」の伝説は、こうして静かに、しかし絶対的な絆と共に産声を上げたのだった。

(……よーし、決めた! 帝国がどうなろうと知ったこっちゃない! 俺は、リアンヌ様とこの『戦乙女』のために、宇宙一のエースになってやる!!)

ローゼリアは心の中で力強く叫び、温かいミルクを飲み干した。

明日からの日々が、たまらなく愛おしく、待ち遠しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ