第四話:漆黒の初陣と、背中を預けるということ
『エインヘリアル』に救助されてから数日が経過した。
ローゼリアの体調は、戦乙女の医療チームによる手厚いケアと栄養満点の食事のおかげで、見違えるほどに回復していた。頬には血色が戻り、地面に着くほど長い金髪も本来の艶やかでふわふわとした輝きを取り戻している。
元々の「絶世の美少女」という圧倒的なポテンシャルが完全復活したことで、すれ違う女性乗組員たちが思わず振り返り、次女のロスヴァイセなどは「今日もローゼリアちゃんは天使だねぇっ!」と息をするようにハグをしてくる始末である。
(ふふふ……最高。マジでここ天国かよ。飯は美味いし、周りはいい匂いのするお姉様ばかり。帝国で乾電池扱いされてた日々が嘘みたいだぜ!)
内心では前世の男(限界オタク)が小躍りしていたが、表向きはあくまで「尊大で古風な大魔女」を貫いている。
「ふん。妾の美しさに当てられて怪我をするでないぞ、ロスヴァイセ」
「あはは! 生意気なところも可愛いっ!」
ロスヴァイセの豊満な胸に押し付けられ、(眼福ゥゥゥッ!!)と内心でガッツポーズをキメていたその時だった。
ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!
突如として、艦内の照明が血のような赤色に切り替わり、耳障りな警報音が鳴り響いた。
『——総員、第一種戦闘配置! 繰り返す、総員第一種戦闘配置!』
艦内放送から、ブリュンヒルデ団長の鋭く通る声が響く。普段の優しげな声音とは全く違う、冷徹な指揮官のそれだ。
『本艦の進行ルート上に、宇宙海賊『ブラッド・ファング』の艦隊を確認。奴ら、こちらを女だけの傭兵団と舐めて奇襲を仕掛けてきたようだね。……ヴァルキュリア隊、迎撃準備! 鉄屑どもに、私たちの流儀を教えてやりな!』
「海賊……!」
ロスヴァイセの顔つきが一瞬にして歴戦の戦士のものへと変わる。彼女はローゼリアの頭をポンと撫でると、風のように格納庫へと駆け出していった。
ローゼリアもまた、自室に逃げ込むのではなく、最下層の特別格納庫へと走った。
「来たな、お姫様!」
格納庫では、整備班長のフィーネが油まみれの顔でニヤリと笑って待ち構えていた。その背後には、拘束具を解かれ、出撃用カタパルトにセットされた漆黒の古代機動騎士『ノワール』が鎮座している。
「フィーネ。機体の調整は済んでおるのか?」
「完璧だ。ピーキーすぎて私でも吐き気を催すレベルだけど、あんたの規格外の魔力なら完全に制御できるはずだ。……リアンヌは猛反対してたけど、団長が『彼女の力を見るいい機会だ』って許可を出してくれたぜ」
「ふん。リアンヌめ、まだ妾をか弱き乙女だと思っておるのか。……ならば、戦場で結果を示すまでよ」
ローゼリアは、用意されていた漆黒のパイロットスーツ(華奢な身体にぴったりとフィットし、機能美に溢れているが、前世の男の感覚からするとボディラインが出過ぎていて少し恥ずかしい)に身を包み、ノワールのコックピットへと滑り込んだ。
『システム・起動。生体認証、ローゼリア・エーベルヴァイン。……魔力リンク、開始』
無機質なアナウンスと共に、ローゼリアの体内から膨大な魔力が吸い上げられ、ノワールの駆動系へと流れ込んでいく。
常人ならば一瞬で干からびて死に至るほどの魔力要求量。だが、ローゼリアにとっては心地よい程度の疲労感だ。帝国で理不尽に搾取されていた日々に比べれば、準備運動にも満たない。
(……すごい。機体の隅々まで、まるで自分の手足のように感覚が繋がっていく。これが、ノワール……!)
ズンッ! と、漆黒の機体のツインアイが、血のように赤い光を放って起動した。
『ローゼリア。聞こえますか』
通信用モニターに、純白のパイロットスーツに身を包んだリアンヌの美しい顔が映し出される。彼女の表情は硬い。
『海賊『ブラッド・ファング』は、物理的な装甲を極限まで分厚くした重装甲艦隊です。数も我々の三倍以上。決して無理はしないでください。あなたの初陣、私が必ず守ります』
(うおおおおおっ! リアンヌ様、イケメンすぎる!! マジで騎士! 好き!!)
内心では完全にガチ恋メーターが振り切れてテンションがおかしくなっていたが、ローゼリアは必死に表情筋を制御し、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ふん。妾を守るなどと、百年早いわ。……リアンヌこそ、妾の戦果に腰を抜かすでないぞ。出るぞ、ノワール!!」
爆発的な魔力の奔流を推進力に変え、漆黒の機体がカタパルトから宇宙空間へと射出された。
宇宙空間は、すでに激しいレーザーの閃光と爆発の炎で彩られていた。
戦乙女の誇る三姉妹、ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデが前線で奮闘しているが、海賊『ブラッド・ファング』の艦隊は予想以上に厄介だった。
『ギャハハハ! 女だけの傭兵団なんざ、力で押し潰してやる! 野郎ども、撃て撃てェ!』
海賊のボス、ガルドが旗艦から下劣な笑い声を上げる。
彼らの戦艦は、魔法的なシールドを捨て、純粋な物理装甲を幾重にも重ねた鈍重な代物だった。ビーム兵器が装甲で拡散され、致命傷に至らない。さらに、無数の小型無人機を散布し、物量で戦乙女たちを包囲しつつあった。
『ちっ、硬いねぇ! あたしの機動力でも、この物量じゃ捌ききれないよ!』
ロスヴァイセが舌打ちをする。
『……敵旗艦、後方へ後退。こちらの射線を物理的に遮断している』
スナイパーのオルトリンデが淡々と報告する。
『させません……! 私が前衛をこじ開けます、皆さんは後続の処理を!』
リアンヌの駆る純白の高機動重装甲機『スローネ』が、巨大な盾を構えて敵陣のど真ん中へと突撃していく。凄まじい推進力と、巨大な突撃重槍による一撃必殺の戦術。だが、敵もさるもの。次々と艦の盾役を前に出し、リアンヌの進行を泥沼化させようとする。
『ギャハハ! その白い機体が副団長だな!? 生け捕りにして、俺のベッドの横に飾ってやるぜ!』
「下劣な……! 貴様らのような輩に、戦乙女の誇りは穢させません!」
リアンヌが槍を振るうが、敵の包囲網が徐々に狭まっていく。
物理的な質量による暴力。それが海賊たちの必勝パターンだった。
——その時である。
『……ふん。汚い笑い声が聞こえると思えば。宇宙のゴミどもが、妾の美しいリアンヌに何をしているのじゃ』
全機の通信回路に、尊大で、しかし冷ややかな少女の声が響き渡った。
「ローゼリア!?」
リアンヌが驚いて頭上を見上げる。
そこにあったのは、星々の光を飲み込むような『漆黒』。
戦闘機形態に変形したノワールが、常識外れの超高速で戦場の上空に降臨していた。
『なんだぁ、あの黒い戦闘機は!? ええい、落とせ! 集中砲火だ!』
海賊の無人機が一斉にノワールへと射撃を開始する。
しかし、ローゼリアは鼻で笑った。
(遅い遅い! 全部止まって見える! 帝国でやらされてた、100個以上の術式を同時並行で制御する防衛システムの管理に比べたら、こんなのただのシューティングゲームだ!!)
ノワールはスラスターの噴射ではなく、ローゼリアの莫大な魔力による空間反発を利用し、あり得ない角度で変態的な回避機動を連発する。放たれた数百のレーザーの雨を、まるでワルツを踊るかのように優雅にすり抜けていく。
「さあ、妾の力……とくと味わうが良い!」
ノワールの機体下部から、巨大な砲身が展開される。
主兵装『長距離魔導砲』。
常人ならば一発撃つだけで魔力が枯渇するその兵装に、ローゼリアは自身の『無尽蔵の魔力タンク』から、惜しげもなく圧倒的なエネルギーを流し込んだ。
空間が、歪む。
極限まで圧縮された魔力が臨界点に達した瞬間——。
「消し飛べ」
轟ッッッ!!!!
放たれたのは、戦艦の主砲など比較にならない、極太の真っ赤な魔力奔流だった。
それは海賊が絶対の自信を持っていた「分厚い物理装甲」など和紙のように貫通し、一列に並んでいた三隻の重巡洋艦を、文字通り『一瞬で蒸発』させた。
『な……っ!? な、なんだとォォォッ!?』
海賊ボス、ガルドの悲鳴が戦場に響く。
戦乙女の面々も、その規格外の威力に息を呑んだ。
『凄まじい火力……これが、ローゼリアの力……!』
リアンヌが、畏敬の念を込めて呟く。
だが、ローゼリアの無双はこれで終わりではない。
長距離からの狙撃で敵の陣形を完全に崩壊させたノワールは、そのまま超高速で海賊艦隊の懐深くまで突撃していく。
「トランスフォーム……! 人型へ!!」
ローゼリアの意思に呼応し、漆黒の戦闘機が空中で複雑な機構をスライドさせ、一瞬にして人型へと変形する。
その手には、機体の身の丈ほどもある二振りの巨大な剣。
『対魔導対艦刀』と『対物対艦刀』である。
(重装甲で固めてるなら、その装甲ごと真っ二つにしてやる!!)
「妾の前に立つなァッ!!」
漆黒の悪魔が、宇宙空間で舞った。
右手の対物対艦刀が振るわれるたびに、海賊の戦艦がバターのように両断されていく。装甲の厚さなど意味を成さない、純粋な質量と圧倒的な魔力による一撃。
さらに、迎撃してくる無人機を左手の対魔導刀で次々と薙ぎ払い、爆炎の中を悠然と飛び回る。
『ば、化け物か……!? たった一機に、俺の無敵の艦隊が……!!』
ガルドが絶望の声を上げる。
『ええい、こうなったらヤケだ! 全艦、あの黒い機体に特攻しろ! ミサイルも全部撃ち尽くせ!!』
パニックに陥った海賊たちが、四方八方からノワールに向けて無差別にミサイルと実弾を乱射する。
ローゼリアはそれらを回避しようと機体を反転させたが——。
『ピピッ! 魔力出力の急激な変動により、機体制御系に一時的なラグが発生』
「……っ!? しまった!」
自分の魔力量に対して、古代機体とはいえノワールのシステム側が一瞬だけ処理落ちを起こしたのだ。
(出力上げすぎた! 回避が、間に合わない……!)
背後から迫る無数のミサイル。
表向きは尊大に振る舞っていても、実戦はこれが初めてである。死の恐怖がローゼリアの背筋を凍らせた。
——しかし。
「させませんッ!!」
凄まじい衝撃音と共に、ノワールの背後に巨大な『純白の盾』が割り込んだ。
リアンヌの駆る『スローネ』である。
彼女は自身の機体のスラスターを全開にしてローゼリアの死角に飛び込み、雨あられと降り注ぐミサイルを、その分厚い装甲と盾で完全に防ぎ切った。
「ローゼリア、無事ですか!?」
「り、リアンヌ……!」
通信モニター越しに見るリアンヌの顔には、汗が滲んでいた。ローゼリアを庇い、機体に相当な負荷がかかったのだろう。
それでも彼女は、ローゼリアに向けて、力強く、そして慈愛に満ちた微笑みを向けてくれた。
「——あなたの背中は、私が守ります。だから、あなたは真っ直ぐ前を見て、その圧倒的な力で道を切り開いてください!」
(————ッッッ!!!)
ローゼリアの心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。
ズキン、と。胸の奥で、何かが決定的に弾ける音がした。
(あ、ダメだ。私(俺)、この人のこと……本気で、好きだ)
ただの「綺麗な女の人」への下心ではない。
自分の弱さを庇い、命を懸けて背中を預けてくれる。その気高く、優しく、圧倒的に美しい魂に、ローゼリアは完全に恋に落ちてしまったのだ。
「……ふん。余計なお世話じゃ、リアンヌ」
ローゼリアは顔を真っ赤にしながら、必死に尊大な声を作った。
「じゃが……妾の死角、任せたぞ!」
「ええ、我が槍に懸けて!」
白と黒の機体が、宇宙空間で背中合わせに陣取る。
それが、後に銀河にその名を轟かせる『戦乙女の双璧』が誕生した瞬間だった。
「さあ、掃除の時間じゃ!」
『承知!』
ローゼリアのノワールが長距離魔導砲で敵の中核を吹き飛ばし、その隙を突いてリアンヌのスローネが突撃重槍で旗艦の懐に飛び込む。
連携の訓練など一度もしていないというのに、二人の動きはまるで長年連れ添った夫婦のように(とローゼリアは内心で勝手に思っている)完璧に噛み合っていた。
『ひぃぃぃっ! やめろ、許してくれェェッ!!』
逃げ惑うガルドの旗艦のブリッジを、リアンヌの重槍が貫き、ノワールの大剣が完全に両断する。
「エーベルヴァイン帝国第二皇女が、宇宙のゴミに引導を渡してやるわ。散れッ!」
最後の爆発が宇宙空間を照らし出し、海賊『ブラッド・ファング』の艦隊は、ここに完全に殲滅されたのだった。
エインヘリアルの格納庫。
凱旋した二機から降り立ったローゼリアとリアンヌを、団員たちが割れんばかりの歓声で出迎えた。
「やったねローゼリアちゃん! あの黒い機体、すっごくかっこよかった!」
「ふん、当然じゃ。妾にかかればあの程度のゴミども、数分で片付くわ」
腕を組んでふんぞり返るローゼリアだったが、実は先ほどの戦闘の緊張と、魔力を使いすぎた反動で、立っているのがやっとの状態だった。足が小刻みに震えている。
そこへ、パイロットスーツのヘルメットを脱いだリアンヌが歩み寄ってきた。
彼女はローゼリアの震える足を見ると、ふっと優しく目を細め、そのままローゼリアの華奢な身体を、自身の胸の中へとギュッと抱きしめた。
「り、リアンヌ!?」
「よく頑張りましたね、ローゼリア。あなたのあの力……本当に素晴らしかった。私一人では、あの艦隊を無傷で制圧することはできなかったでしょう」
リアンヌの豊満な胸の感触。少し汗ばんだ、甘く清潔な香り。
そして何より、耳元で囁かれる甘く優しい労いの言葉。
「あなたが、私の相棒で……本当に良かった」
リアンヌはローゼリアの顔を覗き込み、極上の、それこそ絵画に描かれた聖母のような微笑みを浮かべた。
(————ッッッッッ!!!!!)
ローゼリアの顔面が、瞬時に茹でダコのように真っ赤に染まる。
今までなら「おっぱい! 眼福!!」で終わっていたはずなのに、完全にガチ恋してしまった今となっては、心臓の鼓動がうるさすぎて、リアンヌの顔を直視することすらできない。
「だ、だだだ、大儀じゃ! 妾は疲れた! 先にシャワーを浴びさせてもらうぞ!!」
パニックに陥ったローゼリアは、リアンヌの腕から逃れるように抜け出すと、脱兎の如くロッカールームへと走り去ってしまった。
「……ふふっ。照れ屋なところも、可愛いですね」
リアンヌは不思議そうに小首を傾げながら、愛おしそうにその後ろ姿を見つめていた。
尊大で最強の美少女(中身は限界オタク)と、天然無自覚な高潔の騎士。
最強の『双璧』の絆は、こうして一方通行の極大感情を乗せて、激しく交わり始めたのである。




