第三話:覚醒のシミュレーターと、漆黒の古代機動騎士
『エインヘリアル』の深部にあるVRシミュレータールーム。
そこは、傭兵団『戦乙女』のパイロットたちが日々腕を磨くための訓練施設である。中央には卵型の密閉式コックピットポッドが鎮座し、周囲には機体の挙動やパイロットの生体データを監視するための大型モニターがずらりと並んでいた。
「本当にやるのですか、ローゼリア。……まだ間に合いますよ」
ポッドに乗り込もうとするローゼリアの背中に、リアンヌが心配そうな声をかけた。
彼女の美しい碧眼には、深い憂いの色が浮かんでいる。無理もない。先ほどまで自力で立つことすらおぼつかなかった栄養失調の小鳥が、これから屈強な傭兵でさえ音を上げる最高難易度の戦闘訓練に挑もうというのだ。
「くどいぞ、リアンヌ。妾の辞書に撤退の二文字はない。それに……」
ローゼリアは振り返り、長い金髪をふわりと揺らして不敵に微笑んだ。
「妾は、お主ら『戦乙女』の居候になるつもりはない。ここで最強の証明を果たし、お主の隣に立つに相応しい存在だと知らしめてやるのじゃ」
「私の、隣……」
「ひゃはは! 言うねぇお姫様! その威勢が本物かどうか、たっぷり見せてもらおうじゃん!」
フィーネがコンソールを叩きながら、ニヤニヤと笑う。
ローゼリアはコックピットポッドに滑り込み、ハッチを閉じた。
(……なんて言っちゃったけど、実はめっちゃ緊張してる!! でも、このテストをクリアしないとこの天国(お風呂含む)から追い出されちゃうかもしれないし。やるしかない!)
ポッド内部が暗転し、直後に網膜投影による全天周囲モニターが起動する。
視界に広がったのは、無数のデブリが浮遊する仮想の宇宙空間。ローゼリアに与えられた機体は、戦乙女で使われている標準的な汎用マギアナイト(訓練用データ)だった。
『——システム・オンライン。これより、入団テストを開始する。難易度設定、レベル・オメガ』
フィーネのアナウンスと共に、空間の彼方から三機の敵影が出現した。
過去の撃墜王の戦闘データを元に構築された『絶対に勝てない教官AI』である。彼らの目的はテスト生を倒すことではなく、「どれだけの時間、絶望的な攻撃を避け生き残れるか」を測るためのものだ。一般的な新兵なら生存時間は三秒。熟練の傭兵でも一分が限界とされる設定である。
『さあ、地獄の鬼ごっこの始まりだぜ!』
AI機がスラスターを吹かし、三方向から同時に迫り来る。
そして、回避不能なタイミングと角度で、無数のビームの雨を降らせてきた。
「ローゼリア!!」
外部モニターで見守っていたリアンヌが、思わず悲鳴のような声を上げる。
誰もが、開始数秒での撃墜判定(テスト終了)を確信した。
——しかし。
「ふん……止まって見えるわ」
ローゼリアの唇から、退屈そうなため息が漏れた。
彼女の規格外の魔力が、機体の操縦系と完全に同期する。帝国で長年、巨大な防衛システムに魔力を流し込み、複雑な術式をミリ単位で制御し続けてきたローゼリアにとって、一機のマギアナイトを魔力で操るなど、手足の指を動かすよりも容易いことだった。
(なーんだ。身体を動かすんじゃなくて、魔力で機体を包み込んで動かせばいいのか。前世でやったロボットゲームよりよっぽど直感的じゃん!)
ローゼリアの意思に呼応し、汎用機が常識外れの挙動を見せた。
スラスターの噴射に頼らず、魔力の反発力を用いて空間そのものを蹴り飛ばすかのような、変態的な三次元機動。
ビームの雨の隙間を、まるで舞踏会でワルツを踊るかのように優雅に、そして紙一重ですり抜けていく。
「なっ……!?」
「ひゃはははは!! マジかよ!! なんだよあの機動! 慣性制御(G)の限界を超えてる! 身体への負荷を、全部魔力シールドで相殺してやがる!!」
外部モニターの数値を食い入るように見つめ、フィーネが歓喜の絶叫を上げる。
リアンヌは目を見開き、信じられないものを見るように画面に釘付けになっていた。
「あり得ません……。あのような機動をすれば、パイロットは強烈なGで気絶するはず……。それに、あの反応速度。AIの攻撃を完全に先読みしている……!?」
VR空間内では、ローゼリアの反撃が始まっていた。
「遅いのう。あくびが出るわ」
ローゼリア機はデブリを足場にして急反転すると、追従して来た教官AIの一機に肉薄し、訓練用のビームサーベルで一刀両断に斬り捨てた。
さらに、残る二機の死角に瞬時に回り込み、無造作に放ったビームライフルで次々とコックピットを撃ち抜く。
開始から、わずか二十秒。
『絶対に勝てない』はずの教官AI三機は、宇宙のチリと化していた。
「……嘘、でしょう」
リアンヌが呆然と呟く。
「うひゃー、教官プログラムが全滅しちゃったよ。こりゃあ、シミュレーターの難易度設定を作り直さないと駄目だねぇ」
フィーネが肩をすくめたその時。
突然、VR空間のモニターに『WARNING(警告)』の赤い文字が点滅した。
『——面白い。ならば、私が相手になろう』
通信機から、落ち着いた、しかし重厚な大人の女性の声が響く。
直後、ローゼリアの目の前に、分厚い装甲と巨大な盾を構えた重装甲型のマギアナイトが乱入してきた。
「ランドグリーズ……!?」
リアンヌが驚きの声を上げる。
乱入してきたのは、戦乙女が誇るエース『ヴァルキュリア三姉妹』の長女、ランドグリーズだった。別のポッドからシミュレーターにダイブしてきたらしい。
『見慣れない新人が暴れていると聞いてね。リアンヌ、少し彼女を借りるよ。手加減はしない』
「待ってください! 彼女はまだ病み上がりで……!」
リアンヌの制止も聞かず、ランドグリーズの重装甲機が、背部の大型スラスターを全開にしてローゼリアへと突進してくる。
放たれた巨大な戦斧の一撃。
(うおっ!? さっきのAIとは動きの重みが全然違う!)
ローゼリアは間一髪でそれを躱すが、ランドグリーズはそのまま巨大な盾から散弾状のビームを放ち、退路を塞いできた。
歴戦の傭兵の、殺意すら感じる本気の制圧連撃。
「ふふっ……流石は戦乙女のエースといったところか。じゃが……!!」
ローゼリアの瞳に、好戦的な光が宿る。
(ここで舐められたら、可愛い女の子たちに囲まれた眼福ライフが遠のく! 全力で叩き潰して、俺のすごさを分からせてやる!)
「妾を舐めるなァッ!!」
ローゼリアは、機体の出力リミッターを強制的に解除し、莫大な魔力を訓練機体の駆動系に直接流し込んだ。
瞬間、ローゼリア機が赤いオーラのような魔力の光に包まれ、ランドグリーズの視界からフッと『消失』した。
『なに……!? 消えた!? いや、速すぎる……ッ!』
冷静沈着なランドグリーズの驚愕の声。
ローゼリアは圧倒的なトップスピードで重装甲機の背後を取り、ビームサーベルを振り被った。このまま一撃で決める。
——そう思った、その瞬間。
『ピピーーッ!! 警告! 魔力出力が機体の構造限界を突破! 駆動系、自壊を開始!』
「……は?」
ローゼリアが剣を振り下ろす直前。
彼女の規格外すぎる魔力に、VR上の『汎用機のデータ』そのものが耐えきれず、右腕がポロリと崩壊した。さらには脚部のスラスターも爆発を起こし、機体は完全に制御不能となってデブリの海へと激突した。
『システム・シャットダウン。テスト終了』
無機質なアナウンスと共に、全天周囲モニターが暗転した。
プシュウゥゥゥ……。
ハッチが開き、少しだけ不満げな顔をしたローゼリアがコックピットから姿を現した。
「妾の動きについてこれぬとは、ポンコツな機体じゃのう」
「ぷっ……あはははは!! 傑作だ! 自らの魔力でシミュレーターのデータ容量をパンクさせて自爆するなんて、前代未聞だぜ!」
腹を抱えて笑い転げるフィーネ。
一方、リアンヌは静かにローゼリアに歩み寄り、そして——その場に、騎士のように恭しく片膝をついた。
「り、リアンヌ?」
「……謝罪します、ローゼリア。私はあなたを、守るべきか弱き存在だと勘違いしていました。あなたはすでに、私など足元にも及ばないほどの、未知なる可能性を秘めた気高き『騎士』でした」
見上げる碧眼には、先ほどの「心配」や「保護欲」とは違う、一人の戦士としての圧倒的な『敬意』が宿っていた。
その真摯で真っ直ぐな瞳に射抜かれ、ローゼリアの心臓がドクンと大きく跳ねる。
(うわぁぁぁ! 何この超絶イケメンなひざまずき!? あかん、マジで惚れそう。ていうかもう惚れてるかも……!!)
内心の限界オタクが暴れ回るのを必死に抑え込み、ローゼリアは尊大に腕を組んでみせた。
「ふ、ふん。分かれば良いのじゃ。妾の力を疑うでないぞ」
「はい。ですが……」
リアンヌは立ち上がり、困ったような視線をフィーネに向けた。
「彼女の魔力と反応速度に耐えうる実機が、この艦に存在するのでしょうか? 汎用機では、先ほどのように数秒で自壊してしまうはずです」
「あー、それなんだがね」
フィーネはゴーグルを押し上げ、ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべた。
「心当たりがあるだろ? リアンヌ。あんたが昔、古代遺跡の奥底から掘り出してきたはいいものの、誰一人として魔力を通すことすらできず、競売にかけられる寸前の『お蔵入り』のガラクタがさ」
「……ッ! まさか、アレに乗せろと言うのですか!?」
「アレの要求魔力は常軌を逸してる。並のパイロットなら、起動した瞬間に魔力を全部吸い尽くされて干からびる完全な欠陥機だ。……だが、魔力上限がエラーを吐き出すこのお姫様なら、あるいは」
リアンヌはハッとしてローゼリアを見た。
何かを決意したように、彼女はローゼリアの手をしっかりと握りしめる。
「ローゼリア。私についてきてください。あなたに、見せたいものがあります」
エインヘリアルの最下層。
分厚い隔壁によって厳重に封鎖された特別格納庫の扉が、重々しい金属音と共に開かれた。
中は薄暗く、埃の匂いがする。
「ここは……?」
「私がかつて、未踏の古代遺跡の深部で発見した遺物です。現代の技術水準を遥かに超えたオーパーツ。しかし、誰も動かすことができなかった……私が、諦めた機体です」
リアンヌが照明のスイッチを入れる。
パァン! と、格納庫の中央を照らし出すスポットライト。
そこに安置されていた巨大なシルエットを見て、ローゼリアは息を呑んだ。
「……美しい」
思わず、素の声が漏れていた。
それは、光をすべて吸い込むような、底知れぬ『漆黒』の装甲に身を包んだマギアナイトだった。
流線型の鋭利なフォルム。背部には、高速巡航用の戦闘機形態への変形機構と思しき、巨大なスラスターと可変翼が折り畳まれている。
そして両腕には、機体サイズに不釣り合いなほど巨大で無骨な『対魔導対艦刀』と『対物対艦刀』がマウントされていた。
「古代機動騎士『ノワール』。それが、この機体の名です」
リアンヌが、愛おしさと、僅かな未練の混じった瞳で漆黒の機体を見上げる。
「私には、この機体を目覚めさせることができなかった。ですが……あなたの、その底知れぬ魔力と天性のセンスがあれば、あるいは数千年ぶりの眠りから、この機体を呼び覚ますことができるかもしれない」
リアンヌは振り返り、ローゼリアの赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ローゼリア。あなたに、この『ノワール』を託します。……乗ってくれますか?」
(——乗るに決まってるだろォォォォォッ!!!!!)
ローゼリアの内心の男が、歓喜の涙を流して絶叫していた。
こんなロマンの塊みたいな可変式の漆黒の機体を、大好きな(ガチ恋確定の)美人お姉様から「あなたに託す」なんて言われて、断れる男がこの世に存在するだろうか。いや、ない!
ローゼリアは、震える声とニヤケそうになる口元を必死に抑え込み、尊大な笑みを浮かべてみせた。
「ふん。妾の真の力を見せるには、少々手狭やもしれぬが……悪くない玩具じゃ。リアンヌがそこまで言うのなら、妾が直々に手懐けてやろう」
「ありがとう、ローゼリア」
リアンヌが、ふわりと微笑んだ。
それは、騎士としての敬意と、相棒への絶対的な信頼が入り混じった、極上の『聖女の微笑み』だった。
(あ、ダメ。マジで好き。この人の隣で、俺……絶対宇宙一のエースになってやる……!)
漆黒の悪魔『ノワール』と、天性の操縦センスを持つTS皇女。
後に宇宙全土を震え上がらせる「黒き死神」の伝説が、ここから幕を開けようとしていた。




