第六十六話:怪しき依頼人と、危険な航路
独立資源惑星『シルフィード』の衛星軌道上に、純白の巨大母艦『エインヘリアル』が停泊していた。
窓の外には、希少鉱石『アエテルニウム』を満載した無骨で巨大な民間輸送船が三隻、既に出発の準備を整えて待機している。
エインヘリアルの艦内、VIP用の応接室。
そこでは、護衛任務の最終確認を行うため、傭兵団のトップと依頼主による顔合わせが行われていた。
「——遠路はるばるご足労いただき、感謝の極みです。私が今回の輸送責任者を務めます、シルフィード自治政府・物流局のベノムと申します」
深々と頭を下げるその男——ベノムを見て、ブリュンヒルデは内心で小さく眉をひそめた。
自治政府の役人という肩書きには似つかわしくない、異様な風貌だった。
異常に痩せこけた頬に、血の気のない土気色の肌。右目は赤い光を放つ無骨な機械眼に置換されており、着ているスーツは仕立てこそ高級なものの、どぎつい紫色の生地がひどく悪趣味で、まるで裏社会の密売人かマフィアの幹部のようにしか見えない。
「傭兵団『戦乙女』団長、ブリュンヒルデだ。こちらが副団長のリアンヌ、そして……」
「妾が、黒き死神ローゼリアじゃ」
ふかふかの来客用ソファに深く腰掛け、足を組んだローゼリアが、傲慢な——しかし、圧倒的な王者の威圧感を放ってベノムを見下ろした。
その傍らでは、白銀の騎士リアンヌが、抜身の刃のような鋭い殺気を放ちながら、ベノムとローゼリアの間に立つように控えている。
「一歩下がれ、ベノム殿。貴様のような素性の知れぬ輩が、我が姫君にこれ以上近づくことは許可しない」
リアンヌの碧眼が、ベノムの機械眼を射抜くように睨みつける。彼女の右手は、腰の剣の柄からミリ単位で離れていなかった。
(うおおおおおっ!! リアンヌ様、マジで番犬ならぬ最強の守護騎士!! 怪しいおっさんから俺を全力でガードしてくれるその姿勢、最高にイケメンすぎるだろ!! このまま一生俺を守ってくれ!!)
内心では限界オタクとしての歓喜の雄叫びを上げながらも、ローゼリアは表面上、冷たく美しい笑みを浮かべていた。
「よい、リアンヌ。怯えさせるな。……して、ベノムとやら。さっそくじゃが、航路の選定について話を聞こうか。事前に送られてきた資料を見たが、随分と『攻めた』ルートを通るようじゃな?」
ローゼリアの言葉に、ベノムは薄気味悪い笑みを浮かべ、テーブルの中央にホログラムの星図を投影した。
「ヒッ、ヒヒ……。さすがは『戦乙女』の皆様、すでにお目通しいただいておりましたか。ええ、今回は通常の安全な民間航路ではなく、こちらの『暗礁宙域ルート』を通過したいと考えております」
ベノムが指差した赤いラインは、小惑星の残骸が密集し、正規軍のパトロールも届かない危険地帯を真っ直ぐに突っ切っていた。
「正気か?」
ブリュンヒルデが腕を組み、鋭い声で口を挟んだ。
「その宙域は、今回の襲撃を企てている宇宙海賊『ブラッド・ファング』の縄張りのすぐ側だ。わざわざ敵のど真ん中に突っ込むようなものだぞ。迂回ルートを通れば、日数はかかるが襲撃のリスクは半分以下に減らせるはずだ」
「おっしゃる通りです、ブリュンヒルデ団長。しかし……」
ベノムは機械眼をギョロリと動かし、大仰に肩をすくめた。
「今回運ぶ『アエテルニウム』は、精製前の不安定な状態でしてね。時間が経てば経つほど純度が落ち、商品価値が下がってしまう。取引先との厳格な納期の関係上、どうしてもこの最短ルートを通らざるを得ないのです」
ベノムは、これ見よがしに両手を広げた。
「それに、迂回ルートを通ったからといって、あの獰猛なブラッド・ファングが諦めるとは思えません。むしろ、手薄なところを狙われるよりは……銀河最強と名高い『戦乙女』の皆様に正面から露払いを頼んだ方が、確実かつ安全であると判断いたしました。……違いますかな?」
それは、明らかなヨイショであり、同時にこちらのプライドを煽るような言い回しだった。
ブリュンヒルデは、このベノムという男が何かを隠していると直感していた。単なる希少鉱石の輸送にしては、報酬が異常に高すぎるし、ルート選定も強引すぎる。
だが、そんな疑念を打ち砕いたのは、他ならぬ黒き死神だった。
「ふはははっ! よい、気に入ったぞベノム!」
ローゼリアが、楽しげに笑い声を上げたのだ。
「妾たちを頼ったその判断だけは褒めてやろう! 宇宙の海賊どもが何千隻束になってかかってこようと、妾とリアンヌ、そして戦乙女たちの前では宇宙のデブリと何ら変わりはない! 最短ルートで堂々と正面突破してやろうではないか!」
「ローゼリア! お前なぁ……!」
頭を抱えるブリュンヒルデ。
「姫君がそう仰るなら、私も異論はありません。群がる羽虫どもは、私の『ブラン』がすべて叩き落としてご覧に入れましょう」
リアンヌもまた、主君の決定に絶対の肯定を示す。
「ヒッヒヒ! 素晴らしい! それぞ最強の傭兵団の頼もしさ!」
ベノムが揉み手をして卑屈に笑う。
「……はぁ。分かった、依頼は受けた以上、必ず完遂する。護衛の陣形についてはこちらで決定させてもらうぞ」
ブリュンヒルデはため息をつきながら、ホログラムの星図に自機のマーカーを配置し始めた。
「輸送船団三隻の周囲を、我々が囲むように展開する。前衛はローゼリアとリアンヌ、お前たちだ。正面から来る敵はすべてお前たちが受け止めろ」
「うむ! 任せておけ!」
「左右の側衛は、ランドグリーズとロスヴァイセ。後衛の死角は、母艦からオルトリンデが長距離狙撃でカバーする。……いいか、ローゼリア。そしてリアンヌ」
ブリュンヒルデは、念を押すように二人をギロリと睨みつけた。
「先日の要塞戦のような『広域殲滅兵装』の使用は絶対に禁止だ。輸送船のシールドは貧弱だからな、お前たちの攻撃の余波だけで船が吹き飛びかねん。必ず、敵を輸送船から引き離してから、通常の武装で各個撃破しろ。分かったな?」
「分かっておるわ。今回は大人しく、剣と槍だけで上品に掃除してやるさ」
ローゼリアが不敵に笑う。
「それでは、出港は二時間後。戦乙女の皆様、我々の積荷の命運、どうかよろしくお願いいたしますよ……」
ベノムは深々と一礼し、応接室を後にした。
その背中を見送りながら、リアンヌが小さく呟く。
「……姫君。あのベノムという男、ひどく血と硝煙の匂いが染み付いていました。一介の役人とは思えません」
「妾もそう思う。だが、裏に何があろうと関係ない。妾たちは依頼をこなし、報酬をもらう。それだけじゃ」
ローゼリアはティーカップの残りを飲み干し、立ち上がった。
「さあ、行くぞリアンヌ。退屈な輸送任務になるか、それとも血湧き肉躍る狩りになるか……見物じゃな」
「はい。いかなる罠があろうと、姫君の御身はこの私が守り抜きます」
怪しげな依頼人と、危険な最短ルート。
波乱の予感を孕みながら、アエテルニウム輸送船団は、海賊の待ち受ける暗礁宙域へと出港の時を迎えようとしていた。




